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第28巻「闇の竜の戦い」

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61.大地の呼び歌

 燃える北の峰の森では、王様の樹が大きく広げた枝から霧としずくを降らせて樹下の生き物を守り続けていました。巨大なベヒモスがあちらこちらに火を吐き続けていますが、炎は王様の樹には燃え移りません。

 王様の樹の根元では、ドワーフたちが小さな布袋を囲んで集まっていました。布袋は木の枝から花の蔓でぶら下げられていて、中にはおしゃべり石が入っています。

「末端のおしゃべり石が持ち運べるようになってて良かったぜ。洞窟に据え付けられてたら、外でサラマンドラを呼び出せなかったもんな」

 とゼンが言うと、数人のドワーフが聞きつけて身を乗り出しました。

「おう、それを請け負ったのは俺たちだぞ」

「持ち運べるようにしたほうが便利だ、と長老たちが言ったからな」

「ジタンのノームたちがあっちからこっちまで分割したおしゃべり石を地中に埋めてきたんだが、さすがに距離があって声が弱くなったからな。増強装置も作って声を大きくしたんだ」

 どうだ、たいしたものだろう、という顔をする彼らに、ゼンはうなずきました。

「相変わらず、みんな腕がいいよな。ハルマスの砦でも、ここやジタンで作られた武器や防具はものすごく評価されてるぜ。おかげで戦闘でも負傷者が大幅に減ってるとよ。オリバンやワルラ将軍が感謝してたぜ」

 これにはその場のドワーフの大半が得意そうに胸を張りました。北の峰のドワーフたちのほとんどは鍛冶の仕事に携わっていて、ロムド軍のために魔金を使った鎖帷子や剣などを大量に作っていたのです。

 そして、このやりとりが、彼らに自信と勇気を奮い起こさせました。

 遠く離れたジタン山脈にいるノームやドワーフと歌を歌ってサラマンドラを呼び出す──という計画を聞かされても、実際にその場面を見たことがあったのは、ビョールたちドワーフ猟師だけでした。ほとんどのドワーフは半信半疑だったのですが、自分たちの仕事が人間にも評価されていると聞いて、なんだかどんなことでも実現できそうな気持ちになってきたのです。

「大地の呼び歌を歌うんだったな? あの歌ならガキの頃から歌ってきたんだ! 任せろ!」

「おう、思いっきり歌ってやる!」

「ちょっと。あんたは音痴なんだから、みんなから外れないように気をつけなよ!」

 張り切る声や笑い声が上がり始めます。

 

 メールは彼らから少し離れて、王様の樹の根元にもたれかかっていましたが、その様子に、ふぅん、とつぶやきました。いつの間にかゼンは北の峰のドワーフたちの中心になっていて、彼らからやる気を引き出しているのです。

 すると、ざわりと王様の樹が枝を揺すったので、メールは見上げて言いました。

「うん、そうだよ。ああ見えてゼンは人望があるし、みんなをやる気にさせるのがうまいんだ」

 ざわざわ。王様の樹がまた枝を揺すります。

 メールはちょっと笑いました。

「そうだね。将来ゼンが父上の跡を継いで渦王になったら、きっといい王様になってくれると思うよ」

 未来の渦王は、屈託なく笑いながら、高まってきた仲間たちの気持ちを受け止めて拳を握っていました。その姿がたまらなく頼もしく見えて、メールも笑顔になります──。

 

