一方、勇者の一行は空の高みから闇の森へまっしぐらに降りていました。先頭は風の犬のポチに乗ったフルート、二番手は風の犬のルルに乗ったゼン、その後ろにメールとポポロを乗せた花鳥が続いています。
地上が迫り森が眼下いっぱいに広がると、その中を透視してポポロが言いました。
「敵の本陣の障壁が壊れてる! 中が見えるところがあるわ!」
「ポポロの魔法で壊れたのね」
とルルが言いました。ポポロが使う魔法が予定より強力になるのは、いつものことです。ちらっと、魔法部隊の人たちは大丈夫だったかしら、と考えますが、本陣は目前だったので、その心配はそれっきりになります。
「俺にも見えた! 障壁の西側に穴が空いてるぞ!」
とゼンも言いました。木々の隙間からちらりと本陣が見えたのです。
「突入! 敵の本陣を徹底的に破壊する!」
とフルートに言われて、ゼンがにやりとしました。
「要するに暴れるだけ暴れろってことだな」
「あいよ、了解!」
とメールも笑うと、花鳥の首元をぽんとたたきました。花鳥の体が防御の白から攻撃の青に変わっていきます。
森に入ると、ポポロが身を乗り出して言いました。
「あそこよ!」
指さす先で、黒いガラスのような壁が崩れて、大きな裂け目が口を開けていました。一行はそこから飛び込みます──。
障壁をくぐった内側も、外と変わらない森の中でした。木々がうっそうと茂り、枝が分厚く重なり合って天井を作っています。ただ、障壁が崩れたあたりは木が根こそぎ吹き飛ばされていました。地面に大穴が空いています。
「ワン、けっこう大きな爆発になったみたいですね」
とポチが言ったところに、森の奥から黒い集団が飛び出してきました。武装した闇の兵士たちでした。勇者の一行を見つけてどなります。
「敵が侵入したぞ!」
「倒せ!」
「撃ち落とせ!」
一行めがけて魔法攻撃が飛んできました。無数の黒い光の弾が襲いかかってきます。
けれども、それはすべて一行の手前で止まりました。弾が破裂した瞬間に、金色の壁が浮かび上がります。金の石が彼らを守りの光で包んでいるのです。
「邪魔よ、どいて!」
とルルが風の体をひるがえすと、敵は風の刃に切り払われて倒れました。防具も武器もすっぱり切れて深手を負います。
「ちぇ、俺がやる前に倒すなよ」
とゼンは口を尖らせました。光の矢をつがえた弓を構えていたのですが、射る暇がなかったのです。
「これからまたたくさん現れるわよ!」
とルルが言い返します。
「敵はこっちから現れた! こっちが本陣の中心だ!」
とフルートが敵が来た方向へ飛ぶと、本当にまた新たな敵が現れました。先ほどは下級兵のジブたちでしたが、今度の集団には翼があるトアやドルガも混じっています。
「この先には行かせん!」
トアたちが空から襲いかかってきたので、一行は迎撃しました。フルートは光炎の剣をふるい、ゼンは光の矢を放ち、メールは青い花鳥で敵をつつきます。トアたちはあっという間に墜落して消滅していきました。光の武器や聖なる花の攻撃は、闇の民には絶大です。
すると、ドルガがどこからか大きな筒を取り出しました。四本の腕で抱えて先端を一行に向けます。
「これでも食らえ!」
大きな闇の弾が筒から撃ち出されてきました。ゼンが光の矢を命中させますが、大きすぎて消すことができません。
「よけろ!」
フルートの声に一行は散開しました。その真ん中を闇の弾が飛び過ぎていきます。
が、すぐに弾は向きを変えました。また一行めがけて飛んできます。
フルートはポチを反転させると、飛んでくる闇の弾に切りつけました。弾は真っ二つになり、どん、と低い音をたてて破裂します。
ドルガが筒から次の弾を撃ち出そうとしていたので、ゼンはそれより早く矢を連射しました。矢が敵の腕すべてに命中して消し去ったので、支えをなくした筒が地面へ落ちていきます。
地上の敵がそれを受け止めようとしたので、メールは花鳥から蔓を飛ばしました。筒を空中で絡め取ってしまいます。
「こんなもん、敵に預けておく必要ないよね」
とメールが言うと、花鳥から次々青い花の蔓が飛んでいって、筒をがんじがらめにしてしまいました。やがて蔓にすっかりおおわれてしまうと、その中で爆発が起きて、蔓の塊がしぼんでいきます。聖なる花に包まれて闇の筒が消滅したのです。
地上の敵を風でなぎ倒してポチが言いました。
「ワン、ばらばらになって戦ったほうがいいんじゃないですか? そのほうが本陣をかき回せますよ」
「だな。俺たちはこっちだ!」
とゼンとルルが即座に右手へ飛んでいったので、メールも言いました。
「あたいたちはこっちに行くからね!」
と花鳥を左手に向かわせます。ポポロも一緒です。
「気をつけろよ! 本陣の中心で会おう!」
とフルートは言って、自分はそのままポチと直進しました。また敵の集団が現れたので、風で吹き飛ばし光炎の剣で切り払います。
そうやって敵を倒して前進するうちに、ポチは首を傾げました。
