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第27巻「絆たちの戦い」

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59.奪回

 変身したポチとルルに乗ったフルートたちは、バルバニーズの館に突入すると、ポポロが捕まっている部屋へ飛び込みました。

 ……本当はもっと用心して潜入する作戦だったのです。まずポチとルルが犬の姿で屋敷に入り込み、逃げ回って見張りの気を引いている間に、メールが作った花ばしごで、高い塀を乗り越えて屋敷に入り込む予定でした。

 ところが、彼らが屋敷の近くで様子をうかがっていると、突然全員の頭の中にポポロの声が響きました。助けて、助けて──! と。

 彼らは変身したポチとルルに飛び乗ると、入り口の見張りを吹き飛ばして屋敷に突入しました。助けを呼ぶポポロの声はそれきり聞こえなくなってしまいましたが、ルルにはポポロのいる場所がわかりました。迷うことなく突進して、部屋の見張りも吹き飛ばし、体当たりで扉を開けて入り込んだのです。

 

 ポポロは部屋の中央のベッドにいました。短い黒髪の女が短剣を手にポポロにのしかかっています。

 フルートはポチと突撃して女に飛びかかりました。女をポポロから引きはがすと、短剣を持つ手を自分の膝へたたきつけます。ぼきり、と音がして短剣の刃が二つになりました。それと一緒に女の手首の骨も折れます。

 女は悲鳴を上げると、フルートを蹴り飛ばしてベッドから逃げました。フルートが後を追います。

 その間にポチが犬に戻ってポポロに駆け寄りました。

「ワン、待ってて! 今助けます!」

 と手首とベッドをつなぐ革紐を食い切ろうとしますが、頑丈な革紐はすぐには切れません。

「どいて、ポチ!」

 ルルは身をひるがえすと、風の刃で革紐を断ち切りました。ルルから飛び降りたゼンとメールが、ポポロに駆け寄ります。

 すると、豪華な服を着た老人が外へわめきました。

「くせ者だ!! くせ者が侵入したぞ!!」

 ゼンは老人をにらみつけました。

「さては、てめえがバルバなんとかって奴だな。よくも俺たちの仲間をひでぇ目に遭わせてくれたな。ただですむと思うなよ」

 うなるような低い声です。

「ポポロ! ポポロ、しっかり!」

 メールはポポロを抱いて呼びましたが、ポポロはぐったりしたまま目をつぶっていました。

「ポポロ、大丈夫!? しっかりして!」

 とルルも犬に戻って呼びますが、やはり返事はありません。

 ゼンは彼女たちを振り向き、顔色を変えました。すぐに腰の荷袋から水筒を取り出してメールに放ります。

「ポポロに飲ませろ。その様子だと、ずっと何も飲み食いしてねえぞ」

 その声はフルートにも聞こえました。やはり顔色を変えて、女と老人をにらみつけます。

「何も飲み食いしていない? ポポロをさらってから今まで、ずっと何も与えなかったのか? 水さえ──?」

 ポポロは水筒を口に押し当てられても、最初はうまく飲み込むことができませんでした。それくらい、唇も口の中も乾ききっていたのです。

 けれども、唇がようやく湿ってくると、むさぼるように水を飲み始めました。勢いよく飲み過ぎて、途中でむせてしまいます。

「ゆっくり飲ませろ! ゆっくりだ!」

 とまたゼンが言います。

 

 そこへ部屋の外から警備兵が大勢飛び込んできました。フルートたちを見るなり剣を抜いて襲いかかってきます。

 フルートも即座に剣を抜きました。身を沈めて何本もの剣をかわすと、そのまま敵の足元に切りつけます。フルートが握っているのは銀のロングソードでした。血しぶきが飛び、足を切られた男たちが悲鳴を上げてうずくまります。

 それを見て、老人がまたわめきました。

「何をしている!? 早くその娘を取り返せ!」

 無傷の警備兵たちはいっせいにベッドへ向かいました。ゼンやメールを切り捨ててポポロを奪おうとします。

 ワンワンワンワン!!!

 ポチが小さい体でベッドの前に立ちふさがりました。ゼンもその隣に飛び降ります。体つきはがっしりしていても、身長は低いゼンです。警備兵たちが、もらった! と頭上から切りつけてきます。

 とたんにポチの体がふくれあがり、風の犬になりました。ごごぅっと部屋中に風が巻き起こり、警備兵たちを押し返します。

 よろめいて進めなくなった兵士を、ゼンは片っ端から捕まえていきました。四方八方へ投げ飛ばして、部屋の壁にたたきつけてしまいます。

 一方、フルートは黒髪の女と向き合っていました。手首を折られたはずの女が、いつの間にか怪我を治して刀を構えていたのです。刀は片刃で細く、緩やかに湾曲しています。

「あんたも綺麗な顔をしてるじゃない」

 と女は兜からのぞくフルートの顔を見て言いました。

「その顔、ふためと見られないように刻んであげるわよ。そら!」

 女の剣が襲いかかってきたので、フルートは剣で受け止めようとしました。

 ところが、湾曲した刀の刃は弧を描いて空を切り、フルートの剣と打ち合うことなく通り過ぎました。思わず体勢を崩したフルートに、返す刀が襲いかかります。

「──!」

 フルートは、とっさに籠手で顔をかばいました。刃が籠手に激突してぽきりと折れます。

 ところが、その瞬間、女は左手に隠し持っていた短い槍でフルートの顔を突き上げました。フルートはのけぞってかわしましたが、頬から眉間にかけて傷を負いました。傷口から血が流れ出します。

