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第27巻「絆たちの戦い」

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第22章 夕暮れ

75.司令室

 ハルマスの砦が光の魔法の防御で囲まれ、神の都ミコンから援軍が駆けつけたことで、攻防戦はついに決着しました。闇の軍勢がハルマスから退却していったのです。

 戦闘が終わった後も、被害の確認や怪我人の手当、敵の追跡など、するべきことはたくさんありましたが、それも夕方までにはあらかた終わり、主だった人々は作戦本部の司令室に集まりました。フルートたち勇者の一行、オリバンとセシル、セシルの部下で女騎士団の副隊長のタニラ、ユラサイの竜子帝とリンメイとラク、ヒムカシの天狗、ロムド城から飛んできたロウガと青の魔法使い、ミコンから駆けつけた大司祭長、同じく援軍として戦っていたテト軍とエスタ軍の隊長たち、さらに、エスタ辺境部隊の部隊長のオーダとライオンの吹雪もいます。そうそうたる顔ぶれでした。

「皆さん、本当にお疲れ様でした──」

 オリバンに押されて前に出たフルートが、一同に向かって話し出しました。ハルマスに集まっているのは光の同盟軍です。フルートはその総司令官なので、全員に挨拶する立場にあるのでした。

「皆さんの活躍のおかげで、闇の軍勢からハルマスを守ることができました。特に、光の力で敵を退けてくださったミコンの援軍とヒムカシの妖怪軍団の皆さんには本当に助けられましたが、その他の皆さんにも本当に勇敢に戦っていただきました。ぼくたちは敵に勝利しました。それは全員が想いを合わせ、力を合わせて戦って勝ち取ったものです」

 腰の低い総司令官のことばに、全員は力強くうなずきました。ゼンやメールは、ひゃっほう! と歓声を上げます。

 フルートは話し続けました。

「ここにいる皆さんは自分たちの軍の代表としてきていますが、他にも活躍を賞賛されるべき人たちがいます。リーリス湖に船を出してくれた漁師や船長さんたち、それにカルドラ国から手助けに駆けつけてくれたヤダルドールの人たちです。彼らが湖に網を張ってくれたおかげで、ハルマスの防御は完成しました。ここに一緒に参加するように言ったのですが、気後れがしてとても参加できない、と遠慮されてしまったので、彼らには後で報奨金を出そうと思います」

 それを聞いたとたん身を乗り出してきたのはオーダでした。顎を突き出して言います。

「おいおいおい、それなら俺たちの報奨金はどうなる? 俺たち辺境部隊もずいぶん活躍して敵を倒したんだぞ! 特に俺と吹雪はそうだ!」

「まぁったく。オーダは本当に金のことしか言わねえよな」

 とゼンはあきれましたが、フルートは生真面目にうなずきました。

「もちろん、オーダたちにも報奨金を出すよ。前のダントス伯爵領のときの報奨金に上乗せする。他の人たちについてもそうだ。今、それぞれの活躍を調べているから、わかり次第、成果に合わせて報奨金を出すよ」

 すると、ミコンの大司祭長が口を開きました。

「我々はご遠慮申し上げましょう。我々は全員が光の神に仕える信徒です。我々が光のために闇と戦うのは当然のこと。これは我々の聖戦なのですから、報奨をいただくわけにはいきません」

 白い長衣に銀の肩掛けをまとった大司祭長の声は厳かでした。まるで教会で説教でもしているようです。

 すると、赤ら顔に高い鼻の天狗も言いました。

「わしたち妖怪も褒美はいらん。わしたちはただ大昔の取り決めに従って、闇と戦うためにやってきただけだからな」

「我が軍にもフルートからの報奨は不要だぞ。朕(ちん)の兵の善戦を称えるのは朕の役目だ」

 と言ったのは竜子帝でした。キョン、とリンメイが満足そうにうなずきます。

 それ以外の者たちは、部下の活躍に報いるためにも、喜んで報奨金を受け取ることにしました。兵士たちが自分の活躍を認められたと実感することは、今後のためにも大事なことだったのです。

 

