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第28巻「闇の竜の戦い」

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35.決着

 闇の森に近い荒野で、オリバンはジオラ将軍とまだ戦い続けていました。

 将軍は六本の腕の五本までを聖なる剣で切り落とされて、一本だけになった腕で大剣を振り回していました。ユラサイの術で翼を破られたので飛び立つこともできませんが、巨大な体からたたきつけるような斬撃(ざんげき)を繰り出してきます。

 オリバンは攻撃を受け止めかわしましたが、将軍の隙が見つけられなくて苦戦していました。剣と剣がぶつかり合う音が荒野に響き、双方が汗まみれになっていきます。

 

 その周囲では連合部隊の兵士と闇の軍勢が戦っていました。

 空を飛ぶトアやドルガは、ユラサイの呪符を巻いた矢で狙われないように、地上に降りてしまっています。

 敵味方が入り乱れていますが、連合部隊は数人がかりで闇の兵に立ち向かっていました。敵の動きを止める者、敵に切りつけ首をはねる者、油をかけて火を放つ者──通常の手段では死なない闇の兵を倒すために、連携して戦っています。

 そんな中、ひときわ派手な動きで敵を倒しているのは、全身灰色の大狐でした。空高く飛び上がっては、敵の上へ飛び降りて踏み潰し、食いついて投げ飛ばしてしまいます。

 

 白い鎧兜のセシルも、軍馬を駆ってヨロイサイを操っていました。敵の重装騎兵を乗せていたサイですが、今ではすっかりセシルの命令に従うようになって、敵が集団になった場所へ突っ込んでいました。驚異的な回復力の闇の民も、同じ闇のものから受けた傷は治りません。ヨロイサイに踏まれれば普通に重傷を負い、下手をすれば死んでしまうので、必死になって逃げまわっています。

 すると、突然敵兵がセシルの馬の前に飛び出してきました。サイから振り落とされた騎兵のひとりです。セシルの馬が驚いて後足立ちになったところへ、槍のような武器を突き出します。

「俺のサイを返せ!」

 セシルは片手で手綱を握ったまま、剣で槍を払いました。サイを呼んで反撃しようとします。

 そのとたん別の方向から剣が襲ってきました。敵は四本腕のドルガで、背後に剣を隠していたのです。セシルは剣がかわせません。

「危ない、隊長!」

 敵に後ろから駆けつけて切りつけたのは、セシルと同じ白い防具を着た女騎士でした。男のように力強い一太刀でドルガの首を切り落としてしまいます。

「タニラ、ありがとう」

 とセシルは言いました。彼女がメイにいた頃からの頼もしい副官です。

 タニラは浅黒い顔をほころばせて笑い、すぐにまた真剣な表情に戻りました。切り落とされたドルガの首が宙に浮いてわめきだしたからです。

「くそ生意気な人間どもめ! 貴様らにどうして俺を倒すことができる!? 俺たちは最強の闇の一族だぞ!」

 言うことは将軍に似ていますが、ことばづかいはもっと下品です。獣のように歯がみしながらセシルに襲いかかってきます。

 けれども、そこへ管狐が飛び降りてきました。大きな口でドルガの頭をかみ砕くと、まだ立っていたドルガの体を蹴り飛ばします。ヨロイサイの群れが突進してきたので、ドルガは踏み潰されてそれっきりになりました。

「ありがとう」

 セシルは汗を拭ってまた感謝しました。タニラや管狐が戦闘に戻っていくのを見届けてから、オリバンを振り向きます。

 オリバンとジオラ将軍の一騎討ちは五分と五分でした。どちらも激しく攻撃しますが、互いに受け止め、かわしてしまうのです。オリバンに加勢したいと思うのですが、一騎討ちが激しすぎて手が出せませんでした。ヨロイサイを送り込めば、オリバンまでが巻き添えを食らいそうです。なんとか手助けできないものか、と考えます。

 すると、ジオラ将軍へ突進していく数人の騎士が見えました。銀の鎧兜のロムド兵です。先頭の騎士が長い槍を将軍の背中へ突き出します──。

 

 槍は将軍の背中に命中しましたが、将軍の防具を貫くことはできませんでした。

「くだらん! 虫けらは何匹集まろうと虫けらだ!」

 将軍がオリバンと戦いながら背後へ魔法を繰り出そうとします。

 すると、今度はその首に太い鎖が飛んできて巻きつきました。鎖がすさまじい力で引っ張られたので、将軍は思わず後ろへよろめきました。その隙にオリバンが切りつけてきたので、大剣で受け止めてから背後を睨みます。

 鎖を握っていたのはとても大柄な騎士でした。人間なのに将軍と同じくらいの体格をしています。あまり大きいので、乗っている軍馬も規格外の大きさでした。鎖を引いて軍馬と後ずさりながら言います。

「殿下をー助けるのーがー……俺たちのー、役目ー……!」

 妙に間延びした言い方です。

 その傍らから長槍の騎士がまた飛び出しました。

「そのまま抑えていろ、ゴホル!」

 と言って長槍を振り回し、将軍の腕に突き刺します。オリバンに手を切り落とされた傷を貫かれて、ぐぉぉ!! と将軍が叫び声を上げます。

「ゴホルと長槍部隊のエディスか」

 とオリバンは言いました。どちらもロムド正規軍では有名な戦士です。

 すると、三人目の騎士が進み出て言いました。

「私もおりますぞ、殿下! 助太刀(すけだち)いたします!」

 顔の真ん中に傷のある騎士で、手に剣を握っています。ロムド正規軍の中でも一、二を争う腕前と有名なサーク師団長でした。

 将軍は魔法で鎖を断ち切ろうとしましたが、鎖はびくともしませんでした。引いているゴホルも、人間のはずなのに驚くほどの怪力で、将軍の動きを止めてしまっています。

 エディスの長槍がまた別の腕の傷を突き刺しました。将軍はとっさに痛みを止めようとしましたが、その瞬間サーク師団長が後ろから切りつけてきました。

 シャリーン!

 小さな鈴を振るような音と共に鎧の背中に傷がついたので、将軍は、まさか! と言いました。闇の将軍の防具が人間の武器で傷つくはずがなかったのです。

「それも聖なる武器か!」

 とオリバンも驚くと、サーク師団長が答えました。

「ロムド城でピラン殿が鍛えてくれた武器です! 殿下の剣ほどではありませんが、闇を倒す力を持っています! ゴホルの鎖やエディスの槍の穂先も同様です!」

「それは素晴らしい──」

 とオリバンは言って将軍に切りつけようとしました。

 サーク師団長も背後から切りかかります。

 

 ところが、将軍の上半身が膨れて黒い棘(とげ)が突き出てきました。防具や翼が突然太くて長い棘に変わったのです。突き刺されそうになって、オリバンとサーク師団長はあわてて飛び退きました。怪物のような顔に変わった将軍が、鎖をつかんでぐいと引くと、大きなゴホルが軽々と引っ張られて馬から落ちてしまいます。

「ゴホル、よけろ!」

 とサーク師団長が言ったとき、将軍から魔法攻撃が飛びました。ゴホルが直撃を食らって地面を転がります。

「この!」

 エディスが長槍で将軍の顔を突き刺そうとすると、そこにも攻撃が飛んできました。エディスも腹に魔法の弾を食らって落馬してしまいます。

 魔法攻撃はオリバンとサーク師団長にも飛びました。二人は聖なる剣を構えて魔法を防ぎましたが、次々にやってくるので身動きがとれなくなりました。将軍が振り向いてサーク師団長を殴り飛ばし、さらにオリバンに向き直って言います。

「つまらん虫けらの人間どもが、わしにたてつくか! わしは偉大なジオラ将軍だぞ! 思い知れ!」

 将軍の大剣がオリバンの頭上に振り上げられました。同時に魔法攻撃も繰り出してくるので、オリバンは避けられません──。

 

 そこへ矢のように飛んできたものがありました。将軍の棘だらけの胸を貫き、背中から飛び出していきます。

 駆けつけてきた馬の上で、ザカラス国のトーマ王子が歓声を上げていました。

「すごい、シン! あんなに離れていたのに命中したぞ!」

「当然だ。おまえとは年期が全然違うからな」

 と並んで走る馬の上からシン・ウェイが答えます。彼が呪符で将軍を攻撃したのです。

 胸をまともに貫かれてよろめく将軍に、オリバンは剣を振り上げました。

 リーン……

 鈴を振るような音と共に、将軍の首が宙を飛びます。

 オリバンが使っているのは聖なる剣ですから、ジオラ将軍も復活はできません。頭のなくなった体がゆっくりと傾き、地響きを立てて地面に倒れます──。

 

 とたんに、戦場は水を打ったように静かになりました。

 敵も味方も倒れた将軍を見つめます。

 次いで湧き上がったのは、敵味方の叫び声でした。

「やった! 殿下が敵の大将を倒したぞ!!」

「ジオラ将軍がやられた! 将軍が人間にやられたぞ──!」

 連合部隊は歓声を、闇の軍勢は驚愕の声を上げています。

 そのまま連合部隊が勢いづくかと思ったのですが、すぐに闇の軍勢の声のほうが大きくなっていきました。

「将軍が死んだ──!」

「死んだ、殺された!」

「将軍が殺されたぞ!!」

 その中で急に張り切りだしたのは、四本腕のドルガたちでした。

「四天王の座が開いた! 将軍になれるチャンスだ!」

「わしに従え! ジオラ将軍を倒した敵を殺せば、昇進させてやるぞ!」

「いいや、ジオラ将軍の仇を取るのはわしだ! 次の将軍になるのはわしだぞ! わしに従え!」

 多くのドルガがオリバンへ突進し、数え切れないほどのトアやジブがそれに従いました。あっという間にオリバンは闇の軍勢に取り囲まれてしまいます。

「殿下!」

 サーク師団長がオリバンをかばって逃がそうとしましたが、ひとりのドルガを倒す間に別のドルガに襲われて倒れました。

「くそっ、敵が多すぎるぞ!」

 とシン・ウェイは包囲陣の外でわめいていました。呪符で攻撃してオリバンを救出しようとするのですが、片腕を怪我しているうえに、群がる敵が多すぎて、とても倒しきれなかったのです。

「シン、私もやる! 私にも呪符を──!」

 トーマ王子が必死で言っていましたが、呪符を手渡す余裕さえありません。

「管狐!」

 セシルに呼ばれて大狐が駆けてきました。オリバンを助けに飛び込もうとしますが、とたんに数人のジブとトアから魔法攻撃をくらいました。それまでてんでばらばらに戦っていた敵が、自分が従うドルガを将軍にするために、協力を始めたのです。管狐は弾けるように散って五匹の小狐になりました。それぞれに負傷して、セシルの腰の銀の筒に飛び戻ってしまいます。

 押し寄せる闇の軍勢の中心で、馬に乗ったオリバンが追い詰められていきます──。

 

 そのとき、空から突然白いものが降ってきました。

 オリバンの頭上に雪のように降りかかって、オリバンがその中に見えなくなってしまいます。

 それは無数の白い花でした。オリバンと馬を包み込むように取り囲んでいます。

「なんだこれは!?」

「焼き払え!」

 ドルガたちがいっせいに魔法や炎を繰り出しましたが、白い花は少しも燃えませんでした。輝く白い壁のように立ちはだかっています。

 すると、頭上から声が聞こえてきました。

「ドルガを狙え、ゼン、メール! オリバンを助けるんだ!」

 いつの間にやって来ていたのか、ポチに乗ったフルートがそこにいました。フルートの後ろにはポポロが乗っています。その後ろにはルルに乗ったゼンと青い鳥に乗ったメールがいました。メールがさっと手を動かすと、鳥から青い花が飛び出してドルガに飛んでいきます。ゼンは光の矢をドルガに浴びせかけます。

「金の石!」

 とフルートが胸のペンダントに呼びかけたので、ポポロが後ろからしがみつきました。

「またやるつもり……!? 大丈夫!?」

 金の石の精霊と願い師の精霊も空中に姿を現して言いました。

「あの連中にまた聖なる光を浴びせろというのか? そうするとまた願いのが手伝おうとするぞ」

「守護のひとりでは力が足りないのだから、しかたあるまい。だが、そなたは少しも懲りないな、フルート」

 何を言ってもフルートが考えを変えないのはわかっていたので、精霊たちは諦めるような口調になっています。

 涙ぐんで強くしがみつくポポロに、フルートは言いました。

「大丈夫だよ、本当に──。行くぞ、金の石! 闇の敵を消し去れ!」

 願い石の精霊がフルートの肩をつかみ、金の石が強烈な光で地上をあまねく照らしました──。

2021年7月16日
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