 女はにんまり笑い、また槍を繰り出そうとして手を止めました。フルートの顔の傷がみるみる消えていったからです。流れ出した血は残りますが、傷はすぐに見えなくなってしまいます。

「あんたも魔法使いなの!? 生意気な!」

 と女は怒ってわめきました。

 フルートのほうは何も言わずに剣を突き出します。

 女は飛び退き、そこにいた老人にぶつかりました。とたんに老人がどなります。

「何をやっている! 早く連中を片付けろと言ってるんだぞ! 遊びはそのぐらいにして、本気でやれ!」

 女は背後に老人をかばって口を尖らせました。

「これでも本気なんですよ、旦那様。連中は意外に強いです。戦い慣れていますしね」

「言い訳をするな! おまえにはえらく高い金を払っているんだ! その分だけ仕事をしろ!」

 ごうつくばりの商人だけあって、老人のものごとの基準はやはり金のようです。

 

 そのとき、ポポロがようやく声を出しました。

「ルル……メール……」

「ポポロ!!」

 ルルとメールは歓声を上げ、少年たちも思わずそちらを振り向きました。

 とたんにフルートがまた顔色を変えます。

「髪が!」

 ポポロの左のお下げがなくなっているのを見たのです。思わず歯ぎしりします。

 ポポロは声を出せても、相変わらず自力で起きあがることができませんでした。丸二日あまり水さえ飲ませてもらえなかったうえに、薬漬けにされていたので、すっかり体が弱っていたのです。青ざめて力なくメールに抱かれています。

 フルートは敵に向き直ると、怒りを込めて剣を繰り出しました。受け止めた女の槍に剣の刃を絡ませて、弾き飛ばしてしまいます。

 ところが、警備兵のひとりが忍び寄って、後ろからフルートに飛びつきました。はがいじめにして、フルートを動けなくします。

「うまいよ!」

 女は喜ぶと、すぐさま呪文を唱えました。両手の間にひと抱えもある球体を作り出して投げつけます。

 球体はフルートの上半身を包み込んで、そこで留まりました。ふるふると表面が揺れ動きますが、フルートから離れません。フルートを抑え込んでいた警備兵も、巻き添えで球体に包まれてしまいます。

 とたんに警備兵がもがき苦しみ始めました。フルートを離して腕を振り回しますが、球体を振り払うことができません。

 ふふふ、と女は得意そうに笑いました。

「それは水責めに使う水球よ。中身はただの水だけど、どんなことをしたって離れないのよ。その中で溺れ死になさい」

 女のことばを証明するように、警備兵は球体の中でますます苦しんでいました。必死に水をかいて脱出しようとするのですが、手は水を素通りしました。外に出ることができません。

「ほぉら、苦しいわよね? 部屋の中で溺れる気分はどう? 苦しんでる顔をあたしに見せて楽しませて──」

 言いかけて、女はぎょっとしました。

 水球の中で、フルートが彼女をにらみつけていたからです。その表情は少しも苦しそうではありません。

 女がとまどっていると、フルートはいきなり背後の警備兵に体当たりを食らわせました。警備兵は勢いよく押されて水球から飛び出し、床の上に倒れました。それで彼は水から脱出することができました。這いつくばって水を吐き、激しく咳き込みます。

 女は面食らいました。

「な、なんで……どうしてあんたは平気なのよ!?」

 それはもちろんフルートが飲んでいる人魚の涙のおかげだったのですが、わざわざ教えてやる義理はありませんでした。フルートがロングソードを黒と銀の大剣に持ち替えます。

 女は飛び下がり、空中からまた武器を取り出しました。フルートの剣に負けないほど大きな片刃の刀です。

 ところが、フルートは女に攻撃しませんでした。大剣を横に構えて水球に突き刺します。すると、水球が一瞬で蒸発しました。灼熱の蒸気が爆発するように周囲へ広がります──。

 

 たちまち部屋の中はうめき声でいっぱいになりました。

 女も老人も警備兵たちも、熱風の直撃を食らって大火傷を負ったのです。全員が床に倒れて苦しんでいます。

 予想以上の効果に、フルートは顔色を変えて振り向きました。仲間たちまで巻き添えにしたのでは、と心配したのですが、彼らは無事でした。ゼンとメールとポポロの周囲を、風の犬になったポチとルルが飛び回って守っています。

