将軍に「金の石の勇者を殺して、天空の国の娘を奪い取れ!」と命じられて、闇の軍勢はいっせいにフルートとポポロを見ました。黒ずくめの姿に角や翼をもったトアやドルガたちです。
勇者の一行も空中で身構えました。
「やっぱりポポロを狙ってるのね」
「フルートを殺すだと。ぬかしやがれ」
とルルとゼンが唸り、フルートとポチは敵をにらみつけました。メールは自分とポポロが乗った花鳥を攻撃力の高い青い色に変えます。
「金の石の勇者、あれが?」
「天空の娘はあんなガキなのか?」
闇の軍勢からは驚きとまどう声が聞こえていました。もっと大人を想像していたのでしょう。
将軍がまた言いました。
「娘を奪った者には闇王から褒美があるぞ! 階級昇進だ!」
とたんに軍勢からオォォォ!!! と声がわき起こりました。階級があがることは彼らの究極の目標なのです。
「よぉし、昇進だ!」
「ドルガになれるぞ!」
「馬鹿を言え! ドルガになるのは俺だ!」
「邪魔をするな、トアども! あれはわしらドルガの獲物だ!」
軍勢はいっせいに突進を始めました。味方を出し抜き、自分が真っ先に勇者の一行へ襲いかかろうとします。そこには協力など存在しませんでした。味方がライバルなのですから、飛びながら隣のトアやドルガを押しのけ、引き戻し、先へ出ようとします。
フルートは光炎の剣を構えて花鳥の前に出ました。先頭のトアが切りかかってきたので、剣で受け止め押し返します。
その間に横をすり抜けようとしたトアに、ゼンが次々光の矢をお見舞いしました。矢に翼を焼かれて、トアたちが墜落していきます。
「邪魔だ、どけ!」
四本腕のドルガが追いついてきて、フルートと戦っていたトアを棍棒で殴り飛ばしました。トアは墜落していって、ドルガがフルートの相手になります。
ドルガが棍棒だけでなく槍と大剣も握っていたので、ポチは距離を取って下がりました。フルートは腕が二本しかないし盾も装備していないので、ドルガの攻撃を防ぎきれないのです。
ところが、フルートがすぐに言いました。
「停まれ、ポチ! これ以上退くな!」
すぐ後ろに花鳥がいて、ぶつかりそうになったのです。花鳥の背中にはメールとポポロがいます。
一方他のトアやドルガは彼らの背後に回り込んでいました。花鳥に後ろから襲いかかろうとします。
「させるか!」
ゼンはそちらの敵へ光の矢をお見舞いしました。それでも倒しきれない敵は、ルルが身を翻して風の刃で切り払います。
フルートと向き合っていたドルガが、にやにやしながら言いました。
「俺は闇王様に将軍にしてもらいたいだけだ。貴様の命などどうでもいい。見逃してやるから、その娘を渡してとっととあっちへ行け」
「断る」
とフルートは答え、即座に剣を頭上へ振り上げました。フルートが言った瞬間、ドルガが返事も聞かずに斬りかかってきたからです。フルートがなんと答えても見逃すつもりなどないのです。ドルガの剣がフルートの剣とぶつかり合います。
すると、ドルガが右下の腕で棍棒を繰り出しました。剣を受け止めているフルートを横から殴り飛ばそうとします。
ウォン!
