ゼンたちは夜空を一時間ほど飛び続けました。
「追い風だからいつもより早く着きそうよ」
とルルが言いましたが、行く手の空には雲がかかっていたので、夜目が利くゼンにもまだ北の峰は見えませんでした。
ゼンはいまいましそうに舌打ちしました。
「ったく! シルに海に北の峰かよ! 俺たちの大事な場所ばかり狙いやがって、卑怯だぞ、イベンセ!」
メールは溜息をつきました。
「向こうは闇王だもん。それを聞いたら、してやったりって喜ぶんだろうね……。でもさ、どうしてイベンセはあたいたちの弱みを知ったのかな? 誰から聞いたんだろ?」
「そんなもん、セイロスからに決まってるだろうが!」
とゼンがどなり返しました。早く北の峰の様子が知りたいので、いらいらしています。
「あたいたちの故郷のことはセイロスも知ってただろうけどさ。小さい町や村でもあたいたちは無視できないってのは、けっこう鋭いとこ突いてるよ。ホントにセイロスから聞いたのかなぁ」
「知るか! とにかく、イベンセが北の峰に手を出してたら、ぶん殴ってぶっ飛ばしてぶち倒す! 絶対に好きなようにはさせねえからな!」
とゼンが息巻いたので、メールも話はここまでにしました。イベンセの襲撃の陰には幽霊のランジュールがいたのですが、そこまで思い至ることはできません──。
彼らはさらに三十分ほど飛びましたが、北の峰はまだ見えてきませんでした。相変わらず行く手に濃い雲がかかっていて、山をおおい隠していたのです。
流れる地上を眺めてゼンが言いました。
「下は黒森か。そろそろのはずなんだがな……」
すると、ルルが言いました。
「ねえ、あなたたちは匂わない? 焚き火みたいな匂いなんだけど、さっきからずっとしてるのよね」
「ずっと?」
メールは驚きました。彼らは猛スピードで飛び続けています。もし地上で誰かが火を焚いていたとしても、あっという間に飛びすぎてしまうので、匂いが続くことはないはずでした。
ゼンも改めて地上を眺めましたが、どこにも焚き火の灯りや煙のようなものは見当たりませんでした。ここはもうロムド国ではないので、人が住む町や村はありません。ただ大きな森が黒々と地面をおおっているだけです。
気のせいじゃねえのか? とゼンが言おうとした瞬間、どっと正面から風が吹きつけてきました。風向きが変わったのです。
とたんにメールが悲鳴を上げて耳をふさぎました。
「おい、どうした!?」
「大丈夫、メール!?」
びっくりしているゼンとルルに、メールは耳をふさいだまま言いました。
「声──悲鳴だよ──!」
ゼンとメールはまた驚きました。周囲ではずっと風の音がしていますが、声などは聞こえていませんでした。メール自身の声のほうがよほど悲鳴のようです。
けれども、メールは言い続けました。
「たくさん──すごくたくさんの声──! 木と、草と、花が叫んでる──! 助けて、熱いって──!」
「熱いだと!?」
ゼンはぎょっと行く手を見ました。風が植物の声をメールに運んだのだと気づいたのです。
「木が燃える匂い! さっきよりずっと強くなったわよ!」
とルルも言います。
「やりゃあがったな……」
とゼンは唸りました。
行く手には山々をおおう雲が見えていますが、その一端が、夕方でもないのにほの赤く光っていたのです。ちょうど北の峰があるはずの場所です。
それは雲ではなく、山から湧き上がってくる煙でした。地上に近い部分が不気味な赤い色を映して揺らめいています。
北の峰は炎に包まれていたのでした──。