召喚されたサラマンドラは全身をきらめかせながら大きくなっていきました。王様の樹よりはるかに大きくなりますが、それでもまだ巨大化は止まりません。
ゼンたちは空を飛びながら驚きました。
「前に呼び出したときよりでかいぞ!」
「まだ大きくなっていくよ! どこまで大きくなるんだろ!?」
「前回よりたくさんのドワーフとノームで呼び出したから?」
ついにサラマンドラはベヒモスと同じくらいの大きさになりました。そこでやっと巨大化が止まると、短い首を振ってぐるりと周囲を見渡します。激しく燃える森の中に立っていても、体が燃え出すようなことはありません。
と、サラマンドラは大きく口を開けました。コォォォ……と音を立てて息を吸い始めます。
すると、燃えている火が風にあおられて高く立ち上り、渦を巻きながらサラマンドラに吸い込まれていきました。トカゲが頭を動かすと炎は波打ち、カーテンのようになびきながら口に消えていきます。
炎を吸われた後の森から火が消えていたので、ゼンたちはまたびっくりしました。サラマンドラは文字通り、火事を食っているのです。
一方、ベヒモスは火を吐き続けていましたが、次第に周囲から火が消えていくので、怒ってサイのような頭を振り立てました。さらに激しく火を吐きますが、風が炎を舞い上げてサラマンドラの口へ運んでしまいます。
サラマンドラがいくらでも火を吸い続けるので、しまいには山の陰の方からも炎が飛んできました。それでもトカゲは火を食らうのをやめません。
ルルは火と一緒に吸い込まれないように空高くへ舞い上がっていました。その眼下で、北の峰の火事がみるみる消えていきます。火を吸われた後の森は黒く焦げた焼け跡になっていました。消火したことを示す白い煙が立ち上っています。
ついに山火事は消え、サラマンドラも口を閉じました。あれほどの火を吸い込んだのに、けろりとしています。
ベヒモスは怒り狂いました。巨大な前脚で大地を蹴ると、足元の森が深くえぐられて、何十本もの大木が雑草のように蹴散らされます。そんなベヒモスをサラマンドラが見つめました。火トカゲの瞳は輝いて燃える炎のようなオレンジ色です。巨大な二匹の怪物が山の麓でにらみ合います。
先に動き出したのはベヒモスでした。硬い皮膚におおわれた頭をぐっと下げて突進しようとします。
すると、サラマンドラがまた口を開けました。猛烈な炎が噴き出して渦を巻き、輝きながらベヒモスを包み込んでいきます。先ほど呑み込んだ炎をお返ししているように見えますが、こちらは魔法の炎でした。ベヒモスの体は燃え出しますが、周囲の森にはまったく燃え移りません。
ベヒモスは口から泡を吐いて吠え、燃えながらサラマンドラへ体当たりしようとしました。
ところが、サラマンドラはさらに強烈な炎を吹き付けました。山の半分もあるようなベヒモスの巨体を、輝く炎がすっかり包んで渦を巻きます。燃えさかる炎の中からベヒモスの悲鳴が上がりました。火を吐く怪物が火に焼かれているのです。ブオォ、ブォォォ。何度も響いて山を揺るがします。
やがて、サラマンドラは炎を吐くのをやめました。それと同時に姿が薄れてきらめきに変わり、吸い込まれるように見えなくなっていきます。契約の時間が終わって大地へ戻っていったのです。
炎がすっかり消えた後、そこにはもうベヒモスの姿もありませんでした。サラマンドラの火にすっかり焼き尽くされてしまったのです。
燃え残りさえなかったので、ルルが言いました。
「サラマンドラの炎は聖なる火だったのね。闇のベヒモスをすっかり消滅させてしまったんだわ」
ゼンとメールは何も言えずに地上を見下ろし続けていました。怪物は燃え尽き、山火事も消えましたが、後には一面焼けただれた斜面が広がっていました。北の峰の森の半分以上が焼失してしまったのです。
「畜生」
ゼンが低い声でつぶやきます──。
すると、ポポロと連絡を取り合っていたルルが、ゼンたちに言いました。
「フルートからの伝言よ。みんな動けなくなってるはずだから、すぐに行ってくれって」
「いけねぇ、そうか!」
ゼンは我に返ると、ルルやメールと王様の樹の下へ急降下します。
巨木の下の濡れた地面に、北の峰のドワーフたちが座り込んでいました。村人もドワーフ猟師も全員がへたり込んで立てなくなっています。
「大丈夫か、親父、みんな!?」
とゼンが尋ねると、ビョールが座り込んだまま苦笑しました。
「前回と同じだな……。力がまったく出ん」
