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第28巻「闇の竜の戦い」

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37.砦

 ポポロが言ったとおり、ハルマスの砦は闇の軍勢の襲撃を受けていました。

 防衛の指揮を執っていたのは、留守を任されていたユラサイの竜子帝です。敵が地上と空の両方から攻めてくるので、作戦本部の司令室から矢継ぎ早に命令を下します。

「敵を近づけるな! 防壁を破られると侵入されるぞ! 防壁の上で敵を防げ! ラク、術師たちを飛竜部隊に同乗させろ! 出撃だ!」

「御意」

 家臣や術師のラクが司令室から出て行きます。

 入れ替わりに司令室に駆け込んできたのはリンメイでした。

「キョン、飛竜部隊の出動準備が整ったわ! 私たちの飛竜もいつでも飛べるわよ!」

 キョンというのは竜子帝の本名です。

 竜子帝は彼女を振り向くと、一瞬考える顔をして、きっぱりと言いました。

「飛竜を使うのは朕だけだ。リンメイはここに残れ」

 リンメイは仰天しました。

「どうして!? キョンも出動するんでしょう!? どうして私が一緒に行っちゃいけないのよ!?」

 と詰め寄ります。

 竜子帝は冷静に答えました。

「間もなく属国軍やテト軍が砦の外に出て敵と戦うし、飛竜部隊はそれを援護する。朕たちがそちらへ行けばここが不在になる。朕たちはオリバンから砦の守りを任されている。ここから砦の中の兵に命令を下す者も必要なのだ」

「キョンに代わって私に砦の防衛の指揮をしろって言うの? 私は武人だけど軍人じゃないわよ。軍の指揮なんてわからないわ」

「それは各部隊の指揮官が行う。だが、砦にはユラサイの兵だけでなく、属国やテト国の兵たちもいるのだ。誰かが命じなければ、共に戦うことはできない」

 竜子帝が非常にまともなことを言っているので、リンメイはまたびっくりしました。普段のちょっと子どもっぽいわがままぶりが嘘のようです。

「私、キョンを見直したわ。さすがは帝(みかど)よね。でも、私にそんなことができる? 何度も言うけど、私は軍人じゃないのよ」

「できる。リンメイは朕の妃(きさき)なのだからな」

 竜子帝にまたきっぱりと言われて、リンメイは、あら、と顔を赤らめました。

「婚礼はとりおこなってないんだから、まだ妃じゃないでしょう……? でも、わかったわ。戦場での指揮はキョンが執るから、ここでの指揮を私にやれって言うのね。キョンたちが戦いやすいようにすればいいんでしょう?」

「リンメイはよくわかっている。さすがは朕の妃だ」

 と竜子帝がまた言って笑ったので、リンメイも赤くなって笑いました。

「気をつけてね、キョン。敵は闇の魔法部隊よ」

「むろんわかっている。その闇に絶対的な攻撃をできるのが、我が国の術師たちだ」

 自信を持って言い切って、竜子帝は作戦本部の司令室を後にします。

 

 リンメイは司令室の大きな窓に近寄って、足元に見える前庭を見下ろしました。

そこではユラサイの飛竜部隊が出動命令が出るのを待ち構えていました。騎手の後ろにはユラサイの術師たちも乗り込んでいます。騎手も術師も竜の背に鞍を置いて座っていますが、ひとりだけ鞍がない裸竜に立っている男性がいました。食魔退治のロウガです。後ろには先ほど司令室を出て行ったラクが乗っています。

 そこへ建物から竜子帝が出てきました。すれ違いざまロウガとラクに声をかけてから、自分の飛竜に飛び乗ると、さっと手を振ります。

 とたんに飛竜たちは助走を始め、速度に乗ったところで次々飛び上がっていきました。防壁をかすめるようにして舞い上がると、敵が押し寄せる砦の東側へと飛んでいきます。

「みんな、気をつけて」

 とリンメイが見送っているところへ、司令室に属国軍の伝令が駆け込んできました。

「帝、タジ国とエンケイ国の部隊の出陣準備が──」

 言いかけて司令室にリンメイしかいないことに気がつき、とまどって立ち尽くします。

 リンメイは落ち着き払って言いました。

「竜子帝はすでに出陣されました。あなたたちも東の門からすぐに出陣しなさい。門を出るときに竜子帝たちが援護してくれるわ」

「ははっ!」

 伝令はまるで帝にするようにリンメイにお辞儀をすると、すぐに部屋を飛び出して行きました。

 リンメイはほっと息をつきました。

「こんな感じでいいのかしら? とにかく、やるしかないわね」

 窓の外から新たな出陣の声が聞こえてきました。ユラサイの属国軍が命令を受けて動き出したのです。

 東のほうから雷鳴のような戦闘の音が響き始めました──。

 

