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第27巻「絆たちの戦い」

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第19章 絆

65.援軍

 「見えてきた! ハルマスだぞ!」

 ルルの背中から目をこらしていたゼンが声を上げました。行く手の地平にリーリス湖が見えてきたのです。

 勇者の一行はロムド城でキースを救ってから、砦を建設中のハルマスに向かっていました。メールが花鳥の上で伸び上がって言います。

「ハルマスに新しい応援が来てる、ってユギルさんは言ってたよねぇ。誰が到着したんだろ? メイかザカラスからの応援かなぁ?」

「ミコンからの応援もそろそろ到着する頃だよ。ミコンの武僧軍団なら、魔法が使えるから助かるんだけれどな」

 とフルートがポチの背中から言いました。後ろに座っていたポポロが、さっそく行く手の透視を始めます。

 すると、彼女はすぐに目を丸くしました。フルートの後ろから身を乗り出して指さします。

「ねえ……! ハルマスの北にもう防塁が完成してるわよ!」

 ええっ!? と一同は驚きました。

「ワン、本当ですか!? 最後に見たときには、まだ全然完成していませんでしたよ!?」

「そうね、半分くらいしかできあがっていなかったわ」

 とポチとルルが言いました。ポポロを救出するためにハルマスからロムドへ飛んだときに、北の防塁の工事現場を飛び越えたのです。

 話し合っている間にも湖は近づいてきて、岸辺のハルマスの街と、街の手前に築かれた防塁が見えてきました。防塁は空堀を掘り、そこから出た土を積み上げて作った壁でした。町を守るように細く東西へ延びています。

「本当だ。どうやら東や西の防塁まで完成してるようだぞ。つながってハルマスを囲んでらぁ」

 とゼンがあきれたように言いました。他の仲間たちはそこまでは確かめることができなかったので、信じられなくて目をぱちくりさせます。

「どういうことさ? あたいたちがハルマスを離れてたのって、たった三日だよね。そんなにあっという間にできあがるものなのかい?」

「まさか! もちろん援軍が到着すれば工事は早く進むようになるけど、それにしたって、こんなに早く完成するはずはない。魔法ならば別だけれど……」

「ワン、ということは、ミコンの武僧軍団が手伝ってくれたってことですか?」

「じゃあ、砦全体もかなりできあがってるわけ?」

 彼らがそんな話をしていると、行く手にさらに目をこらしていたポポロが言いました。

「湖に見たこともない大きな船が浮いているわよ。一、二……全部で六隻もいるわ」

 船!? と仲間たちはまた驚きました。リーリス湖に運搬用の船や漁船はありますが、どれもそれほど大きな船ではありませんでした。しかも、リーリス湖は標高が高いので、湖までさかのぼれる大きな川がありません。あるのは東の国境へ流れる急流と、ロムド国の西部へ水を運ぶ水路だけで、どちらも大きな船が上ってこられるような川ではないのです。

「どこから来た船だ? 本当に味方の船なのか?」

 とフルートが厳しい表情になります。

 

 すると、ハルマスの街から何かがいっせいに飛び立ちました。鳥の群れのような黒い集団です。

 ゼンが顔色を変えました。

「鳥じゃねえ! 怪物だぞ!」

 翼を広げた人のようなものが群れの先頭にいたのです。その後ろには様々な姿形の生き物が続いていました。獣のようなもの、蛇のようなもの、虫のようなもの、人のようなものも空を飛んで迫ってきます。

「闇の怪物!」

 とフルートは胸当てからペンダントを引き出しました。メールも乗っていた花鳥をたたいて、攻撃力の高い青い鳥へ変えます。

 ところが、ゼンがすぐにまた言いました。

「なぁんだ──! 驚かせやがって!」

 拍子抜けしたような声です。

「違うわ、敵じゃないのよ」

 とポポロも笑顔で言います。

 フルートの胸の上で、金の石は静かに光っているだけでした。闇の敵の接近を知らせてはいません。

 近づいてくる集団から声が聞こえてきました。

「ようやく戻ってきたな、金の石の勇者たち! 約束通り来ておったぞ!」

 集団の先頭にいたのは、赤ら顔にぎょろりとした目、異様に高い鼻に白装束の大男でした。背中には二枚の翼があります。

「天狗(てんぐ)さん!?」

 とフルートたちは驚き、天狗の後ろに様々な妖怪たちが従っているのを見て、また驚きました。カラスのように黒くてくちばしがある天狗や、巨大なイタチのような怪物、小さな竜やたくさんの尾を持つ狐、長い布に乗った大男もいます。大男は虎の毛皮の服を着て頭に短い角を生やしていました。

