「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第27巻「絆たちの戦い」

前のページ

70.闇の軍勢・3

 ところが、ハルマスの砦ではすでに激しい戦闘が起きていました。空の敵が降りてくる前に、敵が侵入していたのです。

 地上の敵は防塁に阻まれて立ち往生していましたが、一部が怪物の掘った穴をくぐり抜けてハルマスに現れていました。ジブと呼ばれる最下級の兵士たちで、腕は二本、翼はなく、黒髪に血の色の瞳、黒い服を着て親衛隊の象徴を巻いています。それが地面に空いた穴から次々飛び出してくるので、砦は大混乱に陥っていました。剣や槍でどんなに攻撃しても、闇の民はすぐに回復するので、倒すことができないのです。

 すると、オリバンの声が響きました。

「こいつらは闇の怪物と同じだ! 動きを止めて焼き尽くせ!」

 オリバンが作戦本部から馬で飛び出してきたのです。

 そこで兵士たちは数人のグループを作り、協力しながら縄や鎖で敵を絡め取りました。どんなに切りつけても傷が治ってしまうジブですが、油をかけて火を放つと、悲鳴を上げながら燃えていきました。復活するより早く燃え尽きてしまいます。

「ひるむな! 敵を討ち取るのだ!」

 とオリバンは馬で走りながら激励しました。そこへジブが襲いかかってきたので切り捨てます。とたんに、リーン、と涼やかな音が響いてジブが消滅しました。オリバンが握っていたのは聖なる剣だったのです。

 

 セシルも馬で駆け回り、ジブを見つけて言いました。

「行け、管狐!」

 とたんに大狐が現れて敵に襲いかかりました。鋭い牙に噛まれてもジブは死にませんが、押さえ込まれて動けなってしまいます。そこへナージャの女騎士たちが駆けつけ、油をかけて火を放ちました。ロムド兵たちと同じように、数人がかりで敵を絡め取って火を放つ女騎士もいます。

 それを見て、ジブの一人がどなりました。

「出てこい、ジムグリ! あいつらをまとめて呑み込め!」

 地面にはジブたちが飛び出してきた穴がありましたが、そこから赤と黒の巨大な蛇が飛び出してきました。地中に穴を掘ってきた怪物です。くねりながら女騎士たちに襲いかかろうとします。

 すると、セシルが前に飛び出しました。大蛇をきっとにらみつけて命じます。

「下がれ! 部下たちに手出しは許さん!」

 とたんに大蛇は地面に落ち、鎌首を大きく引きました。丸い目はセシルを恐れています。彼女には生まれつき魔獣を従える能力があるのです。

 セシルは大蛇のジムグリを見据えたまま、また命じました。

「ここを立ち去れ! そうすれば見逃してやる! 闇の軍勢になど加勢するな!」

 大蛇ははっきりとためらいました。その場から逃げ出したそうに、出てきた穴を振り向きます。

 それを見てジブがどなりました。

「何をしている、ジムグリ! 連中を食い殺せ! さもないと稲妻を食らわすぞ!」

 それでも大蛇が従わないので本当に魔法を繰り出そうとすると、大蛇が動き出しました。セシルや女騎士たちではなく、自分に命じたジブへ襲いかかって丸呑みにしてしまいます。

 女騎士たちが驚いていると、大蛇は穴に飛び込んでいきました。まだ中にいたジブにも襲いかかったのか、地中からたくさんの悲鳴が聞こえてきて、やがて静かになります。大蛇は逃げていったのです。

 けれども、セシルや女騎士たちには安堵している暇などありませんでした。砦にはすでにかなりの数の敵が入り込んでいて、いたるところで戦闘が起きていたのです。

「倒せ! ひとり残らず討ち取るんだ!」

 セシルは叫んでまた馬で駆け出します──。

 

 ハルマスの東の防塁では、天狗がカラス天狗と一緒に空を見上げていました。そちらから空飛ぶ敵のトアやドルガが大軍で接近していたのです。

「このうえ敵が入り込んでは、たちうちできん。追い払うぞ」

 と天狗は腰に下げていた団扇(うちわ)を取り上げました。何枚もの羽根を掌を広げたような形に束ねたもので、天狗が手にしたとたん、ぐんと二回りも大きくなります。あおげば大風を巻き起こす、天狗の羽団扇です。カラス天狗も自分の団扇を取り上げましたが、こちらはあまり大きくなりませんでした。それでも天狗と一緒にあおごうとします。

