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第28巻「闇の竜の戦い」

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32.クンバカルナ

 突然現れた顔の怪物に、ゼンは弓を構えました。顔の真ん中めがけて矢を立て続けに放ちます。

 ところが、顔は大きな口をいっそう大きく開けて、矢を全部呑み込んでしまいました。闇の怪物のはずなのに、光の矢を呑んでもびくともしません。

「なんだ、あいつは!?」

 と言っているうちに、さらに影が集まって頭になっていきました。同時に上空に浮き上がっていきます。怪物の頭には山羊のような角がありました。髪の色は黒です。空から地上を見下ろすと、ゲラゲラ笑いながら血と脂の臭いがする息を吐き、おもむろに息を吸い込み始めます。

 すると、立ち並んでいた敵の天幕が地面から吹き飛びました。渦を巻きながら怪物の口に吸い込まれていきます。天幕がなくなると、今度は周囲の木々が吸い込まれていきます。

「ワン、片っ端から呑み込んでいく!」

「私たちも呑み込まれるわよ! もっと離れないと!」

 ポチとルルは花鳥を支えながら必死で飛びました。花鳥と彼らが全力で飛ばないと、怪物に吸い寄せられそうだったのです。

 ところが、後退を続けるうちに、先に下がっていた敵の軍勢に追いついてしまいました。飛んでくる勇者の一行を見て、ジブやトアが攻撃を繰り出そうとします。挟み撃ちです。

「右へ!」

 メールは花鳥を方向転換させて横へ逃れようとしました。闇の軍勢が後を追ってきます。

 そこへ黒い顔も追いついてきました。いえ、追いかけてきたのではありません。顔がますます巨大になって、彼らがいるところまで広がってきたのです。

 闇の軍勢は、ぎょっと立ち止まり、黒雲のように頭上に浮いている顔を見上げました。次の瞬間、攻撃も忘れて我先に逃げ出します。

「クンバカルナ!」

「クンバカルナだ──!!」

 悲鳴を上げてその場から逃れようとします。

 そんな闇の兵士へ怪物がまた大口を開けました。激しい風が巻き起こり、兵士たちが木々と一緒に吸い上げられて呑まれていきます。

「敵も味方も見境なしかよ!」

 とゼンはわめきました。闇の怪物は強いものほど味方にも危険です。

「あの怪物、クンバカルナって呼ばれたわよね──?」

 とポポロが話し出しました。

「天空の国にあった概論に書いてあったの。光と闇の第二次戦争でも闇の軍勢が使った怪物よ。ものすごい巨人で、なんでも呑み込んで食べてしまったんですって」

「巨人!? あれって頭だけの怪物じゃないのかい!?」

 とメールは驚きました。

「うん、立ち上がると山より大きな巨人だったって概論に……。クンバカルナが暴れた後は全部食べ尽くされて、何も残らない砂漠になったんですって」

「冗談じゃねえ! んなのが出てきたらマジでやばいだろうが!」

 とゼンがまたわめきます。

 

 すると、花鳥の背中にフルートが起き上がりました。やっと動けるようになったのです。まだ少し苦しそうな顔をしながら言います。

「そんな奴を野放しにはできない……。妖怪やオリバンたちまで食われるかもしれないぞ」

「ワン、どうするんですか?」

「あんな巨大なの、光炎の剣でも燃やせないと思うわよ」

 と犬たちが言うと、フルートは顔の汗を拭ってからペンダントを握り直しました。

「もちろん金の石で消し去るんだよ──。出てきてくれ、金の石!」

 姿を消していた精霊の少年がまた現れました。続けて精霊の女性も現れて言います。

「無謀だな、フルート。そなたの体はもう私の力に耐えられない」

「過負荷で体が分解するぞ、フルート」

 と金の石の精霊も厳しい声で言いましたが、フルートは聞き入れませんでした。

「山より大きな巨人になったら、ぼくたちの力でも消せなくなる。頭だけの今しかチャンスはないんだ──。充分休んだから、ぼくは大丈夫だよ。やろう」

「馬鹿野郎、無茶だ!」

「そうだよ! たった今まであんなに苦しんでたじゃないのさ!」

 ゼンやメールも反対しますが、やっぱりフルートを止めることはできませんでした。こうと言い出したら絶対に曲げないのがフルートです。

 フルートはまたペンダントを両手で構えると、仲間たちに言いました。

「クンバカルナに向かうぞ。みんな吸い込まれないように気をつけろ──」

 言っているそばからフルートの体が大きく揺れました。起き上がっていることも難しいくらい弱っていたのです。

 仲間たちは思わず悲鳴を上げましたが、フルートはすぐに姿勢を戻して言いました。

「ゼン、ぼくを支えろ。メールは花鳥をあいつへ」

 誰がなんと言っても絶対に聞き入れない、あの口調です。ゼンは歯ぎしりしながらフルートを背後から支え、メールもしぶしぶ花鳥をクンバカルナに向かわせました。巨大な黒い顔が迫ってきます。