 妖怪の集団は、勇者の一行の前までやって来て停まりました。あっけにとられている一行を見て、天狗がからからと笑います。

「何をそんなに驚いておる? おまえたちがヒムカシを大戦争から救ってくれたときに、話したではないか。わしら妖怪は契約によってこの世に関わることができずにいるが、世界に危機が迫ったときだけは、ヒムカシの人間たちと参戦することが許されている、とな。約束通りヒムカシから駆けつけたのだぞ」

「ワン、ヒムカシから空を飛んで来てくれたんですか? ずいぶん距離があるのに」

 とポチが言うと、天狗はまた笑いました。

「飛ぶのが不得手なものも多いからな、宙船(そらふね)を仕立てて、それに乗り込んでやって来たのだ。ヒムカシの人間たちも一緒だぞ。東軍からも西軍からも来ている。数にしておよそ二万。連中は地上からこっちを見ているはずだ」

「ははぁ、湖にいたのはその船か!」

「船が空を飛ぶのかい?」

 ゼンとメールは納得したり驚いたりしました。

「宙船は帝の奥方のカグヤ様が遣わしてくださったものだ。カグヤ様は元は天空人──つまり天空の民だったからな。魔法で大きな船を飛ばすこともできるのだ。ヒムカシの帝もおまえたちを応援しているぞ」

 天狗の話に、勇者の一行は唖然とするしかありませんでした。ユギルが言っていた新たな支援というのは、ヒムカシからの援軍のことに違いありません。

 フルートは改めてハルマスを見てうなずきました。

「防塁を完成させてくれたのは、天狗さんたちだったんですね。こんなに早くどうやってやったんだろうと不思議だったんです」

「我々妖怪もエルフの末裔だからな。神通力、魔法、術、呼び名は様々だが、とにかく力を総動員して工事を手伝っておるぞ」

 と天狗がまた笑います。

 

 すると、群れの中から獣のような妖怪が急に地上へ下りていきました。ドーンと落雷のような音と光を散らすと、すぐにまた空に駆け戻ってきて、驚いているフルートたちへ言います。

「地上にいるおまえたちの仲間から伝言だ。一刻も早く来い、と言っている」

 怪物は巨大なイタチのような姿をしていました。脚は六本、尾は二本あって、金の毛並みから雷のような火花を散らしています。

「これは雷獣。稲妻を操る妖怪だ。で、おまえたちの仲間というのはあれだな」

 と天狗が地上で飛び跳ねている六匹の小狐を指さしました。セシルが連れ歩いている管狐です。

「オリバンたちが呼んでいるんだ!」

 とフルートたちが急ごうとすると、天狗がまた言いました。

「ロムド国の皇子(おうじ)なら、新しい作戦本部に移ったぞ」

「新しい作戦本部!?」

「作戦本部ももう完成したのかよ!?」

 次々聞かされる意外な話に、また驚かされたフルートたちでした──。

 

 

 ハルマスの新しい作戦本部は、北の防塁のすぐ内側に完成していました。木と石を組み合わせて築いた、三階建ての頑丈な建物です。

 オリバンとセシルはその真ん中の階の司令室にいました。あまり大きな部屋ではありませんが、部屋の半分が半円形になっていて、建物から北側へ張り出した、変わった形をしていました。外に面した部分がガラスの窓になっているので、東、北、西の三方向がよく見えます。

「魔法で強化された窓だ。たとえすぐ外まで敵が迫っても、おいそれと壊すことはできないらしい」

 とオリバンがフルートたちに話していました。

「それ以外にも様々な魔法が組み合わせてあって、ロムド城に匹敵するくらい防御力の高い建物になっているそうだ」

 とセシルも言いました。説明している彼ら自身が驚きを隠せずにいます。

 このハルマスにヒムカシの援軍が到着したのは、昨日の未明のことでした。湖に突然巨大な船が何隻も飛来して着水すると、そこから大勢の妖怪や異国の兵士たちが下りて来て、金の石の勇者たちと約束したから、と工事を手伝い始めたのです。

