フルートがポチの背中で倒れてしまったので、仲間たちは仰天して集まりました。フルートが脂汗を流して苦しんでいるので、焦って呼びかけます。
「フルート!」
「フルート、急にどうしたのさ!?」
「ワン、大丈夫ですか!?」
すると、すぐそばの空中にまた二人の精霊が姿を現しました。金の石の精霊が眉をひそめて言います。
「だから、あんな広範囲の敵を消すのは無茶だと言ったんだ。願いのから受け取った力が大きすぎて、体が分解しかけている」
「仕方あるまい。私が力を貸さなければ、消滅したのは守護ののほうだ」
と願い石の精霊が答えました。相変わらず冷ややかなくらい冷静な口調ですが、ほんの少し弁解するような響きも混じっていました。精霊の心の有り様は人間とは違っていますが、それでも責任のようなものを感じているのかもしれません。
「フルートは消滅してしまうの!?」
「なんとかしろよ、おい!!」
仲間たちがますます焦っていると、黒いものがふわりと宙を舞いました。花鳥の上からポポロがポチの背中へ飛び移ったのです。星のきらめきと共に舞い降りると、歯を食いしばってうずくまっているフルートを抱きしめます。フルートの体は、苦痛をこらえるあまり、力が入り過ぎて硬直しています。
「ケーツチオヨーダラカノトールフ」
呪文と共にポポロの両腕から淡い緑の光が湧き起こり、フルートの全身を包みました。光がフルートに吸い込まれていくと、とたんに体から力が抜けて柔らかくなっていきます。呼吸も楽になったのでしょう。フルートは大きな息をして顔を上げました。
「収まったよ……ありがとう」
ポポロが魔法でフルートの体を落ち着かせたのです。
フルートは汗を拭って身を起こすと、すまなそうに言いました。
「ポポロに魔法をひとつ使わせちゃったね。ごめん」
仲間たちは思わずあきれました。
「フルート、おまえな──!」
「そこは謝るとこじゃないだろ!」
「ポポロが魔法を使わなかったら、どうなったと思うのよ!」
すると、ポポロが大真面目な顔でフルートを見つめ返しました。
「ええ、魔法を使ったわ。今日の魔法の残りは、あとひとつだけよ。フルートを助けてあげたくても、あと一回しかできないわ」
フルートは顔色を変えました。
「魔法を使い切っちゃいけない! 非常事態に備えて残しておかないと、魔法切れを狙われる!」
「ええ、そうかもしれない。でも、フルートがまた危なくなったら、あたしはためらわずに魔法を使うわ。だって、フルートが危険になる以上の非常事態なんて、あたしにはないもの」
ポポロはそう言って、じっとフルートの目を見つめました。宝石のような緑の瞳は、ことばより雄弁に語りかけてきます。
ついにフルートは目をそらしました。ごめん、とまた謝ってから言います。
「もう、金の石にあんな無茶な光らせ方はしないよ……。どんなに混戦になっても、聖なる光で一掃するような真似はしないから」
「本当ね? 約束できる?」
「約束する」
フルートが素直に誓ったので、仲間たちは思わず肩をすくめてしまいました。どんなに自分が危険になっても、フルートはまた金の石で闇の敵を消すつもりでいたのです。それを思いとどまらせることができるのは、やっぱりポポロだけなのでした。
やれやれ、という顔で二人の精霊が消えていきます。
フルートはばつの悪そうな表情になって話し続けました。
「いけると思ったんだよ……。二千年前の大戦で、まだ光の陣営にいたセイロスは金の石の力で闇の大軍を消滅させていた。セイロスにできたんだから、ぼくにだってできるはずだと思ったんだけど」
「ワン、願い石の話じゃないけど、それは金の石がまだ大きかったからですよ。その分、聖なる光を放つ力も強かったんだ。でも、今はとても小さくなってしまったから」
とポチが言うと、フルートの胸の上で金の石がチカリと光りました。憤慨したような光り方です。
フルートは苦笑しました。
「小さいのは金の石だけじゃない。ぼく自身もそうなんだ。だから金の石に充分な力を与えられないし、願い石の力も受け止めきれないんだ」
「それは仕方ないわ。人間の体はあれだけの力に耐えられるようにはできていないんだもの。これは理(ことわり)よ」