 ポポロとやりとりをしていたルルが、ゼンを見上げて言いました。

「フルートから了解が出たわ。作戦開始よ。ただ、ゼンは歌に加わらないでくれって」

 よし! と張り切って歌い出そうとしていたゼンは、出鼻をくじかれて憮然としました。

「どうしてだよ? 俺だってちゃんと歌えるぞ?」

「ゼンはみんなの護衛役ですって。私とメールもだわね」

「あいよ」

 とメールも王様の樹の根元からやってきます。

 ゼンは気を取り直すと、仲間たちに言いました。

「よぉし、それじゃいくぞ。大地の呼び歌だ! 親父、ラトムたちにも言ってくれ!」

「よし。聞こえるな、ジタンのみんな? 俺たちの歌に合わせて歌ってくれ」

 とビョールがおしゃべり石へ言うと、甲高い声が応えました。

「驚き桃の木! こっちはとっくに準備ができていると言っただろうが! いつでもいいぞ! さっさと始めてくれ!」

 そこでビョールは大きく息を吸いました。太く力強い声で歌い出します。

 それに合わせて北の峰のドワーフたちも歌い始めました。すぐにおしゃべり石からも同じ歌が響き出します。おしゃべり石から聞こえるのは、甲高いノームたちの歌声と、低く太いドワーフたちの歌声です。大勢の声が混じり合って、ひとつの歌を高らかに歌います。

「ローデーローデーレーターキー……ローレワーラアー」

 歌に耳を傾けていたメールがルルに言いました。

「ポポロの呪文にそっくりだ。やっぱりこれって魔法の歌なんだね」

「ええ、光の魔法の歌よ。天空の国にももう残っていない、古(いにしえ)の聖獣召喚の呪文ですって。ポポロが言っていたわ」

「それがドワーフとノームだけには伝わっていたんだね。しかも、二つの種族で分け合うようにしてさ──」

 歌は全員の合唱で続いていましたが、ふいにドワーフたちが歌詞を歌うのをやめました。唸るような声で低く旋律だけを歌い出します。

 おしゃべり石からも、ドワーフたちの旋律が聞こえ始めました。一方、ノームたちは歌詞を歌い続けていました。高く明るい歌声が魔法の歌詞を唱えます。

「でもさ、どうしてこの歌はドワーフとノームにばらばらに伝わったんだろ?」

 とメールがまた言いました。しかも、魔法の歌はそれぞれの種族に歌詞の一部が欠損して伝わっていて、そのまま歌っても聖獣の召喚はできないのです。

 ルルは首を傾げました。

「本当のところはわからないけど、歌を絶やさないためじゃないか、ってフルートが言ってたわ。いつも歌っていれば、絶対に歌詞は忘れないし、意味はわからなくてもずっと伝わっていくでしょう? でも、そのたびにサラマンドラを呼び出してしまっては大変だから、ドワーフとノームの間で分けて伝えることにしたんじゃないか、って」

 そこへゼンも話に加わってきました。

「ノームの歌のこの部分の歌詞は、俺たちには歌えないんだぜ。こうやって歌詞をちゃんと聞いてるのによ。どういうわけか、歌おうとしても歌えねえんだ。たぶん、そのへんも合わせて魔法なんだろうな」

 ふぅん、とメールとルルは言いました。不思議な話ですが、契約である以上、なにかしらの取り決めがあったのでしょう。

 そのとき、メールはとあることに気がつきました。

「ねぇさぁ、ジタンにはドワーフとノームが揃ってるけど、こっちにはドワーフしかいないだろ? もしかサラマンドラがあっちに呼び出されちゃったら、どうしたらいいのさ?」

 え!? とルルは目を丸くしました。その可能性には思い至らなかったのです。

 けれども、ゼンはつまらなそうに言いました。

「そんときにゃ、あっちの連中からサラマンドラに、北の峰へ行けって言ってもらうさ。たいした問題じゃねえ」

 ゼンが言うと本当にたいした問題に思えなくなってくるのですから、不思議です。

 おしゃべり石から聞こえるノームの歌声が、歌詞から旋律に変わりました。入れ替わりに今度はドワーフが歌詞を歌い出します。森でさえずる小鳥のようなノームの声に、力強いドワーフの歌声が重なって、ノームの知らない歌詞を歌い上げていきます──。

 