 砦の東の防壁では、薄紅の魔法使いが敵と戦っていました。ロムドの魔法軍団のひとりで、愛の女神セリヌを信仰する金髪の美女です。

 ハルマスの砦に派遣された魔法軍団は、ほとんどが闇の森に出陣しましたが、彼女は後に残るよう命じられていました。数少ない魔法使いとして、闇の敵から必死で砦を守っていたのです。

「絶対に防壁を越えさせちゃいけないわ」

 と彼女はつぶやいていました。ハルマスの砦を囲む防壁は、土を積んだ防塁の上に柵を築き、張り巡らした棘(とげ)の蔓に光の魔法を流し込んであります。地上から侵入しようとする闇の敵を防ぐのに大変有効ですが、空からの敵は防げません。蔓をどこかで切られてしまうと、防壁全体から魔法の力が失われる危険もあります。

 敵もそれを狙って空と地上から迫っていました。彼女は近づく敵を片端から吹き飛ばしましたが、どんなに頑張ってもひとりでは限界がありました。闇の軍勢は仲間を盾にしながら接近してきます──。

 すると、羽ばたきの音と共に飛竜部隊がやってきて、彼女の頭上を越えていきました。竜の背にはユラサイの術師も乗っています。

 先頭の竜から竜子帝が声を張り上げました。

「闇の軍勢を撃退するのだ! 一匹たりとて逃すな!」

 術師たちの呪符が魔法の矢に変わって飛び、闇の兵士を次々倒し始めました。敵は魔法で防ごうとするのですが、ユラサイの術の前ではまるで効果がありません。

 ただ、飛竜部隊のほうも敵の攻撃を防ぐことはできませんでした。闇魔法が飛竜に命中しそうになったので、薄紅の魔法使いは魔法を飛ばして防ぎました。彼女が使うのは光の魔法なので、闇魔法への防御力は高いのです。

 と、彼女の足元にいきなり太い棘(とげ)が飛び出してきました。いつの間にか防壁までやって来た敵が、蔓の隙間から槍のような棘を繰り出してきたのです。彼女はとっさに身をかわしましたが、薄紅色の長衣の裾を破られました。

「失礼ね。女性の服に何をするのよ」

 薄紅の魔法使いは防壁越しに魔法を繰り出しましたが、敵はさっと土塁の陰に身を隠してしまいました。魔法が通り過ぎると、また攻撃してこようとします。

 薄紅の魔法使いが攻めあぐねていると、空からまた竜子帝の声が聞こえてきました。

「テト軍と属国軍が出るぞ! 門を守れ!」

 彼女が守っている場所から遠くないところに東の門があるのですが、そこから味方の軍勢が出撃しようとしていたのです。飛竜部隊と術師たちに守られながら門が開き、各国の旗印をひるがえした軍勢が砦の外へ飛び出していきました。防壁に取りつこうとする敵と戦い始めます。薄紅の魔法使いを襲っていた敵も、テト軍の兵士と戦闘になります。

 薄紅の魔法使いは、ほっと一息つきましたが、闇の敵はまだまだ押し寄せてきました。敵の妨害で心話が遮られているので、彼女は闇の森やロムド城の仲間に敵襲を知らせることができません。

「とにかくやるしかないわ。ハルマスを守らなくちゃ」

 薄紅の魔法使いもリンメイと同じようなことをつぶやくと、飛竜を狙う敵へまた魔法攻撃を始めました。空気を引き裂いて飛ぶ魔法が、バリバリと稲妻のような音を立てます。

 ロン将軍の軍勢とハルマスの砦の戦いは、まだ決着がつきそうにありませんでした──。

2021年7月23日
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