 ところが、いきなりゴウッと風の音がして、砦の中から猛烈な風が湧き起こりました。空から接近してくる敵の集団にまともにぶつかって、半分ほども吹き飛ばしてしまいます。

 天狗とカラス天狗が驚いて振り向くと、いつの間にか防塁の上によじ登っていたオーダが、大剣を振り下ろした格好で空をにらんでいました。

「群敵(むらてき)撲滅剣!」

 と例によって適当な技名を宣言します。

 ほう、と天狗は感心しました。

「風の剣か。これはまた珍しいものを持っているな」

「ひょっとして、あんたらのお株を奪っちまったか? だったら悪かったな」

 とオーダは剣を引いてにやりとしました。が、防塁の下から辺境部隊の兵士たちが呼びかけてきたので、振り向いてどなりました。

「んなもん知るか! てめえの手柄くらいてめえで立てろ! それが俺の部隊のモットーだぞ!」

 部下たちはオーダに、自分たちは何をして戦えばいいのか聞いてきたのです。無責任にも聞こえる上官の指示に、彼らは顔を見合わせ、てんでに敵を探して駆け出しました。

「いいのかね? 見たところ、おまえは彼らの隊長のようだが」

 と天狗が言ったので、オーダは肩をすくめました。

「いいんだよ。どうせこの状況じゃ、片っ端から敵をたたくしかないんだからな。そんなもんに作戦も糞もあるか」

 言いながら風の剣をまた振り下ろしますが、今度はあまり敵を吹き飛ばすことができませんでした。敵がオーダの剣筋を見極めて、素早く風をかわしたのです。あっ、この野郎! とオーダが歯ぎしりします。

 天狗はちょっと笑いました。

「おまえの剣が生む風は鋭すぎるのだ。こういう場合はわしたちの道具のほうが役に立つな」

 とカラス天狗と一緒に団扇を振ります。

 すると、ゴゴゴゥと激しい風が湧き起こり、散開していた空の敵をさらに遠くへ吹き飛ばして、散り散りにしました。そこへ空から下りてきたフルートたちが追いついて、敵を一体ずつ片付け始めます──。

 オーダは口を尖らせて天狗を見ました。

「俺の手柄を横取りしないでくれ。しっかり戦ってるところをあいつらに見せつけて、後でたんまりご褒美をもらうんだからな」

 天狗は声を上げて笑い出しました。

「邪魔をする気はない。では、ここは貴殿に頼むとするか」

「しかし天狗殿、たったひとりでは」

 とカラス天狗が心配すると、天狗は答えました。

「心配なかろう。どうやらこの御仁は勇者たちの友人らしい。それに、ひとりでもないようだ」

 と防塁を上ってきた白いライオンを眺めます。

 オーダは吹雪を振り向いて言いました。

「来たな、吹雪。接近した敵は俺が撃ち落とすからな。とどめはおまえに頼んだぞ」

 ガゥン。得意そうにライオンが応えます。

 そんな吹雪に、天狗は手にした錫杖(しゃくじょう)をちょっと向けました。淡い光を飛ばして言います。

「獅子の爪と牙に聖なる力を与えておいた。これで頼んだぞ」

「吹雪に聖なる力だと? そんなことができるのか? それじゃあ、俺のこの剣にもぜひ聖なる力を──!」

 とオーダは慌てて言いましたが、天狗とカラス天狗はもう防塁を離れて砦の中に舞い降りていました。別の敵と戦うために走って行きます。

「ちぇっ、ヒムカシの妖怪ってのは意外にケチだな」

 オーダが文句を言うと、ガォン、と吹雪がまたほえました。空から敵のトアが迫っていたのです。

「わぁってるって! そぉら、飛んでくる敵を一網打尽の剣だ!」

 技名はでたらめでも、剣の威力は強烈です。風をまともに食らったトアが、きりもみしながら落ちてきました。防塁の上に巡らした防壁の内側に墜落したので、吹雪が飛びかかって噛みつきます。とたんに敵は吹雪の下から消滅しました。聖なる牙と爪がとどめを刺したのです。

「よぉしよし、これで行くぞ! 俺たちの大活躍を空からよぉく見てろよ、フルート!」

 オーダは大声で言うと、また剣を振って空の敵を落としました。それが防壁の内側であれば、吹雪が襲いかかって倒します。落ちた拍子に防壁にぶつかったトアは、柵に流れる聖なる魔法に触れて消滅していきます──。

 

「ワン、オーダと吹雪が東の防塁で戦ってくれてますよ」

 ポチが空を飛びながらフルートに言いました。

 フルートは剣をふるってトアを仕留めようとしていましたが、素早く逃げ回られるので、金の光を浴びせました。敵が落ちていくのを確かめてから、防塁を振り向きます。

「オーダは聖なる武器は持っていない。大丈夫かな」

「大丈夫そうだな。なんかしらねえが、吹雪が闇の連中を消滅させてやがる」

 とゼンが防塁に目をこらして言いました。ついでに目の前に迫っていたトアを光の矢で射落とします。

「でも、ハルマスにもう闇の敵がいっぱいよ! 地下から入り込んだんだわ!」

 とポポロが言いました。彼女の魔法使いの目には、砦のあちこちに空いた穴から、ジブが飛び出してくる様子が見えていました。大蛇のジムグリはセシルに退散させられましたが、穴を掘る怪物は他にもまだたくさんいたのです。

 兵士たちは集団で敵の動きを止めては火をかけていましたが、そんなものでは片付けきれないほどの敵が入り込んでいました。いたるところで兵士がジブに襲われ、深手を負っていました。砦の入り口に走って門を開けようとするジブたちもいます。

