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第27巻「絆たちの戦い」

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63.治療

 南大陸のルボラスでポポロを救出したフルートたちは、花鳥に乗ってロムド国の上空を飛んでいました。バルス海を渡り、ミコン山脈も飛び越えて戻ってきたのです。

「もうすぐディーラね。これからどうするの?」

 とルルが尋ねたので、フルートは答えました。

「まっすぐハルマスに戻るよ。オリバンたちが心配しているだろうからね」

「ワン、ロムド城にもきっと、ポポロが誘拐された連絡は行ってますよ。ロムド王たちも心配してるんじゃないかな」

 とポチが言うと、フルートは首を振りました。

「ハルマスの様子が気になるんだよ。一刻も早く砦を完成させなくちゃいけないし」

「ポポロは? お城に寄らなくても大丈夫かい?」

 とメールに心配されて、ポポロはうなずきました。

「もう大丈夫よ。いろいろ食べさせてもらったもの。早くハルマスに戻りましょう。あたしもハルマスが気になるの」

 そう話すポポロは本当にすっかり元気になっていました。ルボラスで黒髪の女に切られたお下げも復活しています。ポポロが魔法で髪を元に戻したのです。

「だな。完成する前に敵に見つかって攻撃されたら、とんでもねえもんな」

 とゼンも言ったので、メールは行く先をディーラからハルマスに変更しました。北東に向かっていた花鳥が、進路を南寄りに変えます。

 

 ところが間もなく、空の向こうから飛んでくるものがありました。まっすぐ彼らのほうへ接近してきます。

 警戒しながら目をこらしていたゼンが言いました。

「ありゃあ銀鼠(ぎんねず)と灰鼠(はいねず)だ。ずいぶん泡食って飛んでくるぞ」

「あら、やっぱりロムド城に立ち寄れと言われるのかしら?」

 とルルは首を傾げます。

 じきに追いついてきた絨毯には、ゼンが言うとおり、魔法使いの銀鼠と灰鼠が乗っていました。元祖グル教の信者の姉弟です。

「ああ、よかった……やっと追いついたわ」

「ユギル殿に言われて、大急ぎで追いかけてきたんだ……止まってくれて助かったよ」

 と銀鼠と灰鼠が言いました。空飛ぶ絨毯に乗ってきただけなのに、二人とも何故か全力で走ってきたように息を切らしています。

「城で何かあったんですか?」

 とフルートが尋ねると、姉弟は同時にうなずきました。

「大ありよ! 急いで城に戻って!」

「キース殿が大変なんだ──!」

 

 十分後、ロムド城に飛び戻ったフルートたちは、中庭から城に飛び込んで、キースとアリアンの部屋に走りました。メールは花鳥を星の花に戻してから後を追いかけます。

 部屋に飛び込むと、居間になっている場所にグーリーとゾとヨと数人の人間がいました。グーリーは巨大なグリフィンに、ゾとヨはちっぽけなゴブリンになってしまっています。

 ゾとヨは、フルートたちを見るとキャーッと声を上げて飛びついていきました。必死になって訴え始めます。

「キースが、キースが大変なんだゾ!」

「キースが大怪我したんだヨ! オレたちで助けて城に連れてきたんだヨ!」

「キースは半分人間だから、大怪我したら死ぬかもしれないんだゾ!」

「オレたち、キースが死んだら嫌なんだヨ! キースを助けたいのに、中に入っちゃダメだって言われたんだヨ!」

 ギエェン! とグーリーも訴えるように鳴きました。不安そうな声です。

 居間にはロムド王とユギルと白の魔法使いもいました。魔法医の鳩羽もいます。フルートとゼンがゾとヨにしがみつかれて話せないので、代わりにポチが尋ねました。

「ワン、キースはそんなに容態が悪いんですか? いったい誰にやられたんです?」

「正確な正体はまだ不明です。強大な闇が突然出現して、キース殿に襲いかかったのです」

 と女神官の白の魔法使いが答えました。一見冷静そうにですが、内心ひどく取り乱していることが、ポチには匂いでわかりました。

「強大な──ってセイロスかい!? なんでキースを襲うのさ!?」

 とメールが驚くと、こちらにはユギルが答えました。

「セイロスではございません。そこまで巨大な闇ではなかったのでございます。アリアン様の話によると、闇の国で新しい闇王が誕生して、闇の軍勢と共に地上へ攻め出ようとしているらしいのです。その新しい闇王のしわざではないかと存じます」

「だが、セイロスも無縁ではない。新しい闇王をそそのかして味方に引き入れたのが、おそらくセイロスだ」

 とロムド王が重々しく言いました。勇者の一行は思わず絶句してしまいます。

 

