ハルマスの砦の中、リーリス湖の畔の砂浜で、フルートはひとりで剣の稽古をしていました。
突き、かわし、切り払い、またかわして下から突き上げ──軽い身のこなしで多彩な剣を繰り出すと、刀身とフルートの防具が日の光を返して銀と金にきらめきます。
そこへゼンがやって来ました。立ち止まってしばらく稽古の様子を眺めていましたが、やがてまた歩き出すと、砂を踏んでフルートに近づいていきます。
フルートのほうでも気がついて剣を止めました。顔の汗を拭いながら尋ねます。
「どうした? 何かあったのか?」
いいや、とゼンは答えました。
「部屋に戻ったらおまえがいなかったから、どこにいるのかと思って探しに来ただけだ。稽古してたんだな」
「うん。ユギルさんの占いの結果が出るのに時間がかかっているからね。腕がなまらないように稽古していたんだ」
「熱心だな。飲むか?」
ゼンが荷袋から水筒を投げてきたので、フルートは、ありがとう、と受け取りました。すぐに口をつけて咽を潤します。
「ロングソードで稽古してたんだな。光炎の剣じゃなく」
とゼンに言われて、フルートはちょっと苦笑しました。
「光炎の剣を使うと引きずられるんだよ、剣に──」
「例の、剣が闇の敵を倒せって言っているって奴か?」
「うん。言うというか、そんなふうに感じるんだけどね……。この剣は闇を徹底的に倒そうとしているみたいだ。この前の戦いで、ますますそう感じるようになったよ」
ふぅん、とゼンは言って、フルートの背中の剣をつくづくと眺めました。光の剣と炎の剣を合体させた大剣は、鞘にも柄にも銀と黒が組み合わせてあって、赤い炎の石がちりばめてあります。とても洗練された美しい剣です。
「なにしろ聖なる光の剣が入ってるんだもんな。闇の敵は許せねえんだろう。おかげでおまえが戦闘中にためらわなくなったから、そこはありがたいけどな」
すると、フルートは目を伏せました。本当はすごく嫌なんだけれどね、と表情が言っています。
そんな優しすぎる友人を改めて眺めて、ゼンは急に、ああ、と声を上げました。
「そういや、おまえの防具をピランじっちゃんに見てもらうはずだったんだよな! 昨日、遠見の石でしゃべったときに頼みゃよかった!」
フルートはまた苦笑しました。
「うん、それは覚えていたんだけどさ。ピランさんはかなり腹を立ててたから、あそこで頼むのは気が引けたんだ」
「まあなぁ……」
とゼンもピランの激怒ぶりを思い出して渋い顔になりました。ピランは自分の発明品を我が子のように大切にしています。自分が作った防具の調子が悪い、などと聞かされたら、またへそを曲げてしまったかもしれません。
「で、どうなんだ? 防具の具合は。やっぱりおかしいのか?」
「おかしいって言うか──こうしていると全然なんでもないんだけどね。剣を使ったり戦ったりしていると、たまに関節部分の動きが鈍く感じる瞬間があるんだ」
「関節か。とすると、やっぱり歪んできてるのかもな。最後にじっちゃんに調整してもらってから、ずいぶんたつもんな」
「鏡の盾が壊れてしまってから、敵の攻撃を防具で直接止めることも増えたしね」
とフルートは言って剣を持っていない腕を上下に振りましたが、そのときには特に違和感は感じられませんでした。
「ピランじっちゃんに会いにロムド城に行くか? 今日はもう機嫌は悪くねえはずだ。ユギルさんの占いに時間がかかってるんなら、いいタイミングだぞ」
「そうだな……」
とフルートもゼンの提案にその気になり始めたとき、二人の頭の中にポポロの声が響きました。
「みんな、司令室に集まって! ユギルさんの占いの結果が出たわ!」
ありゃ、と少年たちは顔を見合わせました。
「どうも間が悪いな」
「しかたないよ。こっちが優先だ。その後でピランさんのところへ行こう」
「おう、そうしようぜ」
二人はそんな話をしながら作戦本部の司令室へ急ぎました──。
フルートとゼンが到着したとき、司令室にはメールとポポロと犬たち、それにオリバンとセシルとワルラ将軍が集まっていました。竜子帝やリンメイは飛竜部隊と共にハルマスの周囲を警戒中だったので不在です。
部屋の真ん中には占盤を置いたテーブルがあって、ユギルが座っていました。フルートたちが入ってきて全員が揃ったのを見ると、一礼してから口を開きます。
「大変お待たせいたしました。敵の居場所がようやく判明いたしました」
すでに厳かな占者の口調になっています。
フルートとゼンはユギルに駆け寄りました。
「それはどこですか!?」
「セイロスとイベンセ、どっちの居場所だよ!?」
「闇王のイベンセでございます」
とユギルは答え、占盤に目を向けて話し続けました。
