「東の丘陵地帯で戦闘が始まっただ。怪物がえらくたくさんいるんで隊長たちがなぎ倒しで、飛竜部隊は空を飛んでる連中を攻撃してるだよ」
と河童が司令室のフルートたちへ言いました。戦場の赤の魔法使いから心話の報告が入ったのです。
「飛竜部隊には術師もいるのよね?」
とルルが言いました。ユラサイの術師が使う中庸の術は、闇の敵には非常に効果があります。
フルートが答えて言いました。
「そうだ。ただ、術師たちは闇魔法から身を守ることができない。河童さん、青さんに術師たちを守るように言ってください」
「わがっだ」
と河童が答えて、戦場にいる赤の魔法使いへ心話で伝えます。
司令室のテーブルには二枚の地図が広げられていました。一枚はハルマスの砦とその周辺の地図、もう一枚はロムド国を中心に中央大陸全体を描いた地図です。
ハルマス周辺の地図には、セシルがすでに黒と白の木片を置いていました。戦況を把握するために使われるもので、黒く塗った木片は敵を、白く塗った木片は味方を表しています。木片は状況に合わせてつなげたり分けたりすることもできます。
東からハルマスめがけてやってきた黒い木片の前には、飛竜部隊のマークを書き込んだ白い木片が立ちはだかっていました。さらに二人の魔法使いを表す青と赤の丸い小石もあります。
一方、ハルマスのすぐ近くや中にも、敵が迫ってきたときに備えて、味方の守備を表す白い木片が置かれていました。
「ハルマスの西の門はエスタの辺境部隊が守っているのだったな。南はリーリス湖だから敵も空からしか近づけんが、こちらは飛竜部隊の残留部隊が守っている。となると、相対的に北の守りが薄くなる。敵が地中を通って北に出現したときにはどうするつもりだ。それに、敵が砦の中に出現する可能性もあるぞ」
と地図を見ながらオリバンが言いました。いぶし銀の防具を身につけ、腕組みして立つ彼は、フルートなどよりずっと堂々として見えます。
フルートは穏やかに答えました。
「敵がハルマスの中に現れるのはまず無理です。砦の地面を光の魔法で保護しましたから。それに、ハルマスの北の守りは最強です。なにしろ、この作戦本部が北の門のすぐ近くにありますからね」
む? とオリバンが不思議そうな顔をしたので、セシルは笑い出しました。
「ここに私たちがいるからか。確かにそのとおりだ」
作戦本部にはフルートたち勇者の一行と、オリバンとセシル、それにユギルも一緒にいたのです。国王軍の一個師団も超えると言われる顔ぶれです。
ゼンが、へっと笑い、メールもにやりとします。
そこへ黒っぽい紫の長衣の男性が、黄色い巻き毛の少女と現れました。魔法軍団の鳩羽の魔法使いと紫の魔法使いです。
「勇者殿のご命令を完了いたしました」
「念のために魔法を上がけしたから、あいつは絶対侵入できないわよ」
と二人はフルートに言いました。しょっちゅう鳩羽の肩に担がれている紫ですが、このときには鳩羽の横に自分の脚で立っていました。
フルートはうなずき、怪訝そうな顔をしている仲間たちに言いました。
「対幽霊の防御を確認してもらったんだよ。ランジュールが侵入してこないようにね」
ああ、と仲間たちは納得しました。
「ランジュールがハルマスに現れたら、確かにとんでもないわね」
「ワン、砦の中に魔獣を出現されるかもしれないですからね」
と犬たちが言います。
すると、鳩羽の魔法使いが改めてフルートへ言いました。
「東の敵は大変な数なので、青の隊長と赤の隊長のお二人では大変だろうと思います。ぼくも、そちらへ加わってよろしいでしょうか?」
ぼくたちも、と鳩羽が言わなかったので、少女が聞き返しました。
「鳩羽だけで行くつもり? あたしは?」
「君は留守番だよ」
当然のことのように言われて、少女は怒り出しました。
「馬鹿言わないでよ! あたしだって魔法軍団の一員よ。あたしも行くわ!」
「いいや、君は霊能力者だ。光の魔法が使えないから、闇の敵とは戦えないんだよ」
「そんなことないわ! あたしが呼び出す霊には、闇と戦えるものだっているもの!」
と少女は言い張り、鳩羽が勝手に飛んでいってしまわないように、衣をしっかりとつかみました。鳩羽が困ったような顔になります。
そのやりとりに、フルートは言いました。
「鳩羽さんも紫さんも前線には出ないでください。すでに戦闘は始まっているから、まもなく怪我人も運び込まれてくるはずです。お二人は病院に行って、怪我人の治療を手伝ってください」
鳩羽の本職は魔法医なので、この命令には逆らえませんでした。二人の魔法使いは素直に承知すると、すぐに病院へと消えていきました。
司令室の片隅では、ユギルがそっとにうなずいていました。鳩羽が前線に出ると言ったとたん、鳩羽だけでなく紫の魔法使いにまで死の予兆が現れたからです。ところが、フルートが病院の支援を指示すると、予兆もたちまち晴れて消えました。誰もそうとは知らない間に、二人は命拾いしていたのです──。
「また隊長から報告だで。怪物の四分の一ぐれぇはやっつけだし、敵の兵士もずいぶん倒しでるげんぢょ、こっぢも被害が出でるだ。飛竜が二頭やられで墜落。術師は無事だげんぢょ飛竜と兵士は重症だぁ」
と河童が言いました。激戦に味方の被害が出始めたのです。
フルートは即座に命じました。
「ハルマスの東で待機しているテト軍に、怪我人の収容と搬送を頼んでください。敵が多いので護衛を多くつけるように」
「承知しました!」
と司令室の外の通路に控えていた伝令が応えました。テト軍に命令を伝えるために走っていきます。
「ワン、赤さんたちにはすぐ伝えられるけど、それ以外の味方に命令を伝えるのに、ちょっと時間がかかりますね」
とポチが言いました。各部隊に魔法使いがいて、河童と赤の魔法使いのように心話でやりとりができれば、この時間差も解消するのですが、残念ながらそこまでの体制はありませんでした。
「また赤の隊長がら。攻撃をかわしだ怪物が五百匹ぐれぇハルマスに向かってるだ!」
と河童が言いました。防衛線が一部の敵に突破されたのです。
けれども、フルートは落ち着いてまた命じました。
「テト軍に知らせて防御。砦の警戒をしている飛竜部隊は迎撃だ」
「了解!!」
今度は二人の伝令が応えて走っていきます。
セシルは地図の木片を動かしました。攻めてくる黒い木片の一部を分けてハルマスに近づけ、その前にテト軍とユラサイの飛竜部隊の白い木片を置きます。
それを腕組みして眺めながら、オリバンがつぶやきました。
「まだ前哨戦だな」
本格的な戦闘はこれからでした──。