「しかし、フルートたちこそ一番誉めたたえられるべきだろう。大変な活躍ぶりだったのだからな」

 とセシルに言われて、フルートはちょっと苦笑しました。

「ぼくは総司令官だし、ぼくたちは勇者の一行だもの。そういうのをもらう立場じゃ──」

 ところが、ゼンが口を挟んできました。

「いいや、俺たちにも褒美が必要だ! なんか食わせろ! 戦闘が終わったってのにろくなもん食ってねえから、腹ぺこだぞ!」

「それって褒美って言うの?」

 とルルはあきれましたが、セシルは笑ってうなずきました。

「きっとそうだろうと思った」

 セシルの合図で副官のタニラが扉を開けると、十人あまりの女騎士たちが次々と入ってきました。彼女たちが押してきたワゴンに、焼いた肉や揚げた魚、酢漬けの野菜、パンやパイ、チーズや菓子や果物などが山のように載っていたので、部屋の全員が歓声を上げました。ゼンが言っていたとおり、戦闘が終わったのに、彼らはまだまともな食事をしていなかったのです。酒好きな人々のために、ワインのボトルがずらりと並んだワゴンもあります。

 司令室の中は一気に祝宴の雰囲気になりました。全員が食べ物を取り飲み物のカップを傾けます。立ったままでも食べやすい料理が揃えてあるあたりは、セシルらしい細やかな気配りでした。

「でもさ、追いかけて探しても敵は見つからなかったんだろ? どこに逃げてったんだろうね?」

 とメールが言いました。両手には果物のパイとチーズを持っていて、交互に口に運んでいます。

 オリバンが魚の揚げ物をつまみ、ワインのカップを傾けながら、それに答えました。

「地中だな。捜索隊が後を追ったのだが、ある場所でいっせいに姿を消して、その先には足跡も残っていなかったのだ。現れたときと同じように、地中に潜ったのだろう」

「闇の国に逃げ戻ったのかしら?」

 とルルが言ったので、ポチは首を傾げました。

「ワン、どうかな。闇の国まで退却したら、地上に出てくるのにまた時間がかかるから、地下の浅い場所にいるんじゃないかな」

 二匹の犬たちは床に置いてもらった皿から、焼き肉やパイを食べながら話しています。

「結局、連中はまたここに攻めてくるってことだな。まあ、俺たち傭兵は戦場が職場だから、戦はありがたいんだが、できれば次はもうちょっと楽に勝たせてもらいたいもんだ」

 とオーダが言いました。両手には大きな骨付き肉を持って、一本を吹雪に食べさせています。

 すると、大司祭長が言いました。

「そのためには、再び襲撃される前に敵を見つけ出して、先制攻撃しなくてはいけませんね。それは我々ミコンの武僧軍団がお引き受けしましょう。敵が放つ闇の気配は強烈ですから、居場所を見つけ出せるかもしれません」

 大司祭長は片手にワインのカップを持っていましたが、ほとんど飲んではいませんでした。

「明朝にはロムド城から魔法軍団の選抜部隊も到着します。そうすれば、我々も敵の捜索に加われますぞ」

 と青の魔法使いが言いました。こちらはワインを水のように何杯も飲み干し、料理も次々平らげています。

「ハルマスの防御は我々ユラサイの術師にお任せください──」

 と言ったのは黄色い服と頭巾のラクでした。

「闇の敵を見つけ出すことでは光の魔法使いの皆様のほうが秀でていますが、我々の術は闇の竜にも効果を発揮します。皆様が敵を捜索している間、我々術師が砦を守りましょう」

 すると、竜子帝が揚げ菓子をかじりながら言いました。

「朕の飛竜部隊も空から警護に当たらせるぞ。ロウガ、おまえも飛竜がいるのだから加われ」

 ロウガは肉を載せたパンをほおばっていましたが、危なく咽に詰まらせそうになって、あわててワインで飲み下しました。

「お、俺に帝の飛竜部隊に入れって言うのか?」

 俺は食魔払いだぞ、と言いたいのが表情からわかります。

「食魔も闇の敵も似たようなものだ。もしも敵が食魔を使ってきたら、ロウガが前面に出て戦えば良いだろう」

「よしてくれ。敵が食魔なんか使ってきたら、とんでもない乱戦になるぞ──。もちろん、万が一食魔が出たら追っ払ってやるけどな」

 とロウガは言いました。竜の棲む国の戦い以来、竜子帝とは何かと懇意にしているので、帝相手にため口です。

「では、決まりだ。ロウガには後で飛竜部隊の制服を支給する」

 竜子帝が一方的に話を決めてしまったので、しょうがないな、とロウガもしぶしぶ承知します。

 

