ヒムカシの妖怪軍団が敵の本陣目ざして闇の森の上空を飛んでいました。
大将の天狗は青の魔法使いとミコンの大司祭長を連れています。
「雷獣が追っ手を防いでいるな」
と妖怪のひとりが天狗に追いついて話しかけてきました。天狗に似ていますが、ひとまわり小さくてカラスのような頭をしたカラス天狗です。
「雷獣は強い。任せておいて大丈夫だ」
と天狗は言いましたが、大の男を二人もぶら下げて平気で飛んでいるのですから、天狗自身も相当強力です。
青の魔法使いが森を見下ろしながら言いました。
「闇の軍勢の本陣はこのあたりのはずですが、問題は入り口ですな」
「ポポロ様の魔法で障壁の一部が壊れましたが、敵がそこに集結していますね」
と大司祭長も森を見透かして言いました。分厚いガラスのような障壁には割れ目ができていましたが、そこから闇の兵士がぞろぞろ出てきていたのです。
「手間取りそうだな」
と天狗は言いました。敵は大半が下級兵のジブや中級兵のトアでしたが、とにかく数が多かったのです。ざっと数えただけでも二百名以上が割れ目を守っていて、さらに数が増えています。ひきかえ、こちらは妖怪に大司祭長と青の魔法使いを合わせても三十名ほどしかいません。
「爆発は他の場所でも起きていただろう。そっちから入れないかな?」
とカラス天狗が言いましたが、天狗は首を振りました。
「そっちにも敵は集まっているから同じだ。ぐずぐずすれば敵はもっと集まってくる。ここから強行突入だ──ひょっとこ!」
呼ばれて前に出てきたのは、人間の男によく似た妖怪でした。天狗やカラス天狗より小柄で、丸い目に赤ら顔、唇を前に突き出して尖らせたような口をしています。
その姿があまりに人間に近かったので、青の魔法使いは驚きました。
「や、あなたも妖怪なのですか?」
すると、男は口を尖らせたまま、丸い目だけでにやりと笑いました。
「もちろんだ。故郷(くに)の人間どもは俺を見ると、たちまちぶっ倒れるぞ。俺のこの顔に笑い転げちまうんだ」
顔に劣らず茶目っ気のある言い方です。
そこへ地上から闇攻撃が飛んできました。障壁の外に出た敵が彼らを発見したのです。翼のあるトアも舞い上がってきます。
「頼むぞ」
攻撃を防ぎながら天狗が言うと、ほいよ、と男は軽く言って、腰に下げていた布を取り上げました。頭からすっぽりかぶって顎の下で縛ると、いきなり空中で奇妙な動きを始めます。腰を曲げ、膝も曲げ、腕を上げて手をひらひらさせながら、踊るように足を動かし出したのです。
その様子があまりに滑稽(こっけい)だったので、青の魔法使いも大司祭長も思わず呆気にとられましたが、すぐに大司祭長が気がつきました。
「魔法を使うための舞ですか。魔力が彼の周囲に高まっていく」
「魔法の舞? いったいどんな魔法を──」
と青の魔法使いが言ったとき、男がぴたりと踊るのをやめました。空中で腰を落としたまま、迫ってくる敵めがけて、尖った口から火を噴きます。
ゴォォォオォォォ!!!
