その頃、宙船に続いて空へ飛び立った勇者の一行は、闇の森の上空にいました。
上空も上空、はるか空高い場所です──。
「すげぇな。周りに雲がひとつもねえぞ。みんな足元だ」
とゼンがあたりを見まわして言いました。
彼らがいるのは夜と朝が切り替わろうとしている場所でした。空はまだ薄暗くて、西の彼方には星も光っていますが、東の地平線の向こうには太陽が近づいていて、丸みを帯びた地平線に沿って空が青く染まり始めていました。大地はまだ薄暗がりの中ですが、雲がほの白く光り出していました。ゼンが言う通り、雲は全部彼らの足の下です。
「ワン、さすがにぼくたちもこんな高い場所まで来たことはなかったですね」
と風の犬になったポチが言いました。少しずつ明るくなってきた大地に、山や森が見えてきています。
「ないわよ。私たち、天空の国より高い場所まで来てるのよ」
とやはり風の犬になったルルが言いました。呆れているような声です。
「こんな高い場所まで来たのに、案外寒くないよね。普通、高いとこって寒いはずなのにさ」
とメールが言いました。彼女はいつもの袖なしシャツに半ズボン、編み上げの靴という格好ですし、花鳥も平然と飛び続けています。
ポポロがメールの後ろでちょっと苦笑しました。
「金の石があたしたちを守ってくれてるおかげよ……。このあたりは空気もすごく薄いわ。金の石がなかったら、きっと風の犬だって死んでしまうわよ」
それを聞いて、彼らはあわててポチを中心に寄り集まりました。金の石を持ったフルートはポチに乗っていたからです。
フルートだけが落ち着き払っていました。
「金の石はぼくらをみんな守っているから、あまり遠くに離れさえしなければ大丈夫だよ。闇の森はとても大きいから、ここまで上がってこないと全体が見渡せなかったんだ」
そこで全員はまた足元を見ました。まだ薄暗いし、雲が邪魔をしているので、地上全体を見渡すことはできませんが、雲の間に周囲より黒い場所が見えていました。それが闇の森でした。
「ワン、あの周りに魔法部隊のみんなが立つんですね? みんな無事に配置につけたかなぁ」
とポチが心配しました。ここまで高く上がってしまうと、地上で起きていることは、目が良いゼンにも見極められません。
すると、ポポロが答えました。
「大丈夫よ。さっき闇の森から闇の軍勢がたくさん出てきて、宙船も攻撃を受けたけど、船が敵を引きつけてる間に、魔法部隊はみんな闇の森の周りに降りたわ」
彼女は空の高みに登りながら、時々振り返っては、地上の様子を透視していたのです。
「作戦通りだな」
とフルートはうなずき、改めて仲間たちへ話しました。
「これからみんなで行うのは光の探知網だ。闇の森の周りには二人一組になった魔法部隊が九十一組いるから、貝合わせの貝を持っている七十組に、ポポロが光の魔法を送り出す。敵の本陣が見つかったら、ぼくたちはすぐにそこへ向かうぞ」
「本陣を魔法部隊に教えなくていいのかい? あたいたちはここにいるから、本陣の場所もすぐわかるんだろうけどさ、地上にいるとわかりにくいと思うよ」
とメールが心配しましたが、フルートは即答しました。
「必要ない。ぼくたちがまっすぐ向かえば、みんなにもそこが本陣だとわかる。オリバンたちはまだ離れているけれど、この高さから下りれば、絶対に見えるはずだ」
それを聞いてメールは目を丸くし、ゼンは肩をすくめました。このあたりがフルートの慎重なようで大胆なところです
「ワン、そろそろ夜が明けてきますよ」
とポチが東の空を見ながら言いました。丸い地平線をおおう空は濃い青に染まり、雲が白く輝きだしていました。太陽の昇ってくる場所が光の矢を上空へ投げ始め、みるみる広がって光の柱になります。
花鳥の背中に膝をついて身を乗り出したポポロに、フルートは確認しました。