とポポロは大真面目で話し続けましたが、フルートは何も言いませんでした。地上を見下ろせば、ハルマスの砦の中では混戦が続いているし、砦のすぐ外側にも闇の軍勢が群がっています。本当におびただしい数ですが、フルートにはそれを一掃することができないのです。どうしてもやりたければ、禁じられた願いを口にするしかありません──。
すると、いきなりゼンがフルートの頭をたたきました。
「ったく! 俺たちが一緒に戦ってるんだって、何度言わせるつもりだ!? 狩りだってそうだ。ひとりじゃ無理でも、全員でかかれば馬鹿でかい大熊だって大猪だって倒せるんだからな」
「その通りね。フルートったら、すぐに自分だけで何とかしようとするんだから」
「そら、こんなところでぐずぐずしてないでさ、早いとこハルマスの敵を倒しに行こうよ。みんなきっと待ってるよ」
ルルやメールにも言われて、フルートはまた苦笑しました。何もかも仲間たちが言うとおりなので、反論の余地がありません。
フルートはポポロに言いました。
「またメールのほうに乗っててもらえるかい? ぼくたちはかなり飛び回ると思うんだ」
ええ、とポポロは素直に花鳥に戻っていきました。彼女が乗っていると、その分ポチが重くなって動きにくくなるのです。
「さぁて、どこへ行く?」
とゼンがハルマスを見渡しました。西のほうはここからでは見えませんが、東と北では防塁を挟んで激戦が繰り広げられていました。砦の中でも、穴をくぐって出現した敵と兵士で乱戦が起きています。
「中の敵だな。なんとか撃退しないと」
とフルートが言ったので、一行は砦の内側へまっすぐ降りていきました──。
砦の中では兵士たちが闇の敵と戦い続けていました。
ロムド軍の兵士だけではありません。援軍として集まっていたテト国やエスタ国の兵士、ユラサイ国やその周辺国の歩兵たちも戦っています。
人数としては決して少なくありませんが、彼らは非常に苦戦していました。切っても突いても闇の敵が死ななかったからです。動きを封じて火を放てば良いとわかっていても、敵もそう簡単には捕まってくれません。しかも敵は闇魔法も使ってくるのです。
「うわぁっ!」
せっかく捕らえたジブに魔法でロープを切られて、テト兵たちがひっくり返りました。油をかけようとしていた兵士が思わずたじろぐと、ジブが手を突きつけて吹き飛ばします。
「まったく生意気な連中だな。弱っちい人間のくせに」
ジブは悪態をついて剣を抜くと、テト兵に飛びかかっていきました。まだ起き上がれずにいた彼らを片端から切り捨てていきます。
すると、その手に銀の矢が突き刺さりました。次の瞬間、剣もろともジブの右腕が消えてしまいます。
悲鳴を上げて振り向いたジブに、ルルとゼンが迫っていました。ゼンが二本目の矢を放ちます。
光の矢はジブの胸に深々と突き刺さり、まばゆい光になってジブを呑み込みました。そのまま消滅してしまいます。
そのあとに何人ものテト兵が深手を負って倒れているのを見て、ゼンは思わずつぶやきました。
「フルートの金の石なら治せるんだろうけどよ……」
「だめよ! 無理がかかるから、フルートにはしばらく金の石を使わせられないわ!」
とルルが反論すると、ゼンは顔をしかめました。
「わぁってる。それにあいつは敵と戦わなくちゃいけねえからな。金の石の勇者の役目ってのはそっちだ。味方の怪我を治療することじゃねえ」
すると、そこへ十人あまりの集団が駆けつけてきました。白っぽい服を着て袋を担いだ修道女たちで、後ろには大柄な男たちが従っています。
「この場は私たちにお任せください!」
と修道女たちはゼンたちを押しのけて袋を下ろしました。中から薬や包帯などを取り出して、怪我人の手当を始めます。負傷兵の救護に当たる修道女たちでした。
「気をつけろよ!」
とゼンは言って、また光の矢を放ちました。こちらへやって来そうな敵を倒します。
危険な場所でも、修道女たちはひるみませんでした。ユリスナイに祈りを捧げ、声を掛け合いながら手当を続けます。応急処置がすんだ怪我人を、男たちが担架(たんか)で病院へ運んでいきます──。