真っ赤な火柱が空のトアたちを一瞬で火だるまにして、さらに地上のジブたちにも降りかかりました。あっという間に一帯は火の海になり、敵が逃げ惑います。
驚く大司祭長と青の魔法使いに、天狗が言いました。
「奴はひょっとこ。人間からは火男とか竈神(くどがみ)とも呼ばれている。火の魔法が得意なんだが、魔法を使う前にああやって舞って魔力を高める必要があるんだ」
ひょっとこは頭を動かして地上へ火を放ち続けていました。たちまち森は燃え上がり、敵は大混乱に陥ります。再生力の高い闇の民ですが、ひょっとこの火で焼かれた体は再生していきません。悲鳴を上げながら逃げ回り、やがて倒れて動かなくなってしまいます。
すると、ひょっとこの火が弱まって止まりました。息切れと同時に火の魔法も尽きたのです。
障壁の外の敵が焼き払われたので、妖怪軍団が突入しようとすると、障壁の割れ目からまた大勢の敵が飛び出してきました。とっさに障壁の内側へ逃げ込んで火を避けたのです。闇魔法の一斉攻撃に妖怪たちはあわててひきかえします。
「それじゃ今度は俺の番だな」
と新たな妖怪たちが進み出てきました。人と同じくらいの大きさですが、尾が長くほっそりした体に茶色い毛並みの、獣のような姿をしています。
彼はどんな妖怪です? と青の魔法使いたちが尋ねる前に、獣のような妖怪は地上へまっしぐらに降りていきました。まだ燃えている木々の間をすり抜け、敵の集団に迫っていきなり身をひるがえします。
すると、闇の兵士がばたばた倒れていきました。全員が深い傷を負っていて、中には体が胴から真っ二つになった者もいます。倒れた次の瞬間には光って消えていってしまいます。
再び空に上がってきた獣には、前足に大きな白い鎌が突き出ていました。それで敵を切り裂いたのです。
「奴はカマイタチ。両手に持っているのは風の刃だ」
と天狗が言ったので、青の魔法使いは驚きました。
「風の刃と言えば、ルル様が得意としている攻撃法ではありませんか! あれと同じものですか?」
「こっちのほうが元祖だぜ。それに俺の風の刃には光の魔法が組み込まれているんだ」
とカマイタチは得意そうに言うと、また地上へ急降下していきました。飛んでくる闇魔法を切り払うと、逃げ惑う敵を片端から切り裂き、さらに障壁の割れ目にも切りつけて入り口を大きくします。
「今だ、突入するぞ!」
天狗の号令に妖怪軍団はまた割れ目を向かいました。天狗自身も大司祭長と青の魔法使いを連れて向かいます。
ところが、妖怪の先頭が割れ目をくぐろうとした瞬間、障壁がいきなり伸びて割れ目がふさがりました。ガラス窓に衝突した鳥のように、妖怪たちが次々激突して墜落します。
天狗もあぶなくぶつかりそうになって、障壁を脚で蹴りつけました。おかげで三人とも衝突をまぬがれましたが、天狗の脚はしびれて動かなくなってしまいました。飛ぶこともできなくなって墜落します。
「危ない!!」
大司祭長と青の魔法使いは手と杖を地上へ向けました。魔法が広がり、墜落した妖怪たちをクッションのように受け止めます。
が、それも一瞬のことでした。魔法のクッションはすぐに消えて、彼らは地上に転がりました。
「この場所は闇が強すぎますね。光の魔法が弱められます──」
と言いながら大司祭長が立ち上がりました。青の魔法使いも跳ね起きて、また杖をかざしました。はっ、と気合いを込めると、彼らへ飛びかかってきた敵が大きく跳ね返されます。
「すまんな。助かった」
と天狗は礼を言って、自分の魔法で脚を治しました。他の妖怪たちもすぐに起き上がってきます。
「どうして障壁が元に戻ったんだ? せっかく入り口が開いていたのに!」
とカラス天狗は悔しがりました。本陣に突入したいのですが、復元した障壁は頑丈で、カマイタチでも壊すことができません。
「闇王のしわざかもしれませんね。我々の突入を阻止したいのでしょう──勇者たちを孤立させるために」
と大司祭長が言ったので、他の者も思わず障壁の向こうを見ました。
勇者の一行は彼らより先に本陣に突入しましたが、もう奥へ進んでしまったのか、そこからは見つけることができませんでした。彼らが戦っている気配も伝わってきません。
そこへまた闇の軍勢が襲いかかってきました。大量の闇魔法が雨のように降り注いできますが、背後には障壁がそびえているので、妖怪たちは逃げることができません。
「こんなところで倒れるな! 戦え! 敵を撃退しろ!」
天狗の声に、妖怪たちも大司祭長も青の魔法使いも、必死で戦い始めました──。