ポチは大きな頭をねじって棍棒に食いつきました。棍棒をくわえてドルガから奪い取り、風の牙で噛みくだきます。
ドルガは目をむき、すぐに左下の腕で槍を突き出しました。フルートの顔を突き刺そうとしますが、そちらには青い花でできた蔓が絡みつきました。メールが花鳥から蔓を飛ばしたのです。あっという間に槍をドルガから奪い取って、メールの手元へ運びます。
「そら!」
メールは槍をドルガへ投げ返しました。蔓もまだ絡みついていて、槍に速度を加えます。
黒い穂先はドルガの鎧を突き破って脇腹を貫きました。ドルガが悲鳴を上げて傷を押さえます。
「はっ!」
フルートは大剣を押し返し、返す刀でドルガに切りつけました。ドルガがとっさに身をかわしたので、黒い鎧に傷ができます。
とたんに鎧が火を吹きました。ドルガの鎧は金属でできていたのですが、切られた場所から燃え上がったのです。ドルガはあわてて鎧を脱ぎ捨てようとしましたが、象徴の鎖が上から巻き付けてあったので、脱ぐことができませんでした。あっという間に炎に包まれて落ちていきます。
フルートは顔を歪め、すぐにまた目を上げました。ドルガがいなくなった場所へ、次の敵が押し寄せてきたのです。降ってきた剣を剣で受け止めて押し返します──。
「ったく、きりがねえな」
光の矢を連射しながらゼンが言いました。魔法の矢筒が矢を増やすので、矢が尽きるということはないのですが、いくら射落としても切り払っても、後から後から敵が押し寄せるので、いっこうに敵が減らないのです。
「ポポロ、大丈夫!?」
とルルが尋ねると、花鳥の上からポポロが答えました。
「ええ、もちろん。でも、地上にもすごい数の敵がいるわよ。早くしないと、ハルマスに侵入されるかも……」
空を飛べない敵は黒い川のようにハルマスへ押し寄せ、防塁にたどり着いていました。急な土の斜面を登って乗り越えようとしますが、聖なる魔法で強化された柵にふれると、弾き飛ばされて転がり落ちていきます。ただ、敵は本当に多かったので、弾かれても飛ばされても押し寄せ続けていました。そのうちに数で押し切られそうです。
ゼンは舌打ちすると、トアと切り結んでいるフルートにどなりました。
「いちいち戦って相手してる場合じゃねえ! 早いとこ片付けろ!」
フルートはまた顔を歪めました。願うような目をトアに向けますが、敵はまったく引く気配がありません。さらにその後ろにも、隙あれば攻撃しようと待ち構えている敵の集団がいます。
フルートはついに叫びました。
「光れ!!」
フルートの胸の上でペンダントが輝き、トアたちを照らしました。
闇の敵たちはたちまち悲鳴を上げて飛びのきましたが、金の石がまだ輝いていたので、体まで溶かされて落ちていきました。あっという間にフルートの前から敵がいなくなります。
フルートは振り向くと、今度は背後の敵へペンダントを向けました。そちらでも大騒ぎが起きて、闇の敵が次々空から落ちていきます。
フルートはペンダントを構えたまま周囲を見回しました。闇の敵はまだ空にたくさんいますが、フルートが向くと、いっせいに光が届かない場所まで後ずさります。そうするうちに金の石が光を収めましたが、敵は近づこうとしませんでした。勇者の一行を遠巻きに取り囲みます。
すると、軍勢の背後から将軍がまたどなりました。
「おまえの出番だ! 行け、ズーズー!」
フルートたちは怪物が出てくるのかと身構えましたが、敵の中から飛び出してきたのはトアでした。鳥のような翼を羽ばたかせて、たったひとりで向かってきます。翼も着ている服も黒ですが、髪だけは鮮やかな赤い色をしています。
フルートはまた顔を歪めました。聖なる光を浴びれば、闇の民は消滅するのに、赤毛のトアはためらうこともなく突進してきます。その手には大きな剣が握られています。
「光れ!」
とフルートはまた言いました。ペンダントが金の光を放って、迫る敵を照らします──。
ところが、赤毛のトアは平気でした。聖なる光をまともに浴びているのに、体が溶け出さなかったのです。フルートに迫って斬りかかります。
フルートはとっさに剣で受け止めました。敵を押し返しながら、思わず尋ねます。
「どうして金の石の光が効かない!? 防ぐものを身につけているのか!?」
「さてな。そんなことを教える義理はないな」
と赤毛のトアが言いました。フルートの胸で金の石は光り続けていますが、それを至近距離で浴びても、やっぱり溶け出すことがありません。やがて金の石がまた力尽きたように光を収めてしまいます。
「おまえたちも行け!」
と六本腕の将軍がまた言いました。赤毛のトアが聖なる光を遮るとわかって、他の敵もまた押し寄せ始めます。
「こんちくしょう!」
ゼンは赤毛のトアめがけて光の矢を放ちました。矢が銀の光跡を引きながら命中します。
ところが、矢は赤毛のトアを素通りしました。そこに何もなかったように飛び続けて、背後に迫っていた敵の中に飛び込みます。とたんに燃えるような光が湧いて、ひとりのドルガが落ちていきました。流れ矢に当たったのです。
赤毛のトアが光の矢も平気だったので、フルートは本当に驚きました。改めて敵を観察して、その頭に角がないことに気がつきました。こちらを見ている目の色も、血のような赤ではなく、薄い緑色です──。
「おまえは人間なのか!?」
とフルートは尋ねました。まさか、と思ったのですが、相手はにやりと笑いました。
「ご名答。俺の名前はズーズーだ。闇の民になりたくて、人間の世界を捨てて闇の国へ行ったんだよ」
それでか……とフルートは考えました。相手が人間では聖なる光は効かないし、光の矢も素通りしてしまうのです。
「なんで闇の民の仲間になったんだ!?」
とフルートは尋ねながら、相手を強く押し返しました。剣を握り直して切りつけます。
赤毛のトアは剣で受け止めて、また笑いました。
「なんで? そんなのはわかりきってるだろう。力がほしかったからだよ。人間の世界じゃ俺はしがない魔法使いだった。たいした魔法も使えなかったから、誰からも尊敬されなかったし、恐れられることもなかった。だから、より大きな力を与えてくれる闇の国へ行ったのさ。今じゃ俺も昇進してトアだ。こうして空も飛べるし、魔力も強くなった。すごいだろう」
とたんに、ばりばりっと稲妻のような光が湧き起こりました。赤毛のトアが魔法攻撃を繰り出したのです。金の石が輝いてフルートを守ります。
フルートはまた剣を握り直しました。ひとかすりしただけで相手を焼き尽くす光炎の剣です。実は人間だったトアを見据え、覚悟を決めて切りつけます。
ところが、そのとたんトアの姿が変わりました。黒い鎧や象徴の鎖、黒い翼が一瞬で消えて、赤毛の男になったのです。武器も持たず、ごく平凡な布の服を着ているだけで、怯えた顔でフルートを見上げてきます。
フルートは思わず剣を止めてしまいました。人間の姿になった相手を見つめたまま、剣を繰り出せなくなります。
すると、男がまた、にやりとしました。
「本当だ、ただの人間には攻撃できないのか。立派な勇者様だな」
男の手がフルートの顔に押し当てられました。攻撃魔法をフルートにたたき込もうとします──。
ところが、男は急にフルートから離れました。背後からものすごい力で引っ張られたのです。ゼンが男の襟首をつかんでにらみつけていました。
「あほう、ただの人間が空中に浮かんだりしてるかよ! しかも人間のくせに闇の軍勢に加勢したんだから、てめえは裏切り者だ! そんな奴がフルートに手を出すんじゃねえ!」
ゼンが拳を振り上げたので、男はゼンへ手を突きつけました。魔法の稲妻を至近距離からぶつけます。
が、ゼンは平気でした。胸当てが魔法を解除したのです。驚く男の顔面に拳をたたき込むと、男は真っ逆さまに落ちていきました。気を失ったのか、トアに変身して飛ぶこともできません──。
「ったく、姑息(こそく)な手を使いやがって。大丈夫か、フルート?」
とゼンは尋ねました。フルートが青い顔で冷や汗をかいていたのです。
「ありがとう、助かったよ……。まさかあそこで人間の姿になるとは思わなかった」
「ワン、なんだか敵はフルートの弱点を熟知してる感じですね。人間の敵が苦手なこともそうだけど、攻撃するときにも顔を狙ってくるんですよ」
とポチが言ったので、ルルは鼻の頭にしわを寄せました。
「セイロスはいなくても、しっかりセイロスから聞いてきてるってわけ? いやらしいわね」
「今回の敵は賢いよ。一筋縄ではいかない感じだ」
とフルートは言って、唇を噛みました。新しい闇王のイベンセはまだ姿を見せていませんが、この軍勢を指揮しているのは彼に違いありませんでした。妙に策略的です──。
すると、メールとポポロが声を上げました。
「また来るよ! 団体さんだ!」
「ドルガの集団よ!」
将軍の命令を受けて、二十体あまりのドルガがこちらめがけて飛んできたのです。
「勇者を殺せ!」
「天空の娘を奪え!」
「そうすれば俺たちも将軍だ!」
四本腕を振り回してどなるドルガの声が、ハルマスの上空に響いていました──。