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第27巻「絆たちの戦い」

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73.防御・1

 魔法の網の一端を持ったゼンとルルは、リーリス湖の西の岸を目ざして飛んでいました。

 ゼンがロープのような網をつくづくと眺めて言います。

「面白えな。内側に網が仕込んであるんだぞ。水に落ちると浮いて中から網が広がるんだ。ドワーフにも仕組みとしては作れそうだが、こんなに細く仕上げるのは、まず無理だな」

「あら、だってそれには光の魔法が使ってあるんでしょう? それくらいできて当たり前だわ」

 とルルは答えてから、湖上で網を張る船を見て話し続けました。

「それより、私は船があんなふうに動いてるほうが不思議だわ。どうしてまず真ん中に進んだのかしら。片方の岸から出発して網を張っていくほうが簡単でしょう? それに、私たちが来なかったら、両端をどうやって防壁につなぐつもりだったのかしら?」

「時間がなかったからだな──。まず真ん中から網を張って、それを左右に広げれば、岸から張ったときの半分の時間で張り渡せるからな。真ん中の二隻は最初に仕事が終わるから、桟橋に引き返してまた網を積んで、岸につなぎに行くつもりだったんだろう」

 ゼンが当然のことのように言ったので、あら、とルルはゼンを振り向きました。

「フルートじゃなくてゼンがそんな説明をしてくれるなんて、なんだか意外ね。でも確かにその通りだわ。真ん中から始めたほうが効率が良かったのね」

「なんか引っかかる言い方しやがるな。誉めるなら素直に誉めろよ」

 とゼンは顔をしかめましたが、すぐに真顔になって行く手を見ました。

「おい、見ろ。防塁で戦闘が起きてるぞ」

 西の湖岸と防塁が接する場所が近づいていましたが、そのあたりで激しい戦闘が起きていたのです。

 西の防塁を守っているのは竜子帝が率いる飛竜部隊でした。空をたくさんの飛竜が飛び回っていて、背中の鞍にはユラサイ兵が乗っています。

 防塁の外側には東からぐるりと回ってきた敵が群がっていました。他の場所ほど数は多くありませんが、その敵の一部が湖側から防塁の中に入り込んでいました。飛竜部隊が必死で防ぐのですが、闇の敵なので、傷つけてもすぐ復活して砦に入り込んでくるのです。

「弓矢部隊、前へ!」

 竜子帝が飛竜の上から命じていました。すぐに十頭ほどの飛竜が並んで進み出ます。その背には弓を構えたユラサイ兵が乗っていました。矢を引き絞りますが、すぐには発射しません。

「ラク!」

 竜子帝に呼ばれて、今度は黄色い服を着た術師の飛竜が前に出ました。空に白い紙切れを投げると、それが光に変わって兵士たちの弓矢へ分かれ飛びます。

 兵士たちは光を帯びた矢を発射させました。敵の中に落ちると、また光が湧き上がって、その場所の敵が消滅します。

「術で普通の矢を光の矢に変えているのね」

 とルルが言ったので、ふふん、とゼンは笑いました。

「威力は本家本元のこっちのほうが強力だが、あれもけっこう役に立つようだな。今のうちだ。ルル、網を防塁につなぐぞ」

「どうやったらつなげられるの? 防塁の端に結びつければいいのかしら?」

「いや、この端っこは特殊な形をしてるからな。たぶん、防塁の端にこれをつなぐところがあるはずだ」

「わかったわ。とにかく防塁の端へ行けばいいのね」

 とルルは降下を始めました。湖の岸辺で小さな崖のようにそそり立っている、防塁の端を目指します。

 その間も竜子帝と飛竜部隊は戦い続けていました。竜子帝の命令で、また光の矢が放たれ、十体以上のジブたちが消えて行きます。

 そこへ一体の敵が空から降りてきました。先に東の防塁から逃げていったトアが、西に回ってきたのです。トアは飛竜に乗った竜子帝に向かっていました。どなるような声も聞こえてきます。

「いたな、金の石の勇者! 命はもらったぞ!」

 あっ、とゼンとルルは焦りました。ここでも敵は金の石の勇者を人違いしているのです。慌てて助けに引き返そうとします。

 すると、それより早く一頭の飛竜が降下してきました。リンメイが竜の背からトアへ蹴りを繰り出すのが見えます。その足先から光が湧き上がり、トアが吹き飛びました。そのまま落ちて消えて行きます。

「ありゃ光の蹴りか?」

「リンメイもラクに術をかけてもらったみたいね」

 とゼンとルルは話し合いました。それなら竜子帝も大丈夫だろうと考えて、防塁の端へ急ぎます。

 