 その後も食べたり飲んだりしながら、彼らは話し続けました。立食形式ですが、これも立派な作戦会議なのです。

 オリバンがフルートに言いました。

「結局今回の戦闘にセイロスは姿を現さなかった。てっきり真打ちで現れると思ったのだが。奴はどこで何をしていると思う?」

 フルートはずっと黙って考え込んでいましたが、尋ねられて口を開きました。

「姿を現さなかったのはセイロスだけじゃありません。新しい闇王のイベンセもそうです。戦いの後半で姿を現したオルトロスは、たぶんイベンセが送り込んできたものでしょう。他の敵と明らかに動きや目的が違っていたから。でも、イベンセはとうとう最後まで姿を見せなかった。あの軍勢を指揮していたのも、イベンセじゃなかったはずです」

 一同は驚きました。

「何故そんなことがわかるのだ、勇者?」

 と天狗が尋ねます。

「敵の動きです──。ハルマスに押し寄せた闇の軍勢は、空を飛ぶトアやドルガも、地上や地下から襲ってきたジブも、全員がぼくとポポロを狙っていて、ぼくを襲うときには、防具の唯一の弱点の顔を狙ってきました。事前に命令されて、ぼくの弱点も教えられてきた証拠です。ただ、大半の敵がぼくやポポロのことを具体的には知らなかったし、途中から戦況が次第に不利になってきたのに、ずっと同じ目的で戦い続けていた。指揮していた将軍が早々に倒されたので、戦場で命令する者がいなくなったからです。もし、あそこにイベンセがいて、陰から軍勢を指揮していたなら、敵はあんなふうには動かなかったはずです」

「つまり、今回、敵の大将たちは遠く離れた場所にいた、ということですね」

 と大司祭長に言われて、フルートはまたうなずきました。

「セイロスやイベンセは、どこかでこの戦いを見ていたんです。たぶん、砦としてのハルマスの実力を量ろうとしたんでしょう。チャンスがあれば、ぼくを殺したり、ポポロをさらったりしたのだと思うけれど、とにかく、今回の戦いは敵にとって小手調べに過ぎなかったんだと思います」

 フルートのことばに司令室の中は、しんと静かになってしまいました。彼らは懸命に戦い、やっとの思いで敵を退けてハルマスを守りました。それが単なる小手調べだった、と言われたのですから当然の反応でした。

 ただ、同じ見解でいた大司祭長だけはうなずき、変わらない穏やかさで話し続けました。

「そうであればなおのこと、敵が攻めてくるより先に敵の居場所を見つけなくてはいけません。武僧軍団にはすでに命じました。ユリスナイに加護を願いながら、全力で捜索いたしましょう」

「ありがとうございます」

 とフルートは言うと、そのまままた考え込んでしまいました。フルートは先ほどからほとんど食べていませんでした。最初にほんの少し飲んだり食べたりしただけで、あとはずっと考え込んでいたのです。戦況の分析や作戦を考えているにしては沈んだ表情でした。

 その様子に、大司祭長はまた言いました。

「勇者の皆様方は、少し休まれたほうがよろしいようですね。皆かなり疲れた顔をされている。勇者殿は特にそうです」

「あん? 俺は休まなくても平気だぞ。まだまだ食えるしな」

 とゼンが言ったので、メールが肘鉄を食らわせて黙らせました。大司祭がフルートを思いやってくれたのだと気がついたのです。

 いや、でもまだ会議が……とフルートが言いかけたので、すかさずポチが答えました。

「ワン、それじゃお言葉に甘えて、ぼくたちは休憩させていただきます。昨日、南大陸のルボラスから帰ってきたところに、この戦闘だったんで、実はけっこう疲れていたんです」

 さあさあ、行こう! とメールに背中を押され、ポポロに腕を引かれて、フルートは司令室から連れ出されてしまいました。ポチとルルが追いかけ、ゼンもワゴンの料理を腕一杯にいただいて後を追います。

 

「やぁれやれ。この程度の戦闘で音(ね)を上げるとは、フルートは鍛え方が足りないぞ」

 とオーダが骨付き肉にかぶりつきながら言いました。吹雪は足元で肉の残った骨をしゃぶっています。

「確かにフルートは戦闘が終わってから元気がなかったな」

 とセシルが言ったので、オリバンは驚きました。

「そうか? 私は気がつかなかったが」

「まあ、優しすぎるくらい優しい方ですからね、勇者殿は」

 と青の魔法使いは苦笑しました。ワインを水のように飲み干していても、ほとんど酔ってはいません。

「さては敵を大勢殺したことを気にしていたな。しょうがない奴だな」

「本当に優しい勇者だものね、彼は」

 と竜子帝とリンメイが話し合います。

 フルートたちが立ち去った出口を、司令室の一同は見送るように眺めてしまいました──。

2021年1月9日
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