襲撃の知らせは突然やってきました。
見張りが吹き鳴らす角笛がハルマスの砦に響き渡る中、伝令が作戦本部の司令室に駆け込んできたのです。
「東の丘陵地帯に敵が出現しました!! おびただしい数の怪物と空を飛ぶ闇の兵士たちです!!」
司令室にいた一同は顔色を変えました。
「闇王の軍勢と怪物か!」
とオリバンが言い、セシルは聞き返しました。
「東の丘陵地帯と言えばハルマスのすぐ近くだ! そんなに接近されるまで、どうして気がつかなかったんだ!?」
「敵は野原に突然出現したようです! 兵士の数はおよそ一万、怪物はもっと多いとのこと。しかも、さらに増え続けています!」
と伝令が答えます。
「闇王め、送り込んできやがったな!」
「魔法でイシアード城から転送させてきてるんだね」
とゼンやメールが言うと、ポポロが首を振りました。
「いくら闇王でも一万もの兵士を転送させるのは無理よ。あのセイロスでさえ、世界に降り注いだ闇の灰の力を借りないとできなかったんだもの……。きっと地中を進んできたんだわ。イシアードからハルマスまで」
「あんな遠くから地中を進軍してきたのか──」
予想外の接近にフルートは唇をかみます。
そこへ青の魔法使いが姿を現して一同に言いました。
「まず赤と私が偵察に出ます。闇王やセイロスがいるのか確かめましょう。皆様方にはこちらが報告します──」
武僧に言われて現れたのは、青緑色の長衣の河童でした。いつもの訛(なまり)のあることばで一同へ言います。
「赤の隊長がおらさ敵の様子を知らせてくれっがら、おらが皆さんさお伝えするだ。隊長たちさ伝えてぇごどがあっだら、おらさ言ってけろ」
河童は赤の魔法使いの直属の部下なので、隊長と心話でやりとりできるのです。
ではお先に、と武僧の魔法使いが姿を消すと、入れ替わりに新たな伝令が飛び込んできました。
「ワルラ将軍が軍を率いて出撃しました! テト軍とザカラス軍は勇者殿のご指示を仰ぎたいとのこと!」
敵の出現は突然でも、ハルマスの砦はすでに迎撃の準備を整えていました。味方がたちまち動き出したのを感じながら、フルートは言いました。
「まだ敵の規模がわかりません。東から攻めると見せかけて、別の方向からも現れるかもしれない。テト軍はワルラ将軍の部隊の後方の、ハルマスのすぐ近くで待機。ザカラス軍は砦内で警戒に当たってください」
「承知しました!」
と伝令は敬礼して飛び出して行きました。
フルートは最初の伝令にも言いました。
「竜子帝かリンメイに伝えてください。飛竜部隊は半数が術師たちと出撃。戦場では青の魔法使いの指示に従うこと。残り半数は竜子帝と一緒に砦の警戒です」
「承知いたしました!」
とこちらの伝令も司令室を飛び出していきます。
「俺たちはどうするんだ、フルート?」
「あたいたちも出るなら花鳥を呼ぶよ」
とゼンとメールが言いましたが、フルートは首を振りました。
「ぼくたちはまだだ。まだ敵の全貌がわからないし、サータマン軍がどこまで迫っているのかもわかっていないからな──。レオン!」
フルートが天空の民の友人を呼ぶと、たちまち黒い服に眼鏡の少年が現れました。足元には白い雄犬のビーラーもいます。
「ついにやってきたな。闇王の軍勢だ」
とレオンは眼鏡を押し上げながら言いました。
「敵は地中を移動してきたみたいだ。この後どこに出現するかわかるか?」
とフルートが訊くと、レオンは渋い顔になりました。
「地中は闇の民が管轄する場所だ。よほど地表に近いところまで来ればわかるが、原則として彼らの領域は透視できない。ただ、闇の怪物や闇の兵士が現れたから、ぼくたち天空の貴族も参戦できる。マロ先生にはもう知らせておいた。みんな間もなく到着するはずだ」
「うん、よろしく頼む」
とフルートはうなずきました。天空軍が出撃すれば、闇の大軍を止められるもしれません。
ところが、レオンが消えていこうとすると、ビーラーが急にズボンの裾を引っ張りました。
「レオン、ペルラからの伝言を忘れているぞ」
「あ……ああ、そうか」
レオンはまた姿を現すと、ことさらぶっきらぼうに言いました。
「ここに来る前、ペルラから伝言を預かっていた。海王たちはリヴァイアサンを完全に倒したらしい。始末がすみ次第こちらに援軍を送るそうだ」
「そうか。あっちは完全に片付いたんだな」
とフルートは少しほっとしました。海王と渦王は海に出現した海蛇のリヴァイアサンを倒したのですが、その後、蛇の死体から数え切れないほどの怪物が生まれてきて、それを退治するのに苦戦している、と聞いていたからです。
「父上たちの援軍が来れば、湖がある南側も守りが堅くなるよ!」
とメールは喜びましたが、ゼンは首を傾げました。
「今朝ペルラに会ったとき、そんな話はしてなかったぞ。その後の話か。レオンはペルラとしょっちゅう話してんだな」
ゼンとしては、思ったことを何気なく口に出しただけだったのですが、レオンはたちまち真っ赤になりました。