「門を開けられたら軍勢がハルマスになだれ込むわよ!」

 とルルが言いました。

「あの大軍がハルマスに入ったら、さすがにまずいよ! どうすんのさ、フルート!?」

 とメールが尋ねます。砦の東の門の外は、押し寄せた闇の軍勢で真っ黒に埋め尽くされていたのです。本当に、どのくらいの数がいるのか見当がつきません。

 ポポロがまたフルートへ身を乗り出しました。

「あたしの魔法を使いましょう! それしか方法はないもの!」

 強く言われて、フルートは唇を噛みました。ひとつだけなら、ポポロの魔法を使っても良いような気はします。どう使うのがいいんだろう、とハルマスを見下ろします──。

 

 すると、東の門のすぐ内側に、いきなり大きな水柱が吹き上がりました。門を開けようとしていたジブたちは、水に吹き飛ばされ、さらに飛んで来た光に貫かれて消滅していきました。

 水柱が収まって地中に消えた後、門の前に立っていたのは、河童と数人の男女でした。全員が色の違う長衣を着て手に杖を構えています。ロムドの魔法軍団です。

 新たな敵がまた門を狙ってやってくるのを見て、河童が言いました。

「連中に門を開けさせてはなんねえ! 門を死守するだ!」

「もちろんよ!」

「ユリスナイ様の名にかけて、闇の連中は排除してやる!」

 仲間の魔法使いたちはいっせいに杖を振りました。ほとばしった光が闇の敵に命中して、また消滅させます。

「ワン、砦の建設に当たっていた魔法使いたちだ! よかった!」

 とポチは言いました。

「おっと、北の門には天狗たちが行ったぜ」

 とゼンも目をこらして言いました。そちらにも砦の内と外から敵が向かっていたのですが、それより早く、ヒムカシの妖怪たちが駆けつけて門を守り始めたのです。砦の中から何かが空に舞い上がり、稲妻のようにひらめきながらまた降りていきました。ドドーンという轟音に、たくさんの闇の民の悲鳴が重なります。雷獣が敵を打ちのめしたのです。

「西の門は!?」

 とフルートはポポロに尋ねました。さすがに砦の西側は遠くて、肉眼で見ることはできません。ポポロがすぐに遠い目になって答えました。

「砦の西側の門と防塁は竜子帝の飛竜部隊が守っているわ! ラクさんやユラサイの術師たちも一緒よ!」

「竜子帝やリンメイがなかなか姿を見せないと思ったら、そっちに行ってたんだね」

 とメールが納得します。

 これでハルマスの東と北と西には、それぞれ強力な守備がついたことになります。

「ハルマスの南はリーリス湖に守られている。空の敵さえ撃退できれば、ぼくたちも砦の中の敵を倒しに行けるぞ」

 とフルートは言いました。東の防塁ではオーダが風を起こして接近する敵を吹き飛ばし、落ちた敵は吹雪が仕留めていましたが、それでも空の敵はまだたくさんいました。フルートたちならば確実に倒すことができるのですが、敵は勇者の一行が接近するとすぐ逃げるようになっていて、なかなか倒すことができません。

 ついにフルートはまたペンダントに呼びかけました。

「金の石、空の敵をまとめて消すぞ! いいな!?」

 たちまち金の石の精霊が姿を現して口を尖らせました。

「この広い空にどのくらい闇の敵がいると思うんだ。無茶を言うな」

「そう、小さな守護にはとても力及ばないことだ。そんなことをすれば、守護のが砕けて消えるではないか」

 と願い石の精霊も姿を現して言いました。侮辱されたと感じて腹を立てた精霊の少年と、にらみ合いになります。

 けれどもフルートはかまわず言いました。

「光れ、金の石! 最大出力だ!」

「だから君はどうして──!」

「私の喧嘩相手を消すなと何度言えば──」

 精霊たちがフルートへ文句を言う声がして、金の石が猛烈な光を放ち始めました。願い石の精霊がしっかりフルートの肩をつかんでいたのです。照らす光があまりに強くて、仲間たちは思わず悲鳴を上げました。花鳥が自分から動いて白い繭(まゆ)を作り、メールとポポロとゼンとルルを包み込みます。

 

 光が収まると、大半の空の敵は跡形もなく消えていました。かろうじて消滅を免れたトアが、必死に飛んで逃げていきます。そのくらい、最大出力の金の光は強烈だったのです。

 空に敵がいなくなったのを見て、フルートは言いました。

「降りるぞ! 砦を守るんだ!」

 白い花の繭がまた花鳥に変わり、中から仲間たちが出てきました。先を行くフルートを追いかけて舞い降りようとします。砦の中では味方が闇の敵と戦い続けています。

 すると、フルートが急にポチの背中でうずくまりました。崩れるように倒れていきます。

「フルート!?」

 仲間たちは驚いて駆けつけました。フルートが滑り落ちそうになったので、ポチは慌てて降下するのをやめます。

「フルート! おい、大丈夫か!?」

「フルート! フルート!」

 仲間たちが取り囲む中で、フルートは自分の上半身を抱いて脂汗を流していました──。

2020年12月16日
素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク