「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第28巻「闇の竜の戦い」

前のページ

31.消滅

 「やったぁ! ついに倒したよ!」

 花鳥の上でメールが歓声を上げていました。

 同じ鳥の背中にはフルートとゼンとポポロもいました。フルートは抜き身の剣を、ゼンは弦が震える弓を構えています。

「ったく。めちゃくちゃ強かったじゃねえか。ミミズのくせによ」

 とゼンが言いました。いまいましそうな口調ですが、ほっとした響きも混じっています。

 彼らが乗っている花鳥を風の犬のポチとルルが下から支えていました。ポチが地上を見下ろして言います。

「ワン、大ミミズが燃えてますよ。フルートが光炎の剣で切り裂いたから」

「フルートがいくら切っても再生するから心配したけど、ゼンが言う通り、頭の先が急所だったのね」

 とルルも言ったので、ゼンは肩をすくめました。

「ミミズってのは体が切れても頭のほうから再生すんだよ。だから、頭をやるのが肝心だったんだ」

 けれども、大ミミズはその頭から非常に強力な毒の息を吐いてきたので、なかなか攻撃できなくて苦労したのでした。

「炎の剣だったら炎の弾を撃ち出して攻撃できたんだけど、光炎の剣には無理だからね。ゼンが頭を矢で潰してくれたおかげだよ」

 とフルートが感謝したので、ゼンが、おう、と応えて笑います。

 

 大ミミズは塔のような装置を取り囲んだまま燃えていました。炎から黄色い煙が立ち上っているので、ポポロが言いました。

「この煙も毒みたいね。大ミミズは体の中に毒を蓄えていたんだわ」

「じゃあ、あたいたちはまだ一緒にいなくちゃいけないんだね」

 とメールも言います。金の石が守りの光で彼らを包んでいるので、花鳥に乗っている限りは、周囲に毒が漂っても平気です。

 振り向けば、駆けつけていた闇の軍勢は大きく退いていました。大ミミズを倒されて驚き、攻めてこようとしたのですが、黄色い煙は彼らにも毒だったので、退却するしかなかったのです。

「今のうちだ。障壁の発生装置を壊そう──金の石!」

 フルートに呼ばれて黄金の髪の少年が空中に現れました。大ミミズとの戦闘中は姿を消していたのです。

 すると、すぐに赤いドレスの願い石の精霊も現れて文句を言い出しました。

「何故フルートは守護のだけを呼んで、私を呼ばないのだ」

「君を呼んだら願いを言うことになるからに決まっているだろう。ぼくだって君を呼んではないぞ」

 と金の石の精霊が言い返し、また口論が始まります。

「そなたひとりで、どうやってあの装置を壊すつもりだ。あれは相当巨大な闇の力を持っている。小さなそなただけでは不可能だ」

「ぼくは小さくない! 仮の姿が子どもなだけだ!」

「ああ、いいから。とにかくあれを壊すぞ」

 とフルートは精霊たちの間に割って入って、装置を指さしました。

「ぼくをあれに向けろ」

 と金の石の精霊が言ったので、フルートは首からペンダントを外して装置へ向けました。心得たように願い石の精霊がフルートの肩をつかみます。

 

 爆発するように輝き出した金の石が、装置を照らしました。様々な形の部品が組み合わされ、つながり、横や上へ伸びているのですが、光が当たるととたんに外側に黒い壁が浮き上がりました。装置自体も障壁で守られていたのです。

 金の石はますます輝きを強くしていきました。黒い壁が次第に薄くなって、ガラスのように中が透け始めます。聖なる光に障壁が溶けていくのです。

「あちっ」

 とメールが小さな悲鳴を上げました。金の石の光が強すぎて、肌に刺すような痛みと熱を感じたのです。ゼンが怒ったように言います。

「おまえの格好は露出が多すぎるんだ。俺の後ろに回れ」

「ちょっと、露出ってなにさ? これは海の民の普通の格好だよ!」

 とメールは赤くなって言い返しましたが、素直にゼンの背後に隠れました。

 ポポロは手をかざして光から目を守りながら、心配そうにフルートを見ていました。フルートは両手にペンダントを握って突き出し、装置と障壁を照らし続けていますが、金の光に照らされた顔が、痛みに耐えるように歪んでいたのです。メールよりはるかに痛そうな表情です。

 力に体の中を焼かれているんだわ……とポポロは考えました。

 フルートは先ほども闇虫を倒すために願い石から力を受け取ったばかりです。願い石が流し込む大量の力は、フルートの体を通じて金の石に伝わりますが、たびたびそんなことを繰り返してきたので、フルートはしょっちゅう苦しそうな表情をするようになっていたのです。体の内側に傷を負っているのに違いありませんでした。金の石にも治すことができない、見えない火傷です。

 こんなことを続けていたらフルートはどうなるのかしら、とポポロは考えていました。願い石からの力がフルートの体の均衡を破ってしまったら? フルートの体の中が元に戻らないくらい深手を負ってしまったら? どの想像も泣きたくなるような予想につながります──。

 

 すると、装置からピシッと鋭い音が響きました。黒いガラスのような障壁にひびが入ったのです。ひびがみるみる広がっていきます。

「もっとだ、金の石! もっと強く照らせ!」

 とフルートが叫びました。願い石の精霊が肩をつかむ力を強めると、金の石がいっそう強く輝きます。同時にフルートもますます苦しそうな顔になりました。歪んだ顔に脂汗が吹き出してきますが、それでもフルートは歯を食いしばり、魔石を掲げ続けています。

 ついに障壁は完全にひび割れました。ガラスが砕けるような音を立てて崩れ落ち、光の中で蒸発していきます。

 むき出しになった装置が光に照らされて、あちこちで爆発し始めました。黒い蒸気が煙のように噴き出し、つなぎ目が壊れて全体がゆっくりと崩れ始めます。

「そうだ──もっと、もっと──完全に消滅させるんだ──!」

 食いしばった歯の奥でフルートが言い続けていました。滝のように流れる顔の汗も拭わずに石を支え続けます。

 フルート……とポポロはつぶやきました。心配なのですが止めることができません。彼らの目の前で装置はどんどん壊れていきます。

 

 すると。

 突然──まったく突然に、装置が消滅してしまいました。

 大爆発することも倒壊することもなく、いきなり跡形もなく消えてしまったのです。

 装置があった場所はぽっかりと何もなくなりました。大ミミズもその頃には燃え尽きて火が消えていたので、黒く焦げた地面だけが輪のように装置のあった場所を囲んでいます。その周囲に無数に建っているのは、空のまま残された敵の兵士の天幕です……。

「ワン、装置が消えた」

「本当に? 本当に消滅したんでしょうね?」

 ポチとルルが目をぱちくりさせながら言いました。

 他の仲間たちも驚きながら装置のあった場所を見ました。

「ずいぶんあっけなく消えたな」

「これで完全に壊れたのかい? ホントに?」

 装置が拍子抜けするほどあっさり消えたので、つい疑うような口調になってしまいます。

「当然だ。あれにはずいぶん大量の聖なる光を浴びせたからな」

 と金の石の精霊が言いました。

「限界点を超えたところで一気に消滅したようだな。いいタイミングだっただろう。フルートにこれ以上力を送るのは、はばかられるところだった」

 と願い石の精霊はフルートの肩から手を放しました。とたんにフルートは崩れるようにうずくまり、自分の上半身を抱きました。脂汗を流しながら自分の体を抱きしめます。

「おい、大丈夫か!?」

「しっかりしなよ、フルート!」

 仲間たちはあわてて声をかけましたが、フルートは返事をすることもできませんでした。自分を抱いたまま、じっと苦痛に耐えています。

「ワン、なんとかできないんですか、金の石!?」

 とポチに言われて、精霊の少年は首を振りました。

「フルートの体は今、力が多すぎる状態になっているんだ。ぼくを光の力を使えば、それが最後の一押しになって、フルートは消滅するかもしれない」

 そんな!! と仲間たちが叫ぶと、精霊の女性が言いました。

「今はそこまでの状態ではない。しばらく休めばフルートの体も落ち着いてくるだろう」

 どんなときにも表情や口調を変えない願い石の精霊です。

 すると、ポポロが急に目を見張りました。うずくまって声も出せないようなフルートが、かすかな声で彼女に話しかけたのです。

「これで本陣の障壁が消えたはずだ、ってフルートが。天狗さんたちやオリバンたちも攻め込めるだろう、って……」

 フルートの代わりに仲間たちに伝えて、ポポロは泣き出してしまいました。フルートはまだ体を抱いたまま、起き上がることができません。

 ルルが怒ったように言いました。

「いつも無理しすぎなのよ、フルートは! なんでも自分だけで抱え込もうとするんだから!」

「ワン、でも、おかげで障壁の装置は破壊できたよ」

 とポチがなだめるように言って、たちまちルルに反撃されました。

「わかってるわよ! だから怒ってるんじゃない! 結局やっぱりフルートひとりが無理してやっちゃったんだもの!」

「フルートひとりじゃねえ。その前にミミズを退治したのは俺だ」

 ゼンがむっとして口を挟んだので、ルルはますます怒りました。ルルとゼンの間で喧嘩が始まりかけます。

「私たちだって、もっと協力できたって言いたいのよ! それくらいわからないの、ゼン!? 相変わらず頭が悪いわね!」

「なんだと!? 頭が悪くて悪かったな! 八つ当たりするんじゃねえ!」

「八つ当たりじゃないわ! 勇者の一行として情けないって言って──!」

 

 そのとき急にメールが、しっと言いました。

「今、あっちからなんか変な音が聞こえなかったかい?」

 変な音? と一行はメールの見るほうを眺めました。ルルとゼンも喧嘩をやめて耳を澄まします。

「ワン、また敵の兵士かな?」

 とポチは周囲を見回しましたが、敵兵は金の石の光に恐れをなしたのか、どこにも姿が見当たりませんでした。ただ、森の中を風が唸りながら吹いていきます。

 なんだ、風の音じゃない、とルルが言おうとしたとき、今度はポポロが叫ぶように言いました。

「あそこ! あれよ!」

 指さしたのは、ついさっきまで障壁の装置があった場所でした。跡形もなく消滅したはずの空間に、なにやらもやもやと黒い影が湧き上がっていたのです。

 ルルは風の毛を逆立てました。

「装置が復活してきたの!? それとも怪物!?」

「わからない! でも、すごい気配よ!」

 とポポロは答えました。湧き上がってきた影がみるみる闇の気配を濃くしていたのです。

「ここから離れろ、メール!」

 とゼンが首筋を押さえてどなり、メールはあわてて花鳥を後退させました。フルートはまだ起き上がれません。

 すると、影が寄り集まり、真っ黒い顔に変わっていきました。装置と同じくらい巨大な男の顔です。ぎょろりとした目玉と大きな口が現れ、勇者の一行を見て、にたりと笑います。

「闇の怪物だ!」

 と彼らは叫びました──。

2021年7月9日
素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク