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第28巻「闇の竜の戦い」

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56.防御

 怪物が姿を現したのは北西の通路の入り口でした。

 ただ、ゼンたちが予想していたベヒモスではありませんでした。もっと小型の、真っ黒い猿に似た怪物です。次々村に飛び込んできては、逃げまどうドワーフに襲いかかります。

 それを見たとたん、ビョールはグードが乗ってきた走り鳥に飛び乗って駆け出しました。腰の山刀を抜いて怪物に向かっていきます。

「の野郎──!」

 とゼンも駆け出したので、ルルが変身して追いかけました。

「私に乗りなさいよ! そのほうが早いでしょ!」

 とゼンをすくって怪物に向かいます。

 ゼンは背中の弓を外すと、ドワーフを押さえ込んでいた怪物に光の矢をお見舞いしました。矢に貫かれた怪物は一瞬で崩れて黒い霧になります。やはり闇の怪物だったのです。

「ゼン、まだまだ来るぞ! 防げ!」

 とビョールに言われて、ゼンは光の矢を連射しました。怪物は次々消えていきますが、通路の入り口からは怪物があふれるように入り込んでいました。ゼンが奮闘しても倒しきれなくて、ドワーフがまた怪物に襲われます

 ビョールは駆けつけて怪物に切りつけましたが、闇の怪物を普通の刀で倒すことはできません。すぐに傷が治った怪物が、今度はビョールに襲いかかろうとします。

「親父!」

 ゼンは矢を放とうとしましたが、間に合いませんでした。怪物がビョールに食いつきます──。

 

 すると、怪物の口に青と白の花が塊で飛び込んでいきました。そのまま激しく光って怪物の上半身を消滅させてしまいます。

 メールが星の花を鳥に変えて駆けつけて攻撃したのです。

 ビョールが怪物の下半身を蹴り飛ばして離れます。

「ありがとよ、メール」

 とゼンに感謝されて、メールはにこりとしました。

「どういたしまして。ねえ、あたいをそっちに乗せとくれよ。怪物が入ってこないように通路をふさごう」

「星の花でか?」

「うん。光の花だもん。闇の怪物は入り込めなくなるよ」

「よし」

 ゼンはすぐにメールをルルの上に引き上げました。誰もいなくなった花鳥にメールが命じます。

「花たち、怪物を倒しながら通路にお入り! 立ちふさがって怪物が入れないようにするんだよ!」

 花鳥は、ざぁっと雨のような音を立てて空中で崩れると、そのまま群れになって通路の入り口に向かいました。ドワーフを追いかけ回していた怪物を途中で消滅させると、唸りを上げながら通路に飛び込んでいきます。

 通路の中でも怪物が花に消滅させられたようで、ひとしきり騒ぎが聞こえていましたが、やがてそれも静かになりました。通路から怪物が現れなくなります。

 

 ゼンたちが入り口の前に降りると、ビョールも走り鳥でやってきました。通路をのぞくと、星の花が壁のように通路をふさいでいるのが見えます。

 ゼンたちがほっとしているところへ、長老たちも駆けつけてきました。

「いや、助かったぞ、ゼン。おまえの婚約者はたいしたお嬢さんだな」

 とグランツが孫を褒めたので、ゼンが得意そうな顔になります。

 ビョールは集まってきた猟師仲間に言いました。

「他の通路を警戒しろ。敵に入り口を気づかれたらまた侵入されるからな。扉を閉鎖して開かないようにするんだ」

「了解」

 と猟師たちはすぐに散っていきました。走り鳥で地上の出口へ向かう猟師もいます。ビョール自身も長い階段を駆け上がって正面入り口へ向かいました。

 長老たちは怪物に襲われた怪我人の手当を命じたり、動揺している村人を安心させたりしていました。

「この花の壁はどのくらい持つんだね?」

 とメールに尋ねる長老もいます。

「うぅん。ここは岩で花も根を下ろせないからね……。水さえ飲ませてあげれば、四、五日は大丈夫だけど、ずっとってわけにはいかないな」

「それまでに外の怪物が立ち去るということはないじゃろうな。さて、どうしたものか」

 と最長老が難しい顔をします。

 

 そのとき、花がふさいだ通路の入り口で、また騒ぎが起きました。

 入り口に集まってこわごわのぞき込んでいた村人たちが、急に暑くなってきた、と言い出したのです。

「暑いだと?」

 と長老たちはまた驚きました。ドワーフの村は地下にありますが、温度や湿度が最適に保たれる仕組みになっているので、暑く感じることはないはずだったのです。

 けれども、確かに彼らも暑さを感じるようになっていました。通路から熱気が伝わってくるのです。

 通路をふさいでいた花がみるみるしおれ始めたので、メールは顔色を変えました。

「お戻り、花たち! 早く!」

 花が虫の群れのように通路から飛び出してきましたが、すぐにそれが炎に変わりました。花が燃えていたのです。悲鳴が上がり、ドワーフたちがまた逃げ出します。続いて通路の入り口から吹き出してきたのは炎でした。長い赤い舌のように伸びて上へ向きを変え、村の岩天井を焦がします。

