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第28巻「闇の竜の戦い」

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18.迎撃

 宿営地から飛び立ったズァラン将軍の部隊は、森の上空に集結して、敵の船が来る方角を眺めました。

 夜明け前なのであたりはまだ薄暗いのですが、闇の民は闇の中でも見通せるので問題はありませんでした。彼方の空に接近してくるものを発見します。

「なるほど、あれがググルグ将軍の部隊とやりあった空飛ぶ船か」

 とズァラン将軍はつぶやきました。ググルグ将軍は三週間前に敵の砦を攻撃して、この空飛ぶ船と金の石の勇者に倒されたのです。

 将軍は船を遠見しようとしましたが、うまくいきませんでした。肉眼で見ることはできても、魔法で眺めることができないのです。聖なる魔法で守られているのに違いありません。

 将軍は斥候(せっこう)を出すと、他の部下たちには船の攻撃に注意するよう言い渡しました。先の戦いで、空飛ぶ船が巨大な光魔法を撃ち出してきたという報告があったからです。

 間もなく斥候のトアが飛び戻ってきて将軍に報告しました。

「敵の船は木造で、雲に擬態しながら進んできます。船は一隻。すでに我々を発見しているようで、まっすぐこちらへ向かっています。雲の切れ目から船が見えましたが、甲板に人の姿はほとんど見当たりませんでした。大半が船室に潜んでいる模様です」

「例の魔法攻撃をしてくるつもりだな。とはいえ、どこへ撃つというあてもないはずだ。となると、我々を狙ってくるぞ」

 ズァラン将軍は素早くそう計算すると、部下たちに散開と突撃を命じました。

「敵は一隻だ! 撃墜して敵を生け捕れ!」

 その中に金の石の勇者もいるはずだ、と将軍は考えていました。地上からも敵は近づいていますが、大将は巨大で堅固な船に乗り込むものと思い込んでいたのです。例の天空の娘も一緒にいれば、なお好都合ですが、娘のほうは砦に残っているかもしれませんでした。船を撃墜したら、敵の砦まで攻めていかなくては、と考えます。

 

 その間にも敵の船は近づいてきました。まるで雲の塊のようですが、低空にあるうえに動きが不自然なので、一目でそれとわかります。人間たちが闇の森と呼んでいる広大な森の、すぐ手前までやってきます。

 トアやドルガたちは四方八方から船に接近しました。闇魔法や魔法の槍で攻撃を始めると、雲のように見えていた霧が薄れて消えて、巨大な船が姿を現します。全長が三十メートル以上もある木造船で、大きな帆が風をはらんでいます。

 霧が消えても船が光の障壁に包まれていたので、闇の軍勢は攻撃を続けました。同じ場所に何度も攻撃を繰り返すと、障壁が薄くなってきて白いひびが走ります。とたんに甲板の敵が帆をたぐり、船尾の敵が舵を切りました。船の向きを変え始めたのです。

「効いているぞ!」

「逃がすな!」

「障壁を打ち破れ!」

 闇の兵士たちは口々に言って攻撃を集中させました。障壁のひびがさらに大きくなって、ついに割れ目ができ、そこから飛び込んだ闇魔法が甲板で爆発します。

「やったぞ!」

「もっと広げろ!」

 勢いづいて攻撃を続けようとしていると、ズァラン将軍の声が響きました。

「攻撃が来るぞ! 避けろ!」

 攻撃? と兵士たちはとまどいました。船の上には、相変わらず数えるほどの敵しか見当たらないし、船の向きを変えるのに必死になっています。これでどうやって反撃してくるのだろう、と考えたのです。

