天狗から、貝合わせの貝が完成した、と連絡があったのは、先の作戦会議から二日後のことでした。
妖怪たちの船に来るように言われた勇者の一行は、リーリス湖の船着き場へ駆けつけました。少し遅れてオリバンとセシル、大司祭長と青の魔法使いもやってきます。
妖怪たちの宙船(そらふね)は全部で六隻ありましたが、今は普通の船と同じように湖に浮いていました。そのうちの一隻から船着き場へ渡り板が渡されています。
「乗ってこい」
と甲板の天狗に招かれて、彼らは船に乗り込みました。宙船に乗るのは初めてだったので、もの珍しく周囲を見回してしまいます。
立派な木造船には広い甲板があって、大勢の妖怪たちが座ったり寝転がったりしていました。人間に似ている者もいれば、獣や鳥や魚などに似ている者もいます。人に似ている者も、目玉が大きかったり首がやたらと長かったりと、怪物のような姿です。
「みんなくたびれて休憩中だ。昼夜ぶっ通しで貝を作ったからな」
と天狗が言ったので、フルートは彼らへ丁寧に頭を下げました。
「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございました。本当に助かります」
すると、全身蛇のうろこにおおわれた男が、船べりに寄りかかった格好で応えました。
「こんぐらいの作業は、どっでこどねえ。朝飯前だぁ」
「実際には腹が減っがら、朝飯も昼飯も夕飯も食いながら作ったげんぢょな」
と隣から大きな鬼が言い、他の妖怪たちが、どっと笑います。
それを聞いてオリバンとセシルが話し合いました。
「河童(かっぱ)の話し方に似ているな」
「ああ。おかげで何を言われたのかだいたいわかる」
すると、天狗が言いました。
「彼らはヒムカシの北のほうに棲む妖怪だ。おまえたちの魔法軍団にいる河童と同じあたりの出身だからな」
「ワン、天狗さんは河童さんを以前からご存じだったんですか?」
とポチが尋ねると、天狗はちょっと笑いました。
「子どもの頃からよく知っている。人の世界に関わってはならんという掟(おきて)が守れなくて、ヒムカシを飛び出していったやんちゃものだ。まさかこんな場所で再会するとは思わなかったな」
河童も魔法軍団の一員としてこのハルマスに配置されていたのです。
へぇっ、とフルートたちは感心します。
天狗の案内で甲板から船室に降りると、そこにも大勢の妖怪がいました。やはり疲れて寝ている者が多かったのですが、彼らが入っていくと一匹が起き上がって近寄ってきました。大きなイタチのような姿をしていますが、脚は六本、尾は二本あって、金の毛並みから火花を散らしています。稲妻を操る雷獣でした。
「やっと来たな。俺たちの傑作を見てみろ」
とフルートたちに言います。
船室の床には赤い布が広げられて、その上に大きな貝がずらりと並んでいました。直径が三十センチもある大きな貝殻が、外側を下にして置かれていて、金色に塗られた貝の内側には極彩色の絵が描かれています。
「これが貝合わせの貝ってヤツかい?」
「えらく綺麗だな。しかもでけえ」
とメールとゼンが話し合っていると、セシルが驚いたように天狗を振り向きました。
「漁師が運んだ貝でこれを作ったのか? こんなに大きな貝殻はなかったと思ったが」
とたんに船室の妖怪たちが笑い出しました。猫のような目と耳の女が馬鹿にするように言います。
「質のいい貝を基礎に据えて、他の貝を合わせていったのに決まってるじゃにゃいのさ。そんなことも知らにゃいなんて無知だね」
「こら、化け猫。こいつらは人間なんだから、知らなくて当然なんだぞ」
と雷獣が猫女をたしなめますが、妖怪たちはくすくす笑い続けていました。人間たちの反応を楽しんでいるのです。
青の魔法使いと大司祭長は興味深そうに貝をのぞき込んでいました。
「なるほど、これが貝合わせの貝ですか。大層なものですな」
「絵の下に魔法が仕込まれていますね。非常に複雑で精巧だ。我々には見極められそうにない」
ルルはそれを聞いてポポロを振り向きました。
「あなたは? この貝の仕組みがわかる?」
