時はさかのぼって、フルートたちがバロメッツと激戦を繰り広げる二日前──
ロムド国の南東部、リーリス湖の畔(ほとり)に築かれたハルマスの砦で、彼らは作戦会議を開いていました。
ハルマスが闇の軍勢に襲撃され、激戦の末に敵を撃退したのは、三週間前のことでした。ユラサイ、エスタ、テトといった同盟の国々だけでなく、東の彼方にある島国ヒムカシや、神の都と呼ばれている宗教都市ミコンなどからも、大勢の味方がハルマスに駆けつけてきたのです。
戦闘の後、ハルマスにはさらに多くの援軍が到着していました。ロムドの西隣のザカラス国からは勇猛なことで有名なザカラス正規軍が、南西にあるメイ国や南東のテト国からは女王の直属軍が、ユラサイ国の周辺からも異国風の武装をした属国軍が、続々と到着しています。そこで、それぞれの部隊の司令官に当たる人物が、作戦本部に招集されたのです。
「しっかし、よくこれだけ味方が集まったよな。兵隊は全員ハルマスに入れたのか?」
作戦本部の司令室に三十名近い司令官がいるのを見て、ゼンは言いました。司令室は決して狭くはないのですが、さすがにそれだけの人数が座れる椅子もテーブルもなかったので、全員が立ったままで参加していました。老若男女、年齢も性別もばらばらで、中には怪物のような姿をした者もいます──。
「ハルマスの建設に当たった者たちをディーラに戻したから、宿舎には余裕があるんだ。希望する部隊には野営も許可したから、援軍の収容に問題はない」
と言ったのはセシルでした。白い鎧に長い金髪、男ことばが板についた男装の麗人です。未来のロムド皇太子妃の彼女はメイ国の王女で、ナージャの女騎士団と呼ばれるメイ軍の部隊の隊長でした。
「この後も各国の領主軍が到着する予定だが、とりあえず主だった者は集まった。敵が姿をくらましてすでに三週間だ。正式に作戦会議を開く時期になっている」
と重々しく言ったのは、ロムド皇太子のオリバンでした。精悍な顔つきの美丈夫で、大柄な体をくすんだ銀の防具で包んで堂々と立っています。一見すると彼がこの司令室の最高司令官のようですが、国も種族もさまざまな同盟軍の総司令官は、彼ではありませんでした。
司令室には、オリバン以外にも風格のある人物が集まっていました。ロムド軍の最高責任者の老将ワルラ将軍、エスタ国の正規軍を束ねるシオン近衛大隊長、神の都ミコンで魔法使いの頂点に君臨している大司祭長。赤ら顔に長く高い鼻の天狗(てんぐ)は、ヒムカシの国から宙船(そらふね)でやってきた妖怪と武士たちの大将です。他にもユラサイ国の皇帝、ザカラス国の皇太子、メイ国の皇太子と、そうそうたる顔ぶれが揃っていますが、彼らも総司令官ではありませんでした。
同盟軍の総司令官はフルートでした。少し癖のある金髪に優しい顔立ちの、金の石の勇者と呼ばれる少年です。金と黒の防具に身を包み、首から金のペンダントをさげています──。
フルートは司令室の人々を見渡しました。
「今オリバンも言ったとおり、闇の軍勢がハルマスから撤退して三週間が過ぎました。敵の総司令官は闇の国の王のイベンセ、そして、その背後にあのセイロスがいます。奴らは絶対に世界征服をあきらめないし、あの程度の戦闘でまいったりもしません。敵は必ずまたここへ攻めてきます。その前に手を打たなくちゃいけないんです」
話す口調も顔に劣らず優しく丁寧なフルートでしたが、司令室の一同は黙って耳を傾けていました。
後を引き継ぐようにメールが言いました。
「もちろん、あたいたちだって何もしないでいたわけじゃないよ。敵がどこに逃げたのか確かめたくて、砦の周辺を空や地上から徹底的に調べて回ったんだけどさ、どうしても見つかんなかったんだよ」