「元より、セイロスを占いで見つけ出すことは不可能です。今の世の者ではないので、象徴が占盤に現れません。ただ、闇王は別でございます。かの者も非常に強力な闇魔法で身を守っているために、気配を外に表すことがないのですが、ポポロ様を連れ去ろうとした一瞬に、己の象徴を占盤に残しました。闇王イベンセの象徴は生き血をすする黒き蛇。次にその象徴が現れる場所は、サータマンの王宮でございます」
サータマン!! と司令室の一同はいっせいに言いました。
「やはりサータマン王が絡んでいたか! さてはセイロスもそこにいるな!」
とオリバンは憤りました。
サータマン王は彼らとは因縁の相手です。
「そんな気はしていたけど、やっぱりなのね!」
「あの欲深王、何度負けても全然懲りないよね!」
「サータマンはなんとしてもロムドを潰すつもりなんだ! 絶対に許せん!」
とルルやメールやセシルも口々に言います。
今すぐにもサータマンへ向かっていきそうな一同へ、ユギルは厳しく言いました。
「軽率にサータマンへ乗り込んではなりません。目的の敵はすぐに行方をくらましますし、かの国からは、理由なく我々が攻め込んだとそしられて、大戦争が勃発いたします。それこそが敵の狙い。かの国の王は、密かに同盟国に呼びかけて全面戦争を起こす準備を整えております」
「カルドラ国やイシアード国ですね」
とフルートがサータマンの同盟国を上げると、ワルラ将軍が難しい顔で言いました。
「南大陸のルボラス国も加わっているかもしれません。そういう情報が上がってきているのです」
ルボラスも!? とフルートたちは驚きました。ルボラスは、前回の絆たちの戦いでポポロがさらわれていった場所です。
「ワン、どうしてルボラスが? 確かにあの国は海運が盛んで、サータマンとも取引があるけれど、同盟まで結んでいるって話は聞いたことがなかったですよ」
とポチが言いました。物知りの小犬にも初耳のことだったのです。
とたんにワルラ将軍とオリバンとセシルは目を見交わしました。そのまま口をつぐんでしまいます。
「なんだよ。急に黙っちまって?」
「ルボラスはいつからサータマンと仲間になってたのさ?」
と勇者の一行がいぶかると、オリバンが重々しく言いました。
「フルートたちがポポロを奪い返しに行ったことがきっかけだ──。おまえたちはあの国で豪商のバルバニーズの館を跡形もなく破壊してきただろう。その事件がルボラスの有力者たちを警戒させたのだ。金の石の勇者たちがいつかルボラスを侵略するかもしれん、とな。それで対抗しているサータマン王と手を組むことにしたのだ」
勇者の一行は驚いて呆気にとられました。
「な、なんでそうなんのさ!?」
「悪いのはポポロをさらったバルバニーズのはずでしょ!? それなのに、どうして私たちが悪者にされるのよ!」
怒りだした一行に、オリバンは話し続けました。
「むろん、そのとおりだ。だが、人はいつも自分の物差しで他人を測ろうとする。ルボラスでも屈指の有力者だったバルバニーズが、あっという間におまえたちに敗れたので、国中が危機感を覚えたのだ」
「だが、それは向こうの誇大妄想。あまりにひどすぎる話だから、あなたたちの耳には入れないようにしていたんだ」
とセシルは気の毒そうな顔をしています。
「ったく人間って奴は……」
とゼンが唸りました。
ポポロは自分が原因だと思い込んで泣き出していましたが、フルートはそれを抱き寄せて言いました。
「ぼくたちは間違ったことはしていない。だから、その件に関しては、ぼくたちに責任はないんだ。ただ、サータマンにルボラスまで加わったのだとしたら、やっぱりうかつにサータマンに攻め込むことはできない。サータマンとその同盟軍だけでなく、イベンセと闇の軍勢とセイロスまで相手にすることになるだろうからな」
「敵の居場所はわかった。どうすれば連中をたたくことができるのだ?」
とオリバンがユギルに尋ねます。
ところが、占者は答えようとして、急にそれをやめました。懐に手を入れて白い丸い石を取り出します。遠見の石です。
それがどうかしたのか──とオリバンがまた尋ねようとすると、石からいきなり声が飛び出してきました。
「殿下、皆様方、お集まりでしたか! 良かった!」
ロムド城にいるリーンズ宰相でした。普段は落ち着いている老宰相が、いつになくあわてた声になっています。
「何ごとだ!?」
「何がありましたか!?」
オリバンとフルートが同時に尋ねると、一瞬の間があってから、声はロムド王に変わりました。
「たった今、城に知らせが入った。闇の怪物の大群が出現して複数の町や村を襲撃している。ロムド国内だけではない。ザカラス国やエスタ国からも、怪物が群れをなして襲ってきた、とほぼ同時に連絡が入ってきたのだ」
闇の怪物の大群が!?
司令室の一同は驚いて立ち尽くしてしまいました。