 土を積み上げた防塁の上には、先端が尖った杭に棘(とげ)の蔓を張り渡した柵が築かれていました。柵はヒムカシの妖怪たちが流し込む光の魔法で白く光っていますが、それも防塁の端で終わっていました。ゼンはそこへ飛び降ります。

 とたんに手にしていたロープのような網に引っぱられて、ゼンはバランスを崩しました。

「とわったっと!」

 ゼンは湖に落ちそうになって、あわてて踏ん張りました。網の大半が湖に落ちて、残りがもうほとんどなくなっていたのです。力任せに網を引き戻すと、濡れたロープの下から濡れた網が現れました。水中で自然に広がっていたのです。太い糸を編み上げた丈夫そうな網でした。

 ゼンは二度、三度と網を引っ張りながら柵の端に近づいていきました。怪力のゼンにもずっしりと網の重みが伝わってきます。

 すると、それを見たジブたちが柵の外から迫ってきました。網を伝って中に侵入できると考えたのです。わらわらと網に取りつき始めます。

「馬鹿野郎、放せ!」

 とゼンはわめきました。この程度のことで網を取り落とすようなことはありませんが、敵の重みで網が切れるのでは、と心配したのです。

 すると、ルルが空に舞い上がって急降下してきました。身を翻して敵を切り払います。

 急に軽くなった網を、ゼンは一気に引っ張りました。柵に絡まった蔓の端に留め具を見つけて、網の端をそこにつなぎます。とたんに柵の蔓とロープのような網が一体になりました。どこがつなぎ目だったのかわからなくなってしまいます。

 すると、ゼンの耳にポポロの声が聞こえてきました。

「東側の防塁とつながったわ! そっちは!?」

 メールとポポロが乗った花鳥も、ほとんど同じタイミングで網と柵をつなぐことができたのです。

「おう、こっちもつながったぞ!」

 とゼンが返事をすると、その目の前で柵の光が移動を始めました。蔓と一体になった網へ伝わっていって、網を光らせ始めたのです。防塁から湖へ、湖を西から東へ。湖面に浮いた網の端が白く光っていきます。

 すると、新たに網に取り憑いていたジブが悲鳴を上げて吹き飛びました。聖なる光に直撃されたのです。防塁の斜面を転がりながら消えていきます。

 ゼンはルルに乗って空に上がりました。白い光が湖の上の網に沿って東へ東へ移動していく様子を眺めます。

 一方東からも白い光が湖を渡ってきていました。やはり湖に浮いた網を伝って、聖なる光がやってくるのです。それを追いかけるように青い花鳥が飛んできたので、ゼンとルルはそちらに向かいました。湖の上で合流したとき、その真下でも西と東から来た光がちょうど一緒になりました。湖の上に一直線の光の筋ができあがります。

「網に聖なる光が流れているわ! ハルマスは聖なる防壁に囲まれたわよ!」

 とポポロが嬉しそうに言いました。

 湖の網の内側、ハルマスに近い場所には、網を張り終えた船が何隻も浮かんでいて、漁師やヤダルドールの男たちが大喜びしていました。上空のゼンたちへ手を振る者もいます。

「来た! 闇の軍勢だよ!」

 とメールが声を上げました。敵がとうとう湖を泳いでやって来たのです。水中の敵は上空からは黒い波のように見えていました。真っ黒に群がったまま、網を張った場所を突き抜けようとします。

 そのとたん湖で激しい光と無数の水しぶきが湧き上がりました。至るところで何かが蒸発するような音が響き、しぶきが霧になって煙のように立ち上ってきます。闇の敵が光の網に触れて消滅しているのです。まるで敵が水と一緒に蒸発しているようでした。水中の敵がみるみる減っていきます。

「すっげぇ」

 ゼンたちは思わず感心しました。防壁の上でも聖なる光は闇の敵を片端から消滅させていましたが、その威力は水中でもまったく変わらなかったのです。

「ヒムカシの妖怪たちがエルフの末裔(まつえい)って言うのは本当なのね。天空王様の親衛隊くらいの魔力よ、これ」

 とルルが言いました。強力な防衛網は闇の敵をどんどん消していきます。

 すると、ポポロがちょっと耳を澄ますような顔をしてから言いました。

「わかった、すぐ行くわ──」

「フルートかい?」

 とメールが尋ねました。

「ええ、手助けに来てほしいんですって。地下からまだ敵が出てきているらしいわ」

「ちっ、湖側を塞いでも地面から湧いて出てくるってわけか」

 防御を完成させても、まだ緊迫の状況は変わらなかったのです。一行はフルートがオリバンと戦っている船着き場目ざして戻って行きました──。

2021年1月4日
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