北の峰のドワーフたちが、ジタン山脈のノームやドワーフと協力してベヒモスを撃退した翌日、ゼンとメールとルルは、ハルマスの作戦本部に戻ってきていました。
不眠でベヒモスと戦ってきたので疲れて爆睡してしまい、目が覚めたときにはもう昼間でした。部屋にはフルートやポポロやポチも一緒にいて、やはり同じように眠り込んでいました。前の晩、ゼンたちから北の峰の話を聞くうちに眠ってしまったのです。
ゼンは床の上から起き上がって大きな伸びをしました。
「あぁぁ……腹減った!」
開口一番がそれだったので、メールがベッドの上から呆れました。
「ホント、ゼンったら食いしん坊だよね。昨日戻ってくる前に北の峰でさんざん飲み食いしてきたってのに」
「あら、そんなのとっくに消化したって話よね」
「ワン、ゼンが言うことはいつも決まっているからなぁ」
とベッドの下からルルとポチが言いました。
本当にそう答えようとしていたゼンが、憮然とした顔になります。
すると、部屋の壁にもたれて眠っていたフルートが、やはり伸びをして言いました。
「ぼくもお腹がすいたな。今何時頃だろう?」
「お昼は過ぎてるみたいね……。みんな、気をつかって起こしに来なかったんだわ」
と別のベッドにいたポポロが太陽の位置を透視して答えます。
とにかく何か食べよう、ということになって、一行は部屋の外に出ました。
すると、部屋を出たところでセシルに出会いました。
「良かった、みんな起きていたな。会議室に昼食を準備したから、食べに来るといい」
絶妙なタイミングに一行は歓声を上げました。ゼンはすぐに会議室へ駆け出しましたが、フルートは首を傾げて聞き返しました。
「ひょっとして、ユギルさんの指示ですか?」
タイミングがあまりに良すぎるときに、よくあることなのです。
セシルは笑ってうなずきました。
「ユギル殿も五日ぶりに部屋から出てきた。伝えたいことがあるし、ゼンたちの報告も聞きたいから、会食の準備をしてほしいと言われたんだ」
一行はたちまち興奮しました。
「ワン、ユギルさんの占いの結果が出たんですね!」
「サータマンにセイロスやイベンセの居場所が見つかったのかしら!?」
「かもしれない。急ごう!」
とフルートは言って、仲間たちやセシルと会議室へ向かいました──。
フルートたちが会議室に到着すると、ゼンはとっくに席について、大きなテーブルに並んだ料理に次々手を伸ばしていました。肉やパイをほおばりながら仲間たちに言います。
「おまえらも早く来て食えよ! なくなっちまうぞ!」
「もう! みんなが揃うまで待てないのかい!?」
とメールが駆け寄って背中をひっぱたきますが、ゼンは平気な顔でした。
「まずは食え、だぞ。食えるときに食っとかねえでいて、食いっぱぐれたら大変だからな」
と言って、もりもり食べ続けます。
会議室にはオリバン、ユギル、竜子帝とリンメイと術師のラク、ワルラ将軍とザカラス皇太子のトーマ王子もいました。トーマ王子の後ろには口元にマフラーを巻いたシン・ウェイも立っています。全員がすでに食事を始めていましたが、ラクとシン・ウェイだけは護衛だったので、席にはつかずに控えていました。
フルートは仲間たちと椅子に座りながら、一同へ言いました。
「お待たせしたみたいですね。すみませんでした」
「いや、おまえたちこそ夜通し大変だったからな。ぎりぎりまで休ませておこう、とセシルが言ったのだ」
とオリバンが言ったので、隣に座ったセシルがちょっとほほえみました。男のような格好をしていても、女性らしい細やかな気配りができるセシルです。
ひとしきり自分の分を食べ終えたらしいユギルが、布で口を拭いながら言いました。
「勇者殿たちはわたくしの占いの結果を早くお聞きになりたいことと存じます。ですが、その前にわたくしたちは北の峰での出来事を確認しなくてはなりません。恐れ入りますが、ご報告いただけますでしょうか、ゼン殿?」
指名されて、ゼンは、ほらな! という顔をしました。大急ぎでシチューをかき込み、具を挟んだパンと厚切りの焼き肉二枚をたいらげてから、袖で口元をこすって話し出します。
「昨夜は疲れて、フルートたちにもろくに話さねえうちに眠っちまったからな。まずどこから話しゃいいんだ? 北の峰が山火事になってたところからか?」
「ベヒモスという怪物のしわざだったらしいな。それはどんな怪物だったのだ?」
とオリバンが尋ねたので、ゼンは巨大なベヒモスの説明から始めて、北の峰での戦いの様子を話して聞かせました。途中で何か食べたり飲んだりしたくなると、「メール、ここはおまえが話せ」とか「これはルルが説明しろ」と他の二人に話を回します。
ベヒモスや海に現れたリヴァイアサンが幽霊のランジュールに操られていたと知って、フルートやオリバンたちは思わず溜息をつきました。
「また奴のしわざだったのか……。本当に執念深い奴だな」
とセシルも嫌悪の表情になります。
「ランジュールはイベンセと手を組んだと言っていたんだな? イベンセから魔獣をもらったんだろうか?」
とフルートが言ったので、メールはうなずきました。
「そう言ってたよ。闇王だから強い魔獣をくれるんだってさ。ただ、リヴァイアサンは父上たちに退治されたみたいだ。ランジュールがそうわめいてたからね」
「ワン、それでもリヴァイアサンとベヒモスを同時に操っていたなんて。どっちもものすごく巨大ですよね」
とポチが言うと、ルルが答えて言いました。
