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第28巻「闇の竜の戦い」

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第10章 クンバカルナ

30.乱戦

 闇の森の奥、敵の本陣を包む障壁の前で、妖怪軍団は激しく戦い続けていました。

 妖怪たちは強力な光の魔法の使い手ですが、ミコンの大司祭長と青の魔法使いを合わせても三十名に届きません。それに対して闇の兵士は二百名近くいるのです。いくら攻撃を防ぎ敵を倒そうとしても、絶対数が足りませんでした。妖怪たちが次々やられていきます。

「うわぁっ!」

 闇魔法に吹き飛ばされて地面に転がったのはカラス天狗でした。左肩と翼を負傷して空に飛べなくなります。

「危ない!」

 カラス天狗に襲いかかったジブを、青の魔法使いが蹴り飛ばしました。さらに数人のジブが飛びかかってきたので、太い杖を振り回して殴り飛ばしてしまいます。

「あ、ありがとう。助かった」

 カラス天狗は肩を押さえながら起き上がりました。かなりの深手なのですぐには立ち上がれません。

 青の魔法使いは飛びかかってくる敵をなぎ倒しながら言いました。

「私はちょっと手が離せません。すまんが自分で怪我を治してください」

 そこへまた闇魔法が飛んできたので、杖で打ち砕きます。

 少し離れた場所にはひょっとこが倒れていました。尖った口から強力な火炎魔法を吐けるひょっとこですが、魔法の踊りを舞う余裕がなくて、敵の攻撃を食らってしまったのです。

「そぉれ、とどめだ!」

 トアが空から魔法を繰り出しました。仰向けに倒れたひょっとこを貫こうとします。

 すると、その前に白い光の障壁が広がりました。闇魔法を砕いてひょっとこを守ります。

 障壁を張ったのは大司祭長でした。祈るように両手を合わせて障壁を広げていくと、障壁に触れた闇の敵が吹き飛ばされていきます。

「大丈夫ですか? 怪我の具合は?」

 と大司祭長に尋ねられて、ひょっとこはよろよろと立ち上がりました。

「なぁに、このくらいどうってこたぁない……片目が潰れて色目が使いやすくなったってもんだ」

 ひょっとこは頭から血を流していて、片方の目も開かなくなっていたのです。それでも大司祭長に守られながら例の踊りを始めました。腰を曲げ手を振り脚を振り、滑稽な踊りを舞って敵へ炎を吹き出します。

 ところが、炎は数人の敵を巻き込んだだけで、すぐに消えてしまいました。ひょっとこは地面に座り込んで、ぜいぜいと息を切らします。

「無理はいけませんよ。まずその怪我を治さなくては」

 と大司祭長は言いましたが、ひょっとこへ癒しの魔法を送ることはできませんでした。敵が次々襲いかかってきて、それを防ぐのに手一杯だったからです。

 ひょっとこは、すまねぇ、と言いながら自分の怪我を癒し始めましたが、負傷しているせいか、治りは悪いようでした。なかなか立ち上がることができません──。

 

 天狗は錫杖(しゃくじょう)で敵をなぎ倒し、羽団扇で敵を吹き飛ばして戦っていました。いくら倒しても敵はまたすぐ襲いかかってくるので、さすがの天狗にも疲れが見え始めています。

 天狗のすぐ後ろには闇の障壁がありました。これのせいで妖怪軍団は敵に追い詰められてしまっているのです。飛び退いた拍子に障壁に触れると、魔力を吸い取られてしまうので、ますますやっかいでした。カマイタチがずっと攻撃を繰り返していますが、分厚いガラスのような障壁には傷ひとつつきません。

 まずいな……と天狗は心の中でつぶやきました。味方はすでに半数近くが負傷しています。命まで失ったものはいませんが、戦力的にはかなり落ちてしまっています。

 こういう時にはいったん戦場を離れ、体制を整えてから出直すべきなのですが、翼があるトアやドルガが頭上に群がっていて、彼らを飛び立てないようにしていました。妖怪たちが押されているので、ますます勢いを増してきます。

 障壁さえ消えれば、と天狗は考えました。このときフルートたちは障壁の発生装置を破壊しようとしていたのですが、連絡を取り合うことができないので、互いにどんな状況にあるのかわかりません。ここで全滅──という不吉な予想が、ちらりと天狗の頭をよぎります。