 すると、船体の横板と障壁の一部が突然消えて、そこから太い筒が突き出てきました。筒の奥が青白く光り出します。

 近くの兵士たちは熱気のような気配を感じてあわてました。とっさに下がろうとして後ろにいた味方とぶつかり、混乱が起きます。

 そこへ筒が強烈な光を噴きました。巨大な光魔法の塊です。軌道上にいた闇の兵士を一瞬で消滅させて飛び、闇の森へ落ちて爆発を起こします──。

 着弾した場所の木々が消えるように吹き飛んで、むき出しの地面と大穴が生まれたのを見て、兵士たちは仰天しました。魔大砲の威力を目の当たりにして震え上がります。

 すると、ズァラン将軍の声がまた響きました。

「あれほどの攻撃、連発はできん! 次の攻撃が来る前に船を落とせ!」

 闇の兵士にとって上官の命令は絶対です。逆らえば即座に処刑されるので、誰もがまた攻撃を始めました。闇魔法や魔法の武器が船へ降り注ぎます。

 

 けれども、彼らはなかなか敵を撃墜できませんでした。船が巨大な上に、船を守る障壁が丈夫だったからです。魔大砲が突き出た場所も、攻撃が終わるとすぐに閉じてしまいました。

 その様子にズァラン将軍は舌打ちしました。

「手間取るとまた攻撃が来るな。あれを呼ぶか」

 闇王の四天王と呼ばれる将軍たちは、力は拮抗していましたが、それぞれ得意とするものが違っていました。ズァラン将軍は巨大な魔物を召喚することに優れています。本陣に潜入したグリフィンの追跡に、闇の大蛇を繰り出したのも彼です。

 ズァラン将軍が呪文を唱えると、星の光る空が急に歪んで、そこから巨大な腕が突き出てきました。さらにもう一本の腕が出て、巨人の上半身が現れます。巨大な二本の角が生えた頭と長い牙の口、恐ろしげな顔の周りで長い赤い髪が炎のように揺らめいています。

「行け、イフリート! 敵の船をたたき落とせ!」

 と将軍に命じられて、巨人はさらに前進しました。空の中から体全体を表して大地に立ちます。半裸の人間のような姿をしていますが、顔つきは猿か狒々(ひひ)のようでした。血走った目で空飛ぶ船をにらむと、いきなり殴りかかっていきます。

 船はイフリートの一撃に耐えましたが、衝撃で船体が激しく揺れました。イフリートのほうも、光の障壁に直接触れた拳が消滅しましたが、すぐに黒い霧が寄り集まって、手が復活しました。ウオォォォ、と雄叫びを上げます。

「もう一度行け! 船を落とすのだ!」

 とズァラン将軍はまた命じました。部下の兵士たちは巻き込まれないように船から距離を取ります。

 イフリートの拳がまた命中して、船の障壁の一部を破りました。船尾が砕けて破片が飛び散ります。

 ついに船は完全に向きを変えました。巨人から逃げ出したのです。

「逃げるぞ!」

「追いかけろ!」

「中の奴らを残らず捕まえるんだ!」

 トアやドルガの兵士たちはまた勢いづきました。船を追いかけ、障壁が失われた場所から船に潜入しようとします。

 すると、後ろからイフリートが火を吐きました。そこに味方の兵士がいてもおかまいなしです。高温の炎が兵士たちを焼き、船を呑み込もうとします。

 そのとき、地上からいきなり巨大な水柱が上がりました。草原の他には何もなかった荒れ地から、いきなり大量の水が噴き出したのです。水柱は巨人のイフリートよりも高く吹き出すと、イフリートの炎を受け止めました。水が一瞬で蒸発して、一帯が高温の霧に包まれます。

「こしゃくな!」

 ズァラン将軍は風を起こして霧を吹き飛ばそうとしましたが、それより早くまた水柱が上がりました。イフリートを直撃したので、炎の魔人はたじろいで消えていきます……。

 ようやく風が起きて霧が消えると、船は西へと退却していくところでした。先に食らった攻撃で重要な部分が損傷したのでしょう。船は右へ左へ不安定に揺れています。

「逃がすな! 捕らえろ!」

 とズァラン将軍はどなって、自分も船を追って飛び始めました。部下のトアやドルガたちも船を追いかけ、戦場が西へと移動していきます──。

 

 

