「竜子帝、新しい指示があったぞ!」
裸竜に乗ったロウガが飛んできて、砦の上空を警戒していた竜子帝とリンメイに呼びかけました。食魔払いを生業にしている青年です。
「フルートからの命令だ。東から敵が接近してるから防御をしてくれとよ!」
「いよいよ近づいてきたか。ラク、一の部隊の全員に命令を伝えろ」
と竜子帝は青年の後ろの術師に言いました。竜子帝とリンメイは自分ひとりで飛竜に乗っていますが、それ以外の飛竜には術師が同乗していて、ラクの声を聞くことができたのです。御意、とラクが帝の命令を伝えると、空のあちこちを飛んでいた飛竜部隊が、いっせいに向きを変えて東へ飛び始めます。
「朕(ちん)たちも行くぞ」
と竜子帝とリンメイとロウガの飛竜も東へ向かいます。
並んで飛びながら、ロウガがまた竜子帝に話しかけました。
「二の部隊では怪我人が出たらしい。フルートの命令でテト軍の部隊が救助に向かってるそうだ」
「これは戦闘だ。負傷者や犠牲者が出るのは仕方がない。自ら動けぬ負傷者は戦闘が終わるまで放置されるのが普通なのに、フルートは助けようとしてくれるのか」
と竜子帝は言いました。感激したのです。
ちょうどそのとき、彼らはテト軍の頭上にさしかかっていました。テト軍もフルートの命令を受けて軍を展開しているところでしたが、陣が整いきらないうちに東から敵がやってきました。獣のような怪物たちが猛スピードで走ってきて、テト軍へ襲いかかります。
「ラク!」
竜子帝の指示で術師は呪符を投げました。呪符は光る矢に変わって飛び、怪物たちをじゅずつなぎに貫いて倒します。
その間にテト軍は陣形を整えました。突進してくる怪物を盾の壁で止めます。
「ご助力感謝する!」
とテト軍の隊長が竜子帝たちを見上げて言いました。
同時にテト軍から怪物へ石が飛び始めました。盾部隊の後続の兵士が革紐のようなもので石を投げているのです。竜子帝が目を丸くすると、リンメイが言いました。
「あれ投石器だわ。テトではあんな武器も使うのね」
「意外と効いてるようだぞ」
とロウガも言いました。石は人の拳の半分ほどもないのですが、命中した怪物は倒れて動かなくなります。
「あの石が特殊なようですな。聖なる力があるらしい」
とラクが地上の戦いを観察して言いました。どの国の軍も、闇の敵に対抗するために、それなりの準備を整えていたのです。
空からも飛竜部隊の術師が攻撃を始めると、怪物がばたばたと倒れていきます。
すると、ロウガが言いました。
「来たぞ! 闇の兵隊だ!」
空の向こうから、数十人の闇の民が飛んできたのです。黒い髪に赤い目、角と牙と翼があって、黒い防具の上に鎖で象徴をつけています。腕が二本は中級兵のトア、四本腕は上級兵のドルガです。
「飛竜部隊、空の敵を迎え討て!」
と竜子帝が命じると、飛竜部隊はいっせいに闇の兵に向かいました。接近した竜の背中から術が飛びます。
「敵の攻撃は絶対に食らうな! 逃げ回るのだ!」
と竜子帝がまた命じました。術師が使う中庸の術に闇の攻撃を防御する力はないからです。敵の攻撃はかわすしかありません。
たちまち空中でも戦闘が始まりました。闇の武器や魔法で反撃するトアやドルガを飛竜がかわし、隙を見て中庸の術をたたき込みます。術が防御を素通りして命中するので、敵は次々墜落していきました。中庸の術は闇の民に効果抜群です。
「よし、いいぞ!」
空の敵が減り始めたので。竜子帝は満足してうなずきました。地上の怪物も、テト軍の活躍でだいぶ数が減ってきています。
そのときリンメイの声が響きました。
「危ない、キョン!」
竜子帝の背後からドルガが迫っていたのです。とっさにかわした竜子帝と飛竜の横を闇魔法が飛び過ぎます。
ドルガが竜子帝の後を追ってきたので、彼は手綱を引いて上昇しました。そこから下降して振り切ろうとしますが、敵はぴったりついて、また魔法攻撃を繰り出そうとします。
「せいっ!」
かけ声と共に横から飛び出したのはリンメイでした。竜の手綱を握り片足は鞍に残したまま、鋭い蹴りをドルガに食らわせます。ドルガはリンメイの倍も背丈があったのに、大きく吹き飛びました。彼女の靴には威力倍増の術が仕込まれていたのです。
「もう一発!」
とリンメイはまた蹴りを食らわせようとしましたが、今度は敵にかわされてしまいました。四本腕の一本が彼女の脚をつかんで飛竜から引きずり下ろします。
「人間の女ごときがわしに何をする! 生きながら真っ二つにしてくれるわ!」
ともう一本の脚をつかみます。ドルガは腕も人の何倍も長いので、リンメイがどんなにつかみかかろうとしても手が届きません。ドルガが笑いながら彼女を引き裂こうとします。
そこへ羽音と共に飛竜が急降下してきました。身を乗り出した竜子帝がドルガの頭上に肘打ちを食らわせます。竜子帝の肘にも術が仕込んであったので、攻撃は強烈でした。ドルガが叫んでリンメイを手放します。
