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第28巻「闇の竜の戦い」

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64.居場所

 イシアード! と全員は繰り返しました。

 フルートが確かめるようにユギルへ聞き返します。

「生き血をすする黒き蛇、というのはイベンセの象徴でしたよね? 彼女はイシアード国にいるということなんですね?」

 とたんに勇者の仲間がまた口々に言い出しました。

「どうしてイシアードなの!?」

「そうだ! てっきりサータマンにいるんだと思ったのによ!」

「ワン、前の占いでは、イベンセもサータマンにいるって言ってましたよね」

「サータマンからイシアードに移動したのかぁ。なんでだろ?」

「セイロスも一緒ですか……?」

 かなり騒々しい質問でしたが、ユギルは厳かに答えていきました。

「闇王のイベンセは強力な魔法使いですので、遠く離れた場所にもたちまち移動することが可能でございます。以前、彼女の象徴はサータマン国の王宮にあったのですが、今はイシアード国の王城に留まっております。ここを新たな本陣と決めたようでございます」

 そこへオリバンとセシルも話に加わってきました。

「イシアードの国王はエスタ国との同盟を反故(ほご)にしてセイロスと手を結び、飛竜部隊を育成して襲撃してきた。そのためエスタ国王軍が出兵して、イシアードの王城と都を制圧したのだ。イシアード王もエスタ軍に捕らえられている」

「ユギル殿の占いの通りなら、エスタ国王軍はイベンセの軍勢にやられてしまったことになるだろう。これは大変なことだ」

 それを聞いて、ワルラ将軍も真剣な表情になりました。

「エスタからその旨の報告はまだありません。が、イベンセと闇の軍勢がイシアード城にいるのだとすれば、それ以外の状況は考えられません。敵は今度はイシアードから出撃してくるでしょうな」

 すると、竜子帝がリンメイとラクを振り向きました。

「そのイシアードというのはどこにあるのだ?」

「キョンったら! いいかげん国の名前と場所くらい覚えてちょうだいよ!」

 とリンメイは真っ赤になって怒りましたが、ラクは丁寧に答えました。

「このロムド国の東隣がエスタ国、そのさらに南東の隣がイシアード国でございます。我らがユラサイ国とは、大砂漠の南端を挟んで隣り合っております」

 リンメイはまだ婚約者の不勉強に腹を立てていましたが、竜子帝はそれを抑えて言いました。

「そうであるならば、ユラサイの属国が南側に固まっているはずだ。まだこちらへ出兵していない国に、イシアード城の様子を見に行かせることができるだろう」

 あら、とリンメイは目を丸くしました。すぐに頭の中で何かを思い出す顔になって言います。

「それならホルド国に行かせたらいいんじゃないかしら? あの国からは今月末に出兵するって連絡が入っていたわ。比較的大きな国だから、軍隊の規模もけっこう大きいと思うわよ」

「ホルドにはわしの弟子もおります。弟子を通じてホルド王に帝の命令を伝えましょう」

 とラクも言います。

「では、そのようにお願いします」

 とフルートは竜子帝たちに言いました。その気になれば、フルートたち自身でイシアードまで飛んでいって偵察することもできるのですが、ここは味方に任せる場面でした。竜子帝が鷹揚にうなずき、ラクは命令を実行するために会議室を出て行きます。

 

 すると、ユギルがまた厳かに話し出しました。

「闇王の居場所は見つかりましたが、セイロスの居場所は相変わらずつかむことがかないません。デビルドラゴンの力を発揮すれば、強大な闇の気配が発生するので、占盤にもすぐそれが現れるのですが、このところずっと気配がまったくいたしません。ロムド城でも占神や他の占者たちが占っているのですが、やはりどこにも闇の竜の気配は見つからない、と言っております」

「つまり、セイロスはそのくらい用心深く自分の気配を隠しているということなんですね?」

 とフルートが言ったので、ユギルはうなずきました。

「サータマン国をおおっていた闇の気配も、イベンセがイシアードに移ってから、急速に薄れて晴れてしまいました。代わりにイシアードが闇におおわれました。このことから、闇の気配はイベンセが発しているものと思われます。そこにセイロスも一緒にいるのかどうか、そこまではわたくしにも判断できません」

 輝く銀の髪がユギルの整った顔を縁取っていました。憂い顔でいても見目麗しい占者です。

 イベンセの居場所はわかったけれど、セイロスの居場所はつかめない──。

 その事実に一同が考え込んでしまっていると、それまでずっと話を聞くだけだったトーマ王子が口を開きました。

「ぼくがサータマン王なら、セイロスを連れてロムドに出撃するけれどな」

 おい、と後ろに控えていたシン・ウェイが思わずたしなめました。ここに居合わせているのは、百戦錬磨のワルラ将軍や、子どもの頃から軍人として戦ってきたオリバンやセシル、それにあの金の石の勇者の一行です。歳が若くて戦闘の経験も少ないトーマ王子の見解など、素人意見で邪魔になると考えたのです。