「ワン、なんだか敵の数が少ない気がしませんか? ここは本陣なのに」
フルートはうなずきました。
「ぼくもそう思ってた。きっと魔法部隊やオリバンたちの部隊のほうに出撃しているんだ。四天王と呼ばれる四人の将軍が一人も姿を現さないからな。闇王の攻撃も来ない。イベンセも出陣してるのかもしれない」
実際には、闇王のイベンセは本陣を留守にしていたのですが、フルートにもそこまではわかりません。ただ、予想より本陣の反撃が弱いので、主力部隊は軒並み出撃した後なのだろう、と推理したのです。
「ワン、でも本陣が攻撃されてるんだから、きっと敵は戻ってきますよね」
「ああ。本陣には戦いのための物資が蓄えてあるからな」
「ワン、それを駄目にしたら、敵はかなりのダメージを受けますね」
「そういうことだ。そして、そういう場所は本陣の中心近くにあるはずなんだ。急ごう」
「ワン、わかりました」
ポチが森の中を飛ぶ速度を上げます──。
「そう。ええ、わかったわ」
ポポロが急にひとりごとのように言ったので、メールは振り向きました。
「フルートかい?」
ポポロは離れた仲間と話すことができます。
「ええ、敵が思ったより少ないし弱いから、将軍たちもイベンセも本陣にいないんじゃないかって」
とポポロが言っているところへ、トアとドルガの空飛ぶ集団が現れたので、メールは攻撃をかわしました。敵が後ろに回って魔法攻撃を繰り出しましたが、花鳥から白い花が壁のように立ち上がって防ぎました。背中のメールやポポロに攻撃は届きません。
「青い花、矢におなり!」
とメールが言うと、鳥の翼からいくつもの青い花が飛び出し、まっしぐらに飛んでいきました。敵の翼に命中して撃墜させます。
ふぅん、とメールは言いました。
「確かに、思ったより敵は強くないけどさ、イベンセはホントにここにいないのかなぁ? あたいたちが来るのを真ん中で待ち構えてるんじゃないのかい?」
ポポロはちょっとの間、周囲を見まわしてから答えました。
「ここは闇の森だし敵の本陣の中だから、闇の気配がすごいんだけど、特に強力な闇は感じられないのよ。セイロスほどでなくても、闇王なら闇の気配が強いと思うんだけど。イベンセはこの中にはいないんだと思うわ」
「とすると、どこに行ってるんだろ。気になるよね」
とメールは首を傾げましたが、行く手からまた新たな敵が来たので攻撃に戻りました。それ以上は考えている暇がなくなります。
「なんでイベンセがいないのかしら。本陣なのに……」
とポポロはつぶやき、フルートからの伝言を伝えるためにゼンを呼び始めました──。
「そら来たぞ、ルル! 切って吹き飛ばせ! 俺に狙わせろ!」
ゼンが前方から迫ってくる敵の集団を見てわめくので、ルルは風の顔をしかめました。
「吹き飛ばすのとゼンに狙わせるのと、どっちかにしてよ。同時にはできないわよ」
そのときにはもう敵が目の前だったので、身をひるがえして全員を切り倒してしまいます。
ゼンは舌打ちしました。
「歯応えがねえな。やっぱり大将どもは留守だな」
「好都合じゃない。そんな不満そうに言わないでよ」
とルルがまた文句を言います。闇の民はルルに切られても死なずに復活してきてしまうのですが、立ち上がってまた戦えるようになるには時間がかかるので、そのまま無視して奥へ進んでいきます。
ゼンは頭上を見上げました。森は分厚い枝天井を広げていますが、それでも所々に隙間はあります。そこからのぞく闇の障壁を見て言います。
「さっきポポロが伝えてきた通りだとすると、四天王の将軍だけでなく、イベンセもここにはいねえんだよな。それなのに本陣を障壁で守っていられるのはどうしてなんだ?」
「あら、ゼンにしては珍しく頭を使ってるじゃない」
とルルはからかい、なんだと!? と腹を立てたゼンを無視して話し続けました。
「闇の民は元は光の民だったから、使っている技術や魔法も、意外なくらい天空の国に似ているわ。ただ、それが闇の方向を向いているんだけどね。きっと障壁を張る装置をつかっているのよ」
「天空の国も、んなもんを使って障壁を張ってるのか」
とゼンが目を丸くすると、ルルは呆れた顔をしました。
「当たり前でしょう。障壁に誰かの魔力が必要なら、その人は二十四時間ずっと障壁を張っていなくちゃいけなくなるもの。天空の国は天空城に大きな魔力を蓄えておく場所があって、その力で空を飛んだり障壁を張ったりしているのよ。それより規模は小さいと思うけど、この本陣にも似たような場所があるんだと思うわよ」
「はん。それが本陣の真ん中にあるってわけか」
とゼンも納得すると、また弓を構えました。行く手に新たな敵が現れたのです。
「今度はそのまままっすぐ飛べよ。俺に狙わせろ」
「わかったわ。外さないでよ」
ゼンとルルが飛んでいく先で、敵が次々と矢に倒れ始めます。
フルートとポチ、メールとポポロ、ゼンとルル。
三つに分かれた一行は、それぞれに敵をなぎ倒しながら、本陣の中央目ざして突き進んでいきました──。