押し寄せてくるドルガの集団に、勇者の一行は思わず後ずさりました。
さすがに二十体ものドルガを相手にするのは厳しいので、空の一カ所に集まります。
すると、ポポロが身を乗り出しました。
「あたしが魔法で撃退するわ! あたし、今日はまだ魔法を使ってないから!」
フルートは首を振りました。
「それはぎりぎりまで残しておくんだ! でないと、また魔法切れを狙われて誘拐される!」
ポポロはことばに詰まりました。魔法は二回使えるのよ、と言いたかったのですが、フルートの声が厳しすぎて反論することができなかったのです。思わず涙ぐんでしまいます。
すると、メールが言いました。
「ポポロのことなら心配いらないよ。あたいもいるんだからさ。フルートは自分のことを考えな」
話しながら鳥の首元をたたくと、鳥を形作っていた花が音を立てて動き出しました。青い色が消えて白くなり、さらに形が変わって丸くなっていきます。たくさんの白い花でできた球体になったのです。
フルートたちが驚いていると、球体の中からメールの声がしました。
「星の花の繭(まゆ)だよ。白い花は防御力が強いからね。とりあえず、敵が減るまでこれでポポロを守ってるから、安心して戦いな」
白い繭には白鳥のような大きな翼もあって、羽ばたきを繰り返していました。そうやって空に浮いているのです。
「へっ、さすが花使いの鬼姫だぜ」
とゼンが笑います。
その間にもドルガたちは接近していました。ゼンが光の矢を放って先頭のドルガを射落とします。
フルートはその隣で光炎の剣を構えました。背後には白い花の繭があります。
ドルガたちは光の矢に恐れる様子もなく突進してきました。またひとりが矢に落ちていきますが、他のドルガが武器を振り上げて襲いかかってきます。
それを充分惹きつけてから、フルートは叫びました。
「光れ、金の石!」
たちまち聖なる光が輝いて、ドルガたちを悲鳴もろとも溶かしていきます──。
ところが、光が収まってみると、消えたドルガは半分足らずでした。残りの十人あまりは盾を前に構えて空に浮いています。
「ワン、また金の石が効かない!?」
とポチは驚きました。先のトアは人間でしたが、今目の前に群がるドルガたちは、黒髪に赤い目、角も牙もあるれっきとした闇の民です。
フルートはまた言いました。
「もう一度だ!」
金の石が先ほどよりさらに強く輝いて、ドルガたちを照らします。
すると、ドルガが構える盾の表面が広がってうごめき始めました。金の光は盾を溶かしていきますが、その奥から渦巻きながら盾が再生していくのです。光は盾に遮られてドルガたちに届きません。
「なによ、あの盾!? 金の石で溶かせないの!?」
とルルも驚きました。渦巻く盾の表面は、湧き上がる黒い霧か泥のようにも見えます。
すると、フルートたちの横に金の石の精霊が姿を現しました。金色の瞳でドルガの盾を見据えて言います。
「あれは表面におどろを据えた盾だ。だから際限なく再生してくる──。先の光と闇の戦いでも闇の軍勢が使った武器だ」
そこへ光が湧き起こって、願い石の精霊も姿を現しました。炎のようなドレスと髪を揺らしながら、敵の盾をにらみつけます。
「道理で先程から不愉快な気配がしていたはずだ。おどろの盾だと? 趣味が悪い」
普段ほとんど感情を表さない彼女が、はっきりと嫌悪の表情を浮かべていました。そのくらいおどろが大嫌いなのです。
金の石の精霊が冷ややかに言いました。
「どうする、願いの? 先日ハルマスをおどろが襲ったときのように、おどろを怖がって引きこもるか?」
精霊の女性の瞳に炎のようなものがひらめきました。精霊の少年をにらみ返して言います。
「私はおどろを恐れてはいない。ただ関わりたくないだけだ」
「でも、連中はフルートを狙っている。嫌でも関わることになるだろう」
少年の声はあくまでも冷静です。
ふん、と女性は鼻を鳴らしました。横目で少年を見ながら言います。
「そなたの力が不足しているから、おどろの盾を破壊できないのだ。あのおどろは小さい。呑みきれないほどの光を与えればよかろう」
金の石の精霊も、むっとした顔になりましたが、願い石の精霊はかまわずフルートの肩をつかみました。
「そら、さっさと連中を消滅させるがいい」
とフルートをせかします。
フルートは思わず苦笑をして、すぐに言いました。
「光れ、金の石! 全開だ!」
フルートの胸でペンダントが輝きました。先ほどの何十倍、何百倍もの輝きで周囲を金色に照らします──。
光が収まったとき、おどろの盾を構えていたドルガは元より、そこからずっと離れた場所にいた闇の軍勢も、半数以上が姿を消していました。願い石の支援を受けた金の石が強烈に照らして、ごっそり消し去ったのです。
将軍は後方でまだ生き残っていましたが、フルートの両脇にまだ二人の精霊がいるのを見て、作戦を変更しました。
「娘を捕らえるのは後回しだ! まず敵の砦を占拠する! 行け!」
と眼下のハルマスを示します。
空に残っていた軍勢は、フルートには近づきたくなかったので、すぐに降下を始めました。ハルマスは周囲を魔法の防壁で囲まれていますが、空はがらあきになっていました。砦の中へ次々舞い降りていきます。
「あ、この野郎!」
「メール、ポポロ、追うぞ!」
ゼンとフルートの声に白い花の繭がほどけて花鳥に戻りました。敵を追ってハルマスへ降りていくフルートたちの後を追いかけます。
すると、花鳥の背後に将軍がいきなり姿を現しました。空間移動してきたのです。
「やはり出てきたな。そら、天空の娘をよこせ!」
とポポロへ腕を伸ばし、同時にメールへ太い槍を繰り出します。メールはかわそうとしましたが、間に合いません。
とたんに、ざざっと鳥の体からまた白い花が離れました。花の壁を作って立ちはだかります。将軍の槍は花の壁に当たって砕けました。ポポロを捕まえようとした手も壁に跳ね返されます。
「この──!」
将軍が大剣を振り下ろすと、花の壁が切り裂かれて隙間ができました。そこからまたポポロを捕らえようとしたので、メールが花で防ごうとします。
すると、将軍は急に動きを止めました。手はポポロへ伸ばしたままですが、のけぞるような姿勢になって背後をにらみます。
そこにはポチに乗ったフルートがいました。気がついて飛び戻ってきたのです。将軍の喉元に光炎の剣を突きつけて言います。
「ポポロに手を出すな。彼女は渡さない」
将軍は顔を歪めて牙をむきました。握っていた大剣ともう一本の剣と槍とで、いっせいにフルートに攻撃します。武器の切っ先はすべてフルートの顔を狙っています。
「光れ!」
とフルートがまた叫ぶと、金の石が輝いて、将軍の武器を腕ごと溶かしました。さらに将軍の翼も溶かしたので、将軍は墜落していきました。大きな石のように地面に激突して見えなくなります。
ふぅ、とフルートは息を吐きました。ポポロとメールが無事なのを確かめると、すぐに言います。
「ハルマスが空から襲撃される。守るぞ!」
「ええ!」
「あいよ!」
ハルマスへ舞い降りていく闇の軍勢を追って、フルートたちは急降下していきました──。