そして今、ハルマスの砦には闇の軍勢が押し寄せ、フルートたちはバロメッツと戦っていました。ついにまた敵が攻撃を仕掛けてきたのです。
闇王の軍勢は、ジブ、トア、ドルガを合わせても一万程度でした。ハルマスにはすでに三万を越す同盟軍が集結していたし、魔法使いも大勢いるので、戦闘は同盟側が有利に見えましたが、彼らは砦の外に打って出ませんでした。とにかく敵を撃退してハルマスには一歩も入れないこと──それが総司令官であるフルートの命令だったからです。
敵が北から攻めてきたので、武僧軍団や魔法軍団の魔法使いたちは北の防壁に立って敵の攻撃を防いでいました。武僧軍団は主に砦を守り、魔法軍団は敵へ攻撃魔法を繰り出します。ハルマスに侵入することができなくて、敵は立ち往生していました。そこに攻撃魔法を食らって、少しずつ数が減り始めます。
この調子で押していけば敵を追い返せる! と誰もが思い始めたとき、敵の中からいきなり植物の怪物が現れて暴れ出しました。バロメッツです。長い蔓で防壁を攻撃しようとしたので、フルートたちが応戦に飛び出しました。すると、バロメッツに蕾が伸びて大きな黒い羊が実り、破壊の鳴き声で彼らを攻撃してきたのです──。
「みんな、早くこっちに来るんだ!」
フルートは大声で呼びました。ゼンやメールたちのすぐ横にはハルマスの防壁がありました。ゼンたちを狙った鳴き声が直撃したら、防壁を破壊されるかもしれません。
ゼンを乗せたルルと、メールとポポロを乗せた花鳥は、すぐにフルートとポチのところへやって来ました。口々に言います。
「危ないわよ、あれ! 直撃されたら、私やポチも消滅しちゃうかもしれないわ!」
「あんなヤツ、昔もいたよね! なんだったっけ?」
「キマイラだ! 山羊の頭がやっぱり破壊の鳴き声を繰り出してきやがったよな! 奴の親戚か!?」
「こっちを狙っている。頭が向いたら散開するぞ」
とフルートが言ったとたん、本当に羊の頭がこちらを振り向きました。口を開けて大声で鳴きます。
ベエェェェェェ……!!!!
素早く離れた一行の間を、見えない衝撃波が貫いていきました。その先で集団になっていた敵を吹き飛ばして、一瞬でばらばらにしてしまいます。
勇者の一行は思わず顔をしかめました。
「ったく。味方でもおかまいなしかよ」
「闇の怪物ですもの。そんなの気にするわけないわよ」
ゼンとルルが話し合います。
メールは心配そうに地上を見下ろしていました。
「どこかにグーリーがいるはずだよね。大丈夫だろうね?」
グーリーは、敵の退却が始まったら後をつけるために、変身して砦の外に身を潜めているのです。
ポポロは懸命にフルートを呼んでいました。
「お願いよ、あたしにやらせて! あの声は本当に危険よ! 味方に被害が出る前に止めなくちゃ……!」
フルートは唇をかんで考えていました。ポポロは一日に二回、強力な光の魔法を使うことができます。けれども、彼女はセイロスや闇王のイベンセから狙われていました。魔法を使い切ったところを襲われる可能性があったので、話し合って、一日に一回しか使わないことにしていたのです。
ポポロの魔法は彼らの切り札です。たった一度の魔法をどのタイミングで使うか。さすがのフルートも迷い悩んでしまうのでした──。
すると、ポチが言いました。
「ワン、バロメッツは植物なんですよね? それなら茎を切ってしまったらどうだろう? ルル、ポポロ、茎から切り離したら羊はどうなります?」
一瞬考えるような間があってから、少女たちは答えました。
「羊は死ぬわ」
「正確には枯れるの。そうしたら毛を収穫するのよ。少なくとも、天空の国のバロメッツはそう……」
「よし、やってみよう!」
とフルートは即座に言いました。
「ルル、あの茎を切ってくれ。ゼン、捕まるなよ」
「んなドジな真似、誰がするか」
言い返したゼンを乗せて、ルルは突撃を始めました。唸りを上げてバロメッツへ迫ります。
ベェェェェ!!!!
羊がルルめがけて鳴きましたが、ルルはそれを見切ってかわしました。羊に接近していきます。
すると、今度は羊ではなく太い蔓が動き出しました。ルルとゼンを捉えようと、何本もの蔓が飛んできます。
「へっ、まとまってくれてありがとよ!」
ゼンは笑って光の矢を放ちました。蔓が集中した真ん中に矢が命中すると、強い光が広がって蔓をまとめて消し去ります。
ルルはその隙間をくぐって先へ飛びました。バロメッツの羊の真下まで行くと、羊を支えている太い茎めがけて身をひるがえします。
ルルの体が作る風の刃が、立木ほどもある茎をすっぱり切りました。上に乗った羊の重みで、切り口が斜めにずれて、羊もろとも地上へ落ちていきます。
メェェ、メェェェ……!!!
