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第27巻「絆たちの戦い」

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エピローグ 伯爵

 中央大陸の南部に広がる、大国サータマン。

 その王都カララズにひとりの旅人がたどり着きました。

 髪もひげも伸び放題、木の枝を杖の代わりにして、やっとのことで歩いています。着ている服は元はかなり上等なもので、サータマンとは違う異国風のデザインをしていましたが、それもすっかり汚れてぼろぼろです。

 みすぼらしい旅人の正体は、エスタ国の領主でセイロスの部下だったバム伯爵でした。疲れ果てた体でようやくサータマン城の前までやってくると、城の門をにらむように見上げました。

「やっと着いたぞ……やっと。恨み重なるサータマン王め。どうして私がこんな目に遭うことになったのか、しっかり確かめてやる。事の次第では絶対に許さないからな……!」

 

 バム伯爵は南大陸のルボラスで豪商バルバニーズと手を組んでポポロを誘拐しましたが、バルバニーズに裏切られて殺されそうになり、すんでの所で逃げ出して中央大陸に戻ってきたのでした。

 そもそも彼はサータマン王にポポロを捕まえさせようと思って手紙を書いたのです。ところが、その手紙は何故かサータマン王ではなく、欲深なルボラスの豪商の手に渡っていました。豪商はポポロの本当の価値を理解せず、伯爵を邪魔者扱いして始末しようとしました。刑吏(けいり)の刀がもう少しで彼の首に振り下ろされそうになったとき、豪商の屋敷がいきなり倒壊して、彼は命拾いしたのです。

 手紙が豪商に渡ったのはおかしい、とバム伯爵は思っていました。サータマン王があの手紙を無視するはずはなかったからです。いろいろ考えたあげく、王はわざと手紙を豪商に流したのだろう、という結論に達しました。そうして豪商にポポロをさらわせ、噂の真相を確かめようとしたのです。ひょっとすると、豪商がさらったポポロを、後から横取りするつもりでいたのかもしれません。

 こんな侮辱を許しておけるか! と伯爵は考えていました。ポポロの誘拐は一度はうまくいったのです。商人のバルバニーズなどではなく、最初からサーマン王が実行していれば、ポポロを奪い返されるようなこともなく、ちゃんとセイロスのために利用できたはずでした。そうすれば、彼はセイロスから功績を認められて、晴れてセイロスの右腕になれたのです。少なくとも、彼は本気でそう考えてサータマン王を恨み、その一念でここまでたどり着いたのでした。

 けれども、伯爵がサータマン城に入ろうとすると、門の前で番兵に捕まりました。見るからに怪しげな男が、何の証明もなしに城に入ろうとしたのですから当然です。つまみ出されそうになって、彼はわめきました。

「放せ! サータマン王に会わせろ! 私を誰だと思っている!? 世界の王であるセイロスの片腕、セイロスの信頼厚いバム伯爵だぞ! 私に手を出せば、サータマン王だけでなく、この国そのものがセイロスに誅伐(ちゅうばつ)されるぞ! 覚悟しろ!」

 その騒ぎがついに王の耳にも届いたのか、城の中から家来が飛び出してきて、番兵に耳打ちしました。そして、バム伯爵は本当に、サータマン王の前へ連れて行かれたのです──。

 

 豪華な部屋の一段高くなった場所に上等な絨毯を広げ、大勢の美女たちに囲まれて、サータマン王は横向きに寝転がっていました。その周りには金の皿や器に様々な食材と調理法の料理が盛り付けられ、金の杯には様々な種類の酒がなみなみとつがれていて、王は次々に手を伸ばして食事の最中でした。寝転がっての食事は、この国の身分高い人々の正式な食べ方なのです。

 でっぷりと太った体を豪華な服で包んだサータマン王は、自分の前にやって来たバム伯爵を見下ろして、つまらなそうに言いました。

「城門の前で騒いでいたらしいな。わしに何か用か」

 伯爵は大勢の美女の視線を浴びて自分の格好が急に気になってきましたが、あえて堂々と胸を張って見せました。声を張り上げて言います。

「私はエスタ国の領主のバム伯爵だ! サータマン王が盟友と考えているセイロスの腹心の部下でもある! 私は以前、王にセイロスの宝のことで王に手紙を送った! 王はそれをご覧になったはずだ! せっかくの情報を無視してルボラスになど渡してしまった理由を伺いたい! そのために、王はチャンスをみすみす逃してしまったのだぞ!」

「ほう? それはどのようなチャンスだ?」

 と王は聞き返しました。美女がつぎ足した酒を飲み干すと、さらに言います。

「確かにバム伯爵という人物からわしに手紙が届いた。魔法の力で世界中に伝わった噂は真実だ、と書かれていたし、自分はさらに重要な事実を知っている、とも書かれていたな。どのような事実があって、わしのチャンスになるというのだ」

「セイロスの愛人だった娘を捕まえれば、セイロスは最強になるんだ! 最強のセイロスとサータマンの軍事力があれば、ロムドも世界も簡単に支配できるだろう! これがチャンスでなくてなんと言う! だから、私はわざわざ手紙を書き送ったし、今もこうして真相を伝えに来たのだぞ!」

 伯爵はとにかく強気で話していました。闇がらすが吹聴した噂は大陸中に広まりましたが、サータマン王は真実と信じ切れずにいるのだろう、と考えていたのです。だからこそ、ルボラスの豪商にポポロをさらわせる段取りにしたのだろう、と。

 王が改めて彼の話に興味を持てば、今度こそポポロを誘拐できるはずでした。そうなれば、セイロスもここへやってくるでしょうし、ポポロの捕縛に貢献した彼のことも評価するでしょう。そうすればセイロスの腹心の部下になれる──。彼の考えは結局そこにたどり着きます。

 伯爵は自分が世界を支配できないことを承知していました。残念ながら、そこまでの実力はありません。だからこそ、世界の王の右腕になることが、彼にとって最高の出世だったのです。

 

 すると、サータマン王は、ふん、と鼻で笑いました。ゆっくりと絨毯の上に起き上がると、あぐらをかいて伯爵へ言います。

「その程度の情報でわしを動かすつもりだったか。エスタの田舎貴族が。そんなことは、とおにわかっておる。ただ、あの娘をさらえば、娘とあの若造どもが城を破壊するだろう。ザカラスの城が崩壊しそうになったようにな。事実バルバニーズの屋敷は倉庫もろとも跡形もなく崩れ落ちた。ルボラス王を越える実力者と言われたバルバニーズが、今では一文無しの宿無しだ。あの連中は素手で触れば大火傷を負う劇薬だ。だからこそ、おまえたちにやらせたのに、あっけなく失敗しおって。まったく役にもたたん。何がセイロスの腹心の部下だ。聞いてあきれる」

「な──なんだと──!?」

 バム伯爵は真っ赤になって憤慨しました。サータマン王にいいように利用されたと知って、歯ぎしりするほど悔しく思いましたが、それ以上に、相手から馬鹿にされたことが我慢ならなかったのです。激しく言い返そうとします。

 すると、王は部屋の後ろに張り渡されたカーテンへ呼びかけました。

「出来の悪い部下が待っておるぞ。そろそろ顔を見せてやってはどうだ」

 なに──? 伯爵が意味を理解できずにいると、美女たちが立ち上がって、カーテンをするすると開けていきました。その後ろは王がいる場所と同じ高さになっていて、同じような上等な絨毯が敷かれていました。黒髪の絶世の美女を膝に寄りかからせ、背後にたくましい青年を立たせて、ひとりの人物が座っていました。竜の頭部をかたどった兜、棘(とげ)のような鋭く大きな胸当てや肩当て、うろこのような黒い小片におおわれた鎧を着た青年──セイロスです。

 バム伯爵は呆然としました。サータマン王を説得してポポロを誘拐させ、セイロスを呼び出そうとは考えていましたが、すでにセイロスがここにいるとは想像していなかったのです。いつの間に……とつぶやくと、セイロスの後ろに立っていたギーが言い返しました。

