二時間後、勇者の一行は飛竜屋の兄弟に教えられた情報を手がかりに、マシュア港から南南西の方角へ飛んでいました。全員が花鳥に乗って空の高い場所を進んで行きます。花鳥は白い色になっていたので、地上からは白鳥かシラサギが空を飛んでいくようにしか見えません。
「そら、飯だ。今日初めての食事だからな。しっかり食えよ」
とゼンが全員に食べ物を配っていました。マシュア港の居酒屋を出る際に、兄弟がテーブルの料理を持たせてくれたのです。
ただ、兄弟たちは彼らと一緒に行動してはいませんでした。兄弟たちの飛竜は頭領のズウェンのものだったので、そこを辞めてきた彼らは、もう空を飛ぶことができなかったのです。
「フルート、しっかり食っとけよ!」
とゼンが重ねて言いました。他の仲間は肉の蒸し焼きや魚と野菜の包み焼き、パイのような甘い菓子を食べていましたが、フルートは渡された料理を持ったまま、ずっと考え込んでいたのです。ゼンに促されて蒸し焼きを口にしますが、それでも上の空のままでした。
そんなフルートにルルが話しかけました。
「大丈夫、あの子は無事よ。お母さんのコートが守ってくれているんですもの。お母さんが作る防御服はすごく強力なの。あの子が自分で脱がない限り、誰にも脱がせられないんだもの、絶対大丈夫よ」
けれども、フルートは、うん……と生返事をしただけでした。
ポチは食事から顔を上げて首を傾げました。
「ワン、さっきからずっと何を考えているんですか? ポポロを心配してるだけじゃないですよね?」
そう訊かれて、やっとフルートは我に返りました。自分に注目している仲間たちに言います。
「ぼくたちが戦った飛竜はどこからルボラスに来たんだろう、と考えていたんだよ。あれはどう考えても、セイロスが連れていた飛竜部隊の竜だったからな」
仲間たちも思わず食べる手を止めました。
ゼンが身を乗り出します。
「やっぱりセイロスの飛竜だったのか? やたら強くて頑丈だとは思ったけどよ」
「じゃあ、やっぱりセイロスがここに来てるのかい!?」
とメールが心配しましたが、ルルが即座に頭を振りました。
「そんなわけないわ! この付近に闇の気配がしないもの! セイロスがいたら、匂いで絶対わかるわよ!」
「うん、セイロスの飛竜ではないと思う」
とフルートは言い、思い出すような調子になって話し続けました。
「先の戦いで、セイロスは飛竜で退却していった。飛竜には重症を負った副官のギーを乗せていたっていう話だ。自分たちを運ぶ飛竜をセイロスが手放すとは思えない」
「ワン、それじゃ戦闘から逃げ出した飛竜の生き残りですか? でも、竜子帝たちが全部見つけて始末した、って聞いたけど」
とポチが言いました。セイロスの飛竜はひときわ凶暴で、放置すれば人間を襲う可能性があったので、竜子帝が占神に占わせて、逃げていた飛竜を一頭残らず駆除したのです。
「確かに、ぼくも戦場から逃げた飛竜は全部始末されたと聞いた。ただ、ディーラに襲来した飛竜と、死んだり始末されたりした飛竜をつき合わせたら、二頭だけ数が合わなかったらしい。一頭はセイロスとギーが乗っていった飛竜だけど、もう一頭、行方不明の竜がいるんだ」
そう言われても仲間たちはぴんとはこなくて、顔を見合わせましたが、ポチだけはすぐに思い出しました。
「ワン、そういえばいましたね。いつの間にか飛竜ごと行方不明になっていた人が」
「え、誰さ!?」
「私たちが知ってる人?」
「ワン、バム伯爵ですよ。エスタ国の領主で、エスタ王を裏切ってセイロスに寝返った」
ああ──と仲間たちはようやく思い出しました。それぐらい印象の薄い人物だったのです。
「確か、湖のそばに城があったヤツだよね。父親のバム伯爵がセイロスに味方して死んだから、息子が跡を継いでセイロスの部下になったんだ。飛竜に乗ってディーラにも来てたし。でもさ、戦闘が始まったら、いつの間にかいなくなってたじゃないか。最後まで姿を見せなかったから、逃げたんだろうって言われてたよね?」
とメールが言ったので、ゼンは肩をすくめました。
「逃げに逃げて、南大陸のルボラスまで来たわけか。えらく遠くまで逃げたもんだな」
「でも、飛竜は別の人の手に渡っていたわよ。どうして?」
とルルが言ったので、ポチは答えました。
「ワン、売り払ったのかもしれないよ。世話しきれなくなって。ひょっとしたら、売られた竜だけが海を渡ってルボラスに来たのかもしれない」
それを聞いて、仲間たちはまた顔を見合わせました。やれやれ、と肩をすくめたり、首を振ったりします。
ところが、フルートだけはまた考え込んでいました。低い声で言います。
「バルバニーズっていう豪商は、ポポロの正体を承知の上でポポロをさらったんだ。しかも、ポポロが一日に二回しか魔法が使えないってことまで、しっかり把握していた。ただ噂を聞きつけて利用しようと思ったにしては、詳しすぎるよ。たぶん、バム伯爵自身がバルバニーズにポポロのことを話したんだろう。セイロス自身はここにはいない。だけど、奴の部下はここにいて、ポポロの誘拐に関わっているんだ」
仲間たちは今度は青くなりました。
「え、なにさ──じゃあ、セイロスが部下をルボラスによこして、欲の皮が突っ張った豪商と協力してポポロをさらった、ってことかい!?」
「やっぱりセイロスの野郎が絡んでるのかよ!?」
「たぶん」
とフルートはうなずき、真剣な顔で続けました。
「ポポロは敵に捕まった。そうなると、奴がここに来るのも時間の問題だろう」
「ポポロ!!」
とルルは飛び上がり、風の犬に変身しようとしました。ポポロが捕まっている場所に急行しようとしたのです。ポチが飛びついて抑えます。
「ワン、落ち着いて! 用心して近づかないと、たどり着く前に見つかってしまうよ!」
フルートはまだ考え続けていました。さらに状況を分析しながら言います。
「付近にセイロスの気配はしないし、南大陸は魔法で閉じられている大陸だ。ひょっとすると、セイロスがここに来るんじゃなく、ポポロをセイロスのところへ連れて行くつもりなのかもしれない。ただ、ポポロがマーズって飛竜屋に引き渡されたのは一昨日だ。飛竜屋の飛竜はセイロスの飛竜のように一気に飛んでいくことはできないから、バルバニーズの屋敷に着いて、まだ一日くらいしかたっていないはずだ。ポポロがまだそこにいる可能性は高いと思う」
「わかった、ポポロがセイロスのところに連れていかれる前に助ければいいんだね! 急ごう花鳥! 全速力だよ!」
メールが鳥を急がせようとしたので、ゼンが叱りました。
「だから、慌てるなって! 作戦もなしに近づいたら逃げられるんだぞ。鹿狩りと同じだ」
「あたいは鹿狩りなんかしたことないから、わかんないよ!」
とメールが言い返します。
「でも、作戦は必要だ。敵に見つからずに屋敷に近づく方法を相談しよう」
とフルートが言ったので、全員はフルートを囲んで話し合いを始めました。飛竜屋の兄弟から聞いた話を手がかりに、作戦を考え始めます。
空は水色に晴れ渡り、強い日射しが白い雲を照らしていました。地面には濃い緑がへばりつくように広がっていますが、日射しは大地の上にも降り注いでいます。
その先にあるバルバニーズの館へ、白い花鳥は飛び続けていました──。