竜子帝はさらに降下してドルガの下に回り込み、落ちてきたリンメイを受け止めました。竜の手綱は口にくわえています。
「キョ、キョン……」
とリンメイは言い、すぐに叫びました。
「キョン、後ろ!」
怒ったドルガがまた襲いかかってきたのです。四本の腕を突き出して魔法攻撃を撃ち出します。
竜子帝はリンメイを抱いたまま身をかがめてかわしました。くわえた手綱を操って飛び、ドルガへ後ろ回し蹴りを食らわせます。もちろん竜子帝の靴にも術は仕込まれています。
大きく吹き飛んだドルガは、翼を打ち合わせて空中に停まりました。怒りで顔をどす黒く染め、空中から大きな刀を四本取り出して接近してきます。
「来るわよ!」
と言うリンメイを、竜子帝は鞍に座らせ、自分は手綱をくわえたまま敵をにらみつけました。体を沈めて敵の隙を突こうとします。
ところが、ドルガは刀を四本の腕で縦横無尽に振り回しました。蹴りを食らわそうと接近すれば、たちまち刀の餌食です。竜子帝はあわてて竜を後退させましたが、ドルガはすぐに追いついてきます──。
すると、ぴゅぅ、と口笛の音が響きました。とたんに竜子帝たちの飛竜が落ち始めたので、竜子帝は目を見張り、リンメイは悲鳴を上げました。ドルガの刀が彼らの頭上で空振りします。
竜はすぐに墜落を止めてふわりと浮き上がりました。
「逃がすか!」
とドルガがまた刀を振り上げると、その胸を光るものが貫きました。黄色い矢が背後から飛んできて、分厚い鎧の上から突き刺さったのです。
矢を追いかけてやってきたのは、裸竜に乗ったロウガと術師のラクでした。ラクが呪文を唱えると、黄色い矢が燃えだしてドルガを炎で包みます。ドルガは悲鳴を上げて逃げようとしましたが、翼を焼かれて空から落ちました。燃えながら地上に激突して消えてしまいます。
ロウガがぴゅうっとまた口笛を吹くと、竜子帝の竜は自分から彼の元へ飛んでいきました。先ほど竜にドルガをかわすよう命令してくれたのも彼だったのです。頭をすり寄せて甘える竜を、ロウガはよしよし、と撫でて、竜子帝に言いました。
「なかなかやるじゃないか。俺たちほどじゃないが、いい竜の扱い方だったぞ」
竜子帝は肩をすくめて手綱を握り直しました。それでやっと話せるようになって言います。
「リンメイの竜を呼び戻してくれ。それと、あまり朕たちから離れるな。リンメイをまた危険な目に遭わせるわけにはいかぬ」
あら、とリンメイは顔を赤らめました。リンメイの竜がロウガに呼ばれて飛んできたので、すぐにそちらに乗り移ります。ロウガは竜仙境の人間なので、飛竜はみんな彼になついているのです。
地上ではテト軍と闇の怪物の戦闘が終わりかけていました。テト軍が怪物を投石器で倒し、頭を切り落として火をかけています。
空中の敵も数えるほどしか残っていませんでした。ひとりの闇の兵士を複数の飛竜が囲み、術で集中攻撃しています。
よし、これで、と言いかけた竜子帝に、ラクが言いました。
「新たな敵がまたやってきます。皆にご命令を」
東の戦場の防衛線をくぐり抜けた敵がまた押し寄せていたのです。トアやドルガだけでなく、今度は下級兵のジブも怪物と一緒に走ってきます。
竜子帝は眉をひそめました。
「東は苦戦しているようだな」
応援に駆けつけようか、とちらりと考えますが、自分たちはここで砦を守るのが任務なのだと思い直して、全軍に命じます。
「敵を徹底的に倒せ! 敵をハルマスに近づけてはならぬ!」
命令がラクを通じて飛竜部隊に伝わると、彼らは新たな敵に向かってまた飛んでいきました。飛竜が宙を舞い、術と闇魔法がひらめき合います。
「あたしたちも行きましょう、キョン!」
とリンメイが言うと、竜子帝は急に竜を近づけ、腕を伸ばして彼女を引き寄せました。驚く彼女の目を見ながら言います。
「リンメイはいつも朕を助けてくれる。だが、自分の命を危険にさらしてまで助けようとはするな。リンメイが死んだら、朕は誰を妃にすれば良いのだ」
リンメイは思わずまた真っ赤になりました。ごめんなさい、と素直に謝ってから、ちょっと笑って言い返します。
「キョンが危なくならなければ、あたしだって助けに行ったりしないわよ」
「朕が悪かったというのか? 朕が油断して敵に攻め込まれたから?」
「そうは言ってないけど、あたしだって、キョンが死んじゃったら、誰と結婚したらいいかわからなくなるじゃない」
今度は竜子帝が顔を赤らめます。
そんな二人にロウガがまた声をかけました。
「そら、のろけ話はそのくらいにして、俺たちも行こうぜ。あんたたちの兵隊たちが必死で戦ってるんだからな」
「今度は我々も帝のおそばにいます。もうお二人を危険な目には遭わせません」
とラクも言います。
「よし、では敵を徹底的に退治するぞ!」
と竜子帝は言い、リンメイやロウガやラクと一緒に、迫る敵へと飛んでいきました──。