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第28巻「闇の竜の戦い」

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第13章 遠見の石

39.翌日

 フルートが目を開けると、彼はベッドの中にいました。

 そこはハルマスの作戦本部にある、彼とゼンの部屋の中でしたが、ゼンは見当たりませんでした。代わりに枕元にポポロがいて、彼をのぞき込んでいました。

「目が覚めた? フルートは昨日から丸一日寝てたのよ」

 丸一日寝ていた!? と彼は驚き、すぐに前日のことを思い出しました。

 彼は仲間たちとハルマスに駆けつけ、ロン将軍を倒して敵の部隊を撃退した後、金の石で負傷者の治療にあたったのです。残念ながら死んでしまった者もいましたが、ロウガと彼の飛竜は金の石の癒しが間に合って、助けることができました。

 飛竜部隊にもテト軍や属国軍にも負傷者は大勢いたので、フルートは片端から癒やしていきました。ところが、十数人癒やしたところで急に目の前が暗くなり、そのまま意識を失ってしまったのです。で──目が覚めたら、自分の部屋のベッドで寝ていたのでした。

「フルートは無理をしすぎたのよ。イベンセに力を吸い取られて弱っていたのに、それでも何度も金の石を使ったから。怪我人の治療は自分たちの仕事だ、って病院のお医者様たちが怒っていたわよ……」

 とポポロが言いました。力尽きて寝てしまったフルートを、ずっと心配していたのでしょう。宝石の瞳が涙ぐんでいます。

 ああ、とフルートは片腕を目の上に載せました。結局また大勢に心配をかけてしまったのです。

「ごめん、ポポロ」

 どんなに反省しても、出てくることばはいつもと変わりません。

 ポポロのほうは、フルートが目を覚ましたので安心したようでした。

「料理長さんが、フルートが目を覚ましたら食事を運んでくれるって言っていたの。持ってきてもらうわね」

 とベッドの横の椅子から立ち上がろうとします。

 フルートは目の上の腕を伸ばしてポポロの腕を捕まえました。そのまま引き寄せ、倒れ込んできた彼女を胸の上で抱きしめます。彼は今は防具を着けていません。

「フ、フルート……?」

 驚いて真っ赤になったポポロを、フルートはさらに強く抱きしめました。

「君を守れて良かった──本当に、良かった」

 闇の兵、闇の将軍であっても、戦って殺すのは、彼には全然楽しいことではありません。ロン将軍が消滅していった光景は、思い出すたびに、深く刺さった棘のように胸の奥が痛みます。

 それでも、ポポロを守れたことに、彼は心底ほっとしていました。闇王のイベンセに連れ去られたら、その先にはきっとセイロスが待っていたのです。ポポロを己のものにするために。

 奴には絶対に渡さない。絶対に。

 心に強く誓ってポポロを抱き寄せ、唇に唇を重ねようとします──。

 

 そのとたん、部屋の入り口のほうから騒ぎが聞こえてきました。

「なんだよ! どうして行かねえんだよ!?」

「しぃっ! 静かにしなよ!」

 ゼンとメールの声です。

 二人は反射的に離れました。ポポロが真っ赤になって背中を向けてしまいます。

 フルートは入り口をにらみつけました。

「そこで何してるんだ。入ってこいよ」

 声に苦々しさがにじみます。

 入り口の戸がそっと開いて、メールが首を出しました。

「ごめんよ、邪魔する気はなかったんだけどさ。タイミング悪かったよね。あたいたち、出直して──」

 ところが、それを押しのけるように戸が全開になって、ゼンが部屋に入ってきました。

「出直してなんぞいられるか。フルート、起きてたんなら司令室に来い。オリバンたちが到着したぞ」

 フルートは溜息をつくと、ベッドから起き上がりました。

「わかった、今行く。でも、ひとつだけ言っていいか?」

 なんだ? とゼンが聞き返します。

「豚にかみつかれて、馬に蹴られろ!」

 フルートの悪態に、ゼンは目を丸くしました。

「ホント、ごめんよ!」

 とメールがまた謝ります──。

 

 