 そのとき、ずしん、と地響きが伝わって来ました。ごぅっとすぐ近くに炎がやってきて、森の木々を燃え上がらせます。

 ゼンたちはたちまち緊張しました。

「歌声を聞きつけやがったな」

 ドワーフたちの居場所に気づいたベヒモスが、歌声のするほうへ火を吐いてきたのです。王様の樹は霧としずくに包まれて無事ですが、炎がすぐ際まで迫ってきたので、霧が消え始めていました。

「このままじゃ燃えちゃうよ!」

 とメールは言いました。樹の下に避難していた獣や鳥たちは、火に怯えて木の根元へと逃げ込んでいきます。

「歌が完成するまでの間だ。なんとか食い止めるぞ!」

 とゼンは言って、変身したルルに飛び乗りました。メールがその後ろに飛び乗ると、ルルが唸りを上げて飛び立ちます。

 燃えている森を突き抜けて上空に出ると、巨大なサイのようなベヒモスは、彼らからたっぷり一キロ近く離れた場所に立っていました。そこから歌を聞きつけて火を吐いていたのです。

 ゼンは舌打ちしました。

「これじゃ矢が届かねえ! ルル、奴に近づけ!」

「でも、光の矢もあいつには利かないんでしょう? どうするの?」

「んなの、なんとかする! とにかく行け!」

 ゼンにせかされてルルはベヒモスへ突進しました。一キロの距離をあっという間に飛び抜けて、怪物のすぐ目の前までやってきます。

 相変わらずベヒモスは彼らを無視でした。ひときわ大きな王様の樹を目印にしたようで、鼻から火と煙を噴くと、大きく息を吸い込んでから特大の炎を吐こうとします。

 その左側の顔の前にルルがやってきました。ゼンが弓を引き絞り、巨大な目玉の瞳めがけて光の矢を放ちます──。

 ブァァァァァ……!!!!

 さすがのベヒモスも、瞳を射貫かれては平常ではいられませんでした。あたりを揺るがすような鳴き声を上げて頭を振ります。痛みに足を踏みならすと、ずずん、と地響きがして山全体が地震のように揺れます。

「利いた!!」

 メールとルルは歓声を上げましたが、ゼンは厳しい声で言い返しました。

「だめだ! 奴の傷はすぐ治っちまうからな! 来るぞ、気をつけろ!」

 ゼンの言う通り、ベヒモスの瞳の傷は見る間に治ってしまいました。自分の周りを飛び回るルルをにらみつけると、ゼンがまた放った矢を、ぶふん、と鼻息で吹き飛ばしてしまいます。

「ルル、あっちへ飛べ! んで、よけろ!」

 とゼンは王様の樹とは反対の方向を指さしました。

 ルルは全速力でそちらへ上昇しましたが、上がりきらないうちにベヒモスがまた火を吐いてきました。

 ごごごぅ。巨大な炎が彼らの後を追いかけてきました。ルルが必死でかわそうとしますが、かわしきれません。

 すると、森の中から雨のような音が響いて、緑の塊が湧き上がってきました。まだ燃えていなかった木々の葉がいっせいに枝を離れて飛んできたのです。緑のつむじ風になってルルとベヒモスの間に割って入り、炎を食らって燃え上がります。身を盾にして彼らを守ったのです。

「メール、木の葉を操ったの!?」

 とルルに聞かれて、メールは青い顔で首を振りました。

「あたいはやってない。王様の樹だよ。あたいたちを守れ、って森の木に命じてくれたんだ」

 燃え上がる森の中で、王様の樹は霧を放ちながら凜と立ち続けていました。霧に炎の色が移って赤く揺らめいています。

 

 そのとき、揺らめきの中から炎よりもっと赤いものが現れました。王様の樹の下から空に向かって、輝きながら煙のように吹き上がってきます。

 と、それは一匹の大きな生き物に変わりました。全身きらめくうろこでおおわれた巨大なトカゲです。

 ドワーフとノームたちが歌を歌い終えたので、大地からサラマンドラが召喚されたのでした──。

2021年10月6日
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