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第28巻「闇の竜の戦い」

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第19章 ベヒモス

57.ベヒモス

 ゼンたちが必死でポポロと連絡を取ろうとしていた頃、地上では怪物が北の峰へ炎を吐いていました。

 丈夫な皮膚におおわれた姿は、ちょうどカバか角のないサイのように見えますが、信じられないくらい巨大な体をしていました。そびえたつ北の峰に前脚をかけたら、頭が山の中ほどまで届きそうです。それがベヒモスでした。海の大蛇リヴァイアサンと対になっている怪物です。

 ベヒモスは山の北西側で火を吐き続けていました。北から西へかけての斜面はすでに火の海で、黒煙が山より高く立ち上って南へ流れています。ゼンたちが北の峰へやってきたとき、この巨大な怪物に気がつかなかったのは、ちょうど煙の陰になって見えなくなっていたせいでした。

 

 すると、どこからともなく空中にランジュールが現れてベヒモスに近づきました。透き通った手で怪物の頭をよしよし、と撫でて言います。

「もぉいいよぉ、べーちゃん。炎ストーップ」

 するとベヒモスはぴたりと火を吐くのをやめました。山のようなベヒモスと比べれば、ハエか蚊のようにちっぽけなランジュールなのですが、ちゃんと言うことを聞いています。

 うふふふ、とランジュールは笑いました。

「いい子いい子、べーちゃんはいい子だねぇ。超大きくて超強くて、ボクの好みにぴぃったり。べーちゃんといい、リヴァちゃんといい、こぉんなステキな魔獣をくれるんだから、さすが闇王サマは違うよねぇ。ふふふふ」

 北の峰を襲っているベヒモスも、海で暴れているリヴァイアサンも、どちらもランジュールが送り込んだ怪物だったのです。それぞれをべーちゃん、リヴァちゃんと呼んでいるようです。

 

 ランジュールはごうごう音を立てて燃え上がる山へ目をこらしました。

「うん、ドワーフの村に続く入り口は、ちゃんと開いてるね……。黒猿たちを入れたら、みぃんな途中で死んじゃうんだもん。がっかりだよねぇ。ぜぇったい何か闇を通さない仕掛けがあったんだよ。これだけ火と煙を送り込んだら、仕掛けも壊れちゃったと思うんだけどなぁ」

 実際には、猿のような怪物を防いだのはメールが操る星の花だったのですが、ランジュールはドワーフの洞窟の防御システムが働いたのだと考えたのでした。

 彼はさらに周囲を見回し、炎が森を呑み込みながらどんどん広がっていく様子に、満足そうにうなずきました。

「そぉそぉ。この山はあのドワーフくんの故郷だし、ドワーフくんは山の猟師なんだから、山が丸焼けになったらすごぉく悔しがるよねぇ。村のドワーフたちが全滅したら、泣いて悲しがるはずなんだけど。べーちゃんの火や煙はちゃぁんと村まで届いたかしら?」

 けれども、空から見えるのは燃える斜面だけで、地下の様子まではわかりませんでした。んー……とランジュールは少し考え込みました。

「ドワーフの村は地下深くにあるっていうから、炎は届いてないかもしれないなぁ。煙がたくさん届けば息ができなくなって死んじゃうんだけど、きっとその前に別の出口から逃げちゃうよねぇ。まぁ、そうなるだろぉと思って、出口のそばに闇犬(やみいぬ)たちを待たせてるんだけどさぁ。ふふ、ドワーフが穴から飛び出してきたら、ワンちゃんたちが一網打尽。題してウサギ狩り大作戦だよぉ」

 ランジュールは得意満面で話していましたが、山のようなベヒモスは、ただ黙ってたたずんでいるだけでした。体は巨大ですが、人のことばで会話をするほどの知能はなかったのです。

 

 そんなベヒモスに、ランジュールは改めて命じました。

「このまま放っておいても火事は広がっていくから、火はもぉ充分。あとは山に体当たりを繰り返すんだよぉ。ドワーフたちが怖くなって、地下から飛び出してくるよぉにねぇ。それから、心話をお邪魔する波動も出し続けるんだよぉ。ドワーフの洞窟に魔法使いがいるかどぉかわかんないけど、もしいたら魔法で助けを呼ばれちゃうもんねぇ。もしもワンちゃんたちがドワーフを逃がしちゃったら、べーちゃんが丸焼きにすること。ひとり残らず焼き殺すんだよ──。遠い海で、海の王様たちがよってたかってリヴァちゃんをいじめてるから、ボクはそっちに行かなくちゃいけなんだけどさぁ。べーちゃんはひとりでも大丈夫ぅ?」

 すると、ベヒモスはブフンと鼻から火と煙を噴いて、山へ突進しました。岩のような皮膚の体で斜面に激突すると、山全体がぐらぐらと揺れます。

 うんうん、とランジュールはまたうなずきました。

「じゃあ、ここはべーちゃんに任せたからねぇ。でも、もしも勇者くんが駆けつけてきたら、すぐにボクを呼ぶんだよぉ。勇者くんは金の石を持ってるし、魔法使いのお嬢ちゃんも一緒だから、べーちゃんを消されちゃうかもしれないからね。いぃい? 勇者くんは金色の鎧兜を着て風の犬に乗ってるから、すぐわかるからねぇ。それが来たらボクを呼ぶんだよ。わかったねぇ?」

 しつこいほどに念を押して、ランジュールは姿を消しました。海で海王や渦王たちと戦っているリヴァイアサンの元へ向かったのです。

 後に残されたベヒモスは、ブフン、とまた鼻から火と煙を吐くと、突進して斜面へ体当たりをしました。ドォン、と地響きがして山が大きく揺れ、ガラガラと岩が崩れる音が響きます。

 斜面が崩れても、巨大なベヒモスには小石が落ちてきた程度のことです。気にすることもなく体当たりを続けます。

 ゴウゴウパチパチという山火事の音、地響きと共にドォンと繰り返される体当たりの音、岩が崩れる音、ベヒモスの鼻息。

 北の峰は夜の中で強烈な襲撃にさらされていました──。

2021年9月24日
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