闇の森の中を移動していたウード将軍の地上部隊は、背後で突然爆発が起きたので、驚いて立ち止まりました。見ると、彼らが出てきた本陣の方向で、二度三度とまぶしい光がひらめいています。
「なんだ、あれは!? 敵の船の攻撃か!?」
と尋ねる将軍に目の良い部下が答えました。
「森の上に船はいません、将軍!」
「得体の知れない魔法が森の中を飛んでいきます!」
と別の部下も言います。
しまった! とウード将軍は考えました。敵の接近に誘い出された隙に、潜んでいた別の敵に本陣を攻撃されたと思ったのです。
「攻撃はどこから来た!? 敵はどこだ!?」
ところが、部下たちはすぐには答えられませんでした。森を横切る魔法の数が多かった上に、非常に長い距離を飛んでいくので、出どころが見極められなかったのです。
そうこうする間に頭上から風に似た音が聞こえてきました。天狗がホラ貝を吹き鳴らしたのです。
「敵は上か!」
ウード将軍は即座に翼を広げました。舞い上がりながら部下たちにどなります。
「ドルガとトアはわしに続け! ジブは本陣に戻って敵を防ぐのだ!」
本陣を敵に落とされれば、彼らは拠点を失ってしまいます。翼を持つ闇の兵たちが、羽音をたてて空へ飛び上がっていきます──。
「来たぞ! 闇の軍勢だ!」
本陣目ざして空を飛んでいた妖怪たちが、追っ手に気づいて声を上げました。
翼がある闇の兵士が森の中から飛び立ってきたのです。
空の上には身を隠すところがありません。魔法部隊はたちまち見つかってしまいます。
「この場は私が防ぎましょう」
「私も手伝いますぞ」
と大司祭長と青の魔法使いが後に残ろうとすると、天狗が言いました。
「空の敵なら、おまえたちより適任者がいる。任せろ」
そのことばに合わせるように集団から出てきたのは雷獣でした。巨大なイタチのような妖怪は、金の毛並みから稲妻の火花を散らしながら、笑って言いました。
「そういうことだ。おまえらはさっさと本陣に行って、勇者たちと合流しろ。俺はこいつらを片付けたら追いかける」
「任せたぞ」
と天狗は言うと、大司祭長と青の魔法使いを連れてまた先へ飛び始めました。他の妖怪たちも後に続きます。
「逃がすな!」
「落とせ!」
「ひとり残らず殺せ!」
敵がわめきながら近づいてきました。先頭にいるのは四本腕のドルガが二十人ほど、その後ろに百人近いトアが続いています。ドルガの集団の中には六本腕の将軍の姿もありました。ウード将軍です。
「大勢で来たな。だが、ここから先は行かせんぞ」
と雷獣は言って、毛並みの火花を大きくしました。二本の尻尾を大きく振ると、みるみる尻尾が太くなって火花が大きくなっていきます。
すると、敵のドルガがいっせいに攻撃を繰り出してきました。黒い闇の光が何十本もの矢になって、魔法部隊を追いかけます。
「行かせんと言ってる!」
雷獣は牙をむいて笑うような顔をすると、バリバリバリッと稲妻を放ちました。四方八方に金の稲妻が広がって闇の矢を直撃します。矢は稲妻の中で崩れて黒い霧になりました。すぐにそれも消滅していきます。
「貴様! そんななりをしているが光の魔法使いか!?」
とウード将軍に言われて、雷獣はまた、にやりとしました。
「おうとも。ヒムカシに棲む妖怪は、姿は闇の怪物のようでも、中身は光の魔法戦士だ。ただの使い魔だと思っていると痛い目に遭うぞ」
また稲妻が広がり、空中であり得ない方向へ曲がりました。すべての稲妻が敵のほうへ飛び始めます。
ドルガもトアもとっさに障壁を張って身を守りましたが、稲妻はそれを簡単に砕いてしまいました。まともに稲妻を食らった敵が、次々空から落ちていきます。
ところが、雷獣の稲妻もウード将軍の障壁を破ることはできませんでした。その周囲や後方にいたドルガやトアも稲妻から守られています。
「食らえ、怪物!」
ウード将軍が六本の腕から繰り出した魔法を、雷獣はひらりひらりとかわしました。こちらは脚が六本あるので、どの方向から攻撃が飛んできても、すぐに方向転換できるのです。
金の火花を散らしながら、雷獣はまた牙をむきました。
「怪物はどちらだ! 闇に身も心も醜く変えられた連中が! 俺たちは姿は醜く変わっても、心はずっと光と共にあるぞ!」
雷獣は駆け出し、飛び上がって将軍に襲いかかりました。将軍が反撃しますが、ひらりとかわして前足で障壁を殴ります。
ザキッ!
鋭い爪が厚い障壁を切り裂きました。
将軍はとっさに障壁を重ねようとしましたが、雷獣は裂け目から頭を突っ込んで将軍の肩に食いつきました。それと同時に特大の稲妻を放電します。将軍の周りの部下たちが、また稲妻を食らって、ぼとぼと地上へ落ちていきます。
けれども、将軍はそれでもまだ無事でした。雷獣の頭を殴りつけて吹き飛ばすと、怒りに顔を歪めてわめきます。
「よくもわしに傷をつけたな! 食らえ!」
巨大な闇魔法が雷獣へ飛びました。雷獣は身をかわそうとしましたが、かわしきれなくて巻き込まれました。ギャン、と犬のような声を上げて吹き飛んでしまいます。
空中にぼろきれのように倒れた雷獣を、ウード将軍はにらみつけました。雷獣が立ち上がってこなかったので、肩の傷を自力で癒やして部下たちを振り向きます。先ほどまで百二十人もいた部下が、今は半分に減ってしまっています。
将軍はいまいましく舌打ちして言いました。
「前進だ! 敵から本陣を守るぞ!」
部下たちが承知して前進を再開しようとします。
すると、その目の前にまた稲妻がひらめきました。ぎょっと停止した軍勢の前で、雷獣が立ち上がります。
「貴様、まだ立てるか」
と将軍が言うと、雷獣は答えました。
「もちろん。まだ戦えるぞ」
ぶるっと大きく身震いすると、火花が散って、ぼろぼろだった毛並みが元に戻りました。二本の尻尾が金色に輝いてふさふさと揺れます。
「往生際が悪いぞ!」
と言ったウード将軍に、雷獣はまたにやりと笑いました。
「貴様こそ、妖怪の力を見くびっているぞ。我らはエルフの末裔だ」
「くだらん! エルフなど、カビが生えた大昔の伝説だ!」
将軍と雷獣が突進して、空中でまともにぶつかり合いました。将軍はいつの間にか握っていた槍で雷獣を突き刺し、雷獣は将軍の腕に食いつきます。それを見たトアやドルガが、雷獣に群がって集中攻撃を始めます。
雷獣はまた周囲に稲妻を放ちました。電撃を食らったトアたちが黒焦げになって地上へ落ちます。
怒声と咆吼(ほうこう)、ひらめく稲妻と闇魔法。
闇の森の上空でウード将軍の部隊と雷獣は戦い続けました──。