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第28巻「闇の竜の戦い」

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6.四天王

 魔法で開いた入り口をいくつもくぐり抜けて、ジオラ将軍は本陣にたどり着きました。闇の軍勢が戦いに備えて駐屯している宿営地です。

「開けろ! わしだ!」

 と大声で呼びかけて、周囲に張り巡らした障壁に入り口を開けさせます。

 将軍が水牛の杖をつきながら本陣に入っていくと、いつのまにか彼は大きな天幕の中を歩いていました。人間の家ほどの大きさがあって、布でできた屋根も壁も厚く、豪華な彩色と刺繍(ししゅう)が施されています。

 彼は驚いて足を止め、天幕の奥に座る人物を見つめました。長い黒髪の美女で、頭の両脇にねじれた大きな角があり、大きな黒い翼でマントのように自分の体を包んでいます。闇王のイベンセでした。将軍は魔法で彼女の天幕に引き入れられたのです。

 

 イベンセの背後に三人の将軍が立っていたので、ジオラ将軍は密かに舌打ちしました。黒い翼と六本の腕を持つ彼らは、ジオラ将軍と共に「闇王の四天王」と呼ばれていますが、決して友好的な関係ではありません。彼の敗退を見て、三人が黙っているはずがなかったのです。

 けれども、彼はまず王に報告をしなくてはなりませんでした。半身が不自由なので倒れるようにひざまずき、王へ頭を下げて話し出します。

「報告申し上げます……。我が軍は敵の砦を攻撃し、バロメッツの羊で甚大な被害を与えて、今少しというところまで攻めたのですが、敵は未知の魔法で反撃してまいりました。我々がどれほど強力な魔法をつかっても、まったく防御することができないのです。わしも半身に攻撃を受けましたが、人間のしわざというのに怪我がいっこうに治りません。これは早く王にお知らせするべきと判断して、いったん本陣に戻ってまいりました──」

 すると、将軍のひとりが意地悪く口を挟みました。

「報告に戻ったなどと耳障りが良いことを言うものだな。敵の反撃に尻尾を巻いて逃げてきた、と正直に言えば良いものを」

「ググルグ将軍はあっけなくやられてしまったが、ジオラ将軍もそれに次ぐ短さだったな。情けない」

 と別の将軍も嘲ってきます。

 ジオラ将軍は、かっと顔を上げました。

「わしは敵に負けたわけではない! 未知の魔法の危険をお知らせするために帰投したのだ! 貴殿たちこそ敵を甘く見てかかると痛い目に遭うぞ!」

「貴殿のようにか? ジオラ将軍」

 と三人目の将軍も嘲笑いました。

 ジオラ将軍は怒りのあまり青ざめましたが、彼が攻撃を食らって半身不随になっているのは事実だったので、反論することができませんでした。

 それを見て三人の将軍は、ふん、と笑います。

 

 すると、闇王のイベンセが口を開きました。

「敵が使ってきたのは、ユラサイ国に伝わる中庸の術だ。闇や光の魔法とは異なる体系で発動する魔法だから、闇の魔法で防ぐことはできない。二千年前の大戦争でも敵が使ってきた第三の魔法だ」

 イベンセは非常に美しい女性でしたが、厳しく冷ややかな声をしていました。部下たちを見る目にも温かみがありません。

 将軍のひとりが応えて言いました。

「この世界に体系が異なる魔法は数多くありますが、いずれの魔法も我々の闇魔法ほど強力ではありません。我々の魔法に対抗できるのは光の魔法のみ。それなのに第三の魔法に敗れるとは、油断以外の何ものでもないでしょう」

「それは違う! わしは油断などしていなかった!」

 とジオラ将軍は言い返しましたが、仲間の将軍たちは声を上げて笑いました。

 別の将軍がイベンセに言います。

「王よ、今度は私に行かせてください。敵の砦を見事撃破して、あなたが欲しがっている人間を生け捕ってまいりましょう」

「それはわしが王から承った任務だ!」

 とジオラ将軍はまた言い返し、イベンセへ必死に訴えました。

「王よ、お願いです! この得体の知れない魔法をわしから消してください! 次こそ必ず敵陣を壊滅させて、あなたのご希望に添ってみせます!」

 イベンセの赤い目がいっそう冷ややかに光りました。ジオラ将軍だけでなく、他の将軍たちにもまとめて言い渡します。

「備えもなく攻めれば今回の二の舞だ。他の将軍もそれは同様。同じ轍(てつ)を踏むことは許さぬ」

 その声には将軍たちをひやりとさせる響きがありました。全員が思わず黙り込むと、イベンセは話し続けました。

「ジオラ将軍に今一度出陣を命じる。今度こそ敵の砦を破壊して金の石の勇者を倒し、ポポロという娘を捕まえてこい。必ずだ」

 念を押した陰に、二度目はないぞ、という宣告がありました。承知して頭を下げたジオラ将軍へ手を向けます。

 すると、将軍の体に突き刺さっていた魔法が消えました。麻痺して動かなかった三本の腕と片足がまた動くようになります。

 

