ペルラがマグロに乗って突然現れたので、フルートたちはびっくりしました。
キャンキャン、と高い犬の鳴き声も聞こえてきます。ペルラの腕にシィも抱かれていたのです。ぶち模様の体の小さな雌犬です。
思わず湖に駆け込んだフルートたちに、マグロが言いました。
「私はペルラ様をここまでお運びしてきたんです。海からの通路が狭くて、シィ様には通れませんでしたから」
「ペルラ!」
とメールが歓声を上げると、ペルラのほうでも歓声を上げてマグロから飛び降りてきました。湖の中でしっかりと抱き合います。ペルラは海王の娘で、メールとはいとこ同士なのです。
「やだなぁ! 父上が言わないから、ペルラも来てたなんて全然知らなかったよ!」
「沖で待ってろって叔父上に言われたのよ。このまま海に連れて帰られちゃうのかと思って、はらはらしてたわ」
すると、渦王が苦笑いしながら言いました。
「どうしてもそなたたちの手伝いがしたいと言って聞かなくてな。海王から頼まれて連れてきたのだ」
すると、ペルラが唇を尖らせて言い返しました。
「だって、父上はあたしに出陣しちゃいけないって言うんですもの! クリスやザフは兄上と一緒にリヴァイアサン退治に出陣したのに! だからあたしはこっちを手伝うことにしたのよ!」
クリスやザフというのは、ペルラと一緒に生まれた三つ子のきょうだいです。
「ったく、相変わらずだな」
とゼンも苦笑しました。海の民はとにかく血の気が多くて行動的なのです。
「やあ、ペルラ、久しぶりだね。渦王の島で会って以来だよね」
とフルートが言いました。ポポロはその後ろに立っていて、ペルラと目が合うと、にこりと笑い返します。
ペルラはメールから離れて肩をすくめました。
「あなたたちって、相変わらず仲がいいわね。それにレオンもいたなんて。あたしたちって腐れ縁?」
「なんだ、その腐れ縁ってのは! ぼくは天空王様やマロ先生の指示でここにいるんだぞ!」
湖の岸に立っていたレオンが、顔を赤くして言い返しました。かなりむきになっています。
ふふふ、とペルラは笑って岸に上がってきました。
「腐れ縁じゃない。一緒に闇大陸のパルバンまで行って、その後もまた西の大海で会って、パルバンに行ったあなたたちを待ったり助けたり──。天空の民が地上を助けに降りたことは聞いてたけど、あなたがここにいるとは思わなかったわ。また会えてすごく嬉しいわよ」
とレオンへ握手の手を差し出します。
ペルラに意外なくらい素直に再会を喜ばれて、レオンはとまどいました。以前は、顔を合わせるたびに張り合ったり言い争ったりしてきた二人なのです。ますます顔を赤くすると、ペルラの手を無視して背を向けました。
「君も砦の守備につくんだな。みんなの脚を引っ張らないように気をつけろよ」
「あら、何よそれ……」
とペルラは言いました。傷ついたような顔になります。
レオンがそのまま歩き出したので、愛犬のビーラーがあわてて引き止めました。
「おい、レオン! ペルラに久しぶりで会えたのに、他に言うことはないのか? どうして──レオン!」
けれどもレオンはやっぱり振り向きません。ペルラは泣き出しそうな顔になりました。足元ではぶち犬のシィがおろおろしています。
すると、レオンが片手を耳の前に上げました。後ろを向いたまま、手を上げて別れの挨拶をしたように見えて、ペルラが本当に涙ぐみます。
ところが、レオンの耳元で何かが灯りにきらりと光りました。手を上げた側の耳に、青い小さなピアスが揺れていたのです。もう一方の耳にピアスはありません。
ペルラが目を見張っていると、レオンは手を下ろしました。ピアスがかき消されるように見えなくなります──。
ペルラは一瞬ぽかんとすると、たちまち笑顔に変わりました。走ってレオンを追いかけ、その腕を捕まえてのぞき込みます。
「な、なんだよ」
赤くなって振り切ろうとするレオンに、ペルラは笑いながら自分の髪をかき上げて見せました。髪に隠れていた耳に、レオンと同じ青いピアスが揺れていたので、レオンはますます赤くなりました。
「君もつけてきてたのか……」
「あたしもお守りにしてたのよ。あなたも持っててくれて嬉しいわ」
とペルラは屈託のない笑顔で言いました。このピアスは、以前フルートたちが闇大陸のパルバンに行ったときに、ペルラがお守りとしてレオンに渡したものだったのです。
レオンはまた彼女を無視して歩き出そうとしましたが、ペルラはもう放しませんでした。腕を絡めたままレオンに話しかけます。
「ねえ、あなたはこれから何をするつもり?」
「ハルマスの警備を言いつかったからな。空から周囲の警戒をする。ぼくとビーラーは夜でもあたりが見えるからな」
「ふぅん。じゃ、あたしは湖の警戒でもしようかしら。シィと一緒に」
「それはいいかもしれない。湖には魔法の防御網が沈めてあるんだ。ほころびが生じたりしていないか、調べる必要があるだろう」
「いいわね。あたしたちにうってつけだわ──。シィ、いらっしゃい」
「ビーラーも早く来い! 警戒に出るぞ!」
二匹の犬は思わず顔を見合わせると、やれやれ、という表情で走っていきました。すぐに空と湖に別れていきます。レオンは風の犬になったビーラーで舞い上がり、ペルラはシードッグに変身したシィに乗って水に潜っていったのです。
「なんだ、ありゃ」
とゼンが呆れて言いました。
「ホント、意地っ張りなのか素直なのか、よくわかんない二人だよね」
とメールは笑っています。
渦王もそんな様子を苦笑いして見ていましたが、改めてフルートやオリバンたちに言いました。
「ペルラはここに残していく。使える場面があったら使ってくれ。わしたちも、リヴァイアサンを退治したらすぐに応援に駆けつける」
「私たちもだ。それまでに何かあったら、レオンを通して知らせなさい」
とマロ先生も言ったので、フルートはうなずきました。
「ありがとうございます。あの二人が加わってくれたのは、とても心強いです」
「空と海の援護に心から感謝する」
とオリバンも言いました。
渦王の戦車がマグロと一緒に湖中に消え、マロ先生も風の犬と空に見えなくなると、残された人々は改めて話し合いを始めました。
とりあえずいくつかの確認をしてから、オリバンがフルートたちに尋ねました。
「防具の修理にロムド城へ行ったはずなのに、案外早く戻ってきたではないか。どうしたのだ?」
武人だけあって、修理をしてきたにしては早すぎると気がついていたのです。
フルートは肩をすくめ返しました。
「鎧の不具合はたいしたことがなかったから、修理もすぐ終わったんです。ほら、ピランさんにこれをつけてもらいました」
と左腕に取り付けられた鏡の盾を見せます。
ほう、とオリバンだけでなく、メールやポポロやルル、セシルや竜子帝までが盾をのぞき込みました。オリバンがもっとよく見ようと松明を持つ兵士を呼びます。
少し離れた場所からそれを眺めながら、ポチがゼンに小声で言いました。
「ワン、フルートは防具の限界が近づいてることを話さないつもりみたいですね」
「ああ……。まあ、それを知りゃポポロが死ぬほど心配するだろうからな。あいつとしちゃ聞かせたくねえだろう」
「ワン、でも急がなくちゃいけないですよね。フルートがあの鎧を着ていられるうちに、セイロスを倒さなくちゃいけないんだから」
「もちろんだ。早いとこ作戦を考えねえといけねえよな。連中をぶっ飛ばして、二度と世界に手を出せねえようによ」
フルートはロムド城の後でシルに行ったことも話しているようでした。メールがゼンたちを振り向いて言います。
「シルでロキに会ったんだね! ロキは元気だったかい!?」
「おう、元気だった。相変わらず小生意気だったけどな」
「ワン、ずいぶん大きくなってましたよ。もう四歳ですからね」
とゼンとポチも話に加わりました。
「あら、もう四歳? 子どもって大きくなるのが早いわね」
「私たちも会いたかったわ……」
少女たちが小さな友人を懐かしがります。
すると、セシルが安堵したように言いました。
「メールの故郷だけでなく、フルートの故郷までが怪物に襲われていたのか。被害がなくて良かった」
「朕もそう思う。敵は本当にいたるところに怪物を送り込んだのだな」
と竜子帝も言います。
とたんにフルートが、はっとしました。急に真剣な顔になって考え込むと、仲間たちを手招きします。
「集まってくれ。もしかすると、これは……まずいことになってるのかもしれない」
「なにが!?」
全員はたちまち顔色を変えると、フルートを囲んで集まりました──。