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第28巻「闇の竜の戦い」

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プロローグ 戦闘

 「ぼくは前から攻撃する! ゼンは後ろに回れ! メールはゼンを援護だ!」

 フルートの指示に仲間たちはいっせいに動きました。風の犬のポチはフルートを乗せて敵の前面へ、同じく風の犬になったルルはゼンと敵の背後へ、メールも花鳥を操って背後に回ります。星の花が寄り集まった花鳥は、青と白の花が入り交じった水色です。

 メールと一緒に花鳥に乗っていたポポロが言いました。

「フルート、あたしは!? あたしは今日はまだ魔法を使ってないわよ──!」

「わかってる。ポポロはぼくが指示するまで待機だ!」

 とフルートは言ってポチと急旋回しました。後を追ってきた蔓(つる)が彼らを捕まえそこねて空振りします。

 

 勇者の一行が戦っているのは植物の怪物でした。姿は草のようですが、ハルマスの砦(とりで)の防壁より背が高く、太い蔓を生き物のように動かしています。顔などないので前も後ろもないのですが、フルートのいる側のほうが発達していて、蔓も活発に動き回っています。

 その根元でひしめいているのは、ハルマスに押し寄せてきた闇の軍勢でした。黒い鎧をまとい、階級章を鎖で体に巻きつけた闇の民です。背中に翼があるのは上級兵のトア、さらに腕が四本あるのは最上級兵のドルガですが、大半は人間と同じ姿をしたジブという下級兵でした。ジブもトアもドルガも角のある頭を振り立ててわめいています。

「行け、バロメッツ!」

「伸びろ伸びろ!」

「そのチビどもを捕まえて食っちまえ!」

 軍勢の最前列では、ハルマスの防衛部隊が闇の兵士と戦っていました。砦に向かって飛んでくる矢や闇魔法を、防壁の上の魔法使いたちが防いでいます。防壁自体が光の防御魔法で守られているので、闇の軍勢は防壁を越えられなくて滞っていました。怪物の足元の軍勢も、前進ができなくて怪物の応援をしているのでした。

「ねえ、あいつら今バロメッツって言った? あれがバロメッツなの?」

 とルルがゼンに尋ねました。彼らが戦っている怪物は、突然地中から生えてきたと思うと、あっという間に成長して触手のような蔓で襲いかかってきたのです。

 ゼンは不機嫌に答えました。

「知らねえよ。バロメッツなんてもん、北の峰にはなかったからな」

 その手には大きな弓と銀色の光の矢が握られていました。矢が命中すると蔓は消滅しますが、蔓が太いので完全に消すことはできません。やっと一本消滅させたと思っても、すぐにまた新しい蔓が根元から伸びて襲ってきます。

 メールが花鳥の上から言いました。

「あたいは聞いたことあるよ。でも、バロメッツって確か、羊がなる木じゃなかったっけ?」

「ええ、そうよ。天空の国にはあるわ。でも、もっと小さくて、作物として育てるのよ。あんな怪物じゃないわ」

 とポポロが言いました。目の前でうごめくバロメッツは、緑色の大ダコか触手を持つ巨大な虫のようでした。彼らを捕まえて引き裂こうとしています。

「それでも植物なんだな? メール、操れねえのかよ?」

 とゼンに言われて、花使いの姫は目をむきました。

「馬鹿言うんじゃないよ! あれは闇の植物だよ! あたいの言うことを聞くわけないじゃないか!」

「そうよね。ゼンの光の矢で消えるんだし、闇の怪物なんだわ」

 とルルも納得します。

 その間もフルートとポチは正面で戦い続けていました。バロメッツの蔓を避けながら接近しては、捕まりそうになってまた離れることを繰り返しています。そうしながら隙を狙い、背後のゼンたちにも攻撃の隙を作っているのです。

 ところが、やっぱりゼンの弓矢は効果が今ひとつでした。業を煮やしたルルが風の刃で蔓を切り落としますが、別の蔓に襲われて、あわてて後退します。

 ポポロがフルートに呼びかけました。

「バロメッツが大きすぎて、光の矢でも消せないのよ! あたしにやらせて!」

 頭の中ではもう怪物に効きそうな魔法の呪文を探し始めています。

 ところがフルートから言い返されました。

「まだだ! 君は今、魔法が一度しか使えない! まだ早いんだ!」

 ポポロは思わず泣きそうになって、ぐっと涙をこらえました。攻撃のチャンスを狙い続けるフルートとポチを見つめます──。

 

 すると、メールが声を上げました。

「なにさ、あれ!?」

 指さす先で、怪物が変化を始めていました。うごめく蔓の束の根元が急にふくらみだしたのです。球根のように巨大な球の形になると、その頂上からまっすぐな蔓が伸び始めます。

 いえ、それは茎でした。杉の木のようにどこまでもまっすぐ伸びていくと、先端に巨大な楕円形のふくらみを作ります。

「蕾(つぼみ)よ!」

 とポポロが言いました。

「やだ、やっぱりバロメッツなのね。羊が実るわよ」

 とルルも言います。

 そのことばの通り、蕾が開いて中から巨大な羊が現れました。全身真っ黒な毛におおわれていて、ねじれた二本の角を持っています。頭から尾の先まで十メートルもあろうかという大羊が、植物の上に実ったのです。実に奇妙な光景です。

「生きてんのか、あいつ?」

 とゼンが言ったとたん、茎の上の大羊が目を開けました。バロメッツの羊の瞳はオレンジ色、四角い瞳孔は黒い色でした。茎の上に高々と持ち上げられた格好で脚を動かし、身じろぎをします。

「動けるのか?」

 とゼンがまた言ったので、ルルが答えました。

「動けるけど、あの茎からは離れられないわ。本体はあくまでも植物だから」

 その声が聞こえたのか、バロメッツの羊がルルとゼンを振り向きました。オレンジの瞳が不吉な色を帯びます。

 ゼンは思わず首の後ろに手を当てました。

「離れろ、ルル! メールもだ!」

 ルルと花鳥が左右に飛び退くと、いきなり羊が鳴きました。

 ベエェェェェェ……!!!!

 大音声があたり一帯に響き渡り、ルルと花鳥は大きく震えました。声の振動に全身を揺すぶられたのです。

 それと同時に、地上でいきなり闇の軍勢が吹き飛びました。まるで巨大なハンマーに一撃されたように、大勢が砕け潰されて飛び散ります。ルルと花鳥がとっさに飛び退いた場所を、何かが貫いていって地上を打ったのです。ばらばらになった闇の兵士の体が雨のように地上に落ちていきます。

 ゼンたちは真っ青になりました。タイミングから見て、あの鳴き声のしわざに違いありません。

 すると、フルートとポチの呼び声が聞こえました。

「みんな、早くこっちに来るんだ!」

「ワンワンワン、破壊の鳴き声です! 気をつけて!」

 羊がオレンジの瞳をまた剣呑(けんのん)な色に変えて、大きな口を開けました──。

2021年4月10日
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