四天王のひとりのロン将軍は、ハルマスの砦を攻める軍勢を後方で指揮していました。
砦の上空に飛竜部隊と術師たちが、門からは敵の軍勢が出てきたのを見て言います。
「やはりこちらに戦力を残していたな。中庸の術の使い手もこちらにいたか」
敵の主力部隊が闇の森に攻め込んだことは、ロン将軍も承知していましたが、彼はこのハルマスの砦を攻撃に来ていました。あちらには三人も将軍がいるので、同じ場所にいては手柄が立てられない、と考えたのです。闇の森の本陣が敵の手に落ちたことは、まだ知りません。
戦闘が激しくなってきて、戦場に魔法がひらめき始めました。砂埃が舞い上がり、武器がぶつかり合う音が響いています。
ロン将軍はその様子を観察しました。
「光の魔法が少ないな。あの様子だと、せいぜいひとりか二人だ。光の魔法使いはほとんどが出陣しているのだろう。中庸の術の使い手を竜ごと倒せば、こちらの勝利だな」
ロン将軍は闇王の四天王の中でも頭脳派です。戦略を決定すると、兵たちに命じます。
「竜を集中的に攻撃しろ! たたき落とすのだ!」
翼があるトアやドルガはすぐに舞い上がって飛竜へ向かいました。ジブも地上から飛竜を攻撃します。
ところが、飛竜は素早い身のこなしで攻撃をかわしました。闇の兵士を中庸の術で次々倒してしまいます。
ロン将軍は部下がやられる様子もつぶさに観察していました。急に、よし、と声を上げると、近くに転がっていた岩を魔法で浮き上がらせ、空の飛竜めがけて飛ばします。
すると竜の背中から術師が何かを投げつけました。白い紙切れのようにも見えましたが、すぐに一筋の魔法の矢に代わって飛び、岩に命中して粉々にしてしまいます。
ところが、その間にロン将軍が飛竜の上まで飛んでいました。敵の術師はあわててロン将軍を攻撃しようとしましたが、間に合いませんでした。将軍が術師と竜の乗り手を殴り飛ばし、さらに飛竜へ魔法を撃ち込みます。
キーーッ……
飛竜は悲鳴を上げて墜落していきました。術師と竜の乗り手も一緒です。全員が地面に激突して動かなくなります。
ロン将軍は勝ち誇ったように言いました。
「敵の魔法には間(ま)が生じる! 攻撃をたたみかけろ! 攻撃の隙を与えずにたたき落とせ!」
おぉぉぉ!!!!
将軍がいとも簡単に飛竜と術師を撃墜したので、闇の軍勢は勢いづきました。飛竜を複数で取り囲んで攻撃を始めます──。
竜子帝はそれを見て歯ぎしりしました。術師たちの中庸の術は、闇への攻撃には効果的ですが、防御には極端に向きません。また一頭、飛竜が攻撃を食らって落ちていきます。
「ラク! ラク!」
竜子帝に呼ばれてロウガがやって来ました。後ろに黄色い服と頭巾のラクを乗せています。
竜子帝はどなるように言い続けました。
「敵をなんとかしろ! このままでは朕の飛竜部隊が全滅する!」
すると、ラクより先にロウガが言いました。
「いくらラク殿でも難しいだろう。敵が多すぎるからな。いったん退いた方がいいと思うぞ」
「退くだと!?」
竜子帝はロウガを鋭くにらみました。
「朕たちが退けば敵は空からハルマスに突入する! ハルマスを敵に奪われるではないか!? 何を血迷ったことを言っている!」
ロウガは肩をすくめました。
「敵は闇の連中だから、俺の太陽の石を使ってみようと思ったんだよ。味方まで目がくらんだら大変だから、一時避難していてほしかったんだ。だが、確かに、その前にハルマスに突入されたらまずいな」
すると、ラクが言いました。
「そういうことなら、いっときわしが砦の上に守りの屋根をかけよう。あまり長い時間は持たないが、ロウガが石を使う間の時間くらいは稼げるはずだ」
「よし。ではラクに朕の竜に同乗する許可を与える」
と竜子帝は尊大に術師を招き、同時に飛竜部隊へ呼びかけました。
「全騎撤収! 砦へ戻れ!」
敵と激しく戦っていた飛竜部隊は、退却を命じられて驚きましたが、自分たちの帝の命令なので、すぐにそれに従いました。飛竜が戦いを捨てて次々砦へ戻っていきます。
「連中が尻尾を巻いて逃げ出したぞ!」
「よっほぉ! 俺たちに恐れをなしたな!」
「追いかけろ!」
「連中の砦をいただくぞ!」
飛竜と戦っていたトアやドルガが勢いづいて後を追い始めました。