「しょっちゅうなんかは話していない! 偵察していたら湖からペルラに呼ばれただけだ!」
と憤慨したように言ってビーラーと消えていきます。
ルルがあきれたように言いました。
「もう、見えすいた嘘言っちゃって。レオンは昼間は偵察をしなくていいはずじゃない。飛竜部隊が警戒してるんだから」
レオンはわざわざペルラに会いにいって、海王たちの情報を聞かされたのです。
「ホント、素直じゃないよね」
とメールが苦笑いします。
そこへまた新たな人物がやってきました。灰色の長衣に輝く長い銀髪の青年──ユギルです。司令室の一同から注目されると、一礼して厳かに言いました。
「東に出現しているのは、闇王が率いる軍勢でございます。おびただしい怪物も引き連れていて、これから激戦が開始いたします。皆様方もまもなく出撃することになりましょう──」
「闇王軍の中にセイロスはいますか?」
とフルートが聞き返すと、ユギルは首を振りました。
「残念ながら、それは占いでは判断しかねます。かの者の象徴は占盤に現れません」
フルートは考え込んでしまいました。西から攻めてくるサータマンの連合軍にセイロスはいないようだ、とシュイーゴの人たちは知らせてくれましたが、だからといって、闇王の軍勢にいるとは限らないと思っていたからです。セイロスは今、闇の気配を完全に隠してしまっています。気配を隠せるなら、姿だって変えられるかもしれないし、まったく別の場所に潜伏している可能性もあります。油断できない状況でした。
フルートが真剣に考え込んでいるので、ポポロも思わず不安になりました。緊張した顔をしていると、ポチとルルが足元にすり寄りました。
「ワン、心配しなくて大丈夫ですよ。ぼくたちがそばにいるんだから」
「そうよ。セイロスなんて、ポポロに指一本さわらせるもんですか」
オリバンがユギルに尋ねました。
「西からの敵はどこまで接近しているのだ? ミコン山脈は越えたのか?」
「まもなくミコン山脈を抜けようとしております。ロムド側に出れば即座に東へ移動を始めます」
とユギルは答えました。
フルートはまた考えながら言いました。
「ロムドの西は大荒野だ。大軍勢が進軍するには水が欠かせないんだから、また西の街道沿いに攻めてくるだろう──。ロムド城に知らせて、西の街道への警戒を強化してもらおう。ハルマスの西側も守備を厚くする必要があるな」
「西の街道には陛下がすでに軍を配置しておいでです」
とユギルが言いました。内心はどうでも、外にはまったく何も見せない占者です。
「そういや、ハルマスの西の門には、オーダたちエスタの辺境部隊が守備についてたぞ。闇の軍勢とはとても勝負にならねえから人間相手に戦うんだって言ってよ」
とゼンが言いました。とぼけているようで抜け目のないオーダは、自分たちが手柄を立てられそうな場所をしっかり確保していたのです。
「今考えられる手はひとまず打ったかな……」
とフルートは言って、ユギルを見上げました。
「どうでしょう? 他にもぼくたちが備えるべきことがありますか?」
占者は老人のような厳かな顔から、急に年相応な表情に戻りました。謙虚な総司令官を慈しむように見て言います。
「いつも申し上げることですが、戦争というものは変化が速く激しいために、占いでも読み切れないことがしばしばでございます。それ故に、こうすれば絶対に大丈夫、必ず勝てる、とは申し上げることができません。ただ、勇者殿はよく考えて備えていらっしゃる。それは確かでございます」
それから彼は一息置いて、こう続けました。
「この後、わたくしは占盤で占うことを休止させていただこうと存じます。いえ、いっさい占わないということではございません。戦闘が始まってしまうと、占盤での占いでは時間がかかって間に合わなくなってしまうので、別の方法に切り替えさせていただくということでございます。占盤を読み解くことだけが占いだけではございませんので」
ユギルが占えなくなったのかと焦った一同は、それを聞いて安堵しました。
「確かにユギルは占盤なしでもよく占っていたな。戦闘中は特にそうだった」
とオリバンが言ったので、ユギルは静かに続けました。
「占盤を使用しないと先読みの精度は落ちます。ですが、狭い範囲での直近のことであれば、さほど精度は落ちませんし、速度はむしろ上がるので、即座に対応できるのでございます。戦闘が始まれば、こちらのほうが適当でございましょう」
なるほど、そういうことか、と一同は完全に納得しました。
フルートがまた占者を見上げて言いました。
「ユギルさんはこれからはずっとここにいるということなんですね。ぼくたちと一緒に」
「さようでございます」
と占者は言って、懐から白い石の球体を取り出しました。
「遠見の石も作動させておきますので、こちらの様子はロムド城に伝わることと存じます。よろしゅうごさいますか?」
「はい、お願いします」
とフルートは答え、一同は遠見の石が白い惑星のように空中に浮き上がる様子を見守りました──。