羊は鳴きながら地上に激突して、逃げ遅れた闇の軍勢を押し潰しました。四本の脚を空に向けて、じたばたとあがきます。その腹には、へその緒のように茎の一部がついていました。みるみる茎が茶色く枯れていきます──。
ところが、羊はもがくのをやめませんでした。自力で横倒しの格好になると、弾みをつけて勢いよく立ち上がります。
勇者の一行は驚きました。
「羊が死なないよ!?」
「闇のバロメッツは切られても枯れないの……!?」
黒い羊は怒り狂っていました。空に浮いているルルとゼンを見据えると、また大きな口を開けます。
ベェェェェ!!!!
ルルはとっさにかわそうとしましたが、長い尾に鳴き声を食らってしまいました。白い風の尾がちぎれて、ばっと青い霧が飛び散ります。
「キャゥン!」
ルルは飛べなくなって、ゼンと墜落を始めました。たちまち風の犬から元の雌犬に戻ってしまいます。地上では闇の軍勢が待ち構えていました。落ちてきたゼンとルルを串刺しにしようと、いっせいに武器を掲げます。
そこへ白い花鳥が飛んできました。防御力が強い白い花で敵の攻撃を防ぎながら、背中にゼンとルルを受け止めます。
「ルル、大丈夫!?」
「ゼンも! 怪我なかったかい!?」
ポポロやメールに聞かれて、ゼンは跳ね起き、ルルの傷を確かめました。
「大丈夫、ルルは脚をやられただけだ。これならフルートの金の石ですぐ治らぁ」
ゼン自身に怪我はありません。
けれども、フルートは空中でひとりの闇の民と向き合っていました。軍勢の中から飛び上がってきたのです。その男は他の闇の民よりふたまわりも大きな体をしていて、ねじれた二本の角とコウモリのような翼があり、立派な防具を身につけていました。太い腕はドルガよりさらに多くて、左右に三本ずつ、計六本もあります。軍団の中で闇王の次に地位が高い将軍でした。今戦っている軍勢の司令官です。
「貴様が金の石の勇者か。話に聞いていた以上に青二才だな」
と将軍が言ったので、フルートは言い返しました。
「闇の兵士はみんな将軍を理想にしているようだけれど、案外将軍もたくさんいるもんだな。将軍になるのはたいして難しくないってことか」
将軍はフルートを馬鹿にしましたが、フルートもわざと相手を馬鹿にするような言い方をしました。闇の将軍が強力なことは、これまでの戦いで知っていたので、自分のほうへ惹きつけて、砦に向かわせないようにしようと思ったのです。
けれども、残念ながら将軍は挑発に乗ってくれませんでした。
「わしを怒らせて貴様に執着させる作戦か? 見えすいているぞ、若造」
話す声も冷静です。
フルートは素早く考えてまた言いました。
「なるほど、前回の将軍とはちょっと違うようだな。あの将軍はもっと単純だった気がするもの。えぇと、あの人はなんと言ったっけ──」
「ググルグだ。だが、そんな名前は覚える必要はない。あぶれた地位に必死でかじりついてきただけの、名ばかりの将軍だ。貴様らにあっという間にやられてそれっきりだからな。役にも立たん」
今度はフルートの誘導がうまくはまりました。この将軍はプライドが高くて、他の仲間を常に見下しているようだ、とフルートは判断しました。その陰には将軍同士の地位争いがあるのかもしれません……。
フルートは誘導と挑発を織り交ぜながら話し続けました。
「あなたの名前は、将軍? それとも、あなたも名前を覚える必要がない、あぶれ将軍なのか?」
とたんに、どん、とフルートの横を魔法の弾がかすめていきました。将軍が細い筒のようなものを向けて撃ち出したのです。
冷ややかにフルートをにらみつけて、将軍は言いました。
「わしはジオラ。闇王四天王と呼ばれる将軍の中で、もっとも力がある将軍だ。よく覚えておけ」
それを聞いて、ポチは心の中で、へぇ、と感心しました。フルートは相手のプライドを利用して、闇王のイベンセに四人の将軍がいることを聞き出してしまったのです。
ただ、それもここまででした。将軍はバロメッツの羊を振り向くと、ハルマスの砦を指さしました。
「行け。あの防壁を突き破るんだ」
羊はすぐに砦へ駆け出しました。バロメッツはこのジオラ将軍の命令に従っていたのです。
羊が弾丸のように走って行くのを見て、フルートは先回りしようとしました。防壁を突き崩されれば、そこからまた敵がハルマスに侵入してしまいます。防がなくてはなりません。
ところが、背後から剣に切りつけられました。フルートはとっさに剣を抜いて受け止めましたが、その横腹に別の剣が飛んで来ました。ジオラ将軍は六本腕のそれぞれに武器を握っていたのです。
とたんに金の石が光ってフルートを包みました。将軍の剣が二本とも消滅し、将軍自身も大きく飛び退きます。フルートの反撃に備えて、残り四つの武器を構えます。
けれども、フルートは将軍に背を向けました。バロメッツの羊は砦に迫っています。防壁の上には光の魔法を流した柵が巡らされていますが、その土台は土を積んで固めただけの土塁です。そこを直撃されれば、防壁が崩れてしまうのです。
「羊を止めるんだ!」
とフルートはポチと砦へ飛びました──。