 「どうやら敵は宙船を追っていったようですな」

 闇の森のはずれで木陰から見ていた青の魔法使いが、ほっとしたように言いました。

「敵があんな怪物を繰り出してくるとは思いませんでしたね。船を完全に壊されるかと思いました。無事に逃げ切ってくれれば良いのですが」

 とミコンの大司祭長が心配すると、天狗が答えて言いました。

「あの程度の損傷なら飛行に支障はない。敵を引きつけるのに、わざと不具合が生じたように見せているだけだ」

 彼らは宙船の船室に隠れていて、戦いの隙を見て地上へ降りたのでした。行動を共にしていた魔法軍団や武僧や妖怪たちも、闇の森の周囲の自分の持ち場へ降りていました。互いの距離はかなり離れているので、仲間がいる場所を見ることはできません。司令官の三人だけが、同じ場所に降りて話しているのでした。

「しかし、巨人が火を吹いたのにはひやりとしましたな。船は木造だから、火が燃え移れば落ちるしかなかったでしょう」

 と青の魔法使いが言うと、今度は天狗も真面目な顔でうなずきました。

「正直、やられたかと思った。あの水柱は河童のしわざだろうが、それにしても巨大だったな。あんな強力な魔法を使えるようになっていたとは知らなかった」

 すると、大司祭長が言いました。

「河童殿は、我々が地上に降りる間に、攻撃用に蓄えてあった魔力の一部を船から引き出していました。おそらく、あれで自分の魔力を増強して、敵の火を防いだのでしょう」

「河童にはかなりの負荷だったはずです。怪我などしていなければ良いのですが」

 と青の魔法使いも心配しましたが、闇の森に降りてしまった彼らには、もう宙船の様子を知ることはできませんでした。船は河童をはじめとする三人の妖怪たちの操縦で、敵を引きつけながら西へ離れているのです。

 

「それでは作戦に移りましょう」

 と切り替えるように大司祭長が言い、目の前の暗い森を眺めました。

 魔法部隊は全員が闇の森の周囲に降りて、打ち合わせ通りに体制を整えていました。ロムドの魔法軍団とミコンの武僧たちは全員が貝合わせの貝を装備して、森の北側と西側に待機していますし、妖怪軍団は森を挟んだ反対側にいます。貝合わせの貝に余裕があったので、妖怪軍団も半数ほどが貝を持っています。あとはポポロから光の魔法が送られてくるのを待つだけでした。

 ただ、ここにいる三名は魔法の貝を所持していませんでした。彼らは自力で光の探知網の魔法が使えるので、貝は他の者に回したのです。

「私と天狗殿が組み、大司祭長殿は武僧長と組むのでしたな」

 と青の魔法使いが言ったので、大司祭長はうなずきました。

「武僧長はこの森を挟んだ東側に降りています。彼も貝合わせの貝は必要ありません」

「わしは空を飛んで闇の森の東側へ行こう。青殿はここから歩いて南へ移動するんだ。魔法で空間移動すると、波動で敵に気づかれるかもしれないからな」

 天狗からそんなふうに言われて、青の魔法使いは笑いました。

「承知。なに、たかだか二キロの道のりだ。走ってまいりますよ」

 それでは、と言い合って、彼らは別れました。青の魔法使いは南に向かって走り出し、天狗は東へと飛び去ります。大司祭長はその場に留まります。

 大司祭長は目の前に広がる森をまた眺めました。夜明けが近づいて明るくなってきても、森の場所は暗闇に沈んでいますが、大司祭長にはその奥の様子がわかりました。闇の怪物が多い場所でしたが、今はこちらへ向かってくるような怪物はいません。大司祭長が自然と放つ聖なる気配を感じて、身を隠しているのでしょう。

 闇の軍団の気配も伝わってはきませんでしたが、こちらはあてになりませんでした。敵の本陣は強力な闇の障壁で隠されているので、大司祭長であっても、それを見破ることはできなかったのです。ひょっとしたら、彼がいるすぐそばに本陣があるのかもしれません。

「光の探知網の魔法を使った後が問題ですね。敵に我々の存在を気づかれるかもしれない」

 と大司祭長はつぶやき、作戦の成功と全員の無事を光の神ユリスナイに祈りました──。

2021年5月28日
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