ドーン、ドーン、ドーン……
夜明け前、闇の軍勢の宿営地に大きな音が鳴り響きました。宿営地がある闇の森を揺るがします。
音に驚いて、天幕からジブやトアやドルガが飛び出してきました。血の色の瞳に角に牙、黒い翼や四本の腕をもった、悪魔のような姿の闇の民です。何事かと見まわしていると、声も伝わってきます。
「敵襲! 敵の大軍が北西の方角から接近中──!」
魔法で広げられた見張りの声でした。警報の太鼓を打ち鳴らしているのも彼らです。
宿営地のあちこちから四人の将軍が飛び立ち、森の上空で出会って話し出しました。
「やはり先日のグリフィンは敵の偵察だったな」
「貴殿が蛇に追わせて取り逃がしたんだぞ」
「取り逃がしたとは人聞きが悪い。敵を砦から誘い出すために、わざとやったのだ」
「どうかな。怪しいものだ──」
彼らは闇王の四天王でした。それぞれ翼と六本の腕を持ち、大きな体に黒い防具を着込んでいます。仲が今ひとつ良くないのも相変わらずです。
「今回はわしの軍の出番だ。貴殿らはここで見ておれよ!」
とジオラ将軍が息巻いたので、他の三人は、ふふん、と笑いました。
「むろん、貴殿の番だとも。ここで勝たなくては、先のぶざまな敗退を挽回できないのだからな」
「こちらから出向かなくても、向こうから来てくれたのだから、楽で助かっただろう、ジオラ将軍」
「二度目はないと王から言われたこと、ゆめゆめ忘れるなよ」
「そんなことはわかっておる!」
ジオラ将軍は吐き出すように言って、自分の部下たちがいる駐屯地へ降りていきました。たちまち森の中で軍勢が動き出し、宿営地を囲む障壁の外へ飛び出していきます。前回の戦いで数は減りましたが、それでも九千名近い大軍です。
宿営地の上空からそれを見守りながら、三人の将軍は話し続けました。
「泡を食って出撃していったな。人間相手にあれほど意気込むとは、ジオラ将軍も焼きが回ったもんだ」
「先日の失敗を挽回するのに焦っているのだ。なにしろ、中庸の術とやらに手も足も出なかったのだからな」
「今回も泣いて逃げ戻ってくるのではないか?」
この三人も互いに仲は良くありませんが、仲間のひとりを悪者にして嘲るときだけは一致団結していました。ちなみに、彼らの名はロン将軍、ウード将軍、ズァラン将軍と言いました。ひとしきりジオラ将軍を嘲笑ってから、また話し続けます。
「どう思う、ウード将軍、ズァラン将軍? ジオラ将軍が抑えきれなければ、敵はこちらに向かってくるぞ。我々も応戦準備をするか?」
「ほう? ロン将軍は高みの見物を決め込んでいたのか。わしはもう部下たちに迎撃準備の命令を出しているぞ」
「わしもだ。敵は空飛ぶ船を持っているようだからな。空からの攻撃なら我がズァラン部隊が引き受けよう」
仲間に出し抜かれたように感じたロン将軍は、むっとして反論しました。
「わしだって迎撃の準備は整えているわ! イベンセ様の留守を守るのは我々の仕事だからな!」
闇王のイベンセはまた本陣を離れてセイロスの元へ行っていたのです。
三人の将軍はそれ以上は相談することもなく、それぞれの駐屯地へ降りていきました。各自が自分の判断で部下に命令して動くというのが、闇の民の基本的な行動様式です。
ただ、ロン将軍だけは他の将軍より策を巡らすタイプでした。地上に降り立つと、六本腕のうちの二本で腕組みをして考え始めます。
「敵は空飛ぶ船を持っているのだから、攻めてくるのが地上部隊だけというはずはない。必ず空からここを攻撃しようとするだろう──」
ただ、そう考える彼も、敵がすぐに攻めてくるとは思っていませんでした。本陣は闇の森の奥深くにあって、闇王の強力な障壁で守られています。光の軍勢でもこの場所を見つけるには苦労するだろうし、さらに障壁を破って突入してくるのも大変なはずだったからです。
「防戦体制を整える時間は充分にある──ありすぎるな。連中が森に近づいてきたところを迎え討てば良いだけだ。それで立てられる手柄など、たかがしれている」
ロン将軍の最終目的は、他の将軍たちと同様、闇王のイベンセの夫になって闇の国を支配することでした。彼にはすでに七人ほど妻がいましたが、闇の国ではそんなことは問題になりません。重要なのは、イベンセに気に入られるために、他の三人を出し抜いて活躍してみせることです。そのためには何をしたら良いか考え続けます。
すると、陣営に再びドーンドーンと警報が響き、見張りが敵襲を告げました。
「西北西の空から敵の船が出現! 空を飛びながらこちらへ向かってきます!」
「やっぱり来たか」
とロン将軍が言ったとたん、雨のような羽音と共に黒い集団が飛び立ちました。翼を持つトアやドルガがズァラン将軍に率いられて出撃していったのです。少し遅れてウード将軍の駐屯地でも動きがあって、大勢の兵士が将軍と共に出撃していきました。こちらは地上部隊です。
ロン将軍はねじれ角が生えた頭を振りました。
「同じことをしたのでは手柄にならない。かといって、ただ陣営の中に留まっていても、手柄の機会は訪れないだろう。さあ、どうする?」
自分自身にそう尋ねて、また考え込みます。
と、ロン将軍は顔を上げ、空中に呼びかけました。
「ここに来い」
すると、どこからともなく一匹の怪物が現れました。鳥の翼を持った芋虫のような姿をしていて、頭の真ん中にぎょろりと大きなひとつ目があります。
「地上から来る敵の様子を偵察してこい」
と将軍は芋虫に命じました。ジオラ将軍と激突する敵の様子を確認して、手柄のチャンスを探そうと考えたのです。芋虫はすぐに羽ばたいて飛んでいきます。
「さて、どこへ行くのが一番有利かな?」
そうつぶやいて、にやりと笑ったロン将軍の口元から、長く鋭い牙が光ってのぞきました──。