 

 すると、正面に陣取るジブたちの背後から、急に騒ぎが聞こえて来ました。敵が飛び退くように二手に分かれた間を、十数人の妖怪たちが走ってきます。空を飛べないので森の中を走ってきた仲間が、ようやく到着したのです。三つ目の男や顔のないのっぺらぼう、ろくろっ首などがいます。

 先頭を走っていた娘が声を上げました。

「みんにゃ! 仲間を助けるよ!」

 猫のような目と耳の化け猫でした。高く飛び上がってくるりと宙返りすると、巨大な猫に変わります。小山ほどもある白い猫で、太い尻尾は根元から二つに分かれていました。その姿で敵の中に飛び込んでいくと、敵を片端から蹴散らしていきます。

「どれ、あたしもやろうかしら」

 と進み出たのは白い着物に長い白い髪の女でした。見た目は美しい人間の女性のようですが、敵に向かって口をすぼめると、吹雪を吐き始めます。雪女だったのです。たちまち敵が氷詰めになっていきます。

「天狗、みんな、大丈夫かぁ!?」

「今助けるわよ!」

 蛇男が全身から堅いうろこを飛ばして空の敵を撃ち落とし、ろくろっ首は首を伸ばして空中の敵にかみつき引きずり落とします。

 のっぺらぼうは近くにいたジブへ走りました。その気配にジブが振りきますが、とたんに自分自身の顔と出くわしてぎょっとしました。いつの間にか、のっぺらぼうが彼の顔になっていたのです。思わず攻撃をためらったところに、光の魔法攻撃を食らって吹き飛んでしまいます──。

 

 背後からの敵に闇の軍勢が動揺したので、妖怪軍団も勢いを取り戻しました。

 天狗が声を張り上げます。

「空の敵を吹き飛ばすぞ! 隙を見て飛び上がれ!」

 と羽団扇を取り上げます。

「俺もやろう!」

 やっと自分の怪我を治したカラス天狗も駆けつけて、自分の羽団扇を構えました。大きくなった団扇を二人が振ると、猛烈な風が巻き起こって、空のトアやドルガが吹き飛ばされていきます。

 それまで闇の障壁の前から動けなかった妖怪軍団は、いっせいに空に舞い上がりました。空中から空中の敵へ、あるいは地上の敵へ、攻撃を始めます。

 形勢が逆転したのを見て、青の魔法使いと大司祭長は、ほっと一息つきました。妖怪たちを守って激しく戦っていたので、さすがに息が切れていたのです。

 青の魔法使いが言いした。

「魔力的にはこちらのほうが上ですから、数さえ揃えばこちらが優位です。部下たちも早く回復して合流してくると良いのですが、いったいどうなっているのか」

 先ほどポポロの魔法のあおりで負傷した魔法軍団が気がかりでしたが、いくら心話で呼びかけても返答がなかったのです。

 それは大司祭長も同じことでした。負傷した武僧軍団の救出に残った武僧長へ、幾度となく呼びかけていたのですが、やはり返事はありませんでした。敵の本陣のすぐそばなので、闇の力が強すぎて、彼らの心話が妨害されているのです。

「皆で力を合わせれば、この障壁を破壊して突入できると思うのですが……」

 と大司祭長は言いました。木々の間から森の向こうへ目をこらしても、近づいてくる味方は見当たりません。

 

 すると、空が急に騒がしくなりました。妖怪軍団と闇の軍勢の双方がいっせいに声を上げたのです。

「新たな敵だ、気をつけろ!」

「やった、ズァラン将軍が来てくれたぞ!」

 味方は警戒の声を、敵は歓声を上げています。

 将軍!? と青の魔法使いと大司祭長は顔色を変えました。天狗やカラス天狗が空に飛び上がっていくのを見て、あわてて後を追います。

 空中の戦場の彼方に、こちらに向かって飛んでくる黒い集団がありました。

 数十人のトアやドルガを率いているのは、ひときわ大きな体に六本腕のズァラン将軍です。

「宙船を追っていった連中だ! もう戻ってきたか!」

 と天狗は言うと、空のさらに高い場所まで飛び上がりました。そこから羽団扇を敵へ振りますが、将軍は障壁を張って風を防いでしまいました。あっという間に戦場へ迫ってきます。

