連合部隊の大軍が出陣した翌日の夕方、魔法部隊が乗り込んだ宙船も出陣の時を迎えようとしていました。
宙船は空を進んでいくので、日暮れを待ってリーリス湖から飛び立つ予定でした。夕日に照らされた船にはすでに大勢が乗り込んでいます。ヒムカシの妖怪たちとロムドの魔法軍団とミコンの武僧軍団、合わせて百八十五名の魔法使いたちです。
船着き場では天狗とミコンの大司祭長と青の魔法使いが、見送りに来たフルートたちと話をしていました。
「丸一日以上休んだからな。妖怪は全員すっかり元気だ。もう心配ないぞ」
「ミコンの聖騎士団には、後に残ってこのハルマスを守るよう命じました。全員が聖なる武器を持っているので、闇の敵が攻めてきたときには役立つだろうと思います」
「魔法軍団の魔法使いもハルマスに残りますぞ。二名ほどですが」
フルートは三人の司令官たちにうなずき返しました。
「ハルマスには竜子帝とユラサイの術師たちもいるし、テト国の軍隊にもハルマスの守備を頼みました。これだけいれば留守を襲われてハルマスを奪われる心配はないと思います。船はいつごろ闇の森に着けそうですか?」
「予定では明日の早朝だ。だが、相手は闇王の軍勢だから、もっと早くこちらに気がつくだろうな」
と天狗が答えると、フルートは真剣な表情で言いました。
「魔法部隊は全員無事に闇の森の周りに降りなくちゃいけないんです。絶対に怪我などないようにお願いします」
そこへ空から二頭の飛竜が舞い降りて、竜子帝とリンメイが飛び降りてきました。
「ハルマスの周囲を見回ってきたが、敵の待ち伏せはなかったぞ。安心して出発するがいい」
「連合部隊からは伝書鳥で連絡が入ったわよ。今のところはまだ敵が現れていないらしいわ。この調子で進軍できれば、明日の日暮れまでには闇の森に到着できそうですって」
「さすがにそれは無理でしょう。その前に連合部隊も敵に見つかるはずです」
と大司祭長が言ったので、リンメイは肩をすくめました。
「最初から見つかるのを承知で出撃してるのね。作戦とはいえ危険よね」
「戦というのはいつだって危険なものだ」
と天狗に言われて、リンメイは何も言えなくなってしまいます。
フルートは改めて言いました。
「この作戦はタイミングが大事なんだ。こちらの船は安全に魔法使いを闇の森に降ろさなくちゃいけないから、連合部隊には闇の森から遠すぎず近すぎない場所で戦ってもらわないといけない。そのために連合部隊から一日遅れて出発するんだ」
「敵が勇者殿の策に見事はまってくれることを願いますぞ」
と青の魔法使いが言いました。きっとそうなると信じている声でした──。
それから三十分後、夕日が完全に沈んで暗くなると、魔法部隊を乗せた宙船は湖から空へ舞い上がっていきました。船底が水面から離れると、したたる水滴が霧に変わって船体を包んでいきます。地上から見つかりにくくするために、水の煙幕で船を包んだのです。
巨大な雲の塊になった船は、高度を上げながらゆっくり移動を始めました。地上の障害物を避ける必要がないので、闇の森がある東南東へまっすぐ動き出します。
「さあ、ぼくたちも出発だ」
とフルートが言ったので、勇者の一行も動き出しました。フルートはポチに、ゼンはルルに、メールとポポロは星の花の鳥に乗ります。
「きっと敵の本陣を見つけるのだぞ。そして、朕たちの出番が来たら必ず呼ぶのだ」
と竜子帝がまた念を押したので、フルートはうなずきました。
「必ず呼ぶよ。だからハルマスを頼む」
「任せて。大事な砦ですもの。敵が攻めてきたら絶対撃退するわよ」
とリンメイも力強く約束します。
それじゃ、と言い合って、勇者の一行は空に舞い上がりました。二匹の風の犬と巨大な花鳥は、あっという間に上空に遠ざかり、夜に紛れて見えなくなってしまいます。
「やはり術師たちを連れていけば良かったのだ。そうすれば実に効果的に戦えるはずなのに。フルートはまったく慎重すぎる……」
まだ不満でいる竜子帝に、リンメイは苦笑しました。
「フルートにはフルートの考えがあるんですもの。任せましょうよ。それに、真打(しんうち)はいつだって後から登場するものよ」
真打と言われて、竜子帝の機嫌が少し良くなりました。リンメイに促されて、自分たちの宿舎に戻っていきます。
彼らの飛竜が飛び去ると、船着き場には誰もいなくなりました。湖に五隻の宙船が静かに浮いているだけです。船は今は無人でした。すべての妖怪が先ほどの船で出陣してしまったからです。
四月の風がデセラール山から吹き下りてきて、水面と船を揺らしていきました──。