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第28巻「闇の竜の戦い」

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28.闇虫

 「あっ!?」

 本陣の中央目ざして飛ぶ花鳥の背中で、突然ポポロが声を上げました。行く手を見透かしながら言います。

「今、奥で闇の力が動いたわ……! けっこう大きな力よ!」

「敵がなんか仕掛けてくるのかい!?」

 とメールは尋ねました。その間も行く手から敵が迫ってくるので、青い星の花の矢をお見舞いします。

 ポポロは自分が感じたものを他の仲間にも伝えていました。その返事を聞いてから言います。

「ルルも同じ気配を感じたみたい。でも、一瞬だけで、あとは感じられないって。あたしも……え、なに、フルート?」

 今、彼らは三つに分かれて本陣の中央に向かっていました。離れた場所にいるフルートがポポロに話しかけたのです。

「ううん、見えないわ。闇の森は透視がうまくいかないの。え?」

 別の場所の仲間たちがまた話しかけてきたようでした。ポポロは耳を傾けてから言いました。

「そうね。天空の国と同じように、障壁を張る装置が本陣の奥にあるのかもしれないわ。それが動いたのかも。ええ、敵が障壁を修理したのかも……うん、わかったわ」

「なんだって?」

 とメールはポポロに尋ねました。

「敵が魔法部隊の突入を防ごうとしたのかもしれない、ってフルートが。装置を破壊しないと、みんなが入れないかもしれないわ」

「障壁を張る装置かぁ。確かに、この状況なら動かして障壁を直したいだろうね」

 とメールは言って、花鳥をさらにスピードアップさせました。湧いてくるように現れる闇の兵士を、片端から切り払っていきます。

 

 すると、行く手からいきなり黒い影のようなものが襲ってきました。花鳥はとっさに身をかわしましたが、影は花鳥の片方の翼を直撃しました。翼が一瞬で消えて、花鳥がきりもみしながら落ち始めます。

 ポポロは悲鳴を上げて花鳥にしがみつきました。メールがあわてて命じます。

「飛びな、花たち! 落ちるんじゃないよ!」

 残った花がザッと音を立てて動き、消えた翼がまた現れました。花鳥は再び飛び始めましたが、翼だった花が消滅してしまったので、ふたまわりも小さな姿になっていました。

「あれは──?」

 と振り向いたポポロの目に、後ろから迫る黒い影が飛び込んできました。投網(とあみ)のように広がりながら彼女たちを捕まえようとしています。よく見れば、それは無数の黒い虫でした。甲虫のような丸い体の背中に、大きな目玉がひとつついています。

「闇虫よ! すごくいっぱいいるわ!」

 とポポロは叫びました。

 闇虫は闇の国の生き物でした。分裂してどんどん数を増やし、光の魔法を食うことができるのです。

「あいつらが星の花を食ったんだね!」

 とメールは舌打ちしました。花鳥をさらにスピードアップさせようとするのですが、鳥が小さくなってしまったので、思うように速度が上がりません。後ろから迫る虫の投網が、花鳥ごと彼女たちを捕らえようとします。

 ポポロは反射的に虫へ手を向けました。まだひとつ残っていた魔法を使おうとします。

「ローデローデリナミカ──」

「だめだ、ポポロ! 魔法を使うな!」

 突然フルートがポチと一緒に現れました。彼らは合流予定だった森の中心近くまで来ていたのです。花鳥と闇虫の間に割り込んで、フルートがまた叫びます。

「光れ!」

 フルートの胸で金の石が輝きました。まばゆい光で虫を消し去っていきます──。

 ところが闇虫は数が多すぎました。半分以上が生き残って、あっという間にまた増えていきます。

「フルート、その虫は稲妻に弱いのよ! あたしにやらせて!」

 とポポロは言いました。以前雷の魔法で闇虫を撃退した経験があったのです。

 けれどもフルートはどなり返しました。

「絶対にだめだ! 早く先へ行け! 金の石、もう一度だ!」

 ペンダントの先で魔石がまた輝き始めます。

 すると、いきなりひとりの女性がフルートの横に姿を現しました。燃えるような赤いドレスに高く結って垂らした赤い髪の、願い石の精霊です。彼女がフルートの肩に手を置くと、金の石が爆発するように輝き出しました。強烈な光を浴びて、闇虫が蒸発していきます──。

