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第28巻「闇の竜の戦い」

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第4章 光の探知網

11.光の探知網

 「そうか。グーリーがみごと敵の本陣の場所をつかんできたか」

 勇者の一行から報告を聞いて、オリバンは感心しました。ハルマスの作戦本部でのことです。

「砦の東に二匹の怪物が現れたと聞いたのだが、正体がわからなくてオリバンと悩んだんだ。グーリーが無事で本当に良かった」

 とセシルは安堵しています。

「闇の軍勢の本陣は闇の森にあるようです。ただ、森のどのあたりか、正確な位置まではわかりません」

 とフルートが言うと、司令室に集まっていた要人たちが話し出しました。

「なるほど、あの森なら闇が陣を張るには最適だ。木の葉を隠すなら森の中というわけですな」

 とシオン大隊長が言うと、ワルラ将軍も太い腕を組んでうなずきました。

「あの森には闇が濃くよどんでいますからな。闇の軍勢も、あの場所でならより力を得やすいのだろう。納得だが、やっかいな場所ですな」

 ミコンの大司祭長は思い出すような顔をしていました。

「二年前に先々代の大司祭長がデビルドラゴンに取り憑かれて魔王になったとき、彼は人々の目を欺くために、聖なる泉に飛び込むふりをして、泉から強烈な聖なる光を発生させました。その光はミコン山脈から麓の国々へ降り注いだので、闇の森でも相当数の怪物が焼き尽くされました。ただ、最近になって、かの森にまた闇の怪物が増え始めた、という報告が上がっていたのです。森が闇を復活させつつあるのかと思っていたのですが、どうやら闇王がそこに陣を張っていたせいだったようですね……」

 すると、ゼンとメールが言いました。

「グーリーの話によるとよ、本陣の周りは強力な闇魔法で守られてて、外からは陣営がまったく見えねえらしいんだ」

「前に天狗さんは魔法で敵の陣営を見つけられるって言ってたよね? それってできそうかい?」

 名指しされた天狗は、ふむ、と言いました。白い着物の袖の中で腕組みして、逆に聞き返してきます。

「その闇の森というのはどのくらいの大きさだ? わしはヒムカシから来たから見当がつかん。あまり広すぎると光の探知網はうまく働かんのだが」

「ワン、闇の森の大きさは、えぇと──」

 物知りの小犬が思い出そうとすると、それより早くワルラ将軍が言いました。

「闇の森はロムド国とエスタ国の間に横たわっていて、全長はおよそ百五十キロ。幅は一番広いところで四十キロほどですな」

「一番狭いあたりでも二十キロほどある。昔、勇者殿たちはこの闇の森を自力で抜けてきたが、我がエスタ国では絶対に通り抜けることができない悪魔の森として恐れられてきたのだ」

 とシオン大隊長も言いました。闇の森はロムドとエスタの国境の一部で、時々闇の怪物が這い出しては周辺の村や町に被害を出すので、両国の国王軍が常に警戒している場所だったのです。

 天狗は眉間に深いしわを寄せて、迫力のある顔をいっそう厳しくしました。

「広すぎるな。それほどの面積では、網がざるの目になってしまう。我々妖怪は八十八人しかいないからな」

「光の探知網という魔法は妖怪が行うんですね。妖怪だけにしかできないことなんですか?」

 とフルートは尋ねました。名前からして光の魔法のような気がしたのです。

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。まず光の探知網の仕組みから説明するか」

 と天狗は言うと、おもむろに懐(ふところ)から紙と筆を取り出しました──。

 

「闇の森は長さが三十八里足らず、幅は五里から十里ほどだったな」

 と天狗は距離をヒムカシの単位に置き替えながら、紙に筆で細長い楕円を描いていきました。天狗の筆は墨やインクをつけなくても、紙に走らせるだけで黒々とした線を描き出します。

 さらに楕円の左右へいくつも点を打ちながら、天狗は言いました。

「この楕円は闇の森、点は魔法の使い手だ。探知網の魔法を使うには、周囲に魔法の使い手を大勢配置しなくてはならん。そして、森を挟んでこんなふうに、一方から反対側へ光の魔法を発射するのだ」

 天狗は、左側の点から右側の点へ森を横切るまっすぐな線を描きました。何本もの線が森を横切ります。

 点をすべて結び終えると、次に天狗は森の上下へ点を打ち、森を挟んで向き合った点同士を上から下へ繋いでいきました。先ほどの線は森を横切っていますが、今度の線は森を縦に通っているので、縦の線と横の線で格子模様ができあがります。

 それが網の目のようだったので、オリバンは膝を打ちました。

「なるほど、だから光の探知網というのだな!」

「でも、これでどうやって敵の本陣を見つけ出せるのだろう?」

 セシルはまだ不思議そうです。

 天狗は結んだ点を左から右へ、さらに上から下へ指でなぞってみせました。

「魔法はこちらから発射されて、森を挟んで反対側のものがそれを受け止める。その魔法に攻撃や破壊の力はない。途中に森の木や獣がいたとしても通り抜けてしまうし、闇の怪物がいたとしても、それを倒すことはできない。だが、途中に闇の本陣のような巨大な闇が存在した場合、それが光の魔法を中和するので、このようになるのだ」