 ほっとしているジオラ将軍へ、イベンセはまた言いました。

「闇王の私には中庸の術を打ち破ることができる。だが、おまえたちでは不可能だ。発想を変えろ。魔法で防ぐことができないなら、他のもので防げばよかろう」

 ジオラ将軍は驚いたように考え込み、すぐにうやうやしく王へ頭を下げました。

「ありがとうございます。軍が整い次第、再び出陣いたします」

 イベンセは黙って立ち上がりました。うなずくことさえしません。部下が自分の命令に従うのは当然のことなので、承認する必要もなかったのです。

 マントのような大きな翼を開くと、その下から赤と黒のロングドレスが現れました。ここは戦場ですし、彼女は最高司令官なのですが、装備は身につけていません。大きく開いた襟元から豊かな胸がのぞき、裾の深いスリットからはなまめかしいほど白い脚がのぞいています。彼女は絶世の美女ですが、スタイルも抜群だったので、将軍たちは全員思わず生唾を呑みます。

 そんな彼らを残して、イベンセは歩き出しました。天幕の出口ではなく、何もない奥のほうへ向かっていくので、将軍のひとりが声をかけます。

「王よ、どちらへおいでです?」

「主(あるじ)の元へ行ってくる。私が戻るまで任せた」

 これはジオラ将軍以外の三人への命令でした。三将軍が、ははっと頭を下げます。

 イベンセの行く先にいきなり魔法陣が現れて広がりました。呪文の詠唱なしで入り口を開いたのです。美しい姿がその中に消えて行きます。

「主の元か」

 と将軍のひとりがつぶやきました。またか、という響きがあります。

 他の将軍たちもなんとなく面白くなさそうな顔をしていましたが、ジオラ将軍が準備のために天幕を出ようとしたので、また嘲笑う調子に戻りました。

「今度こそ、貴殿からの勝利の知らせを待っているぞ」

「中庸の術とやらに心の臓を貫かれないようにな」

「同じ失敗はせん」

 とジオラ将軍はぶっきらぼうに答えると、靴音荒く天幕を出て行きました。

 仲間の笑い声が彼を見送ります。

 

 ジオラ将軍は不機嫌なまま自分の陣営へ戻っていきました。

 彼ら四天王は協力する仲間ではなく、相手を蹴落とし出し抜くライバル同士です。軍の最高の地位まで上り詰めた彼らが次に望んでいるのは、イベンセと椅子を並べて座ること、つまり彼女の婿(むこ)になることです。闇王の伴侶となり、彼女と共に闇の国の頂点に君臨する──。どの将軍も腹の内でそれをもくろんでいるので、仲間の将軍だけでなく、彼女が足しげく通う「主」のことまで疎ましく思うのです。

「王の隣に座るのは、このわしだ」

 とジオラ将軍はつぶやきました。とたんに仲間たちから馬鹿にされたことを思い出して、いっそう不機嫌になります。

 そのとき、視界の端を何かが駆け抜けました。横目で追うと、一匹のゴブリンがゴミ捨て場でキーキー怒っていました。すぐにしゃがみ込んでゴミをかじり始めます。ゴブリンは餌を食うのに夢中で、将軍の彼ににらまれても逃げません。

「ゴミ食らいが」

 将軍が言ったとたん、ゴブリンの体が高く舞い上がりました。魔法の直撃を食らったのです。腹を撃ち抜かれ、血をまき散らしながらゴミ捨て場に落ちていきます。

 ジオラ将軍はそのまま立ち去りました。ゴブリンを殺したことさえ、次の瞬間には忘れてしまいます。そのくらい、ゴブリンは取るに足りないちっぽけな怪物だったのです。

 

 すると、静かになったゴミ捨て場に、からりと小さな音が響きました。ゴミの山の陰です。そこにはヨに化けたグーリーがいました。ゴミの陰にうずくまって、ぶるぶる震えています。

 退却する軍勢と一緒に本陣までやって来たグーリーは、闇王の天幕の近くで様子をうかがっていました。あまり近づくと気づかれるので距離を置いていたのですが、そこへジオラ将軍がやってきたので、あわててゴミの山に逃げ込んだのです。ところがそこには先客のゴブリンがいて、彼を餌場から追い出しました。グーリーがさらに逃げてゴミの山の陰に隠れたとき、いきなり将軍の魔法が先客のゴブリンを撃ち抜きました。もしまだ表側にいたら、彼も撃ち殺されたかもしれません。

「ヨ──ヨヨ──」

 グーリーは震えながらつぶやきました。泣いているような声しか出せません。今度は自分が攻撃されるかもしれない、と考えて怯えていましたが、結局ジオラ将軍は戻ってきませんでした。他の将軍たちも天幕を出て、どこかへ行ってしまいます。

 グーリーはそろそろとゴミの山の後ろから這い出すと、周囲を見回しました。草の生えた地面が広がっているので屋外のようなのですが、本陣の周囲を障壁が包んでいるので、外の景色は見えませんでした。自分がどこにいるのかわかりません。

「ヨォォ──」

 大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると、グーリーは外に出られる場所を探して、本陣の中を移動し始めました。

2021年4月23日
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