こんな話し方をしますが、メールは西の大海を治める渦王(うずおう)と森の姫を両親に持つ王女でした。気の強そうな顔をしていますが、びっくりするほど美人で、瞳は海原の色、後ろでひとつに束ねた髪は夏の梢の色をしています。
ポチとルルの二匹の犬も口々に報告しました。
「ワン、ぼくたちは退却した敵の匂いをたどったんです。匂いはハルマスから東へ移動していたんですが、あるところでぷっつりとだえて消えてしまいました」
「敵は闇の民だから、魔法で地中に潜ったんだと思うわ。どこかに潜んでいるとは思うんだけど、まだ見つからないのよ」
ポチは全身真っ白な雄の小犬、ルルは長い茶色の毛並みの雌犬です。どちらも人のことばを話すことができるし、首に巻いた首輪の魔力で風の犬に変身することができます。
「待ってりゃ連中はまたここを攻めてくると思うけどよ、ただ待ってるだけってぇのも面白くねえんだよな。連中を見つけ出すうまい方法か、攻めてきた連中を罠にはめる方法があればいいんだけどよ」
とゼンが言いました。焦げ茶色の髪に茶色の瞳。見た目は人間のようですが、背が低くてがっしりしているのは、ドワーフの父と人間の母の間に生まれているからです。北の峰の猟師だというところも、鍛冶(かじ)の民のドワーフにしては変わっています。
「だが、敵は本当にまたこのハルマスを攻めてくるのだろうか? 敵の真の狙いは、ロムド国王がいるディーラの都ではないのか?」
と口を挟んできたのは、ユラサイ属国軍の司令官のひとりでした。ユラサイの皇帝の召集で参戦したのですが、同盟軍に加わるのは初めてのことだったので、どうしても疑うような口調になっていました。それも無理はありません。同盟軍の総司令官のフルートも、金の石の勇者の一行と呼ばれる仲間たちも、まだ十六、七歳の少年少女なのです。
けれども、それはよくあることでした。フルートは腹を立てることもなく、穏やかに答えました。
「敵がディーラを攻撃する可能性はあります。でも、敵がこちらを差し置いて他の場所を攻撃したら、それは陽動です。こちらにはぼくとポポロがいるからです」
それを聞いて司令官たちはいっせいにポポロを見ました。メールよりずっと背が低い小柄な少女で、鮮やかな赤い髪をお下げに結っています。仲間たちは大勢の中でも堂々と話をしていますが、彼女だけは気後れしたように、フルートの後ろで話を聞いていました。今も、全員からいっせいに視線を浴びると、フルートの背中に半分隠れてしまいます──。
属国軍の司令官は頭を振りました。
「その娘さんが敵の大将の愛人とか噂されたんだな? いや、気を悪くしたら申し訳ない。とんでもないデマだと言いたいだけだ。敵ももうちょっと信憑性(しんぴょうせい)がある偽情報を流せば良かっただろうに」
この一件の真相を知る人々は顔を見合わせてしまいました。何も知らない司令官にどう説明したものだろう、と誰もが思ったのです。
ポポロはフルートの後ろで目をうるませていました。そんな彼女は、闇の竜の力の一部を内に持つ、世界屈指の魔法使いなのですが、そんなふうにはとても見えません。属国軍の司令官もただの引っ込み思案な女の子だと考えています。
フルートは静かに話し続けました。
「どんなふうに見えたとしても、敵の狙いはポポロだし、金の石の勇者のこのぼくです。ぼくたちがいる限り、セイロスは世界征服の野望を遂げられないからです。だから、敵はまたこのハルマスを攻めてきます。そのためにどうしたらいいか、それを話し合いたいんです」
「私も武僧軍団に敵の行方を捜索させました」
と話し出したのはミコンの大司祭長でした。短い赤い髪に白い長衣、神の象徴と細い銀の肩掛けを身につけた中年の男性です。
