「それで!? 魔法使いたちや各国の連合部隊が出撃していくときに、朕(ちん)たちには何をしろと言うのだ!?」
竜子帝がフルートやゼンの部屋で二人に迫っていました。
窓の外の空には夕暮れの雲がたなびいています。日中、竜子帝とユラサイの飛竜部隊は、ミコンの周囲で警戒に当たっていたのですが、日没が近づいたので砦に戻り、連合部隊が闇の森に出撃すると聞かされて、フルートたちのところへ飛んできたのです。自分たちに一言の相談もなく事が決まっていたので、竜子帝はかなり腹をたてていました。
「もちろんユラサイ軍を忘れていたわけじゃないよ。やってもらいたいことがあるんだ」
とフルートがなだめるように言うと、竜子帝は怒りながら胸を張りました。
「当然だ! 朕の下には三百頭の飛竜と四十名余りの術師がいるのだぞ! 朕が命じれば属国の軍隊も即座に動くから、一万五千の兵が出陣できる。それを利用しないのは愚の極みだ!」
「ごめん。実はユラサイ軍と属国軍にはハルマスに残ってもらいたいんだ」
とフルートが言ったので、竜子帝は目をむいて真っ赤になりました。一緒に来ていたリンメイも驚きます。
「敵の本陣で闇の軍勢と戦うんでしょう? 術師たちの術が有効なはずなのに、どうして留守番をさせるのよ?」
こちらも全然納得していません。
「いずれは術師にも出撃してもらうつもりだよ。でも、まずはハルマスにいてほしいんだ──。今回の作戦はハルマスの魔法使いのほとんどを動員してしまう。少しは後に残るけれど、それでは心配だから、留守を守っていてほしいんだよ」
「あなたたちが本陣を攻撃するのに、それでも敵がハルマスを攻めてくると思っているの?」
「慎重に過ぎるぞ、フルート!」
竜子帝はまだ怒っています。
一緒に話を聞いていたゼンが肩をすくめました。
「こいつはそういう奴なんだよ。いつも万が一を考えて慎重な作戦を立てるんだ」
「ワン、それでいて時々ものすごく大胆になるんですけどね」
ポチは援護ともまぜっかえしともつかないようなことを言います。
竜子帝とリンメイがまた反論を始めそうになったので、フルートは説得を続けました。
「本陣には闇王のイベンセがいる。きっと大がかりの戦闘になるから、こちらの戦闘力を一度には放出したくないんだ。まずは敵の本陣を見つけ出す。そして、相手の出方を見ながら、たたみかけるように攻撃を続けて撃破するんだ。ユラサイ軍と属国軍にはそのときに活躍してもらうよ」
「朕が指揮官なら、敵陣を発見した瞬間に総力で一斉攻撃して、相手に反撃の隙を与えないがな」
竜子帝は不満たらたらでしたが、総司令官はフルートなので、決定には従うしかありませんでした。出番が来たら必ず自分たちを呼ぶように、と念を押して、リンメイと部屋から引き上げていきました──。
「やれやれ、やっとあきらめたな」
「ワン、自分たちがのけ者にされたように思ったんですよ」
ゼンとポチが話し合っていると、フルートが言いました。
「本当に、忘れていたわけじゃないんだよ。ぼくたちが闇の森に出撃している間にハルマスが攻撃される可能性はあるんだ」
「ワン、ぼくたちがみんな闇の森に行ってるのに?」
とポチがリンメイと同じことを尋ねます。
「偵察に行ったグーリーが言っていたじゃないか。闇の兵士はポポロが戦闘に出ていることに気づかなくて、砦にかくまわれているんだと思っていたって。ぼくたちが闇の森に攻撃を仕掛けたら、その隙にハルマスに向かう敵がいるかもしれない」
「ポポロを奪おうとしてか」
とゼンはまた肩をすくめ、ポチも頭を傾げました。
「ワン、仲間にぼくたちと戦わせておいて、その隙に手柄を独り占めしようとする奴がいるかもしれない、ってことですね。闇の民ならありえそうだなぁ」
「だからハルマスも守るんだよ。ここには本当にたくさんの味方がいるんだから──」
そんなふうに話しながら、フルートは防具のすね当てと籠手(こて)を外していきました。自分のベッドの上に並べて置きます。
ゼンが尋ねました。
「どうした? まだ夕飯前だぞ。防具を脱ぐのは早いだろうが」
ハルマスに来てから、フルートは寝るとき以外はずっと装備をつけたままでいたのです。
「最近なんだか関節の部分がきしむような気がするんだ。錆(さび)でも出たのかと思ってさ」
とフルートはすね当てや籠手を手に取って眺めました。金色の地金を黒い縁取りが飾る美しい防具です。曇ることなく輝いていて、錆など少しも出ていません。
「そいつは魔金でメッキされてるんだから、絶対錆びたりしねえぞ。しばらく調整してなかったから、また少し歪んできたのかもしれねえな」
とゼンも籠手を手に取って眺めました。簡単な防具や武器なら自力で直してしまう器用なゼンですが、フルートの防具には数え切れないほどの魔法が組み込んであるので、さすがに手が出せませんでした。しばらく眺めてから元に戻して言います。
「前に籠手が歪んだときに、防御がほころんでひでえ目に遭ったんだ。早めにピランじっちゃんに見てもらったほうがいいな」
フルートの防具を作ったのは、ノームの鍛冶屋の長(おさ)のピランなのです。
「ワン、ピランさんならロムド城にいるんだから、ひとっ飛び行きましょうか?」
とポチが言いましたが、フルートは首を振りました。
「今回の作戦が終わってからにするよ。修理の途中で防具を返してもらおうとすると、ピランさんはすごく気を悪くするからな」
あぁ……とゼンとポチは納得しました。今までにもそんなことが何度もあったのです。
「おまえを守ってる大事な防具なんだ。必ずじっちゃんに見てもらえよ」
とゼンはフルートに念を押しました──。