 村は再び大騒ぎになりました。猿のような怪物はもう現れませんが、炎が煙と共に二度、三度と吹き出してくるので、皆が咳き込み始めます。

「有毒な煙よ! 吸っちゃダメよ!」

 とルルは言うと、また風の犬に変身しました。ごうっと音を立てて通路に飛び込み、炎と煙を押し返します──。

 その間に長老が村人に言いました。

「岩を集めろ! 入り口をふさぐんだ!」

「そ、それ、ルルが戻ってきてからにしとくれよ……!」

 とメールがあせっているところへ、ルルが戻ってきました。犬の姿に戻ると、けほんけほん、と咳き込んでから言います。

「メールが言ってたとおりよ! 外にものすごく大きなカバの怪物がいて、入り口へ炎を吐いてるの! 大きすぎて、私にもどうすることもできないわ!」

「ベヒモスか」

 と長老たちが言っているところへ、村人たちが岩を運んできました。なにしろ力自慢のドワーフです。自分の体より大きな岩をひとりで転がしてきます。

「そこへ置いてくれ! 俺がふさぐからよ!」

 とゼンは言って、岩に手をかけました。ドワーフの中でも特に怪力のゼンなので、まるで麦の袋でも持つようにつかんでは、勢いよく通路に放り込んでいきます。

 メールは燃え残った星の花を集めていました。大蛇を作るほどたくさんあった花が、今はひと抱えくらいしか残っていませんでした。花鳥を作って乗ることもできない数です。

 それでもメールは花たちに何かをささやき、ゼンが通路をふさぎ終えて、よぉし! と言うと、花を通路に向かわせました。岩でいっぱいになった通路の手前に花の壁を作ります。

「岩でふさいでも毒の煙は入ってくるかもしれないだろ。こうしとけば煙も防げると思うんだ」

 とメールが言ったので、長老たちはまた感心しました。ゼンやメールやルルのおかげで、とりあえず村は安全になったのです。

 

 そこへ階段を下りてビョールが戻ってきました。一同の様子に、何があった? と尋ね、ゼンから説明を聞くと言いました。

「正面入り口には二重に扉を下ろしておいた。こちらにはまだ火は回っていないし、怪物も現れていないようだから、脱出は可能かもしれん」

 それを聞いて長老たちは激怒しました。

「何を言い出すんじゃ、ビョール!」

「わしらにこの村を捨てろと言うのか!? 怪物が外に現れたくらいで!?」

「火が恐ろしいなら、もっと地下深くへ避難すればよかろう!」

 すると、グランツが他の長老たちを抑えて言いました。

「わしもビョールも北の峰のドワーフだ。この山や村を捨てる気持ちなど微塵もない。ビョール、何を考えているかちゃんと説明せい」

 老いた父親から援護されて、ビョールはちょっと肩をすくめました。

「もちろん、村や山を捨てるなどと言っているつもりはない。誰かが山を脱出して救援を求めに行くのがいいと思っただけだ。外にいる怪物は俺たちが降参するまで居座るだろうし、俺たちにはとても倒せない。俺たちにどうしようもないなら、助けを求めるしかないだろう」

「救援? 誰がわしらを助けに来ると言うんだ? わしらは北の峰のドワーフだぞ」

 と長老のひとりが言いました。ここは外とあまり関わりを持たない孤立したドワーフの村だったので、他のドワーフの里とは交流がなかったのです。唯一つながりがあるのは、この村から移住していったジタン山脈のドワーフたちですが、彼らにも巨大なベヒモスと戦う力などはありません。

 けれども、ビョールは言いました。

「助けならいる。ロムドの皇太子とフルートたちだ。知らせればきっと助けに来るだろう」

 オリバンやフルートは人間ですが、北の峰のドワーフから絶対の信頼を得ていたのです。

 彼らを呼びに行くなら、ゼンたちが適任でした。長老たちからいっせいに注目されて、ゼンは父親とそっくりの格好で肩をすくめました。

「そんなら、わざわざ知らせに行かなくても大丈夫だぜ。ポポロがいるからな」

「ポポロはどんなに離れててもあたいたちの声が聞けるんだよ」

 とメールも言います。

 

 皆が見守る中、ゼンはさっそくポポロに呼びかけました。

「聞こえるか、ポポロ!? 一大事だ! そばにフルートやオリバンはいるか!?」

 ポポロは遠いハルマスの砦にいるので、傍目にはゼンが大声でひとりごとを言っているように見えます。

 ところが、しばらく耳を澄ませてから、ゼンは首を傾げました。

「なんだ、寝ちまったのか?」

 ポポロからの返事がなかったのです。

「そんなわけないよ。北の峰が襲撃されてるかもしれない、ってフルートは予想してたんだからさ。あたいたちから連絡が来るまで、ポポロもフルートも待ってるはずだよ」

 とメールは言って、今度は自分が試してみました。

「ポポロ! 聞こえるかい、ポポロ!? 聞こえたら返事しとくれよ!」

 けれども、やっぱり返事は聞こえてきませんでした。

「やべぇ。あっちでも何か起きてんのか?」

 とゼンは心配しましたが、メールは首を振りました。

「たぶん闇王のせいだよ。また心話を邪魔されてるんだ」

「では、ここから知らせることはできんのだな」

 とグランツが重々しく言いました。

 やはり直接助けを呼びに行くしかないのとか、と誰もが考えます。

 すると、一同の足元にルルが進み出てきました。

「私がやってみるわ。私とあの子なら魔王に邪魔されても話せるかもしれないから」

 ルルは犬、ポポロは人間ですが、幼い頃から姉妹のように育ってきたので、心の奥底に強い絆(きずな)があるのです。

 ルルは黒い鼻面を上げ、匂いをかぐように少しあたりを見回してから、ハルマスの方角へ呼びかけ始めました。

「ポポロ、ポポロ! 北の峰が大変よ! ベヒモスって怪物に襲われてるの! 今すぐフルートとオリバンを呼んで!」

 長老やゼンたちはそんなルルを固唾(かたず)を飲んで見守りました──。

2021年9月22日
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