メールは木の枝から下げられたおしゃべり石へ話しかけていました。
「ラトム! ジタンのみんな! 大丈夫かい!?」
すると、ラトムの弱々しい声が聞こえてきました。
「驚き桃の木……大丈夫だと思うのか? ノームもドワーフも全員ぶっ倒れてるぞ……。だがまあ、ちゃんとサラマンドラは現れたんだろう? 敵は倒せたか……?」
「うん、うん。サラマンドラがものすごく大きくなって、ベヒモスを焼き尽くしてくれたよ。北の峰の山火事も消してくれたんだ」
とメールは答えて、石の向こうでたくさんの声が湧き起こるのを聞きました。聖獣召喚には大変な力が必要です。ジタン山脈のノームやドワーフも、北の峰のドワーフと同じように力を根こそぎ持って行かれて、身動きもできなくなったのですが、それでも北の峰が助かったことを全員で喜んでいるのでした。
「休んで動けるようになったら、早く元気になるように、栄養のあるものを食べるといいわよ」
とルルに言われて、ゼンは答えました。
「洞窟に残ってる連中に、精のつくもんを作ってもらおうぜ。ラトム、そっちにも誰かうまいもんを作ってくれる奴はいるか?」
「いいや。こっちはほとんど全員が歌に加わったからな……。だが、心配はいらんよ。こうなるだろうと思って、お菓子も料理もどっさり作り置きしておいたからな」
なんだか、ちゃっかり抜け目のないノームらしい返事でした。
北の峰のドワーフたちも、疲れてはいますが、山を守れて満足そうな顔をしています。
そのとき、頭上から突然甲高い声が聞こえてきました。
「なにこれ、なにこれ、なにこれぇ!? どぉしてドワーフくんがここにいるのさぁ!? ボクのべーちゃんはどこ行っちゃったのぉ!?」
あまりにもおなじみの声です。
ゼンたちは頭上をにらみつけました。
「てめぇか、ランジュール!」
「べーちゃんってベヒモスのこと!?」
「あんたのしわざだったんだね!?」
「はぁい、そぉでぇす。天才魔獣使いの幽霊のボクでぇす。おっひさしぶりぃ、勇者のみんな。うふふふ」
とランジュールは上機嫌で挨拶を返しましたが、すぐに我に返ってまた怒り出しました。
「って、そぉじゃないでしょ!? ボクのべーちゃんはどこ!? 北の峰のドワーフたちを穴から追い出すよぉに言っておいたのに! ボクの闇のワンちゃんたちも気配がしないよね!? ボクの大事なペットたちはどこさぁ!?」
「やっぱりこいつのせいだったんだ」
とメールは言い、ゼンはランジュールにどなり返しました。
「んなもん、全部片付けたぜ! 俺たちとサラマンドラとでな!」
「サラマンドラぁ?」
幽霊はひどく疑わしそうな声を出しました。
「サラマンドラって、あの火トカゲのことだよねぇ? あんなちっちゃい怪物で、どぉやってべーちゃんに勝ったって言うのさぁ? それとも千匹くらい呼び出したのぉ? そんな数のサラマンドラ、どぉやって捕まえたのさぁ」
それはもちろん魔法の歌で──と答えようとしたゼンの口を、メールはあわてて後ろから押さえました。ご丁寧にそんなことを教えてやる必要はないのです。
けれども、その場にへばっているドワーフの集団に、ランジュールは何かを感じ取ったようでした。ふぅん、とつぶやいてからこう言います。
「どぉやら北の峰のドワーフたちは、とびきりのサラマンドラを持ってたらしいねぇ? どぉしてそれをボクにくれないのさぁ。ボクが使えば、ドワーフなんて洞窟ごとすっかり焼き払ってあげるのにぃ」
「させるか、馬鹿野郎!」
とゼンは光の矢を放ちました。ランジュールの頭を狙ったのですが、矢が届く前に幽霊は姿を消し、すぐ横の空中にまた現れて言いました。
「ダメダメ、危ないなぁ。またボクが怪我したらどぉするつもりさぁ。せぇっかく闇王サマに目の傷を治してもらったのにぃ」
ランジュールがかき上げた前髪の下に右目がありました。以前、悪霊退治の矢に射貫かれて空洞になっていたのですが、今は、糸のように細い目が抜け目なく光っています。
「あんた、セイロスだけでなく闇王とも手を組んだんだね!? あ、ひょっとして、海に現れたリヴァイアサンもあんたのしわざかい!?」
メールに鋭く推理されて、ランジュールはまた、ふふん、と笑いました。
「あったりぃ、よくできましたぁ。べーちゃんもリヴァちゃんも、新しい闇王サマにもらったんだよねぇ。とびきり大きくて強くてステキな怪物だったのにさぁ。海の王様たちったら、よってたかってリヴァちゃんをいじめて、とうとう殺しちゃうんだもん。ひどいよねぇ。そのうえ、こっちに戻ってきたら、べーちゃんまでいなくなってるんだもん。こんなことってあるぅ!?」