「魔法部隊がいる場所は見えているね?」
「ええ。魔法を送る貝も全部見えてるわ」
とポポロが遠いまなざしで答えます。
ゼンやメール、ポチやルルも地上を見ていましたが、彼らには明るくなっていく地上が地図のように広がっているのが見えるだけでした。雪が残る山々は白と灰色に、雲の間からのぞく森は暗い緑色になっていきます。
すると、フルートが言いました。
「今だ、ポポロ! 昨日の魔法を二つと今日の魔法をひとつ、同時に使え!」
えっ!? と仲間たちは驚いてフルートを振り向きました。その瞬間に地平線から朝日が昇ってきます。
ポポロだけは膝をついたまま地上を見ていました。額と髪に朝日を受けながら、消えて行こうとする前日の魔法を捕まえ、新しく湧き上がってきた魔法の半分を上乗せして送り出します。
「ベトエイカルーナイツービトエイカヨリカ-ヒ!」
ポポロが伸ばした右手から緑の光が玉になって膨らみ、地上に向かって飛び始めました。昇ってくる朝日より明るい光です。雲を突き抜けると、瞬時に周囲の雲を消して巨大な穴を開けます。
よく見えるようになった地上に向かって、緑の光は落ちていきました。真下に広がっているのは、影のように木々が寄り集まっている闇の森です。
げっ、とゼンが声を上げました。
「めちゃくちゃ明るくて目立つじゃねえか! どうしてポポロの魔法を三つも使わせたんだよ!?」
「そうさ! 魔法二回分でやるはずだっただろ!?」
とメールも尋ねます。
ポポロは少しおろおろしながら答えました。
「さっきフルートに言われたのよ。朝日が昇る瞬間に間に合うなら、魔法を三つ使えって……」
その間にも魔法は地上へ飛び続けていました。巨大な緑の光の球です。
「魔法が塊で落ちていくよ!? 森の周りの貝に飛ばなくちゃいけないはずだろ!?」
とメールがまた言った瞬間、光の玉が破裂しました。無数の小さな光の玉になって、長い尾を引きながら落ちていきます。
落ちていく先が森の北側と西側だったので、フルートは、よし、と言いました。
「ここはかなり高い場所だから、魔法は強力なほうがいいと思ったんだ。それに、ポポロが今日の魔法を使い切って襲われたら大変だからな。これならまだひとつ残っている」
それを聞いて仲間たちは呆れてしまいました。やっぱりフルートは慎重なようで相当大胆です。
「あの先で魔法部隊が貝を構えて待ってるのね」
落ちていく光を目で追いながら、ルルが言いました。
光は無数の流れ星になって、尾を引きながら森へ落ちていきました。森に吸い込まれるように見えなくなると、一瞬の静寂が地上を充たします。
と、森の北側と西側でまた無数の光が湧き起こりました。森を貫くようにまっすぐ飛び始めます。
光の軌跡がそのまま光の筋になって見えるようになったので、一行は驚いてしまいました。森の北側の光は南側へ、西側の光は東側へ、どこまでもまっすぐに飛んで途中で交わり、森に光の方眼を描いていきます。
「ワン、こんな高いところからも見えるなんて!」
とポチが言いました。それだけポポロの魔法が強力だということです。
光が森を横切って反対側へたどり着きます──。
ところが、光の筋が途中で止まってしまった場所がありました。ぱっぱっと森の中で閃光が湧き上がります。
それは闇の森の南西部分の、特に森が深いあたりでした。他の場所には綺麗な光のマス目が描かれるのに、その場所だけはぽっかり残るので、森に暗緑色の影となって浮き上がります。
「あそこだ!」
とフルートは叫びました。
「意外にでけえ!」
とゼンは驚きます。暗緑色の影は数キロ四方の大きさがあったのです。そこが闇の軍勢の本陣でした。
「行くぞ! 突撃だ!」
フルートの号令で彼らは急降下を始めました──。