 フルートたちが司令室へ行くと、そこではオリバンやセシル、竜子帝やリンメイと、いつもの顔ぶれが待っていました。ワルラ将軍や術師のラクもいます。

 竜子帝はオリバンたちに前日の戦闘の報告をしていましたが、フルートたちが入ってきたので、振り向いて言いました。

「やっと目を覚ましたな、フルート。ロウガがずいぶんと心配していたぞ。自分たちを助けたせいでまずいことになったんじゃないか、と言っていた」

「んなわけあるか。この馬鹿が自分の体力も考えねえで人助けして、ぶっ倒れただけだ」

 とゼンが答えたので、フルートは口を尖らせました。反論したいのですが、その通りなので言い返せません。

 竜子帝やオリバンの足元にいた犬たちが、フルートに言いました。

「ワン、ハルマスから逃げて行った闇の軍勢は、オリバンが率いてきた本隊に討伐されたそうですよ」

「全滅とまではいかなかったみたいだけど、生き残った闇の兵士は散り散りに逃げて行ったんですって」

「ロン将軍の部隊はこれで壊滅したってことか」

 とフルートが言うと、オリバンがうなずきました。

「闇の森にはエスタ軍とメイ軍が討伐に向かった。敵の本陣はすでに落ちたが、残党はそうとは知らずに本陣に向かったはずだ。闇の森には魔法部隊と妖怪部隊もいるから、ロン将軍の部隊も、先に我々と戦ったジオラ将軍の部隊も、壊滅したと言って良いだろう」

 四天王と呼ばれる闇の将軍の部隊を半分潰したのですから、彼らの大勝利でしたが、フルートは嬉しそうな顔はしませんでした。考えながら話し続けます。

「敵の将軍もイベンセも、狙いはやっぱりポポロだった。ポポロの中の力を奪おうとしているんだ。イベンセは特にその能力に長けているし、闇王だけあって、金の石の守りの中にも手を伸ばしてきた。これからも、連中はポポロを狙ってくるはずだ」

 すると、メールが首をひねりました。

「ねえさぁ、あたい不思議だったんだけどさ──敵の将軍はどうしてポポロのことをよく知らなかったんだろうね? リンメイとポポロを間違えたりしてさ。イベンセやセイロスから、ポポロのことをちゃんと聞かされてないって証拠だよね」

「だな。人捜しするんなら、これこれこんな奴を探せって教えておくもんだよな」

 とゼンもうなずきます。

 フルートはさらに考えながら答えました。

「イベンセは最初から自分でポポロを捕まえるつもりでいたんだろう……。目的はたぶんポポロの力を吸収することだ。四天王はそのための囮(おとり)だったんだ」

「四天王は闇王を守る家臣なのであろう? それなのに平気で囮にしたと言うのか?」

 と竜子帝が眉をひそめたので、ゼンは肩をすくめました。

「闇の民にそんな道徳が通じるかよ。隙さえあれば親兄弟だってぶっ殺して上にのし上がろうとする連中だぞ」

「ロン将軍は手柄を立ててイベンセの婿になるんだ、って言ってたわ。闇の国を牛耳るためにね。そんなのイベンセのほうでお断りだったんじゃない?」

 とルルも言います。

 

「それで、これからどういたしましょうな?」

 とワルラ将軍が口を開いて尋ねました。

 彼らは敵の軍勢の半分を壊滅させましたが、相変わらずイベンセの居場所はわからないのです。遁走した二人の将軍の行方もわかりません。

 フルートはますます考え込みました。

「イベンセやセイロスがまた襲ってくるのは間違いない。ただ、イベンセたちがどこにいるのかわからない以上、こちらから先手を打つことはできない。また敵の出方を待つしかなくなったな……」

 なんとも埒(らち)のあかない状況に唇をかみます。

 オリバンも溜息をついて天井を見上げました。

「ここが城なら、することは決まっているのだがな」

「それは?」

 とセシルが聞き返します。

「むろん、ユギルに占わせるのだ。敵はどこに潜んでいるのか。次にどう仕掛けてくるつもりなのか──。ユギルの占いは絶対に当たる。それに従って敵の壊滅に向かう」

 とオリバンが言ったので、勇者の一行も思わず顔を見合わせました。ハルマスの砦からユギルがいるロムド城までは、馬で半日ですが、空を飛んでいけば三十分程度です。ひとっ飛びして聞きに行こうか、と考えたのです。

 するとそこへ新たな声がしました。

「わたくしをご信頼いただいて大変光栄でございますが、闇の敵の動きは占盤にも現れないもの。今は多くの方々のご意見を伺うのが賢明かと存じます……」

 丁寧すぎるくらい丁寧な話し方に、司令室の人々は声の主を振り向きました。

「ユギル!?」

「ユギルさん!?」

 ロムド城の一番占者が司令室の入り口に立って、深々と頭を下げていました。いつもの灰色の長衣を身につけていますが、フードを脱いでいたので、長い銀髪の輝きが人々の目に飛び込んできます。

 オリバンはユギルに駆け寄りました。

「噂をすればなんとやらか! いつの間にハルマスに来ていたのだ!?」

「つい先ほどでございます、殿下。ピラン殿から預かり物がございましたので、陛下のご命令でお届けに上がりました」

「ユギル殿がじきじきに届けに来てくださったのか!」

「ピランじっちゃんからの預かり物ってなんだ?」

 とセシルやゼンが言いました。他の者たちも占者に注目します。

「こちらでございます」

 とユギルは長衣の懐から白い球を取り出しました──。

2021年8月5日
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