「それどころじゃないわよ。闇の猿とか闇の犬とか、とにかくいろんな怪物を繰り出してきたわ。あちこちの町や村に怪物を送り込んだのも、きっとあいつよ!」
「闇王のイベンセと手を組んだから、彼女から大量にもらえたんだな。しかも、超大型の怪物や強力なものが多い。厄介だな」
とフルートは言いました。ランジュールは本当に、彼らにとって非常に面倒な敵でした。
「ランジュールがまた関わっているとなると、対幽霊の警備をもっと強めなくてはなりませんな。奴がまた同盟の結束を乱そうとしたら大変です」
とワルラ将軍が言いました。ランジュールが闇がらすを使ってポポロの正体のデマを世界中に拡散したことを思い出したのです。
「それについては、後ほど遠見の石を通じてロムド城の陛下へお願いいたしましょう」
とユギルが言います。
すると、竜子帝が食べ終えた料理の器を押しやって話し出しました。
「朕のほうからもひとつ報告がある。闇の森から戻ってくるはずだった宙船の帰還が遅いので、気になって飛竜部隊に様子を見に行かせたのだ。宙船はここから東へ三十里ほどの畑の中に不時着していた。闇の軍勢と戦闘になった際に船が損傷して、飛べなくなったらしい。三人の妖怪が乗っていたが、彼らは無事だった」
「三人の中に魔法軍団の河童さんがいたはずです。河童さんも無事だったんですね?」
とフルートが確認すると、リンメイが答えました。
「もちろん無事よ。仲間の妖怪が戻ってきたら船を修理して帰ってくるつもりらしいけど、河童さんだけは先に戻りたがっていたから、飛竜でハルマスに連れて帰ってきたわ」
それは良かった、とフルートたちはほっとしました。姿は小さい河童ですが、様々な場面で活躍してくれる頼もしい味方です。
メールが言いました。
「ねえさあ、闇の森に行った味方はみんな無事なんだろ? えっと、妖怪軍団と武僧軍団と魔法軍団がまだ行ってるよね?」
「エスタ軍とメイ軍も残党討伐に行っているぞ。エスタ軍はシオン大隊長が、メイ軍はハロルド皇太子が指揮をとっている」
とオリバンが答え、さらに話し続けました。
「戦闘から逃れた闇の兵士は予想より多かったようだ。それが本陣のあった闇の森へ逃げ戻ってくるので、討伐隊と戦闘が続いている。ここで手を緩めると、再び闇の軍勢が結成されるというので、討伐隊も徹底して残党を退治しているようだ」
「ということは、そちらはまだ当分戻ってこられないんですね」
とフルートがまた言いました。状況を頭の中で整理しようと、食事も途中にして、じっと考え込みます。
その後も細かい報告が次々に上がってきました。天空の貴族のレオンや海の王女のペルラが、それぞれ夜の空や湖の警らをしてくれていること。彼らもこの会食に招いたのだけれど、人間と一緒に食事はできない、と断られてしまったこと。先の戦闘でハルマスの砦の防御もあちこち傷んだのだけれど、駐屯しているテト軍の兵士たちが、ヒムカシからの職人と共に修理に励んでいること──。
状況が概ね順調なようなので、フルートもようやく安心しました。また食事を始めます。
すると、セシルが急に口調を変えました。明るい声でフルートたちに言います。
「そういえば、もうひとつ知らせることがあった。ロムド城から連絡があったんだが、ゴーラントス卿に二人目のお子さんが誕生したそうだ」
勇者の一行はびっくりしました。フルートは思わず立ち上がってしまいます。
「本当に!? ゴーリスに二人目の子どもが生まれたんですか!?」
一方、少女たちはすぐに思い出して顔を見合わせました。
「そういや、四月が予定日だって、ジュリアさんが言ってなかったっけ?」
「言ってたわ! 男か女かまだわからないって……!」
「いろいろあって、フルートに教えてあげるの、すっかり忘れてたわね」
「ワン、ぼくたちが火の山に行っていた間のこと? ひどいなぁ。ぼくだって知りたかったのに」
「で、どっちだったんだよ? ゴーリスんとこの二人目。男か? 女か?」
たちまち賑やかになった一行に、セシルは笑いながら言いました。
「男の子だそうだ。奥方共々元気らしい」
勇者の一行は、また、わっと歓声を上げました。
「今度は男か! 女も男も生まれてちょうどいいな!」
「ワン、ゴーリスに跡継ぎができたんですね」
「ミーナもとうとうお姉ちゃんかぁ」
「素敵だわ!」
フルートも、自分のきょうだいが生まれたように目を輝かせていました。
「見てみたいな、ゴーリスの赤ちゃん! 会いたいよ!」
「ワン、会いに行きましょうか!?」
「そうね。私たちならゴーリスの屋敷があるディーラまでひとっ飛びよ!」
と犬たちが尻尾を振って張り切ります。
一行が今すぐにも飛んでいってしまいそうなので、オリバンが引き止めました。
「こら、おまえたち。ユギルの占いの結果を聞かないつもりか?」
あっ、そうだった! と一行は思い出しました。残念ですが、ゴーリスの赤ちゃんを見に行くのは後ほどのことになりそうです。
全員の注目を浴びて、ユギルは居ずまいを正しました。美しいその顔が、急にひどく歳をとった人のような雰囲気を帯び始めます。占者の表情です。
「敵の居場所がわかったんだね?」
「どの敵の居場所だよ? セイロスか? イベンセか?」
「ワン、やっぱりサータマンにいたんですか?」
「サータマンのどこなの? サータマン城?」
先のやりとりを引きずって、勇者の一行が口々に尋ねると、ユギルは首を振りました。
「見いだされたのは生き血をすする黒き蛇。奴は現在イシアード国に留まっております」
占者は厳かな声で見えない象徴の居場所を全員に告げました──。