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第27巻「絆たちの戦い」

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76.夕暮れ

 司令室を出た勇者の一行は、自分たちの宿舎になっている別の階に向かいましたが、途中でゼンが足を止めました。

「ここがいい。ここで飯の続きにしようぜ」

 そこは作戦本部の階段の途中に作られた踊り場でした。奥の壁が大きな窓になっていて、簡単な面談ができるように、テーブルと椅子が置かれています。

 先ほどの司令室は北向きに窓があったので、そびえ立つ防塁とその上の防壁がよく見えていましたが、踊り場の窓は南に向いていたので、なだらかな斜面に広がるハルマスとリーリス湖が見えていました。もう夕暮れなので、湖の向こうでデセラール山が夕焼けに染まっています。

「ホントだ。こっちのほうが断然眺めがいいよね」

 とメールは言って、フルートを無理矢理椅子に座らせました。ポポロをその横に座らせると、自分は向かいの席に着きます。

 ゼンは司令室からいただいてきた食料をテーブルの上に並べました。

「さあ、食おうぜ。まずは食え、だからな」

 フルートは苦笑しました。

「もう食べたよ。そして寝ろ、のほうだろう?」

「いいや。それなら大事なことを考える番だな」

 とゼンは言いました。有名なあのドワーフの諺(ことわざ)は、正式には「まずは食え、そして寝ろ。大切なことは多くはない。迷ったら、今、一番大事なことだけを考えろ。」と言うのです。

 ポチがテーブルの下からフルートを見上げました。

「ワン、フルートは金の石が使えなかったんだから、仕方なかったと思いますよ。闇の軍勢を倒さなかったら、ハルマスを奪われて、フルートは殺されちゃったしポポロもさらわれたんだから」

「そうね。やり過ぎる必要はないけど、敵を排除しなかったら、結局また襲ってくるんですものね」

 とルルもポチの隣から言います。

 思いやるようなことばに、フルートは目を丸くしました。ちょっとの間考えてから、ああ、と気がつきます。

「そうか、みんなはぼくが落ち込んでると……。心配かけてごめん。確かに、戦闘で敵ををたくさん倒したことは重いんだけどね。ぼくがずっと考えていたのは、そのことじゃなくて、剣のことだったんだ」

 剣? と今度は仲間たちが目を丸くします。

 フルートは背中の大剣を剣帯ごと外してテーブルの上に置きました。

「この光炎の剣で戦っている間、なんだかずっと呼びかけられているような気がしたんだよ。ことばで聞こえるわけじゃないんだけど、戦え、敵を止めろ、って言われているようだった。剣も、まるで自分から敵を切りに行くみたいだったんだ」

「ワン、剣が自分から? 光炎の剣を使うときって、そんな感覚だったんですか?」

 とポチが驚くと、フルートは首を振りました。

「今まではこんなことはなかった。でも、さっき闇の軍勢と戦ったときには、はっきりそんな感じがしたんだ。闇の敵を絶対に許すな──そう言われているみたいだった」

「それで、あんなにものすごい戦いぶりだったのね。フルートにしてはずいぶん思い切って戦ってると思ったんだけど」

 とルルが言い、ゼンも剣を見つめて腕組みしました。

「こいつは炎の剣と光の剣が合体した剣だ。こいつん中の光の剣が、闇の敵を許すなと言ってるのか?」

「わからない。そうなのかもしれないし、ぼくの中の気持ちが剣に伝わって、そんなふうに感じられているだけなのかもしれない……。たとえ闇の敵でも、戦わないですむなら、本当はそっちの方がいいんだけど、彼らはあきらめないからな。戦わなくちゃみんなを守れないんだから、どうしたって戦うしかないんだ……」

 フルートは次第につらそうな口調になっていました。先ほどは確かに剣について考え込んでいただけでしたが、話しているうちに、闇の民を大勢殺したことを改めて意識してしまったのです。フルートの前には食べ物が並んでいますが、相変わらず手を出すことはありません。

 

 仲間たちが何も言えなくなっていると、フルートは急にちょっと笑いました。

「やっぱり、ぼくは少し疲れたみたいだな。部屋に戻って休むよ。君たちはゆっくり食事をしていいからね」

 と剣を取り上げ、ひとりで階段に向かいます。

 ポポロも慌てて立ち上がると、フルートの後を追いかけました。腕を捕まえ、低い声で話しながら一緒に降りていきます。

 仲間たちはその後ろ姿が階段の下に見えなくなるまで見送り、足音が遠ざかると、思わずふぅぅと溜息を漏らしました。

 ゼンがフルートの座っていた椅子に腰を下ろしました。

「ちぇ、あの野郎。やっと踏ん切って戦えるようになったと感心したのに、やっぱり悩むのか」

「相手は闇の敵よ。こっちを殺すことしか考えてないんだから、そんなことで悩む必要なんてないのに!」

 ルルは少し腹を立てています。

 すると、メールが考えながら言いました。

「ねえさぁ、闇の民ってさ、死ぬと死者の世界に行かずにまたこの世に生まれ変わってくるだろ? そのときには闇の民じゃないものに生まれ変わったりするわけでさ。そうだとすると、フルートは、闇の民を殺してるんじゃなくて、闇の民を生まれ変わらせてるってことになるのかなぁ」

 ポチとルルは思わず顔を見合わせました。

「ワン、そんなふうには考えたことがなかったな」

「そうね。でも、言われてみると、確かにそういうことになるのかしら?」

 けれども、ゼンは不機嫌な顔で首を振りました。

「そいつは違うな。だったら闇の民を殺すことは絶対に正しいってことになっちまうし、連中は生きている価値がないから、殺されて正しく生まれ変わらなくちゃいけねえってことになる。でもよ、アリアンやキースにも同じことが言えるか? 確かに闇の民は光の武器でやられると死体も残さねえで消えちまうけどよ、それでもこの世界に生きてる命だ。そいつを殺すのが正しいなんて言えるほど、俺たちは偉い奴なんかじゃねえんだよ」

 ゼンは低い声になっていました。他の生き物を狩って生計を立てる猟師だけに、命を奪うことには強い信念のようなものがあるのです。犬たちが、ひやりとした顔で首をすくめます。

 メールは不満そうに口を尖らせました。

「あたいだって、そんなことを考えて戦ってるわけじゃないよ。いくら闇の民だって、殺して嬉しいなんて全然思わないしさ。ただ、フルートの剣は光の武器だろ。だから、剣が闇の民を生まれ変わらせようとしてるんじゃないかな、って思ったんだよ」

 ゼンは頭の後ろで腕を組んで椅子の背にもたれました。次第に薄暗くなっていく窓の景色を眺めながら言います。

「例えそうだとしたって、フルートには気持ちいいことじゃねえだろう。どうしたって戦闘は続くし、そのたびに闇の民を斬り殺さなくちゃならねえんだからな」

 メールのほうは椅子の上で膝を抱えました。

「きっとこれ、最終決戦なんだね。だからこんなに厳しいんだ」

 と、また溜息をつきます。

 

 すると、ルルが言いました。

「フルートはきっと大丈夫よ。だってポポロが行ったんだもの。明日にはまた元気になってるわ」

「ワン、だからゼンはまだ部屋に戻っちゃだめですよ。豚に噛まれますからね」

 とポチも言いました。恋人同士の邪魔すると豚に噛まれる、という諺があるのです。

 ゼンは生意気な小犬をじろっとにらんでから、大きく伸びをしました。

「あぁあ、気分転換に散歩にでも行くか──。メール、つき合う元気はあるか?」

「あるけど、どこに? もう暗くなってきたよ?」

「今夜は空が晴れてる。星明かりがありゃ充分だろう」

「花鳥で空の散歩に行こうって言うんだね? あいよ! 部屋に戻ってコートを着てくるから待ってて!」

 メールが跳ね起きて駆け出したので、ゼンはそれを追いかけました。

「俺が一緒に行くほうが早いだろうが!」

 と言いながら、二人で階段を駆け下りていきます。

 後に残された犬たちは顔を見合わせました。

「みんな行っちゃったわ」

「ワン、テーブルにまだ食べ物がたくさんあるよ。どうしようか?」

「もったいないわ。私たちでいただいちゃいましょう」

 そこで二匹はテーブルから食べられそうなものを引っ張っては、床で食べ始めました。食べながら話し続けます。

「さっきメールが言ってたこと、どう思う? これって最終決戦なの?」

「ワン、闇の国の軍勢まで出てきたからね。本当に最終決戦の始まりなのかもしれないな」

「デビルドラゴンの倒し方を見つけたかったのに、結局まだ見つかってないわ。どうやって戦えばいいのかしら」

「ワン、わからない。だけど、ぼくたちには仲間がいて、その人たちが続々ハルマスに集まってきてる。みんなで力を合わせて戦ってるんだから、きっとなんとかなるんじゃないかな」

「絆(きずな)の力で?」

「そう、絆の力で」

 二匹は思わず笑い合うと、尻尾をぱたぱたと振りました。

 窓の外はすっかり日が暮れて夜の色に変わっていました。よく晴れた空に星が輝き始めます。満天の星は、やがて黒い湖に映って、地上にも星空を広げました。二つの星空に黒い影になったデセラール山がそれぞれそびえています。

 静かな景色の中、砦の中から勝利を祝う兵士たちの声がかすかに聞こえていました──。

2021年1月11日
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