 天狗は縦横に走る魔法の網目の上に大きな黒い丸を描きました。さらに、ふっと息を吹きかけます。

 すると、黒い丸の先から線が消えました。左から右へ撃ち出された魔法も、上から下へ撃ち出された魔法も、黒い丸のところで止まってしまって、その先へは行かなくなってしまいます。

 そうか! とフルートは身を乗り出しました。

「いっせいに魔法を撃ち出したときに、それを受け止める人たちと受け止めない人たちが出てくる! 受け止められない人たちの位置から、森の中の本陣の場所が割り出せるんですね!」

「そういうことだ。だが、魔法を何里にも渡って飛ばすのだから、相当強力な使い手でなければこの魔法は実行できない。そもそもは天空の民が闇の竜の罠を発見するために編み出した魔法だ。天空の民に匹敵する魔力の持ち主でなければ、使うことができないのだ」

 一同は思わずポポロを振り向きました。天空の民はここにいます。しかも彼女はとびきり強力な魔力を持っているのです。

 

 ポポロはとまどいながら頬に両手を当てました。

「えっと……どれから話せば……。その魔法、あたしは聞いたことがあります。天空の国のリューラという人が、デビルドラゴンの誘いの罠を発見するために考え出した魔法なんです……」

 リューラ? と勇者の一行もとまどいました。かつて天空の国の魔法学校の副校長だった人物で、魔王となって彼らと激戦を繰り広げたのです。リューラは天空王になれなかったことを密かに恨んでいたので、そこにデビルドラゴンが取り憑いたのですが、本来は非常に優秀な光の魔法使いでした。

「覚えてるよ。天空の国を支配しようとした、とんでもないヤツだったよね。あんなヤツが考え出した魔法を使ったりして、大丈夫なのかい?」

 とメールが言うと、ポポロが答えました。

「どんな人が考え出したって、それが良い魔法なら良いものなのよ。実際、それでデビルドラゴンの罠を見つけて破壊することができたんだもの。ただ、天狗さんが言うとおり、地上の魔法使いには使うのが難しいと思うわ。たぶん、できるのは大司祭長さんと青さんくらいかしら……」

 それを聞いて、大司祭長は考え込みました。

「ミコンの武僧軍団は全員が光の魔法使いですが、フーガンほどの使い手となると、そうはおりません。私以外では、武僧長ぐらいでしょう」

 フーガンというのは青の魔法使いの本名です。

「ユラサイの術師は闇に強いぞ。連中は参加できねえのか?」

 とゼンが尋ねると、天狗は首を振りました。

「ユラサイとヒムカシは場所としては近いのだが、彼らの術とわしたちの魔法はまったくの別物だ。彼らにこの魔法は使えん」

「青さん並の魔力が必要なら、ロムドの魔法軍団も参加できる人はいなくなるわよ? できるのは同じ四大魔法使いの白さんや赤さんや深緑さんくらいだわ」

「ワン、赤さんも無理ですよ。赤さんが使うのは自然魔法のムヴアの術で、光の魔法とは別なんだから」

 とルルとポチも話し合います。

 オリバンは大きな溜息をつきました。

「となると、いったい何人がこの作戦に参加できるのだ?」

「ロムド城から白さんや深緑さんに来てもらっても、九十四人だな」

 とフルートが答えます。

 天狗がまた首を振りました。

「全然足りん。人数が少なければ、探知網の網の目が粗くなって、敵の陣営がひっかからなくなる。せめてその倍は必要だ」

「探知する場所をもっと狭くする方法もあるだろうけど……」

 とフルートは言って考え込みました。例えば闇の森を半分ずつ探知すれば、人数は少なくてすみますが、その分時間がかかって、作戦がうまくいかなくなるような気がしたのです。

「敵はこちらが偵察を出したことに気がついている。早く動き出さないと、向こうが先に動き出すことだろう」

「だからといって、不十分な体制で闇の森へ捜索に向かえば、敵陣を見つけられないだけでなく、反撃されて大変な被害をこうむりますぞ」

 ワルラ将軍とシオン大隊長も難しい顔で話し合っています。

「あたいがもう一度偵察に行こうか? あたいなら森の中も慣れてるしさ」

 とメールが言って、ゼンににらまれました。

「あれだけ広い森をひとりで調べきれるか、阿呆。しかも魔物がめちゃくちゃいるんだぞ。無理だ」

「ちょっと、阿呆ってなにさ! そんな言い方って──!」

 メールが怒ります。

 

 誰もが考え込んでしまった中、フルートもずっと考え続けていましたが、ふとポポロを振り向きました。彼女の表情を確かめながら切り出します。

「ねえ、ポポロ、こんなことはできるかな……? 魔法軍団や武僧軍団に君の魔力を分けて使ってもらうっていうのは」

 えっ? とポポロは目を見張りました。仲間たちも驚きます。

「そんなことして、何をしてもらおうってのさ?」

「魔法軍団や武僧軍団の魔力を増強しようっていうの?」

 フルートはうなずきました。

「探知の魔法を使う、その一瞬だけでいいんだ。そうすれば、強力な光の魔法を使える人数が倍増する。敵の本陣が探せるんだよ」

 フルートはそう言って、天狗が描いた光の探知網の絵を見つめました──。

2021年5月12日
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