「まずいですぞ!」

 と青の魔法使いは言いました。将軍の魔力は桁外れに強力です。このままではまた戦況をひっくり返されてしまいます。

 すると、将軍の部隊が戦場の手前で止まりました。将軍が手を振り上げて何かを言うと、見上げるような巨人が現れて森の中に降り立ちます。半裸の体に巨大な二本の角と長い牙、燃えるように赤い髪のイフリートです。

「炎が来ます!」

 と大司祭長は叫びました。

 敵の兵士はイフリートの前からいっせいに逃げ出していました。空中や地上に妖怪軍団や大司祭長たちだけが残されてしまいます。

「雪女!」

 と天狗に呼ばれて、白い髪と着物の女が空中に飛び上がってきました。イフリートが彼らへ炎を吐いたので、雪女も吹雪を吐き、天狗が羽団扇の風で送り出します。

 炎と吹雪は空中でぶつかりましたが、炎のほうが威力は上でした。たちまち吹雪が溶けて白い煙のような雲になり、空の妖怪軍団へ押し寄せます。

「いかん!」

 天狗はまた羽団扇を振りましたが、雲の塊を完全に散らすことはできませんでした。妖怪たちに襲いかかってきたのは高温の水蒸気です。空の妖怪たちは次々地上へ落ち、地上にいた妖怪たちも熱い蒸気を浴びて悲鳴を上げます。

 天狗も空から地上へ吹き飛ばされた拍子に闇の障壁にぶつかり、すぐには動けなくなってしまいました。障壁に魔力を吸い取られたのです。

 雪女も火傷を負って墜落しています。

 

 とっさに障壁を張って身を守った大司祭長と青の魔法使いも、急いで地上に降りました。大司祭長は天狗たちの治療を始めますが、青の魔法使いは巨大なイフリートを見上げて仁王立ちになりました。イフリートがまた炎を吐こうとしていたからです。

「大司祭長、後をよろしくお願いいたします」

 と青の魔法使いが言ったので、大司祭長は驚いて振り向きました。

「何をするつもりですか、フーガン!?」

「私の聖獣を呼び出します」

 と青の魔法使いは答えて杖を宙にかざしました。こぶだらけの太いくるみの杖が、すらりと細い銀色の棒に変わりました。棒の先端には玉がついています。彼がロムド城や王都を守るときに使う護具でした。ロムド王や仲間の魔法使いの許可を得て、戦場に持ってきていたのです。これを使って、彼は聖獣の青い大熊を呼び出せます。

「聖獣を使うと魔力も体力も相当削られるので、しばらく動けなくなります。残念ながら、私はここまでのようだ。妖怪の皆さんと、勇者殿たちをよろしくお願いいたします」

 と青の魔法使いはもう一度後を頼むと、細い杖のような護具を地上に突き立てました。自分の魔力を流し込んで大熊を呼び出そうとします。

「いけません、フーガン!」

 と大司祭長が引き止め、すぐに言い続けました。

「その必要はありません! 闇の障壁が消えました!」

 ええ!? と青の魔法使いは驚いて振り向き、本当に障壁が消えているのを見て、また仰天しました。たった今まで分厚くそびえて本陣を守っていた障壁が、溶けてしまったように消えてなくなっていたのです。

 森の奥へ進めるようになったので、妖怪たちが次々と逃げ込んでいました。重傷を負った妖怪は、軽症の仲間に担がれながら駆け込んでいきます。

「何故急に……?」

 と呆気にとられた青の魔法使いに、大司祭長は言いました。

「神の思し召しかもしれません。が、違うかもしれません。とにかくこれはチャンスです。逃げましょう」

 大司祭長が天狗を担いで歩き出したので、青の魔法使いもすぐ駆け寄って一緒に天狗を担ぎました。背後でズァラン将軍がイフリートを停めている声が聞こえます。障壁がなくなった森に炎を吐けば、本陣が火に巻かれてしまうからです。

 その隙に奥へと逃げながら、青の魔法使いは行く手を見ました。闇の森は深く、障壁が消え去っても奥の様子はまだ見えてきません。

「ひょっとして……あなた方のしわざですか、勇者殿?」

 青の魔法使いは心の中でつぶやきました──。

2021年7月8日
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