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第28巻「闇の竜の戦い」

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53.匂い

 ゼンたちは夜空を一時間ほど飛び続けました。

「追い風だからいつもより早く着きそうよ」

 とルルが言いましたが、行く手の空には雲がかかっていたので、夜目が利くゼンにもまだ北の峰は見えませんでした。

 ゼンはいまいましそうに舌打ちしました。

「ったく! シルに海に北の峰かよ! 俺たちの大事な場所ばかり狙いやがって、卑怯だぞ、イベンセ!」

 メールは溜息をつきました。

「向こうは闇王だもん。それを聞いたら、してやったりって喜ぶんだろうね……。でもさ、どうしてイベンセはあたいたちの弱みを知ったのかな? 誰から聞いたんだろ?」

「そんなもん、セイロスからに決まってるだろうが!」

 とゼンがどなり返しました。早く北の峰の様子が知りたいので、いらいらしています。

「あたいたちの故郷のことはセイロスも知ってただろうけどさ。小さい町や村でもあたいたちは無視できないってのは、けっこう鋭いとこ突いてるよ。ホントにセイロスから聞いたのかなぁ」

「知るか! とにかく、イベンセが北の峰に手を出してたら、ぶん殴ってぶっ飛ばしてぶち倒す! 絶対に好きなようにはさせねえからな!」

 とゼンが息巻いたので、メールも話はここまでにしました。イベンセの襲撃の陰には幽霊のランジュールがいたのですが、そこまで思い至ることはできません──。

 

 彼らはさらに三十分ほど飛びましたが、北の峰はまだ見えてきませんでした。相変わらず行く手に濃い雲がかかっていて、山をおおい隠していたのです。

 流れる地上を眺めてゼンが言いました。

「下は黒森か。そろそろのはずなんだがな……」

 すると、ルルが言いました。

「ねえ、あなたたちは匂わない? 焚き火みたいな匂いなんだけど、さっきからずっとしてるのよね」

「ずっと?」

 メールは驚きました。彼らは猛スピードで飛び続けています。もし地上で誰かが火を焚いていたとしても、あっという間に飛びすぎてしまうので、匂いが続くことはないはずでした。

 ゼンも改めて地上を眺めましたが、どこにも焚き火の灯りや煙のようなものは見当たりませんでした。ここはもうロムド国ではないので、人が住む町や村はありません。ただ大きな森が黒々と地面をおおっているだけです。

 気のせいじゃねえのか? とゼンが言おうとした瞬間、どっと正面から風が吹きつけてきました。風向きが変わったのです。

 とたんにメールが悲鳴を上げて耳をふさぎました。

「おい、どうした!?」

「大丈夫、メール!?」

 びっくりしているゼンとルルに、メールは耳をふさいだまま言いました。

「声──悲鳴だよ──!」

 ゼンとメールはまた驚きました。周囲ではずっと風の音がしていますが、声などは聞こえていませんでした。メール自身の声のほうがよほど悲鳴のようです。

 けれども、メールは言い続けました。

「たくさん──すごくたくさんの声──! 木と、草と、花が叫んでる──! 助けて、熱いって──!」

「熱いだと!?」

 ゼンはぎょっと行く手を見ました。風が植物の声をメールに運んだのだと気づいたのです。

「木が燃える匂い! さっきよりずっと強くなったわよ!」

 とルルも言います。

「やりゃあがったな……」

 とゼンは唸りました。

 行く手には山々をおおう雲が見えていますが、その一端が、夕方でもないのにほの赤く光っていたのです。ちょうど北の峰があるはずの場所です。

 それは雲ではなく、山から湧き上がってくる煙でした。地上に近い部分が不気味な赤い色を映して揺らめいています。

 北の峰は炎に包まれていたのでした──。

2021年9月14日
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