 鳩羽の魔法使いは、奥の部屋の扉の前で中の様子をうかがっていましたが、溜息をついて口を開きました。

「キース殿は大変な重症です。通常の怪我であれば何もしなくても自然と治っていくし、キース殿自身の魔法で回復することもできるのですが、この怪我はまったく治っていきません。同じ闇の一族にやられた傷だからでしょう。でも、私にはそれを治療することができません。私は光に属する魔法使いなので、私の治癒魔法はキース殿にはダメージになってしまうのです。紫が中でキース殿の魂をつなぎ止めようとしています」

 そこまで重症なのか! と勇者の一行はまた驚きました。フルートは胸当てに手を当てて唇を噛みます。その奥にはあらゆる怪我を治す金の石がありますが、半分闇の民のキースには使うことができないのです。

 白の魔法使いがまた口を開きました。

「赤もキース殿の治療に当たっています。赤のムヴアの術は自然魔法なので、キース殿の害にはなりません。ただ、キース殿の怪我があまりひどいので、赤にも治しきれずにいます」

 すると、フルートとゼンにしがみついていたゾとヨが、腕や髪を引っ張りながらまた訴え始めました。

「キースが死んじゃうゾ! そんなの嫌だゾ! 絶対に嫌なんだゾ!」

「キースを助けてほしいんだヨ! キースを治してほしいヨ!」

 大きな目玉からぽろぽろ涙がこぼれ落ちています。

「そんなこと言われても、フルートの金の石じゃキースは治せねえし……」

 とゼンは困惑します。

 ところが、フルートはポポロを見ていました。驚き泣きそうになっていた彼女が、今は何かを思いついたように、強い表情で奥の扉を見つめていたのです。フルートの視線に気づいた彼女に聞き返します。

「できそうかい?」

 ポポロはうなずき返しました。

「うん、たぶん……。キースの傷がひどすぎて、赤さんの力だけでは足りないんだと思うの。ここはお城の中で、自然の力も充分に集められないし。だから……」

「よし、頼む」

 とフルートは言い、しがみついていたゾをメールに渡しました。ポポロと一緒に奥の部屋へ向かいます。

「オレたちも行くゾ!」

「オレたちもキースのそばについているヨ!」

 と追いかけようとする二匹を、ゼンとメールが引き止めました。

「ここにいろ。危ねえかもしれねえからな」

「そうそう。ポポロの魔法は強力だからね。いい子だから、あたいたちとここで待っていよう」

 ポチとルルも居間に残って、奥の部屋に入っていくポポロとフルートを見送ります──。

 

 フルートたちが部屋に入っていくと、ぷんと強い匂いが鼻をつきました。薬の匂いにも似ていますが、お香のような、何かの植物を燃やした香りが部屋の中に充満しています。

 匂いは部屋の周囲に置かれた木皿のひとつから立ち上っていました。白い煙が揺れて部屋の中に薄く広がっています。

 そこはキースの部屋でした。灯りを絞った薄暗い部屋にはベッドがあって、キースが寝かされています。キースは全身に白い包帯を巻かれて、ベッド脇に座り込んだアリアンに手を握られていました。その腕も包帯でぐるぐる巻きになっています。

 とたんにフルートは既視感に襲われました。昔、これによく似た光景を見たことを思い出したのです。暴走した牛の群れに踏まれて大怪我をしたお父さんと、その手を握って泣いていたお母さん──フルートが魔の森へ金の石を取りに行くきっかけになった事件です。

 けれども、今ここで苦しんでいるキースを、フルートが癒やすことはできませんでした。金の石の聖なる光は、闇の民には猛毒に等しいのです。思わずポポロの手を握りしめると、彼女はまたうなずき返しました。

「大丈夫、きっとできるわ」

 と言って、部屋の真ん中であぐらをかいている赤の魔法使いに近づいていきます。

「赤さん、あたしが力を送ります。あたしの力を自然の力に変換して、キースを治してください」

 赤の魔法使いは低い声で歌をうたっていましたが、それを聞いてポポロを見上げました。金色の猫の瞳が問いただすようにポポロを見つめます。

 ポポロはにっこり笑ってみせました。

「大丈夫です。フルートたちのおかげで、もう元気になりました」

 けれども、アリアンとは反対側のベッド脇から、小さな女の子が言いました。

「キース殿は死にかけてるのよ。あたしでも魂を引き止めておくのが精一杯。バランスが崩れたら、あなたまで黄泉の門に引きずり込まれるかもしれないわよ」

 紫色の長衣を着て黄色い巻き毛に紫のリボンをつけた少女でした。年齢の割に大人びたしゃべり方をします。幽霊や霊魂を専門にしている紫の魔法使いです。

 ポポロは答えました。

「それはわかっているわ。でも、あたしの力は無尽蔵だから」

 言って一瞬泣きそうな笑い顔になりますが、すぐにまた落ち着いた表情に戻って言い続けます。

「だから大丈夫なの。お願いだから、やらせて。キースを助けなくちゃ」

 巻き毛の少女はそれでもまだ納得しない顔でした。自分の持ち場をポポロに取られるような気がしていたのかもしれません。不満そうにまた言いかけたところへ、厳しい声がしました。