「俺たちは半月前からサータマン城に来ていたんだ。それより、なんだと!? 誰がセイロスの腹心の部下だって!? それはこの俺だぞ! おまえなんて、戦場で逃げ回ってばかりで、敵が怖くてさっさと逃げていった卑怯者のくせに!」

 伯爵は青くなったり赤くなったりしました。ギーにののしられて腹が立ちますが、セイロスの飛竜部隊がディーラを襲撃したとき、真っ先に逃げ出したのは彼だったので、反論することができません。

 そこで、彼はセイロスへ訴え始めました。

「セイロス、私はあの娘を捕まえようとしたのだ! 実際に捕まえたが、協力していた男が愚かだったので、あと一歩というところで逃げられてしまった! もう一度やらせてくれ! 今度こそ、あの娘をあなたの元に連れてくるから!」

 すると、セイロスが口を開きました。

「誰がおまえにそんなことを命じた」

 その声に、伯爵はぎょっとして口をつぐみました。元より迫力のある話し方をするセイロスでしたが、しばらく会わずにいた間に、いっそう凄みを増していたのです。いえ、禍々しさと言っても良いかもしれません。セイロスはすぐそこにいるのに、声は遠い地の底から響いてくるようです──。

 バム伯爵が言い返せなくなって立ち尽くすと、セイロスの膝にしなだれかかっていた美女が、くすりと笑いました。

「本当。使い道もない、でくの坊ね」

「な? 俺が言った通りだっただろう?」

 何故かギーが得意そうに相槌を打ちます。

「ええ。本当に役立たず」

 と美女は繰り返すと、激怒して飛びかかろうとしたバム伯爵に、人差し指をちょっと向けました。とたんに美女と伯爵の間に真っ黒な骸骨騎士が現れました。骨の手に握った大剣を振り下ろします──。

 

 骸骨が伯爵を切り裂き、さらに跡形もなく切り刻んだので、サータマン王に仕えていた女たちは悲鳴を上げて逃げ出しました。伯爵と喧嘩をしていたギーも思わず後ずさりましたが、黒髪の美女は顔色ひとつ変えませんでした。血まみれの惨状を平然と眺めています。

 サータマン王が顔をしかめて言いました。

「もう少し上手にやれんものか? 部屋が汚れたではないか」

 美女は、ふふふ、と笑っただけでした。骸骨戦士が姿を消すと、今度はどこからともなく黒い犬たちが現れて、伯爵の残骸を片付け始めます。

 一時は自分の部下だった男が惨殺されたのに、表情ひとつ変えていないのは、セイロスも同じでした。相変わらず地の底から響くような声で、サータマン王に言います。

「先ほど軍勢がすべて揃った。いよいよ決戦だ。出撃するぞ」

「闇の国の軍勢だな? だが、先日の砦攻めでは連中に大敗を期したではないか。今度は大丈夫なのだろうな?」

 念を押す王に、セイロスは冷ややかに笑いました。

「あれは前哨戦だ。本戦はこれからだ。──そうだな?」

 セイロスに言われて身を起こしたのは、しなだれかかっていた美女でした。長い黒髪をかき上げると、青い瞳を細めて微笑します。

「もちろん。砦の実力はわかりました。あとは嫌というほど敗北を味わわせて絶望させていくだけです」

 そして、美女は立ち上がると、片手を差し上げて呼びかけました。

「行くぞ、我が兵たち! 光の敵を砦もろとも破壊して、この世から葬り去るのだ!」

 美女の口調が変わっていました。人の上に立つ者の声です。

 オォォォォ……!!!!

 姿は見えないのに、どこからともなく大勢の声が応えます。

 いつの間にか美女の瞳は血の色に変わっていました。大きな黒い翼がマントのように彼女の体を包み、頭の両脇にはねじれた角が現れています。赤い唇の両端からのぞいているのは白い牙です。

「勝報をお待ちください、セイロス様。闇王の名にかけて、光の勇者と陣営を葬り、あなたの力を取り戻してまいります」

 

 そう誓う彼女の名前はイベンセといいました──。

The End

<次巻シリーズ完結>

(2021年1月13日初稿/2021年2月27日最終修正)

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