フルートたちは砦から北に少し離れた森の中に降りて、グーリーを取り囲みました。
「おい、大丈夫か?」
「怪我はなかった?」
黒いグリフィンは羽根におおわれた胸を上下させて激しい息をしていましたが、心配する彼らを見まわして、グェン、と鳴きました。
すぐにポチが通訳します。
「ワン、大丈夫だそうです。怪我はしていないって」
よかった、と一行は安堵しました。
「弓矢はともかく、シン・ウェイの術を食らったら、グーリーでも危なかったもんね」
「トーマ王子が止めてくれたのよ。グーリーが味方だって気がついてくれたみたい」
とメールやポポロが言います。
フルートは手を伸ばしてグリフィンの大きな頭をなでました。
「危険な目に遭わせてしまってごめんよ。あの大蛇は闇王の怪物だったのか? グリフィンに追いつくくらい速い怪物なんて初めて見たよ」
グェグェン、とグーリーが答えて鳴き、ポチがまた通訳しました。
「ワン、速度はグーリーのほうが上だったけど、あの蛇は疲れることを知らないから、どこまでも追いかけてきたんだそうです。まくことができなくて、さすがのグーリーも追いつかれそうになったって」
「お疲れ。無事でよかったぜ」
とゼンもグーリーの背中をたたきます。
話すことをやめれば、砦の東のほうから大勢の話し声や物音が聞こえてきました。誰かが兵士たちに命じる声、せぇの、と息を合わせて何かをしているらしい声、ずしんという地響きも聞こえて来ます。
そちらを見てポポロが言いました。
「青さんと魔法軍団が大蛇を動かして処理しようとしてるわ」
「ものすごく大きいから大変ね」
とルルも言います。
怪物の処理は続いているようでしたが、そちらは魔法使いたちに任せることにして、勇者の一行はまたグーリーと話し始めました。
「で、どうだったのさ? 闇の軍勢の本陣は見つかったかい?」
とメールが単刀直入に尋ねると、グーリーは黒い胸を張りました。翼を大きく広げて、また鳴きます。
「ワン、敵の軍隊と一緒に陣営に入り込んだ。だから、脱出するときに怪物に追いかけられたんだって──それはそうですね」
一行は身を乗り出しました。
フルートが尋ねます。
「それはどこだ? 敵はどこに陣を張っていた?」
すると、グリフィンが説明を始めました。鳴きながら翼を広げたり閉じたり、首をねじって遠くを見るようなしぐさをしたりします。
どんなに一生懸命説明されても、フルートたちにはさっぱりわかりませんでしたが、ポチだけには理解できました。うんうん、とうなずきながら聞くと、仲間たちへ言います。
「ワン、闇の軍勢は深い森の中に陣を張っていたそうです。周りは闇の障壁に囲まれていたから、中から外は見えないし、外からも陣営は見えなかったって。そこを脱出して外に出たとたん、見つかって大蛇に追い回されたから、正確な位置と距離はわからなくなってしまったけれど、ここから東南東の方角なのは間違いないそうですよ」
「距離がわかんねえのか。どのへんだろうな?」
とゼンが腕組みすると、フルートが言いました。
「距離が具体的にわからなくても、ここから東南東にある深い森と言ったら、思い当たる場所があるじゃないか」
仲間たちは顔を見合わせました。地理を思い出しながら話し出します。
「えぇと、ここから東にはエスタ国があるよね……」
「エスタ国の南部は山岳地帯だから森がたくさんあるわよ」
「そこまで行かねえでも、ロムドとエスタの間にでかい森があるじゃねえか」
「闇の森ね。あたしがフルートやゼンと仲間になったとき、一番最初に越えた場所だわ。ここからなら東南東の方角よ」
フルートはうなずき返しました。
「闇の森というのは、二千年前の光と闇の戦いの戦場跡だ。天空の国の概論の本にそう書いてあった。闇の軍勢が特に激しく戦った場所だから、大地に闇魔法が染みついて、戦いの後も闇の怪物が多く棲みついた。以前は怪物が本当に多かったから、誰も通り抜けない恐怖の森だったし、今だってやっぱり闇の怪物は多い。闇の軍勢が陣営を張るには好都合だよな」
そして、フルートはまたグーリーに尋ねました。
「そこはジオラ将軍の部隊の陣営かな? それとも、闇王のイベンセもいる本陣だろうか? わかるかい?」
グーリーは考えるように少し首を傾げてから答えました。
「ワン、闇王がいるかどうか確かめることはできなかったけれど、たぶん本陣だと思うって。ジオラ将軍の他にも三人の将軍がいて、立派な天幕から出てきたんだそうです。天幕からは威圧するような闇の気配がしていたから、きっとそこに闇王がいたんだと思うって」
とポチが通訳します。
「でもよ、闇の森に敵の本陣が隠されてるとして、どうやってそれを見つける? あれだけでかい森となると、探し回るのも一苦労だぞ。相当な人手が必要にならぁ」
とゼンが言いました。猟師だけあって、森の中を探し回る大変さはよく知っていたのです。
すると、フルートが言いました。
「だから天狗さんたちに協力してもらうんだよ。光の探知網だったっけ? それで敵の陣営をあぶり出してもらうんだ」
なるほど、と一同は納得しました。その魔法を使うには、ある程度場所を限定しなくてはならないのです。闇の森の中とわかったのなら、なんとかなりそうな気がします。
そこで、フルートたちは作戦本部に戻ることにしました。
グーリーは光の魔法で防御された砦に入ることができないので、ここでお別れです。
「ロムド城まで気をつけて帰れよ。途中で見つかって、また味方に攻撃されねえようにな」
「ワン、城に戻るときにはまた鷹(たか)になってくださいね」
「キースとアリアンによろしく言っとくれね」
「ゾとヨにもね。闇王に用心しなさいって」
別れを惜しむ一行に、グェン、とグーリーが応えます。
フルートはまた腕をいっぱいに伸ばして、グーリーの首を抱きました。
「本当にどうもありがとう。きっと敵の本陣を見つけて撃退するから。君たちはロムド城のほうを頼むよ」
グェェン!
ひときわ張り切った声でグーリーが答えました。任せてくれ、と言ったのです。
ロムド城の方角へ飛び去るグーリーを、勇者の一行は空から見送りました。高速のグリフィンです。あっという間に見えなくなっていきます。
振り向けば、砦の東の森では魔法軍団が大蛇の始末の最中でした。闇の怪物は、そのままにしておくと、復活したり新たな闇の怪物を呼び寄せたりするので、放置できないのです。巨大な体を丸太のように切って、光の魔法で消滅させています。
フルートは仲間たちに言いました。
「さあ、作戦本部に行こう。天狗さんやオリバンたちと相談だ」
よし! と全員は答えると、防壁を飛び越えて砦に戻っていきました──。