話しているうちに、ランジュールはまた怒り始めました。興奮して声がますます甲高くなっていきます。
「だいたいねぇ、ボクがセイロスくんと手を組んでるなんて、何万年前の話をしてるのさぁ!? そんなのもう大昔のコト! 前にも言ったとおり、ボクはセイロスくんとは縁を切っちゃったんだからねぇ! だぁいたい、セイロスくんは世界征服を企んでるくせに、味方の使い方が下手すぎるんだよねぇ! 命令するばっかりで、こっちが欲しがってるモノにちっとも気がついてくれないし、せっかくできた味方はどんどん使い捨てにしちゃうしさぁ! あんな分からず屋でけちん坊なおじいちゃんなんて、もぉご免なんだよね! だから、ボクは今は闇王サマと手を組んでるわけぇ! そこんとこは間違えないでおいてくれるぅ!?」
ランジュールがわめいている間に、どこからともなくたくさんの怪物が現れました。真っ黒い影のような闇犬です。数百匹も集まってきて、ゼンやドワーフたちがいる樹の下を取り囲みます。
この! とゼンが弓矢を構えようとすると、ランジュールが言いました。
「どぉぞ、撃っていいよぉ。キミが撃ったら、それを合図にワンちゃんたちを襲いかからせるからねぇ。キミがどんなに矢を撃っても、全部倒す前にお仲間のドワーフは全滅だよぉ。うふふふふ……」
ランジュールは上機嫌に戻ってまた笑いました。復活して二つになった目が、笑いながら剣呑(けんのん)に光り続けています。
ゼンは矢を放つことができなくなりました。どんなにとぼけて見えても、ランジュールは危険で残酷な男です。やると言ったからには、本当に闇犬をけしかけて、ドワーフを全滅させてしまいます。
サラマンドラ召喚に力を使い果たしたドワーフたちは、まだ立ち上がることもできません──。
すると、突然ざわざわと木の葉の揺れる音が聞こえてきました。音が次第に大きくなっていくので、ゼンたちもランジュールも思わず頭上を見上げます。音は頭上の王様の樹から聞こえていました。
「そうね、メールには木の葉があったんだわ!」
とルルが言うと、メールは首を振りました。
「あたいは何もやってないよ。この木は王様の樹だもん。あたいには命令なんてできないよ……」
「なぁんだ。それじゃただの風の音ぉ? びっくりさせないでよねぇ、もぉ」
とランジュールが笑ったとたん、ばっと緑の光があたりを走りました。ドワーフを取り囲んでいた闇犬が、光に弾かれて大きく吹き飛びます。
地面に転がった犬は、ギャン、と声あげて消えてしまいました。何百匹もの犬が一瞬で消滅したので、ランジュールは仰天しました。
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ! 嘘はダメだよぉ、海のお姫様ぁ! それに何さぁ、この魔法! こぉんな木の魔法が使えるようになってたなんて、ぜぇんぜん教えてくれなかったじゃないかぁ! 闇の犬だって無尽蔵ってわけじゃないんだからねぇ! これ以上やられたら、ボクの手持ちがなくなっちゃうよ、もぉ──!」
ランジュールが腹を立てながらまた闇犬を呼び出そうとすると、唸りをあげて飛んできたものがありました。太い枝です。
枝はしなりながらランジュールを直撃し、そのまま遠くへ弾き飛ばしてしまいました。物理的な攻撃はいっさい受けないはずのランジュールが、枝の一撃をまともに食らってしまったのです。あれぇぇぇ……という声が空のかなたへ遠ざかって消えていきます。
突然のことに、ゼンもルルもドワーフたちもぽかんとしていると、メールが頭上を見上げました。枝が何事もなかったようにまた元の場所に戻っていくのを見て、笑ってうなずきます。
ゼンが気づいて尋ねました。
「王様の樹が何か言ったのか?」
「うん。うるさいから追い払ってやったぞ、だって。すごいね」
「そりゃぁ、この山の王様だからな」
とゼンも笑いました。つられるように他のドワーフたちも笑い出します。
森の半分が焼失した北の峰。
それでも王様の樹は生き残り、大きな梢の下にたくさんのドワーフと生き物たちを守っていました。燃えずに残った森の木々も、吹いてきた風にさわさわと音を立て始めます。
「休んで元気になったら、森を復活させる仕事を始めなくてはな」
ビョールがひとりごとのように言いました──。