「ご存じのとおり、我々は光の魔法使いですから、闇の気配には人一倍敏感なのですが、全員総出で捜索しても、やはり敵の居場所を突き止めることはできませんでした。勇者殿たちが言われたとおり、ある場所で地中へ気配が消えて、その先はどうしても追えなかったのです」
それを聞いてワルラ将軍はうなずきました。
「敵の総司令官は闇の国の王だ。闇の国まで退却して体制を整えているのかもしれない。そうであるとしたら、こちらからはなかなか手出しできませんな」
濃紺の防具を身につけた老将軍は、ロムド国王の傍らで国を守ってきた百戦錬磨の名将です。髪やひげは白くなっていますが、まだまだ衰えは見えません。
「闇の国は地下深い場所にあると聞きます。敵の本拠地はそこだとしても、地上まで行軍するには時間がかかるでしょうから、必ずもっと近い場所に陣を張っているはずです。敵が攻撃してくる前に、そこをたたきたいものです」
と言ったのは、エスタ国のシオン近衛大隊長でした。ワルラ将軍よりは若いのですが、こちらも経験豊富な司令官です。
「だが、その敵陣も地面の下にあるのであろう? 地上の我々にはどうやっても見つけられない。やはりお手上げではないか」
少し尊大に聞こえる口調で言ったのは、ユラサイ国の竜子帝でした。大陸の東の大国を治める偉大な皇帝ですが、まだ歳は若くて、フルートたちより少し年上なだけです。隣には婚約者のリンメイやお抱え術師のラクも控えています。
すると、天狗がおもむろに口を開きました。
「闇の民は地下の国に棲んでいるが、大地の子のドワーフやノームとは違って、実際に地中に住めるわけではない。地下深くに結界を作って、その中に地上と同じような国を築いて暮らしているんだ。地上に出るために地下を通過することはあっても、長期間地下に潜むことはないはずだ。敵の本陣は地上にあって、魔法で隠しているんだろう」
赤ら顔に高い鼻、ぎょろりとした目の天狗は、見るからに恐ろしそうな姿をしていますが、実際には強力な光の魔法を使うエルフの末裔(まつえい)でした。人間の世界に極力関わらないようにひっそり暮らすうちに、人間たちの畏怖の念を浴びて怪物のような姿に変わり、妖怪と呼ばれるようになったのです。東の果てのヒムカシには、そんな妖怪たちが大勢暮らしていました。そして、古い契約に基づいて、フルートたち光の同盟軍を助けに駆けつけてくれたのです。
「敵の魔力は我々ミコンの魔法使いを上回っているということですね。残念なことですが」
と大司祭長は言いました。本当に残念そうな顔をしています。
「どうにかして敵の本陣を見つけ出す方法はないのか? 敵が攻めてくるのを手をこまねいて待っているようでは、敵に勝つことはできんぞ」
とオリバンも言いました。ロムド皇太子の彼はまだ二十一歳の若さですが、堂々とした言動に、すでに国王のような風格を漂わせています。
天狗がまた言いました。
「方法がないわけじゃない。光の探知網という魔法を使えば、闇魔法で隠されている場所もあぶり出せる。──が、あまり広い場所ではうまくいかん。ある程度場所を絞り込まないことにはな」
一同は考え込んでしまいました。敵の居場所を見つけるには、敵がいそうな場所を特定しなくてはならないのですが、それが難しいから頭を悩ませているのです。
すると、黙って考え込んでいたフルートが言いました。
「やっぱり敵が攻めてくるのを待つしかないな。ハルマスに攻めてきたところを撃退して、退却していく先をつきとめるんだ」
「でも、きっとまた行方をくらますわよ。転移を繰り返されたら、私たちには後を追えないもの」
とルルが言いました。光の魔法の陣営にいるものの宿命です。
けれども、フルートは首を振りました。
「ぼくたちには強い味方がいるじゃないか。闇に強い味方がさ」
フルートが示したのが王都ディーラの方角だったので、いったい誰のことだろう、と司令室の人々は目を丸くしました──。