巨大なクンバカルナの頭を消し去ってほっとしたのもつかの間、ポポロの腕に影が絡みつき、女の手に変わりました。ポポロを守りの光の外へ引きずり出そうとします。
フルートはポポロをつかまえましたが、力負けしそうになって仲間たちに言いました。
「ポポロを守れ! イベンセだ!!」
仲間たちはぎょっとして、こいつが──と女の手を見ました。イベンセは闇王ですが、手は白くてほっそりした人間の手そのものでした。ただ、指の先に黒く鋭い爪が伸びています。犬たちは花鳥の下から手の元を見ましたが、そこにはもやもやした影が渦巻いているだけで、イベンセの本体は見えませんでした。
なろぉ! とゼンはポポロの腕に飛びついて引っ張りました。メールは花鳥を後退させ、犬たちも力を貸します。
とたんにポポロが悲鳴を上げました。イベンセにつかまれた腕がみるみる紫色になっていきます。
「ゼン、頼む!」
フルートは親友に後を頼んで飛び出しました。光炎の剣を抜いてイベンセの手に切りつけます。
すると、手が影に戻ってするりと守りの光の外へ出ていきました。フルートの剣は空振りし、ゼンはポポロと一緒にひっくり返ります。
「闇王も光炎の剣は苦手か──」
フルートは花鳥に膝をつき、剣をまた構えました。炎の剣と光の剣、二つの聖剣が合体したのが光炎の剣です。闇を打ち砕く力は絶大だったのです。
「大丈夫かい、ポポロ!?」
とメールはポポロの袖をまくりました。紫色だった腕が血の気を失って白くなっています。
けれどもポポロは言いました。
「大丈夫……毒をくらったかと思ったけど、そうじゃなかったわ。力を吸い取られただけよ」
ポポロの腕は氷のように冷たくなっていました。メールが一生懸命こすって血の巡りを良くしようとします。
一方ゼンは跳ね起きてフルートに並びました。闇の影はまだ守りの光の外で渦巻いています。そちらへ矢を向けながらフルートに尋ねます。
「なんで奴が襲ってくるってわかったんだ? 見えてたわけじゃねえのに」
「ぼくが弱っている間に襲ってこなかったからだよ──」
とフルートは剣を構えたまま答えました。
「ここは本陣だから、襲撃されれば闇王だって気がつくはずだ。闇王なら、どこにいたってすぐ駆けつけてくるだろう。だけど、障壁の装置が消滅して、ぼくは動けないくらい消耗しても、闇王は現れなかった。四天王の将軍もいつまでたっても戻ってこない。これはきっとポポロが二度目の魔法を使い切るのを待っているんだろうと思ったんだ」
「あのクンバなんとかって奴も、ポポロに魔法を使わせるために送り込まれたのか」
とゼンは言って光の矢を放ちました。矢は渦巻く闇の真ん中に命中しましたが、闇がさっと引いてしまったので、ただ素通りしただけでした。
すると闇が急に広がりました。今度は女の両手に変わると、金の球体のような守りの光に触れてきます。
とたんにフルートが、がくりと膝をつきました。立ち上がろうとしても立てなくなって、花鳥に両手をついてしまいます。
「おい、どうした!?」
ゼンは驚きましたが、フルートは返事ができませんでした。その胸でペンダントの金の石が明滅していました。みるみる守りの光が弱まって球体が小さくなっていきます。
ポポロが叫びました。
「金の石が力を吸われているのよ! イベンセは聖なる力でも吸い取れるんだわ……!」
「なにさ、それ!? イベンセは闇王だろ!?」
とメールも驚きます。
フルートが歯を食いしばって起き上がってきました。隣のゼンに言います。
「少しの間──ポポロたちを頼む」
「ああ!?」
何をするつもりだ、とゼンが尋ねようとしたとき、いきなり守りの光が消えました。ペンダントが光を収めたのです。金の石は以前より少し暗くなったようでしたが、光は失われていませんでした。
フルートは花鳥の下に呼びかけました。
「ポチ、来い!」
「ワン!」
ポチが飛び出してきて、さらうようにフルートを乗せました。空中に浮かぶ両手へ突進していきます──。
光炎の剣で切りつけると、イベンセの両手がまた崩れて闇に戻りました。煙のように流れて剣を避けます。
そのまま闇が花鳥へ向かったので、フルートは振り返りました。
「ゼン、矢だ!」
「おう!」
ゼンはこれでもかと立て続けに光の矢を放ちました。さすがの闇もかわしきれなくなって停まったところへ、フルートが追いついてまた切りつけます。
闇は飛び退くように離れていきました。フルートとポチは仲間の元へ戻ります。
森の上で渦巻く闇とフルートたちは向き合いました。
闇は手に戻ろうとしませんでしたが、彼らの隙を狙っているのは確かでした。遠ざかりも近づきもせずに様子をうかがっています。
フルートはポポロに尋ねました。
「どうやったら奴を倒せる? イベンセの本体はどこにあるんだ?」
「たぶん全然別の場所だと思うわ。そこから手を伸ばしてきてるのよ……」
とポポロは答えましたが、とたんにセイロスの顔が思い浮かんできて、ぞっと身震いしました。このところセイロスは姿を見せていません。イベンセはそんなセイロスと一緒にいるのかもしれませんでした。捕まれば、そのままセイロスの元へ連れ去られてしまうでしょう──。
「とにかく攻撃するしかない! ポチ、もう一度行くぞ!」
とフルートは光炎の剣を力強く握り直しました。
ところが彼らが突進を始めようとすると、空に声が響き始めました。
「ローデローデリナミカローデ……」
おなじみ稲妻の呪文です。
一行は思わずポポロを振り向きましたが、ポポロは目を見張って首を振りました。呪文を唱えているのはポポロではなかったのです。女の声ですが、術者の姿が見当たりません。
声が渦巻く闇から聞こえてくることに気づいて、ポポロは青くなりました。
「イベンセよ! イベンセがあたしの魔法を使うんだわ! あたしの力を吸い取ったから……!」
仲間たちは仰天して、すぐに悟りました。闇王のイベンセは聖なる力を吸収できるだけでなく、力を吸い取った相手の魔法そのものまで使うことができるのです。
全員はあわてて一カ所に寄り集まりました。フルートがまた金の石を光らせて皆を守ろうとしますが、とたんに闇はまた手になって守りの光に触れてきました。力を吸い取られて光が弱まり、フルートも全身から力が抜けてポチに突っ伏してしまいます。
「フルート!!」
「やべえ! ポポロの魔法が来るぞ!」
守りの光は彼らをぎりぎり包むだけの大きさしかなくなっていました。勇者の一行は身を寄せ合ったまま、なすすべがなくなります。
呪文が終わると、頭上にいきなり黒雲が湧いて、雷鳴が響き始めました。雲の間から太い光の柱が生まれて、勇者の一行を直撃します──。
ビシャァァァァ!!!
打ちつけるような激しい音がして、稲妻が一行の頭上で四方八方に広がりました。光の滝となって地上へ下っていきますが、一行には当たりません。
彼らの上で稲妻を防いでくれたのは、巨大なイタチのような妖怪の雷獣でした。金の毛並みの上で稲妻の火花をばちばちさせながら話しかけてきます。
「ウード将軍とかいう連中を追い散らして来てみたら、ずいぶん危なそうな奴と戦っているじゃないか。闇のもののくせに光の魔法を使うのか? とんでもない敵だな」
「そいつがイベンセなんだよ! 新しい闇王さ! ポポロの魔力を吸い取って使ってるんだ!」
とメールが答えました。
「こいつがか」
と雷獣は渦巻く闇を見ました。そのときにはもう女の手は煙のような闇に戻っていたのです。
と、闇が広がり出しました。周囲の空間を黒く染めながら渦を巻き、どんどん広がっていきます。
「おっと、危ない」
闇に触れそうになって雷獣は飛び退きました。力を吸い取られるところでした。
メールも花鳥を急いで渦から後退させました。フルートはまだ動けなかったのでポチが運んで逃げます。
すると、広がった闇が向きを変え、地上の森へ降下を始めました。同時にまた女の声が響きます。
「我が兵たちはどこにいる!? 出てきて敵と戦え!!」
闇が森に降り注ぎ、呑み込まれていきました。森全体がすすをかぶったように黒っぽく染まります。
やがてそこから聞こえて来たのは、大勢の雄叫びでした。黒い翼のトアやドルガが何百と空に舞い上がってきて、フルートたちを見つけます。
「いた!」
「いたぞ!」
「血祭りだ!」
「連中の首を闇王様に捧げるぞ──!」
降ってきた闇が力を与えたのでしょう。闇の兵士は異様なほど興奮しながら襲いかかってきました。雷獣は稲妻を何度も落とし、ゼンも光の矢を連射しましたが、いくら撃ち落とされても攻撃は停まりませんでした。どの敵も勇者の一行に向かってきます。
前後左右を敵に囲まれて、一行は逃げられなくなりました。上空目ざして飛びますが、それもじきに進めなくなります。フルートが弱っていて守りの光が充分に張れないので、空気が薄い空の高みへ行くことができなかったのです。
勇者の一行に闇の軍勢が迫ります──。
すると、雷獣が急に言いました。
「よぉし、やっと来たな!」
空の向こうから飛んでやってくる集団が見えたのです。妖怪軍団でした。先頭は天狗とカラス天狗、その後ろに何十人もの妖怪たちが続いています。
さらに森の中を走ってやってくる妖怪たちがいました。こちらの先頭は巨大な化け猫です。
「ワン、障壁がなくなったから、みんなが来たんだ!」
とポチが言うと、地上の森の中に大勢の人間も現れました。青の魔法使いと大司祭長が先頭に立っています。
「ロムドの魔法軍団とミコンの武僧軍団だわ!」
とルルも歓声を上げました。
妖怪たちも魔法使いたちも、ようやくポポロの魔法の衝撃から回復して追いついてきたのです。
空で、森の中で、光と闇の軍勢が激突しました──。