ところが、彼らが砦の真上まできたとき、いきなり目の前に薄茶色の物体が現れました。円盤のように広がって、砦の上をすっぽりおおってしまいます。
「なんだ、これは!?」
「障壁か!?」
ドルガたちが魔法を繰り出すと、円盤に命中して一部が壊れました。円盤は木でできた丸屋根だったのです。巨大で厚みもあるので、すぐには撃ち抜けませんが、魔法が命中するたびに少しずつ壊れていきます。
「撃て撃て!」
「こんなもの、ぶっ壊せ!」
トアたちも集団になって丸屋根へ魔法を繰り出しました。屋根がどんどん壊れていきます。
すると、屋根の端から一頭の飛竜が出てきました。他の騎手は竜に鞍を置いていましたが、この男は竜の上に無造作に立っていました。それでいて、まるで脚が竜に吸い付いているように、自在に闇の攻撃をかわして飛んできます。
「馬鹿がひとり出てきたぞ!」
「血祭りに上げてやれ!」
近くにいたトアやドルガが男へ向かっていきます。
すると、男は手に持っていたものを高く掲げました。
上に持ち手がついたランプです。そらよ、最大だ! と男が言ったのが聞こえます。
次の瞬間、ランプから猛烈な光が広がりました。いきなりのことだったので、トアやドルガは目がくらみました。光に照らされた体が焦げるように熱くなって、思わず叫び声を上げます。真夏の直射日光よりもっと熱くて強烈な光です。
敵の軍勢がたじろいでいると、丸屋根が消えていきました。すぐ下で待ち構えていた飛竜部隊が、いっせいに闇の軍勢へ襲いかかります。トアもドルガも目がよく見えないので応戦ができません。飛竜部隊が一気に優勢になります。
「闇の軍勢は別に太陽の光に弱いってわけじゃなかったみたいだな。だが、普通に目くらましになったから、まあいいか」
とロウガはつぶやいて、ランプの光を絞りました。中に入っているのは、太陽の光が地中で固まったという太陽の石です。彼が食魔を退治する際の大事な仕事道具でした。
闇の軍勢はまだ目が回復していないようでした。ロウガ自身は黒いガラスの色眼鏡をかけているので平気でしたが、視界が暗くなるので少々不便でした。色眼鏡を外すとランプと一緒に荷袋にしまいます。
すると、そんな彼と飛竜の上に大きな影が落ちました。見上げると真上にロン将軍がいました。将軍の目は、色ガラスがはまってでもいるように、黒くなっています──。
「人間ごときがこざかしい策を使うな。愚か者!」
ロウガが避ける間もなく、魔法攻撃が襲ってきました。ロウガと飛竜は直撃を食らって墜落しました。砦の中に落ちて地面に激突します。
「ロウガ! 大丈夫か、ロウガ!?」
竜子帝は地上へ呼びかけましたが、返事はありませんでした。
彼はロン将軍をにらみつけました。
「おまえがこの軍勢の将軍だな。名はなんという?」
将軍はにやりとしました。
「闇王の四天王に直々に名を尋ねるとはいい度胸だな、若造。わしはロン将軍だ。そういう貴様は何者だ」
「朕は竜子帝。東の大国ユラサイの皇帝だ」
「ほう、皇帝か。意外に大物だったな。だが、わしの敵ではない」
将軍の六本の腕が伸びてきました。四本で竜子帝と飛竜を押さえ込み、残った二本で剣を振り上げて竜子帝の首をはねようとします。
そこへ竜子帝の背後から矢のようなものが飛び出しました。剣を握ったロン将軍の腕を貫きます。
将軍は悲鳴を上げて竜子帝を突き放しました。腕の傷が治っていかないのでどなります。
「中庸の術か! そこに隠れていたな!」
すると、竜子帝の後ろに黄色い服と頭巾のラクが現れました。姿隠しの術を使って将軍を攻撃したのです。
ラクがまた呪符を矢にして放とうとしたので、ロン将軍はその場から離れました。障壁を張りますが、ラクの矢がすり抜けて飛んでくるので、さらに遠くへ飛び退きます。
ロン将軍は歯ぎしりして言いました。
「こんな程度でわしに勝ったと思うな! 人間など我々の敵ではないのだ!」
将軍が負傷していない腕を突き出すと、腕がみるみる巨大化しました。手が槍の穂先のように鋭くなって竜子帝たちに襲いかかります。
竜子帝が飛竜を操って攻撃をかわすと、ラクがまた矢の術を繰り出しました。槍の手が矢に貫かれて退きます。
そのとき、鋭い声が響きました。
「キョン、後ろ!」
リンメイが砦から飛竜で駆け上がって来たのです。