 妖怪たちはロムドの魔法軍団にも劣らない優秀な魔法使いで、防塁や建物をみるみる完成させていきました。

 ヒムカシから来た兵士の中には、独特の建築法に長けた戦大工(いくさだいく)もいて、妖怪たちと協力して、たった一日でこの作戦本部を作り上げてしまいました。釘を一本も使わずに築いてあるのですが、それでいて非常に頑丈で、そのスピードと技術力の高さには、オリバンたちだけでなく、工事に携わっていた魔法軍団までが舌を巻いたのでした。

「つまり、ハルマスの砦はほぼ完成したんだね? 信じらんないや」

 とメールは言って、フルートたちと一緒に窓の外の防塁を眺めました。土を積み上げて作った壁の上には、先端が尖った杭と棘(とげ)の蔓を組み合わせた柵までできあがっていました。それがハルマスをぐるりと取り囲んで、防壁になっています。

「今は街の中の病院という建物を、元から働いていた人間たちと一緒に完成させているところだ。明日までにはできあがるだろう」

 と天狗が言いました。他の妖怪たちは工事現場の手伝いに戻ったのですが、天狗だけはフルートたちと一緒に作戦本部に来ていたのです。

 はぁ、と勇者の一行は思わず溜息をつきました。闇王の軍団が攻めてくる前に、一刻も早く砦を完成させなくては、と焦りながら飛んで来ただけに、驚きすぎて、あっけにとられてしまっています。

 

「ありがたいです、本当に──。闇の軍勢が攻めてくるかもしれないんだから、砦が間に合って本当に良かった」

 とフルートがしみじみ言うと、オリバンが身を乗り出してきました。

「その話だ! 闇の国の王が我が国に攻めてくるというのは本当なのか!?」

 すると、フルートより先にポポロがそれに答えました。

「ええ、きっとここに来ます。だって、闇王はセイロスと手を結んでいるし、あたしがここにいるんですから」

 オリバンやセシルは、はっとしました。返事に困って口ごもってしまいます。

 けれども、ポポロは落ち着いた口調で続けました。

「でも、そのおかげでいいこともあるんです。敵はあたしを狙ってくるから、きっとディーラには攻めていきません。他の場所にも行かないでしょう。ここで敵を迎え討つことができるんです」

「って、フルートが言ったんだよね。ここに来る途中でさ」

 とメールが言うと、ルルとポチもうなずきました。

「フルートの言うとおりよね。セイロスや闇王が別の場所ばかり攻めると、私たちは守るのが大変になるんだもの。ハルマスに集中してくれたほうが、守るのも戦うのもやりやすくなるわ」

「ワン、新しい闇王はロムド城でポポロを捕まえようとしましたからね。きっとまた来ますよ」

「まあ、どいつが攻めてこようが、ぶったたいてぶち負かして、二度と手出ししねえようにすればいいだけだけどよ」

 とゼンはあっさり言い切ります。

 天狗が声を上げて笑いだしました。

「いかにもおまえたちらしいな! 前向きで大変けっこうなことだ。砦の建設も間もなく終わるから、わしたちも守備に回ろう。敵の軍勢というのはどの程度の数なんだ?」

 それはオリバンたちもぜひ知りたいことだったので、また身を乗り出してきます。

 フルートは首を振りました。

「それはまだわかりません。わかっているのは、新しい闇王の名前がイベンセだということと、これまでの掟(おきて)を破って、軍勢を率いて地上に攻めて出ようとしていること、そしてポポロを狙っていることだけです」

「光と闇の戦いの再来か──。これまで予言者たちが予言してきたとおりのことが起きるというわけだな」

 と天狗は言って考え込みました。妖怪軍団をどう動かすか考えているようでした。

 フルートはオリバンに尋ねました。

「ハルマスは今、どんな状況になっているんですか? 人はどのくらいいて、そのうち兵の数はどのくらいで、どんな配置になっていますか? 教えてください」

 すると、オリバンはにやりと笑いました。

「むろんだ。おまえは同盟軍の総司令官なのだからな。全軍の状況はしっかり把握してもらうぞ。そのうえで、最善の作戦を指示しろ」

「わかりました」

 とフルートは答えると、仲間たちと一緒にオリバンの報告を聞き始めました──。

2020年11月28日
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