 けれども、フルートはトーマ王子に尋ねました。

「どうしてそう考えたんですか? 根拠を教えてください」

 金の石の勇者にまともに聞き返されて、王子のほうもびっくりしました。やはり自分の意見など聞き流されると思っていたのです。顔を赤らめながら、それでも真剣に言います。

「サータマンはロムドの南西にある。イベンセが東から攻めてきたときに、挟み撃ちにできるからだ。それに、そろそろサータマン王が出陣しなかったら、国民や兵に示しがつかないだろう」

「示し?」

 とフルートに聞き返されて、王子はさらに熱心に話し続けました。

「そうだ。サータマン王はこれまで何度も出兵しては敗退している。民も兵も王の実力に疑念を持ち始めているはずだ。彼らを納得させて出兵させるには、竜子帝のように王が自ら出陣するか、ぼくやオリバン殿下のように、皇太子が出陣するしかない。でも、サータマン王には出陣できるような皇太子はいないし、だからといって、自分だけで出陣するには歳をとりすぎている。だから、セイロスを同行させて、自分の代わりに実際の指揮をとらせるんじゃないかと思うんだ。ちょうどぼくにニーグルド伯爵がついてきて、ぼくの代わりにザカラス軍を指揮しているみたいに──」

 

 そこまで話して、トーマ王子は急にまた赤くなって黙りました。話がわかりやすいように自分の例を引き合いに出しましたが、それはそのまま、自分を実力がない見た目だけの大将だと認めることになってしまったからです。呆れて笑われているのではないかと、そっと一同の顔をうかがいます。

 ところが、一同は笑うどころか、納得したように王子の話を聞いていました。

「なるほど。その可能性はありますな。さすがはザカラスの皇太子殿下だ」

 とワルラ将軍が率直に感心します。

 オリバンも考えながら言いました。

「サータマン国には今、同盟軍に対立する勢力が集まりつつある。カルドラ国やルボラス国だ。特に、ルボラスは最近戦力に加わったばかりなのだから、サータマン王自身が出陣しなくては確かに示しがつかんだろう」

 そんなやりとりに、勇者の一行はまた話し合いを始めました。

「ってことは、なにさ。イベンセは闇の軍勢で東から攻めてきて、サータマン王はセイロスと西から攻めてこようとしてるってことなのかい?」

「ワン、東のイベンセ軍は、セイロスお得意の陽動だってことなんですね?」

「陽動っていうより、本気の挟み撃ちじゃないの? どっちも強いわよ」

「えい、そんなのはどっちでもいい! おいフルート、俺たちはどうすりゃいいんだよ? 指示しろ!」

 その頃には彼らは食事のこともすっかり忘れて、本気の作戦会議になっていました。ゼンに訊かれてフルートが答えます。

「まずは状況確認だ。イシアード城がどうなっているか、ラクさんのお弟子さんからの報告を待つ。サータマン国の状況はユギルさんに占ってもらう。さっき、サータマンをおおっていた闇が晴れて見通しが利くようになった、って言ってましたよね? お願いします」

「承知いたしました。さっそく占わせていただきます」

 銀髪の占者は一礼すると立ち上がって部屋を出ていきました。その日の朝まで五日間ぶっ通しで占って、イベンセの居場所をつかんだばかりでしたが、立て続けに占いを指示されても文句も言いません。彼はこのためにここに来ているのですから当然でした。

「東と西から敵が動き出したとわかったら、次はどうする?」

 と今度はオリバンに訊かれて、フルートは言いました。

「迎え討ちますが、基本的にここを動きません。敵の狙いはポポロとぼくです。ここにいれば、必ずここに攻めてくるはずです」

「だが、それではハルマスが包囲されてしまうでしょう。各方面に援軍出兵を要請しなくては」

 とワルラ将軍が言ったので、竜子帝が応えて言いました。

「ユラサイの属国からまだまだ援軍がやってくるぞ。属国は先ほどのホルド国だけではない」

「父上にもザカラスから増援を頼もう」

 とトーマ王子も言ったので、シン・ウェイが密かに感心した顔をします。

 ディーラからも増援を呼ぼう。その頃には闇の森の討伐も終了しているだろうから、魔法部隊も戻ってきているかもしれない。そんな話し合いも行われます。

 

 けれども。

 西から攻めてこようとするサータマン王の目的が、ハルマスではなく、ロムド城があるディーラだと言うことを、彼らはまだ知ることができなかったのでした──。

2021年10月22日
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