竜子帝は、はっと振り向き、将軍の別の腕が槍になって背後から襲ってくるのを見ました。とっさにかわそうとしますが、槍の先が飛竜の体をかすめました。傷を負った竜がキェェェ! と鳴きます。
ラクはまた呪符の矢を投げましたが、今度はよけられてしまいました。槍の手がまた彼らを狙います。
すると、そこへリンメイが飛んできました。飛竜の鞍をつかんで体を反転させ、槍の手になった将軍の腕を横から蹴り飛ばします。
痛みに暴れる飛竜を抑えながら、竜子帝はリンメイに言いました。
「何故出てきた! 朕は砦にいろと言ったはずだぞ!」
「キョンが危ないんですもの! 黙って見ているわけにいかないわよ!」
とリンメイが言い返します。
とたんにロン将軍が目を光らせました。
「砦に隠れていた──。では、おまえが闇王様の欲しがっている娘だな。よし、わしと一緒に来い!」
将軍の腕がまた巨大になり、怪物のような手がリンメイに襲いかかってきました。
同時に負傷していなかった他の二本の腕が、また槍の手になってラクと竜子帝に飛びます。
呪符でリンメイを助けようとしていたラクは、とっさに対象を竜子帝に変えました。ユラサイの人間にとって、帝は何を差し置いても守るべき存在なのです。竜子帝を襲った槍は術で跳ね返されますが、ラク自身は槍の手に肩を貫かれました。リンメイも巨大な手にわしづかみにされます。
「娘を捕まえたぞ! 撤収だ!」
とロン将軍は勝利の声を上げました。リンメイを捕まえたまま部下と引き上げようとします。
ところが。
振り向いた将軍のすぐ目の前に人間の男がいました。茶色の髪と瞳の若造が、いつの間にか背後を取っていたのです。空飛ぶ犬に乗っています。
ぎょっとした将軍に若造が言いました。
「人違いだ、そいつはポポロじゃねえ。リンメイを返せ」
若造の拳が将軍の顔に命中しました。自分の何倍もある大男の将軍を殴り飛ばしてしまいます。
のけぞって倒れていく将軍の腕に熱と痛みが走りました。空飛ぶ犬がもう一頭いて、背中の戦士が剣で切りつけてきたのです。
娘を捕まえた腕が切り落とされ、燃えながら落ちていきました。そこへ二人の少女が乗った白い鳥がやってきます。
「リンメイ、こっちだよ!」
「脱出してきて!」
娘は手から抜け出しました。燃える腕を蹴って白い鳥へ飛び移り、少女たちに引き上げられます──。
それを見て、将軍は新たな敵の正体を知りました。自分の腕を切り落とした戦士をにらんで言います。
「そうか、貴様が金の石の勇者とかいう人間だな!」
すると、彼を殴り飛ばした若造が戦士の横に飛んできて言い返しました。
「その通り! んで、俺たちは金の石の勇者の一行だ! もう一発おかわりを食らわせてやろうか?」
若造がまた拳を握ったので、将軍は魔弾を繰り出しました。生意気な若造に集中攻撃です。
ところが、攻撃は若造に触れたとたん、粉々に砕け散ってしまいました。へっ、と若造が鼻で笑います。
その間に勇者は左腕を突き出しました。その手には金のペンダントが握られています。
あれは闇を滅する聖なる魔石! とロン将軍は瞬時に気がつきました。二年前、金の石の勇者は闇王の城を襲撃して、あの恐ろしいフノラスドを倒しただけでなく、聖なる光で城と王の軍勢に大変な被害を与えたのです。まずい、と逃げ出そうとします。
ところが、それより早く勇者が言いました。
「光れ!」
ペンダントの真ん中で石が強く輝き、金色の光をロン将軍に浴びせました。強烈な聖なる光です。たちまち将軍の闇の体が溶け出します。
「馬鹿な──馬鹿な──!」
ロン将軍はわめきました。
「わしは闇王の婿(むこ)となる男だぞ──! 闇の国の真の王になるのは──他の将軍より賢い、このわしだ──! そのわしがこんなところで──そんな──そんな馬鹿──な……」
金の光の中で、将軍はついに完全に溶けてしまいました。最後まで残った黒い心臓も、黒い霧に変わって蒸発していきます。
ロン将軍が消滅したのを見て、闇の軍勢は総崩れになりました。聖なる光の威力を目の当たりにしたので、将軍に代わって成り上がろうとするドルガも現れません。空でも地上でも、誰もが後ろも見ずに逃げ出します。
こうして、ハルマスの砦も守られたのでした──。