 

 光が収まると、闇虫は一匹残らず消滅していました。それだけではありません。ついさっきまで湧くように襲ってきた闇の兵士も、ぱったりと現れなくなったのです。闇の森は、しんと静寂に包まれています。

 すると、空中に小さな少年も姿を現しました。黄金をすいて糸にしたような髪に金色の瞳──金の石の精霊です。腰に手を当てると、願い石の精霊をにらみつけて言います。

「相変わらず、呼んでもいないのに出てくるな、願いの。契約違反だと何度言えばわかるんだ」

「守護のこそ、あれしきの闇に手間取ってどうする。ぶざまで見ておれぬ」

 と願い石の精霊が言い返しました。辛辣(しんらつ)なことばですが、口調に感情がこもっていないので、妙によそよそしく聞こえます。

 それでも精霊の少年は腹を立てました。顔を赤くして言い返そうとしたので、ポチとフルートは精霊の間に割り込みました。

「ワン、二人ともそこまでにしましょう」

「今は喧嘩なんかしているときじゃない。本陣の中心は目の前だ」

 すると、今度は願い石の精霊がフルートをにらみました。

「そなたたちも、つれないではないか。このところ我々をちっとも呼び出さないのだからな。おかげで非常に退屈だった」

 にらむと言ってもやはり感情が顔に出ないので、美しい彫刻がこちらを見ているようです。

「ぼくはずっとフルートたちを守っていたんだ。願いのと一緒にしないでくれ」

 と金の石の精霊が言い返したので、また精霊同士の口喧嘩が始まってしまいました。

「では、守護のが私を呼べば良いのだ。そなたは小さくて力が足りぬ。私の助けが必要だろう」

「ぼくは非力じゃない! 願いのがいつも勝手にしゃしゃり出てくるんだ! それが契約違反だと言っている!」

「石が石を手助けするのは契約違反ではない」

 喧嘩はなかなか収まりません──。

 

 そこへ風の音が近づいてきて、ゼンとルルが現れました。彼らも合流できたのです。

「なんか騒いでやがると思ったら、金の石と願い石のいつものやつかよ。よく飽きねえな」

「あら、花鳥が小さくなったんじゃない? 大丈夫なの?」

「闇虫にやられちゃったんだよ。でも、なんとか飛べるよ」

 とメールは答えて、ぽんと花鳥の首をたたきました。ざざっと音がして、鳥の体が青から白に変わります。青い花より白い花のほうが多く生き残っていたのです。

 フルートは精霊たちを含めた仲間を見回して言いました。

「ここはもう本陣の中心だ。さっきの金の石の光でこのあたりの敵は消えたようだけど、またすぐに現れるはずだ。その前に障壁を作る装置を見つけて破壊しよう。魔法部隊やオリバンたちが攻め込めるようにするんだ」

「ワン、本陣から誘い出されていた敵も戻ってくるはずですからね。急がないと」

 とポチも言います。

 そこで彼らは一団となって先へ飛び始めました。二人の精霊も一緒です。

 すると、それまで黙っていたポポロが、フルートにそっと話しかけました。

「ねえ、今ここに闇王のイベンセはいないと思う、ってフルートは言ってたわよね……。それなら、あたしが魔法を使っても大丈夫なはずよ。魔法は残しておいたほうが安心かもしれないけど、ここぞって時には使っていいと思うわ……」

 離れていてもポポロの声は仲間に届きますが、フルートは返事をしませんでした。聞こえたはずなのに、振り向くこともなく前進を続けています。

 無視されて涙ぐんだポポロを、メールがぽんぽんと背中をたたいて慰めました。

「フルートはどうしてもポポロのことが心配なんだよ。なにしろフルートだからさ」

 説明にもなっていないような説明ですが、それは真実でした。

 ポチに乗ったフルート、ルルに乗ったゼン、花鳥に乗ったメールとポポロ、そして金の石の精霊と願い石の精霊。勇者の一行は障壁の発生装置を探して、さらに本陣の奥へと飛んでいきました──。

2021年7月1日
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