フルートたちがロムド城の地下の鍛冶場に到着すると、ノームのピランは低いテーブルにフルートの鎧と兜を置いて、腕組みして眺めていました。
ピランが修理の最中でなかったので、フルートたちは少しほっとしました。職人気質のピランは、修理の邪魔をされると、とても機嫌を悪くするのです。
「あの……どうだったでしょうか?」
とフルートはノームの老人に尋ねました。防具の関節部分の動きが良くないように感じられたので、制作者のピランに見てもらうために、ロムド城まで来ていたのです。
「良くない」
とピランが即答したので、少年たちはぎょっとしました。
「良くねえって、どこがだよ!? どこか壊れてんのか!?」
「不具合と言っても、ほんの少し違和感を感じる程度なんです! そんなに深刻な状態だったんですか!?」
「ワン、直せますか!?」
フルートの鎧と兜はあらゆる物理攻撃を跳ね返し、暑さ寒さを防ぎ、衝撃も軽減させるという魔法の防具です。過剰なくらい強力に思えますが、これがなければ、フルートは闇の軍勢やセイロスと対決していくことができません。
すると、ピランは腕組みしたまま言いました。
「こいつは故障なんかじゃない。だから直すこともできん」
え? と少年たちはとまどいました。故障でないのなら、何も問題はないはずでした。ところが、ピランは深刻そうな表情をしたままです──。
「どういうことですか?」
とフルートはまた尋ねました。言いながら、鎧が少し変わっていることに気がつきました。ピランは、修理できないと言いながら、何か手を加えていたのです。どういうことなのか、まったくわからなくなってしまいます。
ピランは大きな溜息をひとつつくと、フルートを見上げました。
「でかくなったな。ハルマスに行ってから、また背が伸びたんじゃないのか?」
まるで関係ないことを言われて、フルートはますますとまどいました。
「そうかもしれません。でも、標準からみたら、まだ背は低いんです」
「それでも以前よりでかくなっている。もう子どもの体型じゃあないな」
それはそのとおりでした。
金の石の勇者になったばかりの頃のフルートは、本当に小柄で顔だちも優しくて、鎧兜をつけていても、しょっちゅう女の子に間違われていました。
それが今ではそれなりに背も伸び、顔も体つきも少年から青年に変わりつつありました。優しい顔立ちは相変わらずですが、今ではもう女と間違われることはありません。一時はまったく同じ身長だったゼンも、今では頭一つ半くらい背丈が違うのです。もちろんフルートのほうが長身です。
それがなにか、とフルートは言いかけて、突然はっとしました。以前ピランに言われたことを、急に思いだしたのです。頭の中で記憶をなぞり、ためらいながら確かめます。
「……ぼくたちは三年前、堅き石を探しにジタンに行きました。ぼくの防具を強化するために。ピランさんはそれを一年がかりで防具に組み込んでくれて、ぼくたちに言いましたよね。この防具は着る人に合わせて伸縮するけれど、ある一定以上の大きさにはなれない。ぼくが大人になるまで着ることはできないだろうって……。ひょっとして、そのときが来てしまったということですか?」
ゼンとポチはどきりとしました。彼らもその話を思い出したのです。強化した防具を受け取ったときのやりとりですから、黄泉の門の戦いが始まる直前のことでした。
「まだ来てはおらん。だが、もうじきだな」
とピランは言いました。相変わらず深刻な声です。
「フルートが鎧に違和感を感じていたのは、鎧が限界まで伸びきっていたからだ。パーツの間を堅き石でつないで補っていたが、それも限界に来ている。鎧も兜も、もうこれ以上は大きくなれん。わしの技術を持ってしても、それは不可能だ」
少年たちは絶句しました。彼らの間のテーブルに並べられた鎧と兜を見つめてしまいます──。
ひどく長く感じられた沈黙の後、フルートがまた口を開きました。
「ぼくはこれをいつまで着ていられますか? 何ヶ月? それとも何週間……?」
「わからん。防具たちも精一杯おまえを守ろうとしとるから、わしが思っているより、ずっと長く持つかもしれん。が、それも力尽きれば終わりだ。おまえはこれを着られなくなる」
また沈黙になりました。彼らの頭の中にあったのは、あとどのくらいでセイロスとの決着をつけられるだろう、ということでした。セイロスを倒すまで防具が持つかどうか。今すぐ誰かに教えてほしいのに、それに答えられる者はいません。
そのとき、ゼンも鎧の変化に気がつきました。左の腕をおおう籠手(こて)に、籠手に沿うように、細長い金属の板が取り付けられていたのです。鎧と同じ金色をしていて、鏡のように磨き上げられています。
「じっちゃん、これはなんだ?」
と尋ねると、ノームの老人はたちまち表情を変えて、嬉しそうに語り出しました。
「おう、そうだった! これをまだ話してなかったな! これはな、鏡の盾だ! どうだ、綺麗に生まれ変わっただろう!?」
少年たちはまたとまどいました。
「ワン、鏡の盾? これが?」
フルートが使っていた鏡の盾はもっと大きくて丸い形をしていました。色も金色ではなく銀色で、名前の通り鏡のように磨き上げられた上を、聖なるダイヤモンドでおおってありました。しかも、鏡の盾は彼らが闇大陸のパルバンへ行ったときに、ハーピーの攻撃でひびが入って使えなくなってしまったのです。
「そいつは正真正銘、フルートの鏡の盾だ。言っただろう。おまえたちの防具はおまえたちを守って一緒に戦いたがってるんだ。それなのに途中で脱落してしまったものだから、盾が悔しがってな、わしになんとかしてくれと頼んできたんだ。以前よりだいぶ小さくなってしまったし、魔法を跳ね返す力もなくなってしまったが、魔金でメッキをしてさらに聖なるダイヤモンドでまたコーティングしたから、丈夫さは以前より増したぞ。敵の攻撃は充分防げるはずだ」
少年たちは驚いて籠手に取り付けられた小さな盾を眺めました。フルートがそっと手を触れると、冷たいはずの金属の盾に、ほのかなぬくもりのようなものを感じます……。
フルートはピランへ丁寧に頭を下げました。
「ありがとうございます。ぼくは必ずセイロスを倒します。これを着ていられるうちに──」
それを聞いてゼンも言いました。
「ま、そうだな。そいつが着られなくなる前に、連中をぶっ飛ばして決着をつけりゃいいんだからよ」
ゼンが言うと、なんだかとても簡単なことのように聞こえて、フルートは思わず笑顔になりました。ポチも尻尾を振って言います。
「ワン、こっちには本当にたくさんの仲間たちがいるんです。きっとできますよ」
ピランは、うんうんと長い灰色のひげをしごきました。
「そうだ、頑張れよ。おまえたちならきっとできるからな」
その応援は、どうも、自分が鍛えた防具たちに言っているようでしたが、フルートたちはうなずきました。
「はい、必ず」
テーブルの上で、防具は金色と黒に輝き続けていました──。