 怪物は大量の木々と闇の兵士を呑み込んだところでした。勇者の一行が向かってくるのを見て、にたりとまた笑います。

 怪物が口を開けると、ごうごうと激しい風が巻き起こりました。花鳥が吸い寄せられ始めます。フルートはペンダントを構えたまま、精霊たちに言いました。

「やるぞ、いいな!?」

 金の石の精霊は顔を歪めましたが、もう反論はしませんでした。彼は守りの魔石なので、主のフルートが皆を守りたいと強く思えば、それに従うしかなかったのです。

「守護のだけにやらせるわけにはいかない。あれほど巨大な敵では、守護のが消滅する」

 と願い石の精霊がつぶやくように言って、フルートの肩をつかもうとします──。

 

 すると、いきなりフルートと願い石の精霊の間にポポロが割り込んできました。エメラルドの瞳で精霊を見上げて、きっぱりと言います。

「だめよ。あたしがやるわ」

 願い石の精霊はポポロを見ました。邪魔をされて気分を害したのか、それともフルートに力を流さずにすむことを喜んだのか、精霊の表情から読み取ることはできません。

 ポポロは言い続けました。

「あたしの魔法はもうひとつ残ってるのよ。それでやるわ」

 フルートは驚いて止めようとしました。

「だめだ、ポポロ! 魔法を使うな──!」

 ところが、彼は後ろからはがいじめにされてしまいました。ゼンが引き止めたのです。

 メールも言いました。

「いいよ、やりなポポロ! なんかあったら助けたげるからさ!」

 ポポロはうなずき、迫ってくる巨大な顔を見据えました。吸い寄せる風はますます強まり、彼女の黒い衣の袖や裾をはためかせますが、負けることなく腕を伸ばします。

「ロキツエモーテメトオキイヨナールカバンク」

 りんとした声が、ごうごうと吹く風の中に吸い込まれていきます。

 すると、ぱたりと風が止まりました。クンバカルナが息を吸うのをやめたのです。黒雲のような顔が目をむき、急に口を歪めました。ウ、ガ、ガ、と唸るような声がして、すぐにそれも停まってしまいます。

「ワン、息ができなくなったんだ!」

「これなら吸い込めないわよ!」

 犬たちが歓声を上げると、クンバカルナがまた口を開けました。またか!? と一行が思わず身構えると、口の中から火が吹き出してきました。たちまち顔全体に燃え広がって、赤い炎で包み込んでしまいます。

「自分の火で燃えてるよ……」

 とメールが呆然としながら言いました。それがポポロの魔法だったのです。

 クンバカルナは空で燃え続け、じきに燃え尽きていきました。小さくしぼんだ燃えかすが力なく傾いて森の中心に落ちていきます。

「やった!!!」

 と仲間たちはいっせいに歓声を上げました。

 メールがポポロに飛びつきます。

「やっぱりポポロはすごいよ! あんなでかい奴をあっという間に倒しちゃうんだからさ!」

「奴が周りの敵を片付けていったから、いい案配だぞ」

 とゼンが笑ってあたりを見渡します。

 

 ところがフルートが叫びました。

「ポポロの周りを固めろ! 来るぞ──!」

 仲間たちはとまどいました。周囲にはクンバカルナはもちろん、闇の軍勢も見当たりません。来るって何が、と尋ねようとすると、いきなり金の石が輝きました。全員を光の中に包み込みます。

 そのとたん、光の外側に何かが猛烈な勢いでぶつかって跳ね返りました。激しい衝撃にゆすぶられて一行は花鳥の背中に倒れます。

 そこへまた何かがやって来ました。渦巻く黒い影のように見えます。今度は金の光の壁をすり抜けるように通り抜け、倒れていたポポロの腕に絡みつきます。

 ポポロは思わず悲鳴を上げました。絡みついた影が人の手に変わったのです。黒い長い爪が生えていますが、ほっそりした女の手でした。ものすごい力でポポロを引きずり出そうとします。

「ポポロ!」

 フルートは手を伸ばしてポポロのもう一方の手を捕まえました──。

2021年7月10日
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