 安堵したフルートに、ゼンは肩をすくめ返しました。

「光炎の剣の威力はすげぇな。炎の剣のときの五割増しじゃねえのか?」

 すると、メールも言いました。

「ねぇ、こんな場所、早いとこ出ようよ。ポポロをちゃんと介抱してやらなくちゃ」

「その通りだな──。おい、フルート、そろそろ引き上げようぜ。これだけやりゃあ、こいつらももうポポロを狙おうとはしねえだろう」

「まだだ。バム伯爵を見つけ出さないと」

 とフルートは言うと、床の上でうめいているバルバニーズにかがみ込みました。ペンダントを押し当てると、老人の火傷がみるみる治っていきます。

 痛みと傷が消えて驚く老人に、フルートは尋ねました。

「バム伯爵はどこだ? ここにいるのはわかっている。居場所を言え」

 非常に厳しい声です。フルートは老人に答えさせるために金の石を使ったのです。

「バム伯爵だと……?」

 と老人は繰り返しました。しらを切ろうとしたようでしたが、フルートが光炎の剣を突きつけると、青くなってすぐに答えました。

「あ、あの男はいない……! い、いや、いたんだが、もう生きていないだろう。わしが始末するように言ったから……」

 フルートは顔をしかめると、重ねて尋ねました。

「では、セイロスはどこだ? いつ、どうやって奴と連絡を取り合うことになっている?」

 老人はさらに青くなって首を振りました。

「し、知らん知らん! こちらがセイロスの居場所を知りたかったんだ! だから、その娘に呼ばせようとしたんだが──」

 とたんにルルが怒って割り込みました。

「馬鹿なこと言わないで! ポポロはセイロスの居場所なんか知らないわよ!」

 なんだと!? と老人が絶句したのを見て、仲間たちはあきれました。

「この欲深じじい、セイロスに命令されてポポロをさらったんじゃなかったのかよ」

「ワン、ポポロを使ってセイロスに協力させるつもりだったんですね。浅はかだなぁ」

「馬鹿だね。そんなことしたら、セイロスに利用されるだけ利用されて、使い捨てられるのにさ」

 さんざんに言われて、老人は目を白黒させます。

 フルートは溜息をつきました。セイロスが関わっていなかったとなれば、もうこれ以上ここにいる必要はありません。とんだ事件でしたが、ゼンの言うように、このぐらいにして引き上げよう、と剣を収めて立ち上がります。

 すると、老人が急にどなりました。

「そうだ! そいつに思い知らせてやれ!」

「フルート、後ろ!!」

 ポポロの声が重なります。

 はっと振り向いたフルートの目に飛び込んだのは、湾曲した刃でした。黒髪の女がいつの間にかまた怪我を治して、フルートの背後から攻撃してきたのです。フルートがとっさに顔をそむけると、刃は兜に当たって折れます。

「この野郎、性懲りもなく──!」

 ゼンが腹を立てて飛び出そうとしたところへ、ポポロの声がまた響きました。

「ローデローデリナミカローデ……テウオキシヤ!」

 とたんに轟音(ごうおん)が頭上で鳴り響いて、ドドーンと屋敷中が激しく揺れました。天井や壁が音を立てて崩れ落ちてきます──。

 

 もうもうと立ち上る土煙の中から、フルートは立ち上がりました。

 彼らがいた部屋は天井も壁もすっかり崩れ落ちて、頭上に青空が見えていました。あたりは瓦礫でいっぱいですが、フルートを中心とした場所には瓦礫がありませんでした。屋敷が崩れた瞬間、金の石が光を広げてフルートと仲間たちを守ったのです。

 フルートはベッドの上のポポロを振り向きました。

 魔法で屋敷に雷を落とした彼女は、ぜいぜいあえぎながらメールに抱かれていました。それでも、フルートが駆け寄ってくるのを見ると、にっこり笑ってみせます。

 フルートはメールから彼女を受け取って抱きしめました。

「ありがとう、ポポロ……」

 それ以外のことばが出てきません。

 フルートはポポロを抱きかかえて立ち上がると、敵を振り返りました。

 彼らは全員倒れて動けなくなっていました。金の石はフルートたちを守りましたが、それ以外の者は守ろうとしなかったのです。

 多くの者が瓦礫で怪我をしていました。奇跡的に怪我をしなかった者も、先の熱風で火傷を負っています。そして、バルバニーズと黒髪の女も瓦礫の下敷きになってうめいていました。屋敷が崩れた瞬間、ゼンが二人を金の光の外へ蹴り飛ばしたのです。

 フルートはもう老人を癒やそうとはしませんでした。倒れた柱の下で動けない老人を見下ろして言います。

「次にまたこんな真似してみろ。今度は屋敷ごとおまえたちを焼き払うからな」

 冷ややかな声の陰に激しい怒りがあります。

 老人は震え上がり、柱の下から夢中でうなずきました。

 黒髪の女は崩れた壁の下敷きになっていました。自分の魔法で抜け出せそうなものでしたが、ポポロの魔力のすさまじさに度肝を抜かれたのか、死んだような顔色で呆けていました。もう反撃する気力はなさそうです。

 崩壊した屋敷も倒れた人々もそのままにして、フルートたちは飛びたちました。巨大なシラサギのような花鳥が空のかなたに遠ざかっていきます。

 バルバニーズたちはそれを呆然と見送りました──。

2020年10月28日
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