「ポポロ様がやると言っておいでだ。下がれ、紫」

 いつの間にか白の魔法使いが部屋に入ってきたのです。自分のチームリーダーから命令されては、彼女も従うしかありません。口を尖らせると、しぶしぶベッドから離れて部屋を出ようとします。

 すると、その頭を女神官がふわりと撫でました。驚いて見上げた少女にほほえんで見せます。

「ここまでよく頑張ったな」

 少女は思わず真っ赤になると、あわててお辞儀を返しました。部屋を出ると、そこで待っていた鳩羽の魔法使いにしがみついて、得意そうな笑顔を隠します──。

 

「アリアンもキースから離れて。巻き込んでしまったら大変だから」

 とポポロは言いましたが、アリアンは首を振りました。ベッドの枕元に額を押し当て、キースの手を握ったまま、そこから動こうとしません。

 赤の魔法使いがムヴア語で何かを言い、白の魔法使いが通訳しました。

「ポポロ様の力は強力なので、直接キースに送り込むと負担が大きいかもしれません。アリアンに受け皿になってもらったほうが良い、と赤が言っています。このまままいりましょう」

 そこでポポロは赤の魔法使いが指示する場所に立って、祈るように両手を組みました。目を閉じて呪文を唱えます。

「レツウエウホーマノアヴムヨラカチノシターワ!」

 ポポロの全身が緑に輝き始めました。一瞬部屋全体を照らすほど明るくなりますが、すぐに光が分散して、部屋の周囲に置かれた木皿に飛びます。

 すると、今度は木皿の中が強く光り出しました。細い煙を上げていた皿からは、もうもうと白い煙が湧き起こります。

「ラヨ、ワ、イ!」

 赤の魔法使いがムヴア語で叫ぶと、木皿に宿った光が彼に集まっていきました。ポポロはまだ緑に輝いていたので、光は猫の目の魔法使いへどんどん送られていきます。

「タ……! テ、ダイ、ラ」

 と赤の魔法使いがまた言いました。つややかな黒い顔には玉のような汗が噴き出しています。

「大丈夫か、赤?」

 と女神官が心配しました。ポポロから送られてくる力があまりに強いので、さすがの彼も魔力に溺れそうになっていたのです。

「ラヨ、キース、セ!」

 と赤の魔法使いは床に両手を押し当てました。手の下から赤い光が湧き上がり、木の床を伝ってベッドのほうへ流れ出します。光は床に座り込んでいたアリアンに伝わっていきました。彼女を赤く輝かせます。

 アリアンは短い悲鳴を上げました。予想していたとおり、力を受け取るのはかなりの負担だったのです。今度はアリアンが冷汗を流し始めます。

 けれども、彼女はキースの手を離しませんでした。逆に両手でしっかり握りしめ、痛みに耐えながら必死に力を伝えます。

 すると、キースの怪我が急に治り始めました。包帯の隙間からのぞく傷がかさぶたになり、それがはがれ落ちて紅色の痕になり、それもすぐに薄れて消えて行きます。まるで金の石の癒しを見ているようです──。

 やがてポポロは輝くのをやめました。魔法が時間切れになったのです。

 ふう、とポポロは溜息をついて、キースを見ました。まだ赤の魔法使いからアリアンを通じて力は送られていますが、その傷はどんどん治っていました。横たえられた体の下から、黒い羽根におおわれた翼が現れて広がっていきます。

 送られてくる力が弱まり出したので、アリアンは顔を上げました。その手の下で、キースの包帯が音もなくほどけ始めます。それも赤の魔法使いの魔法でした。傷が消えた腕や顔に、アリアンが嬉し涙を浮かべます。

 

 ところがその時、どこからか声が響きました。

「ミ・ツ・ケ・タ・ゾ!!」

 足元から湧き上がるような声ですが、デビルドラゴンの声ではありませんでした。ぎょっとした一同の目の前で、キースの胸のあたりから真っ黒な霧が吹き上がります。それと同時に木皿の光が消えました。暗くなった部屋の中で、吹き上がる霧が黒々と輝きます。

 と、その霧が寄り集まって巨大な黒い手に変わりました。指先には長く鋭い爪が伸びています。

「キサマガ、ぽぽろカ!!」

 声がまた地の底からとどろき、巨大な手がアリアンにつかみかかっていきました──。

2020年11月19日
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