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第27巻「絆たちの戦い」

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62.襲撃

 「新たな闇王がこのロムドに攻めてくるかもしれないと言うのか。それは容易ならぬ事態だ」

 ロムド王はアリアンの報告を聞くと、真剣な顔で考え込んでしまいました。

 王の執務室にはゾとヨとグーリーもいました。先にフルートたちの帰還を知らせに来て、そのまま部屋に残っていたのです。彼らは小猿や鷹の姿でしたが、とても興奮していて、口々にアリアンに訴えました。

「おおお、オレたち、さっきいきなりゴブリンに戻っちゃったんだゾ!」

「ぐぐぐ、グーリーもグリフィンに戻ったんだヨ! 部屋の外に出たら大騒ぎになるから、ここにいろって王様たちに言われたんだヨ!」

「そそ、そしたら、急にまた元に戻ったんだゾ!」

「びっくりしてたら、アリアンがここに来たんだヨ!」

 グーリーも羽をばたつかせて、ピイピイと鳴いています。

 リーンズ宰相がアリアンに言いました。

「城内で急に闇の気配が強まった、と白の魔法使い殿から警戒があった直後に、ゾやヨやグーリーの姿が変わったのです。闇王がキース殿たちに話しかけてきた影響だったのですね」

 宰相は新しい闇王が攻めてくるかもしれないと聞いて青ざめていましたが、懸命に冷静さを保とうとしていました。

 同じ部屋にいたゴーリスが溜息をつきます。

「フルートたちが無事に戻ってくると聞いて喜んでいれば、また新たな敵か。運命の女神はあいつらに少しも休息を与えないつもりらしいな」

 アリアンは首を振りました。

「もし本当に闇王と闇の軍勢が攻撃してきたら、フルートたちでも太刀打ちできないと思います。一体一体が相手ならばフルートたちのほうが強いのですが、闇の軍勢はものすごい数です。それが全部地上に攻めてきたら、ロムド軍の兵士全員が総出で当たっても、とても足りません」

「同盟軍が全軍で戦わなくてはならない、ということか」

 とゴーリスは厳しい表情になりました。人間が闇のものを倒すのは非常に困難なので、全軍で当たっても壮絶な闘いになるだろうと予想がついたのです。

 ロムド王が重々しく口を開きました。

「それだけの力を持ちながら、これまで闇王は地上に攻めて出なかった。そうすることができない理由があったのに違いない。だが、新しい闇王はその禁忌を破った。おそらく他からの働きかけがあったのだ」

「キースもそう考えていました」

 とアリアンは答えてうつむきました。宰相とゴーリスも黙り込んでしまいます。ひとりの人物の名前が全員の頭の中に浮かんでいました。

 ロムド王はひとりごとのように言いました。

「セイロスは闇の国へ兵を求めに行っていたか」

 ゾとヨがびっくりしたように飛び上がり、グーリーは全身の羽根を膨らませます──。

 

 そこへ扉をたたいてユギルが現れました。彼は自分の部屋で情勢を占っていたのです。

「ご懇談中にお邪魔をして申し訳ございません」

 と銀髪の占い師はいつもと同じ礼儀正しさで入ってきましたが、その表情を見たとたんロムド王は尋ねました。

「何があった? どこで何が起きている?」

 王に内心を見抜かれたユギルは、前置きをいっさい省いて話し出しました。

「ディーラの南、ハルマスの手前に、突然闇が出現いたしました。先刻、この城内に外部より接触してきた闇に勝るとも劣らない、強大な闇でございます」

 それは! と一同が思わず身を乗り出すと、ユギルは話し続けました。

「幸い、闇は大変短い時間で消えました。立ち去った、とわたくしには見えました。付近に潜む気配もなく、おそらくは異空間と呼ばれる場所を通って、別の場所へ移動したのだと思われます。ですが、その後に──」

 そこまで言って、ユギルはアリアンを見ました。

「キース殿は? どちらにおいででしょう?」

 アリアンは息を呑みました。すぐに答えます。

「ハルマスへ──! 新しい闇王が地上へ攻めてくることをオリバンたちに知らせると言って、ひとりでハルマスに飛んだんです!」

 ユギルは眉をひそめました。やはり、とその唇が動きます。

「闇が現れた瞬間、そこにキース殿の象徴を見た気がしたのでございます。闇が立ち去った後もその場所は闇の影響を受けていて、占盤で見通すことがかないません」

 アリアンは部屋の中を見回しました。

「鏡! 鏡はありませんか!? 私なら闇の中も見通せます! キースの様子を見てみます!」

 彼女がいつも持ち歩いていた鏡は、先ほど闇王を映して消滅してしまったのです。けれども、王の執務室にも鏡はありませんでした。窓のない部屋なので、鏡の代わりになるガラスの窓もありません。

「召使いにすぐに持ってこさせましょう」

 と宰相が呼び鈴に手をかけようとすると、ゴーリスがそれを止めました。

「景色を映すものなら、鏡でなくてもいいんだったな? それならこれでどうだ?」

 と腰から自分の大剣を引き抜きます。手入れの行き届いた刀身は、細い銀の鏡のように光っています。

 アリアンは大剣へ目をこらしました。キースが飛んでいった方角へ心の目を向けて、それを刀身に映し出そうとします。

 

 とたんにアリアンは目を見張りました。

 刀身はまだのぞき込むアリアンの顔を映していたのですが、その額に角が現れていました。瞳も血の色に変わっていきます。

 ゾとヨがまた騒ぎ出しました。

「ままま、まただゾ! どど、どうしてだゾ!?」

「おおお、オレたちまたゴブリンだヨ! どうなってるんだヨ!?」

 彼らも小猿から黒くてちっぽけな怪物に戻っていたのです。

 グーリーも鷹から元の姿に変わっていました。執務室が狭く感じられるほど大きな黒いグリフィンです。

 アリアンは真っ青になると、飛びつくように剣に顔を近づけました。刀身の鏡に呼びかけます。

「キースを映して! 早く!」

 すると、幅広の剣の上に霜枯れした景色が映りました。なだらかな丘が連なる中に、小さな森がくすんだ緑の羊のように、あちこちにうずくまっています。ハルマスに至る丘陵地帯の風景です。

 灰色の草におおわれた丘のふもとに、キースが倒れていました。黒い服はぼろぼろで、その間から無数の深い傷がのぞいています。大きな二枚の翼は背中から引きちぎられて、地面に投げ捨てられていました。黒い羽根が鮮血と共にあたり一面に飛び散っています──。

 アリアンは悲鳴を上げました。

 一緒に剣をのぞいていたゾとヨが大騒ぎを始めます。

「キースがめちゃくちゃのぼろぼろだゾ!!」

「どうしよう!? キースが死んじゃってるヨ!!」

 ロムド王たちも剣をのぞこうとしましたが、とたんにキースの姿が消えました。霜枯れの景色も見えなくなります。アリアンがグーリーを振り向いたのです。

「キースのところへ行くわよ!」

「オレたちも行く!」

 アリアンとグリフィンと双子のゴブリンは執務室を飛び出していきました。とたんに通路から召使いや家来たちの悲鳴が上がったので、宰相とゴーリスも慌てて飛び出します。

 ロムド王は口ひげを震わせると、空中に向かってどなりました。

「四大魔法使い、聞こえるな!? ただちにキースの救出に向え! 大至急だ──!」

2020年11月18日
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