ポポロは首を傾げました。
「全部はわからないわ。今はもう天空の国に残ってない古い魔法も使われているから……。ただ、反射の魔法と特定の方向へ飛ぶ魔法が入ってるのはわかるわ。これで魔法を反射させて、組になった貝へ飛ばすのね」
すると、天狗が並んでいた貝を二つ取り上げ、ひとつをイタチのような雷獣に投げて言いました。
「この貝は二つで一組だ。中に描いてあるのはヒムカシの風景や人物などだが、これに合う貝はすべての中でたったひとつしかない。見ていろ」
天狗がぎょろりと自分の貝をにらむと、空中に白い光の球が生まれて貝へ移動していきました。ふわふわ漂うような動きでしたが、貝の内側に触れた瞬間、光はどん、とものすごい勢いで飛んでいって、雷獣がくわえる貝へ飛び込みました。一瞬の出来事でした。
「ワン、それが対になった貝だったんですね」
とポチが目をぱちくりさせます──。
フルートは天狗に尋ねました。
「貝合わせの貝はいくつできたんでしょう? 何人がこれを使えますか?」
「前からあったものと合わせて、ちょうど七十組だ。百四十人使える」
「魔法部隊は全部で何人だ?」
とオリバンも大司祭長に尋ねました。
「ミコンの武僧軍団は全員参加するので四十五名、ロムド国の魔法軍団は一部が砦の守備に残って五十一名、そこに妖怪軍団が八十八名と私が加わって百八十五名です」
「魔法使いが百八十五名いるのに、貝は百四十個しかないのか。どうすればいいんだろう?」
とセシルは心配しましたが、フルートがなんでもなさそうに言いました。
「妖怪軍団の皆さんは自力でも光の魔法の受け渡しができるようだから、武僧軍団と魔法軍団で貝を使わせてもらえばいいんだ。そうすると貝が余るから、妖怪でも貝を使いたい人には使ってもらおう」
青の魔法使いはうなずきました。
「そして、闇の森を間に挟んで、ポポロ様の魔法を受け渡すというわけですな。いつ出発しますか? 我々魔法軍団は準備万端ですぞ。」
「武僧軍団もいつでも出撃できます」
と大司祭長が言うと、オリバンも言いました。
「ワルラ将軍たちからも連合部隊の準備が整ったと報告が入っている。我々もいつでも出撃できるぞ」
すると、天狗が言いました。
「わしらはあと一日休みをもらおうか。そうすれば魔力も回復するだろう」
船室のあちこちに寝転んだ妖怪たちが、そうそう、とうなずきます。
そんな一同を見まわして、フルートは言いました。
「作戦開始は早いほうがいい。だから、こうしよう──。オリバン、セシル、さっそく連合部隊を率いて闇の森へ出発してくれ。大部隊で堂々と進軍していって、敵がすぐに気づいて反撃するように仕向けるんだ。魔法部隊のほうは明日出発。で、天狗さんたちにお願いです。魔法部隊の全員をこの船に乗せてください。船で空を飛んで、一気に闇の森へ行きましょう」
天狗は、ふむ、と言いました。
「魔法部隊は百八十五名だったな。そのくらいは船一隻で運べるが、運んだ後はどうする? 船にも攻撃に加われというのか?」
「いえ。船が近づくと敵は絶対に反撃してきます。船を壊されるのを恐れて退却したように見せてほしいんです。その間に、魔法使いたちは闇の森の周りに降ります」
「なるほど。船も囮(おとり)にするわけか。だが、そうなると船を操舵する者を残さなくてはならんな。最低三名必要だから、その分、闇の森に降りる妖怪が減るぞ。魔法部隊は全部で百八十二名だな──なんとか探知網は作れるか」
すると、メールとルルが尋ねました。
「ねえさぁ、あたいたちは?」
「私たちは魔法部隊と一緒よね? やっぱり船に乗っていくの?」
「いや、ぼくたちはそれともまた別行動だ。ただ、魔法部隊の船と一緒に出発はするよ」
とフルートが言ったので、ゼンがにやりとしました。
「また何か考えてやがるな──。まあ、俺たちはおまえの作戦に乗っかるだけだからな。敵の本陣をぶっ潰せるように、うまいこと策を練ってくれよ」
「わかってる。まずは敵の本陣の発見だ。うまくやりとげよう」
フルートのことばに、一同は大きくうなずきました──。