一方、メールとポポロが乗った花鳥は、攻撃力の強い青い色になっていました。兵士たちと戦うジブを見つけては、まっしぐらに飛んでいって襲いかかります。花鳥を作る星の花には聖なる力があります。くちばしで突き刺されたジブは重症を負い、さらにその怪我が治ることもありませんでした。動けなくなったジブを兵士たちが捕らえて火を放ちます。
「これで三体目! 次はどこさ!?」
とメールに聞かれて、ポポロは遠い目になりました。魔法使いの目に闇の敵は映らなくても、砦の兵士が苦戦に陥っている様子は見えます。
「あっちよ!」
とポポロが指さしたほうへ花鳥が飛び、兵士を襲っていたジブを追い払います。
すると、兵士のひとりが突然叫びました。
「上、上! 来るぞ!」
翼を持つトアが舞い戻ってきて、空から花鳥に襲いかかろうとしていたのです。はっと振り向いたメールとポポロへ槍を投げつけます。
すると、花鳥がばさりと片方の翼を上げました。一瞬で青い翼が白く変わり、少女たちをその陰に守ります。闇の槍は翼に当たって砕けて消えました。キィッと花鳥が首を伸ばして、トアの翼を突き破ってしまいます。
トアは先のジブの横に落ちて一緒に捕まりました。たちまち油と炎で焼かれてしまいます。
「ありがと、助かったよ!」
危険を知らせてくれた兵士にメールが感謝すると、兵士たちがいっせいに手を振り返しました。
「こっちこそ助けてくれてありがとう!」
「まだ空にも少し敵がいるぞ!」
「気をつけろよ!」
そこへ地面の穴から新しいジブが現れたので、兵士たちはそちらへ走っていきました。
「メール、あたしたちはあっち!」
とポポロが別の場所の戦闘を指さしたので、メールはすぐに花鳥を向かわせます──。
フルートはポチと一緒に砦の上を飛び回っていました。
苦戦したり襲われたりしている兵士を見つけると、舞い降りて敵に切りつけます。フルートが手にしているのは光炎の剣でした。かすっただけで敵は火を吹き、光と炎に呑まれて燃えていってしまいます。
闇の敵が簡単に倒されていくので、兵士たちは大喜びでやんやの喝采を送りました。大変な英雄扱いでしたが、フルートはそんなものにはかまわず、敵から敵へと飛び回って切り捨てていきました。敵が燃え上がれば、また次の敵。縦横無尽に飛んで攻撃を続けます。
それがあまり激しかったので、ポチはつい尋ねてしまいました。
「ワン、大丈夫ですか、フルート?」
敵は大半が最下位の親衛隊のジブでした。角や牙がありますが、人間とほとんど同じ姿をしていて、ことばも話します。フルートに切られれば悲鳴を上げるし、炎の中で苦しみながら燃えていくのです。フルートが平気なはずはありませんでした。
「うん……」
とフルートは答えました。それ以上は何も言わずに、また敵に切りつけます。
利き腕を切り落とされたジブは悲鳴を上げ、次の瞬間、燃え上がって絶叫しました。そのまま炎の光の中に消えていってしまいます。
──みんなを守らなくちゃいけないから。
そんなフルートの声がポチに聞こえた気がしました。ひとりごととしても小さすぎる声です。心の中のつぶやきが洩れ出たのかもしれません。
誰かを守るための戦いは、誰かを倒す戦いです。その矛盾に耐えながら、フルートは黙って剣をふるい続けます。
すると、突然彼らの真下から声がしました。
「あいつが金の石の勇者だ! 行け!」
見ると、ひとりのジブが立っていて、すぐ近くの地面に大きな穴が空いていました。砦の外とつながっている穴に違いありませんが、そこから新たなジブは現れません。
代わりに穴から飛び出してきたのは、巨大な黒い怪物でした。丸い体をぬらぬら光らせながら宙に舞い、また落ちていきます。
「ワン、危ない!」
ポチは急旋回しました。フルートのすぐ後ろを黒いものが勢いよくたたいて、ポチの風の体を真っ二つにします。
けれども、ポチはすぐにまたつながって、ユラサイの竜のような長い体に戻りました。身をくねらせて攻撃を避けます。
彼らを襲ったのは、怪物の尻尾でした。丸い体の先にあって、尾びれのようなものがついています。
「魚!?」
意外なものが地中から現れたので、フルートとポチは驚いて怪物を見下ろしました──。